カレンの提案
レイヴンが姿を消した後。
大樹を目指して進んでいたランスロット達は予想外の事態に苦戦していた。
初めは順調に進んでいた一行であったが、大樹へ近付いて行く程に強力な魔物が発生する様になっていったのだ。しかも、面倒な事に、この森の瘴気は魔力を奪うことが分かった。
ランスロットが防御を引き受け、クレアが仕留める。カレンは後方から襲って来る魔物を殲滅。
そういう流れが上手く機能している内は良かった。けれど、魔物は次第に強くなり、遂にはレイドランクの魔物まで姿を見せ始めた。
「くそ!何だこりゃ⁈ 何だってこんな強い魔物ばっか湧いて来るんだよ⁈ 」
「馬鹿ランスロット!集中しろ!」
「分かってるよ!いちいち馬鹿って付けるなっての!それより、どうせ魔力を奪われちまうんなら回復薬を使いながらルナにも戦ってもらった方が良いんじゃねえか?」
「それは駄目だ。奪われる魔力が一定だとは限らない。それに、迂闊に魔力消費の多い攻撃魔法を行使して魔力が枯渇しでもすれば、数日は動けなくなる。そうなったら回復薬も意味は無い」
「なるほどって!く、そ!こいつ硬えなおい!」
ランスロットは、かつて手も足も出なかったレイドランクの魔物を一人でも相手に出来る様になって来ていた。
それ自体は素直に嬉しい事なのだが、いかんせん数が多過ぎる。倒しても倒しても、いくらも進まないうちに別の魔物と鉢合わせてしまう。索敵していると言うより、索敵されていると表現した方が良いかもしれない頻度で魔物と遭遇してしまうのだ。
これは普通のダンジョンと違って視界が開けている事が原因だと思われる。どれだけ気配を探ったところで、獲物を見つける嗅覚は魔物の方に分がある。こればかりはどうしようも無いので、先制攻撃が可能な限りランスロット達の方から戦闘を仕掛けている様にして囲まれて被害が出るのを防いでいた。
クレアとカレンも流石の立ち回りを見せてはいるが、次第に余裕が無くなっているのだろう。表情に余裕が無くなっているのが分かる。
「ランスロットあっち!あっちからも来てるって!」
「この……!」
「いやああああああ!ランスロットさんこっちもです!こっち!こっちですってば!」
「お前ら何で俺ばっかに言うんだよ⁉︎ クレアもカレンもいるだろうが!」
ルナとミーシャは器用に抱き合ったまま、ランスロットの背中の向く方行に向かってちょこまかと移動を繰り返していた。
ジッとしていられるよりも守り易いのは有難いのだが、こうも近くでせっつかれては戦い辛い。
「何だよ!自信満々に任せろ的な事言ったのはランスロットじゃん!」
「そ、そそそ!そうですよ!お、お母さんが言ってました!約束を守らない男の人は最低だって!」
「だああああ!もう、分かったって!あと二歩下がれ!そんなにくっつかれてちゃ剣が振り難い!」
二人がきっちり二歩だけ下がったのを確認したランスロットは、これまで以上に大きく、そして素早く剣を振り抜いた。
強靭な肉体が繰り出す剣撃はランスロットらしい豪快さと正確な剣捌きでもって、魔物の首を次々と斬り飛ばしていった。
「やれば出来るじゃん!もう!最初からやってよ!」
「うるせえ!ほんと、お前は少し黙ってろよ!どんだけ言いたい放題だ⁉︎ 」
レイヴンに付き合っていたからなのか、訓練の成果が出たのかは分からない。ただ、どの魔物を見てもやけに動きが鈍く感じてしまう。レイヴンという規格外を間近で見続けたお陰なのだとしたら、少しは危ない目に遭った意味があったと思える。
「その位にしておけ。態勢を立て直すのが先だ」
暫くの戦闘の後、とてもまともな戦闘とは言えなかったが、どうにか切り抜ける事が出来た。
「カレンさん!こっちも終わりました。今なら移動出来ます!」
「良し。良くやった。ランスロット、私から提案がある」
「何だ?提案?んなもんさっき決めたじゃねえか。俺達はこのままレイヴンを捜して大樹がある方向へ向かう。いきなりこの調子じゃ先はどうなってるかわからねえ。でも、進むしかねえだろ」
クレアとカレンもそれぞれ魔物を倒したものの、最早陣形の維持どころでは無い状況にまで追い詰められているのが現状だ。
最大の誤算だったのは、レイドランクの魔物が複数体出て来た事でカレンがずっと対処に追われていた事。
クレアも縦横無尽に走り回って奮戦してくれたが、カレンとランスロットの支援を交互に行うという強引な作戦を続けるには、やはり魔物の数が多過ぎた。しかも、先へ進むにつれて魔物の強さが増しているのだから先が思いやられる。
「その通りだ。お前がリーダーだ。だから、私の提案を聞くか否かはお前が決めろ」
ランスロットは自信に満ちたカレンの顔を見て思わず笑っていた。
「へへっ。何がお前が決めろだ。良い事思い付いたって顔してんじゃねえかよ。喋りたくて仕方ねえって顔だぜそりゃ」
「何思い付いたの?」
「現在の状況を鑑みるに、このまま戦闘を続けていても、いずれ体力が限界を迎えるのは明らかだ。パーティーを組んで戦う事に変わりないが、ルナとミーシャを守りながら戦うのも難しい」
「えー、カレンでも無理なの⁈ 」
「そんな……ランスロットさんじゃあるまいし、カレンちゃんどうにかならないんですか?」
「おい、お前らいい加減にしろよ……。クレアも何とか言ってやってくれよ!」
「う、うん……」
クレアに助けを求めたランスロットであったが、気まずそうに視線を逸らされてしまった。戦い方から普段の何気ない仕草までどんどんレイヴンに似て来ている。
「そんなとこばっかレイヴンに似なくていいってのに……」
「まあ、そう肩を落とすな。お前は良くやっているとも。だが、皆も気付いていると思うが、先へ進むにつれて強力な個体が異常に増えて来た。倒すだけならばどうにかなる。ただ、このままではミーシャが耐えられない。もう限界なのだろう?」
カレンに指摘されたミーシャは顔を青くして必死に訴えた。
「な、何言ってるんです?私はまだ全然平気ですよ。まだまだ行けます!限界だなんてまさか……」
「ルナ、ミーシャから離れてみろ」
「え⁈ い、いや、でも僕達がこうしてくっ付いてた方が守り易いでしょ?ね?」
カレンはミーシャに抱き着いて離れないルナの頭にそっと手を置いた。
「お前のそれは思いやりであったとしても、今必要な優しさとは違う。仲間が大切なら余計な無理をさせるな。ミーシャが一人でも立てなくなっている事くらい分かっている」
レイヴンに付き合っていた影響でレイドランクの魔物への一種の慣れがあるとしても、ミーシャの実力では、これ以上この場に留まるのは危険だと判断した。
「すまねえ。俺が真っ先に気付くべきだった……」
「気付いたら駄目なの!ランスロットなら気付かないと思って近くにいたのに……」
「お、お前なぁ……。ていうか、クレアも気付いてたのかよ?」
「うん。ルナちゃんが目でこっちに来るなって言ってたから、なんとなく」
「……」
どうにか誤魔化していたつもりのミーシャも、全てバレていたと知り、暗い表情をして項垂れていた。
足手纏いになりたく無い一心で頑張って来たのに結局足手纏いになってしまった。
「で、でも!ぼくが傍に居るから大丈夫だって!」
「何が大丈夫なものか。お前は今、結界を張れないんだぞ?」
「そうだけど……」
「安心して。ミーシャにはミーシャにしか出来ない事が沢山あるでしょ?」
「でも、今の私には……」
「そこで私からの提案だ。ルナ、ミーシャ。二人にやって貰いたい事がある」
カレンは二人の肩をがっしりと掴んで抱き寄せた。
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妖精の森の上空。
まん丸モフモフとした体の精霊が大樹を目指して翼を羽ばたかせていた。
体格に似合わないキレのある動き。
風を切る様にして大空を駆ける様は、正しくハトだった。
「やっぱハトだよね。何度見ても、何処から見てもハトだもん」
「ちーがーいーまーすぅ!ツバメちゃんですぅー!」
「くるっぽ!」
カレンに抱き寄せられた二人は、カレンの能力『大号令』の加護を受けた。
瘴気によって奪われた魔力を強引に回復させながら、肉体能力も高めるという便利な能力だが、効果が切れた時の反動が酷い。
その為、能力の出力は最小限に抑え、足りない分はミーシャ特製の魔力回復薬を併用している。
「いや、それは名前でしょ?ツバメちゃんの精霊としての区分というか、種類って何なの?」
「……」
「え?何で急に黙るの?」
カレンの提案は、感知力の高いルナとミーシャにレイヴンの居場所を突き止めて貰う事だ。
ツバメちゃんの機動力があれば大樹に近付いて、より正確な感知が可能になる。
場所さえ分かれば、レイヴンが結界に捕らわれていたとしても、ルナが背中に背負っている魔剣『魔神喰い』を使って破壊する事が出来る。
「い、行きますよルナちゃん!レイヴンさんはきっとあの辺りにいます!!!感じるんです!」
「あ、うん。分かった。もう何も聞かないでおく。皆んなにも黙っておくよ。うん。それが良い。精霊にだって触れて欲しく無い事ってあるよね。僕、勉強になったよ。ありがとう」
「うわあああああん!行きますよツバメちゃん!」
「く、くるっぽーーー!!!」