世界樹にて
暗い部屋の中、手足を拘束された状態でレイヴンは目覚めた。
(随分と手荒な歓迎だな)
周囲に魔物の気配は無い。
代わりに声の主らしき気配を感じる。
どうやら手っ取り早く情報を得る為にわざと捕まったのは正解だった様だ。
「目が覚めた様だね。暫くは眠っていてもらうつもりだったのに、驚異的な回復力だ」
部屋が明るくなり、周囲の様子が見えるようになった。
普通なら暗闇からいきなり光の下に晒されれば目が眩む物だ。しかし、魔物混じりであるレイヴンには関係無い。
「此処は何処だ?」
牢獄という訳でではなさそうだ。
何も無い部屋の中心部。レイヴンの体は木の根に巻かれて半分埋まっていた。
正面には巨大な窓と青空。雲がやや下に見える事から、大樹の上に連れて来られたらしい事が分かった。
「やれやれ、せっかちだね。そこは“お前は誰だ” と聞くべきだと思うのだけど?」
「なら、聞いてやる。お前は誰だ?」
誰だも何も、外の景色が見えた時点で予想はついている。
大体、姿も見せない様な奴に興味は無い。
「私はこの森の主人。ドライアドにして妖精の王。その名も……」
「そうか。もう良い」
「え?ちょ、何を⁈ 」
妖精王だと分かれば十分だ。
レイヴンな名乗りを遮って体に力を込めた。
木の根は思ったよりも頑丈でなかなか千切れない。けれど、所詮は木の根だ。
ミシリと音を立てて引き千切られた根が床に落ちる。
衝撃で部屋全体が軋みを上げて揺れる度に、妖精王の酷く狼狽した声が聞こえて来た。
「な、何をしているんだ君は⁈ それは世界樹の根を使った封印だぞ⁈ 人の力でどうにかなる様な代物では……!」
「俺が人で無いと言ったのはお前だろ」
「い、いや、そういう話では無い!君の体に巻き付いているその根は世界樹だぞ⁉︎ そこら辺に生えている普通の木と一緒にするな!」
「これが世界樹?大層な名前だが、俺にはただの木の根だ」
埋まっていた体を引き抜いた関節をほぐしながら、何処にいるとも分からない妖精王とやらに向かって言い放った。
「なっ⁈ そんな馬鹿な⁈ 」
(何が“そんな馬鹿な” だ……)
世界樹だろうが、拘束、封印系統の魔法だろうが、レイヴンは意に介さない。
催眠系統の魔術であっても、もう二度とかかる事も無い。
レイヴンを拘束出来るとすれば、マクスヴェルトやルナの様な空間魔法を使わなければ無理だ。
「さて、説明して貰う前に言っておく事がある」
「私の名乗りを遮った挙句、世界樹の拘束まで勝手に解いてしまった君が、一体私に何を言おうと言うんだい?」
「俺は此処に来れば話が早いと思ったから、あえて誘いに乗ってやっただけだ。それと、随分と好き勝手に言ってくれたが、まさかあれで全部か?世界を滅ぼすだの、願いの力が誰も救わないだのという話なら生憎だったな。既に腹一杯だ。そんな事はお前にわざわざ言われなくても“知っている” 」
そう、知っている。
シェリルの存在をはっきりと認識してから、皆が寝静まった後に色々と話を聞いた。
随分と衝撃的な話で動揺もしたが、荒唐無稽な作り話だと一蹴してしまうには心当たりが多過ぎた。
それに、世界を滅ぼす可能性については自分なりに考えていた。そして、その答えはリアーナと話した事で具体的な案として固まった。今更誰に何を言われても考えを変える気は無い。
「知っているだって?いやいや、君は何も知らない。信じられないだろうけれど、君は過去……」
「世界を何度も滅ぼしているんだろう?正確には全世界を滅ぼしたのは一度。その後は中央大陸を滅ぼした。現在は七度目だったか八度目だったか。とにかく、俺が魔物堕ちして世界を滅ぼした。マクスヴェルトが世界を隔てる壁を使って中央大陸を隔離しているのも、時間を巻き戻す範囲を絞り込む為と言ったところか。さて、この話以外で俺に言いたい事があるか?」
「何で知って……」
「成る程な。お前は俺の考えている事が分かっているのかと思っていたが、どうやら違った様だな。他に話しが無いのなら帰らせて貰う。もう此処に用は無い」
リヴェリアやマクスヴェルトがコソコソと隠していたのも同じ内容だろう。二人がどうしてそこまでしてレイヴンを救おうとするのかという理由に興味はある。
レイヴンは全てが自分の知らないところで話が進んでいる事が気に食わないと思う反面、そこまでしてくれていると知って嬉しくも思っていた。けれど、それも随分と無茶な話だ。世界を歪めているという点で、レイヴンよりも二人の方が遥かに業の深い行いをしている。
「待て!!!」
世界樹の根が再びレイヴンの体を拘束した。
今度はかなり念入りに大量の根が張り巡らしてある。
「何度やっても同じ事だ」
レイヴンは拘束を引き千切り窓へ向かって歩き出した。
「もしかして窓を破るつもりかい?無理だ。魔剣を持たない今の君ではその窓は破れないよ。外の世界とは完全に隔離してあるからね」
(チッ……)
窓を破ろうとしたレイヴンの拳は不思議な力によって威力を殺されてしまった。
空間魔法とは異なる理屈らしいが、この感覚には覚えがある。
精霊であるツバメちゃんに触れた時と同じだ。
「君は、君という存在が世界に及ぼす影響を本当に理解しているのか?中央大陸にばかり強力な魔物が発生するのはどうしてなのか考えた事があるのか?願いの力は世界の理に干渉する危険な力だ。君が叶えた願いの大きさに比例して世界は歪む。では、その歪みは何処へ行くと思う?」
「さあな……」
それも大体の予想はついている。
だからこそ急がなければならない。
「もう既に真実を知っている様だから言わせてもらう。願いの力で出来た歪みは術者である君に全て返ってくるだけだ!幸福も不幸も何もかもだ!君の力が短期間のうちに増しているのだって君が願いの代償を引き受けているからだ!君の体は既に限界を超えている!いつ魔物堕ちしたっておかしく無いんだ!」
「そうだな。分かっていない様だからもう一度言ってやる。俺は俺がまだ知らない事をお前が知っていると思ったからここに来たんだ。だが、そうでは無かった。なら、話は終わりだ」
「話ならまだある!大人しく拘束されるんだ!世界樹を使って君が引き受けて偏った世界の歪みを修正する事でしか君を救う手立ては無い!」
世界の歪みを修正すると言った妖精王の言葉にようやくレイヴンが動きを止めた。
「修正する……?」
「そうだ。世界樹は文字通り世界に繋がっている。君の中にある歪みを吸い上げて世界に還元する。世界樹によって薄め浄化された歪みは世界を本来あるべき姿へ戻すだろう。そうすれば君は助かる。世界は滅びを回避出来る!」
「魔物はどうなる?魔物混じりは産まれなくなるのか?当たり前が当たり前にある世界になるのか?それで皆が笑える世界になるのか?」
自分だけ助かっても意味は無い。
妖精王は願いの力を持つ者が自分の為に生きる事をしないと言った。
それは大きな勘違いだ。やりたいからやっている時点で、それらの行いは全てレイヴンの我儘だからだ。
「そ、それは分からない。だが、一つ君に現実を見せよう」
巨大な窓に映ったのは魔物と戦いながら世界樹へと向かっているクレア達の姿だった。
穏やかだった森の様子は一変して瘴気に満ちている。
「……お前の仕業か?」
「いいや。あの森は夜になると姿を変える。朝には元に戻るよ。だけど、この状況を作り出しているのは君だ。君がこれまでに作った歪みを世界樹が吸い上げた結果だよ。言った筈だ。君の優しさは毒だと。願いの力は万能なんかじゃ無いんだ。君の仲間も大した強さだけど、あの様子ではじきに魔物の餌食だ。私の元へ留まると言うなら、彼等を森の外へ安全に移動させる事も出来る」
相手にしている魔物はどれも強力な個体ばかりだ。中にはレイドランクの魔物を複数混ざっている。
一体一体を倒せても、無限に湧き出る魔物を相手にしたのでは、いずれ体力が限界を迎える。カレンがいるからと言って長くは持たないだろう。
(ん?)
ランスロットを先頭に進む様子を見てレイヴンはある事に気付いた。
「そうか。では最後に俺からも有難い助言とやらをしてやろう」
「ほう……面白い事を言うね。是非聞かせて貰おうじゃないか。時間ならある。どの道、君はこの部屋からは出られないのだしね。君が首を縦に振らない限り仲間は助からないよ?」
「お前が俺の事だけよく調べているのは分かった。お前の言葉に悪意が無い事も、本当に俺を助けるつもりだという事も分かった」
「だったら大人しく……」
「だがな……」
レイヴンの魔力が急激に膨れ上がった。
妖精王は魔剣を持たない状態だというのに、レイヴンから魔剣を持っている時以上の力を感じる事に驚きを隠せないでいた。
「む、無駄だよ。この部屋は絶対に内側からは破れない。君がどんな力を振るおうとも、絶対に不可能だ!世界樹が持つ清浄な魔力の結界だ。魔物混じりの中でも特に魔物の血が濃い君には到底破れない」
「不可能?そんな事は無い」
「何⁈ 」
窓に亀裂が走ったかと思った瞬間。
魔剣『魔神喰い』が結界の張られた窓を突き破ってレイヴンの元へ飛来して来た。
「お前が知っているのは過去の出来事ばかりだな。そのくせ、俺自身の事は何も知らない。俺はもう一人じゃない。俺の仲間を舐めるな」