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彼方からの声

 妖精の森の中は落ち着かない。

 魔物のいない理想的な場所の筈なのにレイヴンの心は騒ついていた。

 理由は分からない。フローラの魔法とは違う、本当の意味で魔物が存在しない場所。だというのにどうしようも無く不安になる。


 レイヴンは見張りを立てる必要は無いと言ったカレンの言葉に賛同したものの、どうしても眠りにつく事が出来なかった。

 虫の声と風の音。焚き火の炎が揺らぐのを眺めながら皆の寝顔を見渡してみる。


 クレア、ルナ、ミーシャの三人は固まって団子の様に寝ている。流石にカレンとランスロットは旅慣れして眠りが浅い。僅かな物音や動物の気配にも対応出来る様に各々座った姿勢のまま武器を抱えていた。


(少し歩くか……)


 気分転換でもすれば少しは気分が落ち着くだろうと、皆を起こさない様にその場を静かに離れた。



(妖精の森は静か過ぎて不気味だ)


 時折、虫や動物の声が聞こえると言っても、命の危険が無い事がこんなにも不安をもたらすものだとは思ってもみなかった。


 レイヴンの体を流れる魔物の血が濃いからなのか、はたまた単に戦いを求めているだけなのか。

 戦いたくて戦って来た訳では無いのに、気付けば完全に戦いとは切り離せない体になってしまった。それは生きて行く為には避けられない事で、魔物が存在する限り仕方の無い事だ。金を稼ぐにも冒険者の仕事以外に出来る事も酷く限られている。



『君の心と体は本当に休まる暇が無いのだね。この森はこんなにも平和で穏やかだというのに。いつもあれこれ考えて迷って、自問自答を繰り返す。見ていて面白いと思うし、飽きないけれど、君はそろそろ真実を知るべきだと思うよ』


「誰だ⁈ 」


 男とも女とも言える抽象的な声だった。けれど、声は聞こえるのに肝心の姿が見えない。


(これは⁈ )


 白い世界に強制的に引きずり込まれたと思ったら、見覚えのある丘の上の景色へと変化した。

 振り返るとそこにはレイヴンが幼い頃にステラとルナの三人で暮らしていた小さな家が建っていた。


『誰だとは心外だな。と言っても君が知る筈も無いか。私は何処にでもいるし、何処にもいない。男なのか女なのか。人間なのか人間では無いのか。君が思う通りの姿になっても良い。けれど、真実は一つだけだ』


 殺気も敵意も無い。存在そのものを認識出来ない。ただ一方的に言葉が流れ込んで来る。


「……」


『なるほど。君が考えそうな事だ。遠からず近からずと行ったところだよ』


 レイヴンは何も言葉を発していないのに、声の主はレイヴンの心を読んだらしい。


 シェリルが出て来る様子も無い。レイヴン自身の体すらまともに認識出来ない不思議な感覚。現実では無いと分かっているのに、どういう訳か妙に現実じみた感覚もある。


『これは忠告……いや、もう警告かな?』


 頭の中に無機質な声が響いて来た。



 《人の身でありながら神の力をも超える魔を宿す存在。世界の理にすら干渉し得る特異な存在よ。願いの力を手にする存在よ。自らの願いを叶える事は決して叶わぬと知れ。

 人の身でありながら人の身に余る力を持つ存在よ。願いに翻弄された哀れな存在よ。神を殺し、魔を殺し、数多の願いを喰らう存在よ。己が存在している事が世界の不幸であると知れ》



『だそうだ。悪い事は言わない。君は人間を辞めて私達のいる世界に来るべきだ。君の存在は世界を滅ぼしこそすれ救う事は決して無い。手を差し伸べたところで、君は君自身の手で新たな悲劇を生み出している事を知らなけれならない。願いの力は誰かを救っている様でいて、実のところ誰も救わない。世界を歪めた代償を支払わなければならなくなる前に私達の元へ来い。今ならまだ間に合う』


「俺は……」


『君の大切な存在を守りたいと思う気持ちは尊重しよう。尊敬もしよう。君の境遇と生い立ちを考えれば、今こうして他人のことを考えていられるだけでも称賛に値する。けれども、君が傷付いているのをこれ以上見ているのは私も辛い。君はこの世界で生きて行くにはあまりに優し過ぎる』


「……」


 レイヴンは随分と勝手な事を言ってくれる奴だと思いながら、尊敬という言葉に違和感を感じていた。


 やりたいからやっているだけであって、誰かにそんな事を言われたい訳じゃ無い。

 魔物を倒すしか能の無いレイヴンが出来る事をやっている。それ以上でもそれ以下でも無い。


 それが今のレイヴンに出来る精一杯であり、優しいかどうかだなんて問題にもしていない。いつだって至らない自分に対して苛立っているし、ああすれば良かっただとか、こういう言葉をかけてやるべきだったと反省する事ばかりだ。それを後悔というならそうなのかもしれない。けれど、乗り越えて行く事は出来る。例えどれだけ時間がかかろうとも、道に迷おうとも、手を伸ばし続けた先には光があると信じている。


 溜め息の様な呼吸の後、声の主は続けて言った。


『願いの力を持つ存在はいつだってそうだ。願いの為に生き、願いを叶える為に生き。自分の為に生きる事をしない。まるで他人を生かす為だけに生まれ来た様な存在だ。

 覚えておくと良い。知っておくと良い。心に刻むと良い。それは優しさでも無ければ慈愛でも無い。自己満足でも自己犠牲ですらも無い。ただの悲劇なのだと。

 呪いにも似た君の優しさは毒でしかない。他人と自らを滅ぼす猛毒だ。狂気と言っても良い。

 自分の為に生きられない存在が、どうして幸せになれるだろうか。世界をどれだけ照らしても、世界にどれだけ花が咲き誇ろうとも、君の世界が自ら輝く事は無い。

 勘違いしないで欲しい。最初に言った様に私はそんな君を尊敬し、尊いとさえ感じている。

 他人の幸せを願う事が悪いのでは無い。他人を生かす事が悪いのでは無い。私は君にこう言いたいのだ。

 自分を殺し続けるのは止めるべきだと』


 言いたいことは分かる。

 分かっているからこそ、世界を光で満たそうとした。

 無い物ねだりは百も承知だ。人間でいる事を諦めるのであれば、どれほど楽だろう。

 けれど、それでは駄目だ。誰になんと言われようとも、自分が自分である為に生きると決めた。


「……くだらない。光を求めて手を伸ばし、助けて欲しいと心から願うからこそ、俺は手を貸している。生かすだの自分を殺すだの、そんな事は関係無い。生きようとする意思は何よりも強い。そういう想いを抱く人間に俺の力が欠片でも役に立つのなら、それが俺に出来る唯一の事だ。そこから先は自分次第。俺が口を出す事じゃ無い」


『それが君の答えなのか。君は強いな。敬愛すべき愚かな弱者だ。私はやはり君を人間にしておくのが勿体無いとさえ感じているよ。ならば最後にもう一つ聞いて欲しい。

 君の歩みは世界を変えるだろう。世界を歪めるだろう。世界を滅ぼすだろう。それでも君はきっと多くの人間の助けとなるだろう。だとしても、最期に君を救ってくれる人間は誰もいない。人では無い存在になりつつある君を止められる人間など存在しない。それがどう意味か、君自身が一番良く分かっている筈だ。

 もう一度言う。そうなる前に私達の元へ来い。何がある訳でも、何をする訳でも、何をしてあげられる訳でも無いけれど、私達は君を歓迎する。敬愛すべき存在。憎むべき世界の敵。神と魔の血を引く落とし子よ、私は君が手を掴むのを待っている』


 丘の上に強い風が吹くと声が止んで元の森へと戻って来た。


(今のは……)


 あれは一体誰の声だったのか。

 レイヴンの視線の先には夜空を覆い隠そうかという大樹がそびえ立っているだけだった。

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