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ミーシャと精霊魔法。視線と呼び声。

「でっか!木、でっか!」


「太い!木、太い!」


「高っ!木、高ッ!何ですかアレ⁈ 」


 三人が後ろに倒れそうなほど見上げている木は山の様にどっしりとしていて、天辺は何処までも高く、雲に隠れて見えない。

 視界に映っている巨大な物体が木だと言われてもにわかに信じ難い。


(こんな物が天高くそびえ立っていたというのに南の森へ足を踏み入れるまで、まるで気付かなかった)


「こいつぁすげぇや……」


「ああ、私も初めて見る。樹齢数千年…いや、数万年経過していると言われても納得してしまうな……」


 あれがリヴェリアの言っていた大樹なのだろうか。森は予想していたよりも深く、近くに街がある様子も無い。

 妖精の森というだけあって魔物の気配も無い。空気は澄んで青草の匂いが風に乗って頬を撫でる。この魔物だらけの世界にこんな場所があったなんて思いも寄らなかった。

 桃源郷、或いは理想郷とも言うべき穏やかな気配に包まれた場所。本来であれば、世界はこうあるべきだとレイヴンは思っていた。


「森の入り口であの大きさということは、麓へ着くまでかなりの日数がかかりそうだ」


「マクスヴェルトはこの森に来るならパーティーを組むことが条件だって言ってたんだろ?麓を目指すのは良いけど、地図とか無いのかよ?」


「あるにはある。だが、森が描かれているだけで人がいそうな街の記載は無い」


 レイヴンが取り出した地図には本当に森しか描かれていなかった。

 ミーシャの持っている鞄に旅に必要な物資が入っていると言っても、いずれ途中で補給が必要になる。街があるかどうかも分からないのなら、最初からある程度切り詰めて計画的に食料や水などの物資を使っていくのが懸命だろう。


「ツバメちゃんで空から探してみましょうか?街の場所だけでも分かれば進む方向も決められますし」


 ミーシャがツバメちゃんを召喚しようとして魔法を発動させたところで、カレンがそれを制止した。


「この森で魔法は使わない方が良いわ。我々は既に監視されている」


 カレンの監視という言葉に緊張が走る。


「監視?そんな気配しないけど……うーん、やっぱり僕の感知にも引っかからないや」


「私も何も感じないよ?」


 ルナの感知にも反応が無いとすれば、カレンの言う監視者は一体何だと言うのだろう。


「敵なのか⁈ 何処だ⁈ って、いってぇ!何すんだよカレン⁈ 」


「取り乱すな馬鹿ランスロット。敵では無い。ただ視線を感じるというだけだ」


 カレンの言う通りだ。いくつか見られている様な視線を感じる。ただし、それも随分と遠くからの様だ。


「何だよ、ちょっと場を和ませようとしただけじゃねぇかよ。はいはい、俺も何にも感じてませんぜ」


 気配と呼ぶには弱々しい。ほんの微かな違和感程度のものだ。

 レイヴンでもかなり集中していないと気付けない。というより、こんなに弱い気配とも呼べない様な視線を感じとったのが、カレンともう一人いた事に驚きだ。


「あっちと、えっと……こっちも。それからあの辺りからですね。他にもありますけど、殆どが子供みたいです。……あれ?どうかしました?」


 ミーシャはレイヴンやルナですら感知出来なかった気配を感じ取ったばかりか、視線の方向まで示してみせた。しかも、視線の正体は子供だと言う。


「子供って、そんな事まで分かるのか?」


「え?あれ?そう言えば私、何で子供だって分かったんでしょう?」


「いや、こっちが聞いてんだよ……」


「ふむ。それはおそらくミーシャが精霊魔法の使い手だからだろうな。精霊魔法は他の魔法と違って自然と密接に関係している精霊を呼び出して使役する魔法だ。無意識のうちに感じとったのだとしても不思議では無い」


 ミーシャは魔物混じりでありながら、精霊魔法を行使出来る。

 使役出来るのはツバメちゃんだけが、魔と反発し合う筈の精霊魔法を使えるというだけでも凄い事だ。


「カレンはどうして分かった?俺はどうにか微かな違和感を探れるだけだ。言われるまで気付かなかった」


 レイヴンの問いに惚けた顔をしたカレンはあからさまに飽きれた態度で説明を始めた。


「何言ってるのよ。私、魔物混じりだけど竜人だもの。清浄な聖の魔力を持つ妖精を感知出来て当然でしょ。ついでに言うと、竜人の血の方が濃いから魔物の血を抑え込めてるだけよ。皇帝ロズヴィックが魔物の血を取り込んだのとは根本的に違うわ」


「だから目の色が違うのか」


「そういう事。まあ、それはともかくとして、どっちに進むかが問題よね。あの大樹を目指すにしても、取り敢えず森の妖精に会って話を聞きたいところね」


「あっちが良いんじゃないかな?僕達の事を呼んでるみたいだけど?」


 カレンの竜人発言に驚いていたところに南東の辺りを指差したルナが更に驚くべき発言をした。

 ルナの言いようは妖精の気配を完璧に捉えていなければ出来ない事だ。


「ルナちゃん、まさかとは思うけど……」


「うん、覚えたよ?精霊魔法」


「「「は?」」」


 ルナが魔法を異常な速度で習得するのはいつもの事とは言え、精霊魔法を覚えただなんて魔法を覚えるのと同じ様に簡単に言われても困る。


「精霊の気配がいまいちよく分からなかったけど、冷静に考えてみたらツバメちゃんと似た気配を探れば良いと思ったんだよ。精霊も妖精種も似たものだしね。そしたら後は簡単だった。試しに精霊召喚してみようか?」


(驚いた……覚えた上にもう使えるのか)


 精霊魔法の使い手は貴重な魔法使いよりも圧倒的に数が少ない。

 魔法はある程度の素質と高額な文献や資料を読み漁れば、それなりには使える様になる手段がある。しかし、精霊魔法は文献や資料を読み漁れば習得出来る様な、努力でどうにかなる部類の魔法では無い。

 これはもって産まれた資質の問題であり、後天的に身に付けられる類の魔法とは一線を画している事が理由だ。


「だ、駄目ですぅーーー!!!わ、わ、わ、私のアイデンティティが!唯一の長所がああああああ!!!うわあああん!ルナちゃん後生ですからあああああああっ!!!」


「落ち着けミーシャ。お前の唯一性はもう皆知っている。精霊魔法は精霊との契約を結ばない限り行使出来ない。そうだな?」


「そうですけどぉ……」


「ルナ、精霊との契約を結んだのか?」


「え?契約?そんなのしてないよ?原理は理解したし、精霊魔法を使えばツバメちゃんみたいな精霊が出て来るんじゃないの?」


「やっぱりか」


 精霊魔法を使うには術者の素質とは別にもう一つ欠かせないものがある。

 それが精霊との契約であり、術者と精霊を繋ぐ契約無しには魔法は発動しない。


 ミーシャが精霊魔法を使ってもツバメちゃん以外に契約出来なかったのは、ミーシャが魔物混じりだからだ。

 同じ魔物混じりでも、ルナが精霊魔法を使ったところで、契約する相手がいなければ精霊魔法が使えないのと一緒。いくら原理を解明して行使可能な状態にまで習得したとしても呼び出す対象がいなければ、貴重な精霊魔法も宝の持ち腐れというやつだ。


「なあんだ。じゃあ、僕には無理だね。せっかく覚えたのに……」


「いやいやいや、せっかくってお前、普通そんな簡単に覚えられねえからな?今更だけどよ」


「ルナちゃん、今は出来なくても、無理という事は無いと思いますよ?」


 落ち着きを取り戻したミーシャは落胆するルナに声を掛けた。


「何で?ミーシャだってツバメちゃんとの契約には苦労したんでしょう?」


「それはそうですけど、精霊を道具の様に思っているうちは、精霊の声を聞く事は出来ないんですよ」


「でも、そういう魔法だよね?ツバメちゃんだって……」


「ルナ」


「……あ、ごめんミーシャ」


 ミーシャは首を横に振ってツバメちゃんと契約した時の事を皆に話してくれた。


「私にはちょっと変わった両親が居ますけど、小さい頃から友達は居ませんでした。これは魔物混じりの人達なら誰でも同じ様な経験をした事があると思います。同じ年頃の子や、その両親にどうして嫌われているのか分かりませんでした。ずっと分からなくて、だけど皆んなと同じ様に遊びたかったんです。でも、どうしても駄目で……」


 次第に外へ出ることを嫌がる様になったミーシャは、精霊魔法の使い手である父親から精霊魔法を教えてもらう様になったという。

 例え魔物混じりであっても、貴重な精霊魔法の使い手となれば周囲のミーシャを見る目が変わる。そう言われたそうだ。


「幸い血筋のおかげで精霊魔法の適正があったので、精霊魔法そのものを覚えるのに時間はかかりませんでした。でも……」


「魔物の血か……」


「はい。清浄な魔力を好む精霊は魔物混じりである私の呼び掛けに応える事はありませんでした。来る日も来る日も練習して、ついに私もお父さんも諦めてしまったんですよ」


 ミーシャの父親と言えば、過保護な程にミーシャを溺愛している印象が強い人物だ。それに、ミーシャが精霊魔法を使える事を誇らし気に語っていた姿が印象的だった。


 両親の深い愛情を受ける一方で、ミーシャは孤独を感じる様になったそうだ。

 他の魔物混じりの子供達に比べれば両親が揃っているだけでも幸運な事に違い無い。けれど、両親の過剰な愛情は大き過ぎる期待となって幼いミーシャにのしかかった。

 せめて両親の期待を裏切らない様にと振る舞う内に苦痛を感じる様になったそうだ。


「他の魔物混じりの子供達からしたら贅沢な悩みなのは分かってます。それでも私は友達が欲しかったんです。家族といるのにずっと一人でいる様な……だから精霊が私の友達になってくれたら良いなぁって。今考えると目茶苦茶ですけどね。精霊魔法が使えなかった事がきっかけで余計に孤独を感じていたのに、最後に頼ったのは精霊魔法だったなんて」


「でも、ツバメちゃんと契約出来た」


「魔力が無くなって動けなくなるまで必死になってお願いしたんです。強くてカッコイイ精霊じゃなくて良い。ただ、私の傍に居て、話を聞いてくれるだけで良いって。友達探しを始めたんです」


 初めはミーシャに見向きもしなかった精霊達も、ミーシャの想いに応えて姿を見せる様になったそうだ。けれども、ミーシャが魔物混じりだと分かると精霊達は離れて行った。人間の子供達と同じ様に。


「だけど、そんな毎日を過ごしている時、ツバメちゃんは応えてくれました。魔物の血が流れていても、気持ちが通じれば精霊は応えてくれます。私はツバメちゃんとしか契約出来なかったけど、ルナちゃんの呼びかけにもきっと応えてくれますよ。……あ、あれ?何で皆さん黙ってるんですか⁈ 私、変な事言いました⁈ 」


「いや、良い話を聞かせて貰った。精霊が友達か。そういう発想は無かった」


「うん。ミーシャお姉ちゃんらしいと思う」


 使役する存在としての精霊を自らの友人として契約する。そんな事を考えて精霊魔法を使っているのは多分世界中を探してもミーシャだけだろう。


「そっか……そういう事なんだ」


 初めはピンと来ていない様子だったルナも何かを掴んだ様だ。

 考え込む姿がどことなく師匠であるマクスヴェルトに似て来た気がする。


「ふふふ。私にも良い話だったぞ。では、目的地は一先ず南東方面で決まりだ。我々を呼んでいるのなら会いに行ってみよう」


「今日のところはこの辺りで野宿にしようぜ。もう直ぐ日が暮れちまう」


 目指すは南東。

 レイヴン達は妖精の森の豊かな恵みに舌鼓を打ちながら最初の一夜を迎えた。



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