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リアーナの願い。南へ。

 リアムの街へ来てから早三日。

 レイヴン達はカレンとミーシャが合流するのを待っていた。


 何処か落ち着きの無かったレイヴンも、リアーナと話した翌日には、いつもの無愛想な顔で何事も無かった様にクレア達の元へ合流していた。


「ホントだ……ランスロットの言ってた通りだね」


「だろ?こっちが心配してたのが馬鹿馬鹿しくなるくらいにケロッとしてやがるんだよ」


「何を話している。さっさと畑に行くぞ」


「へいへい」


 リアーナの手伝いをしたり、子供達の相手をしたり、畑の手伝いをしたりと穏やかな時間はゆっくりと流れている。

 最強の冒険者とまで言われるレイヴンが魔剣ではなく鍬を持って畑を耕す姿は何とも滑稽に見えるのだが、なかなかどして様になっているのだから不思議だ。


 その間にリアムが稽古をつけて貰おうとしつこく話しかけて来ていたが、レイヴンが頷く事は無かった。

 魔物が近くに来てもリアム達に任せたきりで戦おうとはしない。


 手伝いをしていない時はルイスの墓の傍で湖を眺めたり、遺跡の近くにある噴水の花畑を眺めて過ごしていた。



 夜ーーー。


 街に新しく建てられた教会の屋根の上で、レイヴンとリアーナは昔の様に街の明かりを眺めていた。


「ずっとこういう生活が続けば良いのに……」


「ああ、俺もそう思う」


「だ、だったら、いっそのこと冒険者なんか辞めちゃえば……そしたらずっと一緒に暮らせるのに」


 リアーナは、レイヴンは既にこの先何十年かは孤児院を運営していけるだけの大金を稼いでるとオルドから教えてもらった。

 並の冒険者では決して稼ぐ事が出来ない大金だ。その殆ど全てを孤児院の為に寄付しているが、実はオルドがレイヴンの為にかなりの額を残してくれているそうだ。

 レイヴンが戦わなくても良くなる日がきっと来る。そうすれば一緒に暮らす事も出来る。いつかそんな日が来ると言っていた。


「それはまだ駄目だ」


「どうして?レイヴンはもう十分頑張ったじゃない。なのに……」


「旅の途中、色んな人に出会って、色んな声を聞いた。オルド、ルイス、エリス、三人が教えてくれた事の意味が少しだけど分かって来た気がする。そして改めて思ったよ。俺はまだ何も返せていない」


「……」


「俺には魔物を倒す事しか出来ないから……魔物を倒す事が誰かの為になるのなら、それだけで良いと思っていた。でも、それだけじゃ足りない。大切なモノを沢山貰った。それを返すまでは、まだ冒険者を辞める訳にはいかないんだ」


 出会った人達は善人ばかりでは無かった。どうしようも無い悪党もいた。悪だと知りながら願いの為に手を伸ばした変わり者の悪魔もいた。


 願いを叶える力は助けを求める声に応えて発動する。それがどんな無茶な願いであっても、悪人の願いであったとしても、強い想いがあれば願いは叶う。

 純粋な願いに善も悪も無いと知った。

 手段は違えど、最後に掴んだ物が世界を照らす光であるなら、それはきっと誰かにとっての花を咲かせるに違いない。


 何が正しくて何が悪いのか。

 人の数だけ想いや願いは異なる。


 だからこそ、見極める必要がある。



「レイヴンじゃなきゃ駄目なの?強い人はたくさんいるのに……レイヴンじゃなきゃ出来ない事なの?」


 リアーナの言いたいことは分かる。けれど、レイドランク以上の魔物への対処が出来る人間は限られている。

 世界中で発生する強力な魔物の排除は誰かがやらなければならない事だ。


「リアーナ。昔みたいにエリスと三人で暮らせたら、もしもそんな世界がまたやって来るとしたらどう思う?」


「どう…って、そんな事いきなり言われても……」


「仮定の話だ。難しく考えなくても良い。リアーナならどう思うのか教えて欲しいんだ」


 仮の話だと言ったレイヴンの目は真剣だった。

 リアーナは誤魔化したり茶化したりするべきでは無いと判断した。


「もしも、そんな世界が現実になったら、きっと私はつまらないって言うと思う」


「つまらない?何もかも元に戻るのに?」


「何もかも元通りだなんて、そんな都合の良い事なんて無いよ。でも……そんな夢みたいな世界が叶うなら、魔物がいない世界が良い。魔物混じりも産まれない。子供達がお父さんとお母さんと一緒に暮らせる世界が良いな」


「……それから?」


「毎日朝起きておはようって言って、畑を耕したり、ぼーっと空を眺めてたり、お腹が空いたらご飯を作って、夜にはお休みなさいって言って、お日様が昇ったらまた新しい一日が始まるの。私が望むのはそういう当たり前が楽しい世界だよ。特別な事じゃなくたって良い。今日みたいな日が毎日続いたら、それはきっと私にとって一番幸せな事だと思うから」


「エリスがいない世界でも……?」


「……うん。どんなに辛くたって過去を無かった事にするのは嫌。楽しい事も辛い事も全部受け止めて来たから今の私がいるんだもの。孤児院の子供達との出会いだって私には大切な思い出だし、血は繋がっていなくても、もう家族だと思ってるから」


 そう言って笑ったリアーナの顔はとても眩しくて、レイヴンの迷いを振り払ってくれるように温かい気持ちが湧いて来た。


 全てをやり直せるとしたら、それがこの世界にとって一番良い事だと思っていた。

 死んだ人達も、レイヴンが助ける事が出来なかった人達も皆んなが生きてやり直せる世界になれば幸せになれると考えていたのだ。


 けれどリアーナは言った。

 当たり前が楽しい世界が良いと。

 過去を受け止めて前へ進む強さをリアーナは持っている。


(今日みたいな日か……そうだな。確かにそうだ。俺達に特別なんか要らない)


「ねえ、レイヴンはどんな世界が良いの?」


「俺は……俺も今日みたいな日が良い。だけど、魔物がいなくなる事には反対だ」


「どうして?魔物がいなくなれば誰も襲われたりしないのに……レイヴンが冒険者だからそう思うの?」


(違う。人間は目に見える敵がいないと今度は人間同士で争いを始めてしまう。それでは駄目だ)


 人間の心に巣食う魔物はダンジョンにいる魔物よりも醜い。欲望に取り憑かれた人間の末路は悲惨で、周囲の人にまで影響を及ぼしてしまう。

 そういう人間は幾らでも見てきた。そしてそれは一部でしか無い。


 リアーナの願いを聞いてレイヴンの心は決まった。

 ずっと言わずにいようと思っていた。言ったところで未来の事など分からないし、第一出来るかどうかも分からない事だったからだ。


「話がある」


「変なの。話なら今してるじゃない」


「大事な話だ。リアーナにだけは知っておいて欲しい」


「レイ、ヴン…?」




 翌朝ーーー。



 夜明けと共にカレンとミーシャがリアムの街へ到着した。


 皇帝ロズヴィックはリヴェリアの予想通りというか何というか、フローラ達には会わずに途中で引き返した様だ。

 トラヴィスの魔眼の影響を受けていないと言った皇帝の言葉は真実だ。


 おそらく皇帝は知っていたのだ。

 トラヴィスの魔眼を解除する方法を。


「なるほどね。リヴェリアがそういう判断を下したのなら一先ずは任せておいて問題無いと思うわ」


「ああ。どうせマクスヴェルトも一枚噛んでいるんだろう。こちらから首を突っ込んで引っ掻き回されるのは御免だ」


「賢明な判断だと思うわ」


 二人の間にどういう取り引きがなされていたのかは分からないが、帝都にあるトラヴィスの研究施設にいる魔物を排除しろと言ったのはリヴェリアの頼みだったからだと思う。

 であれば、皇帝の本当の目的は何なのか。魔眼を解除する方法を知っていながらトラヴィスを泳がせているのだとしたら、鍵を握っているのはステラだ。


「そういや、何でこんなに時間がかかったんだ?」


「うぐぐ…!聞いて下さいよランスロットさん…!!!」


「うおおっ⁈ ミ、ミーシャか⁈ どうしたんだその目の隈……」


「魔物はエレノアさんが殆ど倒してくれたんですけど……その後でカレンちゃんの能力が切れた人達が皆んな倒れちゃって……三日も寝ないで薬を作ってたんですぅぅぅ……」


「お、おう……そりゃ大変だったな」


 カレンの使う大号令は反動が大きい。集団戦なら無類の強さを発揮するが、勝ち切らねば一転して無防備を晒すことになる。

 団長カレンの遠征について行きたがらない者が多いのはカレンの奔放で好戦的な性格だけが理由では無いという事だ。


「他人事⁈ 今、ランスロットさん完全に他人事でしたよね⁈ 」


「い、いや、それは仕方ねぇだろ」


「そのくらいにしておけ。これで全員揃った。出発するぞ」


「ええ⁈ 今からか?リアーナに挨拶しなくて良いのか?」


「ああ。昨日済ませたからいいんだ」


「……ふうん」


 目指すは妖精の森。

 マクスヴェルトはかつてレイヴンに言った。

 南へ行くのならパーティーを組むことが条件だと。

 それが一体どういう意味があるのか。今なら条件は揃っている。


「行くぞ」


 レイヴン達は太陽の光が昇りきるのを待たずに南へ向けて出発した。

次回投稿は2月5日を予定しています。

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