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レイヴンとリアーナ

 地上へ戻ったレイヴンを待っていたのは弓矢を持った兵士だった。両手を上げて敵意が無い事を示している。


「中に人間が三人いる。回収しておいてくれ」


「私の正体を聞かずに、ですか?」


 兵士から質問を投げかけられたレイヴンはドアを開けようとしていた手を止めた。


 今更正体も何も無い。

 どうせリヴェリアの部下だ。


「ライオネットに伝えてくれ。トラヴィスの事はルーファスに任せて手を出すな。頼んだぞ、ロイ」


「…流石ッスね。偽装は完璧だと思ったんッスけど」


「気配を偽るのは面白い能力だが、魔力の波長が変わって無い。せめて魔力を限界まで抑えるんだな」


 レイヴンはそれだけ言うとリアムの街へ戻るべく飛翔した。



 残されたロイは頭を掻いてレイヴンの背中を見送りながら溜め息を吐いていた。


 ロイの特技は“偽装”

 今回は特に慎重に行動する為に、風鳴のダンジョンで荷物運びに変装していた時には使っていなかった気配を偽る能力を使っていた。

 声、身長、体重の三つを破綻しない範囲内ではあるが、別人の様に変えられる。

 初見で見破ったのはリヴェリアに次いで二人目。それも魔力の波長を見極めてとなると言葉も無い。


「魔力を抑えろッスか。偽装しながらの魔力操作はしんどいッスけど、アドバイスは素直に嬉しいッスね」


 ロイは偽装を解いて地下へと姿を消した。




 ーーーーーーーーーーーーーーーー




 リアムの街へと戻ったレイヴンはクレア達への帰還の報告もそこそこに、食事の準備をしているリアーナのいる厨房にやって来ていた。


 小気味良い包丁の音と無駄の無い手際の良い動き。スープの入った大鍋をかき混ぜる姿も様になっている。

 料理が苦手だったリアーナの面影は無い。


「レイヴン、何もしないのならお皿を人数分並べておいて」


「俺が?」


「当たり前じゃない。此処には私の他にレイヴンしかいないでしょ?ほら、どいて!そこに立っていられると邪魔なの」


「あ、ああ……」


 レイヴンはリアーナに言われるがままに皿を準備し始めた。


「もう、どこ探してるのよ。食器棚はあっち!」


「そ、そうか。こっちか……」


 リアーナとは対照的にぎこちない動きのレイヴン。


 こうして食事の準備を手伝うのは、まだエリスが生きていた頃以来だ。手伝いと言っても、金を稼ぐ為に冒険者の依頼を立て続けにこなしていたレイヴンが食事の時間に帰って来る事は滅多に無かった。

 何日もダンジョンに潜って魔物を倒し、ピンはねされた安い報酬を手にして帰る。

 強風が吹けば倒れてしまいそうなボロ小屋に戻ったらエリスの用意しておいてくれた食事を食べて寝るだけ。ずっとその繰り返しだった。


「用意出来た。その……次は何をすれば良い?」


「……じゃあ、お水を汲んで来て。桶はそこにあるから」


「わ、分かった。行ってくる」


 水汲みならお手の物だ。この街に滞在していた時に畑仕事を手伝っていた。

 レイヴンは桶を担いで井戸へと向かった。



 一方でクレア、ルナ、ランスロットの三人は、せっせとリアーナの手伝いをするレイヴンを見て首を傾げていた。


「レイヴンどうしたんだろう?」


「あんなレイヴン初めて見るよ」


 無愛想な顔はいつも通りにしか見えないのに、三人のすぐ側を通っても見向きもしないなんて変だ。


「多分あれは何かあったな」


「何かって?怪我してる様には見えなかったけど」


 魔物を倒す依頼でレイヴンがしくじるだなんて考えられ無い。街に帰って来た時、念の為に渡しておいた魔力回復薬の瓶が空になっていたところを見るとと、何か大きな力を使う事態になった事だけは分かる。


「何て言えば良いか……確か、俺がレイヴンと会ったばかりの頃にもああして落ち着かない素振りを見せる事が何度かあったんだ。その時はふらっと何処かに行って、また暫くしたら何でもないって面して帰って来てたんだけど、理由は聞いても教えてくれなかったなあ」


「何それ、全然分かんないじゃん」


「むぅ……使えない」


「使えないって……。な、何だよ……お前ら最近あたりがキツくねぇか⁈ 」


「あ、レイヴン戻って来た」


 やはり様子がおかしい。

 三人に気付いていない筈が無いのに、また何も言わずに通り過ぎて行ってしまった。



 厨房へ戻ると美味しそうな料理の香りが漂って来た。

 今用意しているのはリアム達の分。周辺の調査と訓練を兼ねた狩りへ出かけていた仲間がもうすぐ帰って来るのだそうだ。


「リアーナ、水を汲んで来たぞ。ここに置いておく」


「そう、ありがとう」


「あ、ああ、構わない。いつでも言ってくれ」


 何気なく言った一言。

 リアーナは持っていたパンの入った篭をテーブルに勢いよく叩き付けた。


「いつでもって何……」


「……リアーナ?」


 俯いて肩を震わせたリアーナは心配して肩を掴もうとしたレイヴンの手を払い除けた。


「触らないで!」


「……ッ⁈⁈ 」


 ぼろぼろと涙を流すリアーナはレイヴンの胸板に何度も何度も拳を叩きつけて叫んだ。


「いつもいつもいつもいつもいつも!!!レイヴンは肝心な時に居ないじゃない!約束したのに手紙の返事だってたまにしか来ないし!いきなり移住だなんて言われて、どれだけ私が不安だったか…!あの街にはエリス姉さんのお墓も、私達が一緒に暮らした想い出だってあったのに!!!今日だって無事に戻って来たと思ったら、ずっと厨房に入り浸ってウロウロしてるだけだし!」


「聞いてくれ、俺はただ……」


「私はエリス姉さんじゃない!!!」


「……ッ!」


「言いたいことがあるならはっきり言ってよ!……私には分からない……ちゃんと言葉にしてくれなきゃ、レイヴンが何を言いたいのか分からないよ……エリス姉さんみたいには分からない……分かってあげたくても、私じゃあ分からないの。私はエリス姉さんの代わりなんかじゃない……」


 レイヴンは泣き崩れたリアーナの肩を抱いてやる事も出来ずに立ち尽くしていた。


 リアーナの叫びはこれまでずっと我慢してきた不安が溢れ出したものだった。

 エリスの双子の妹であるリアーナに死んだエリスの面影を重ねていなかったと言えば嘘になる。

 それでも、リアーナ達の事を考えていなかった訳では無い。孤児院を運営する資金を稼ぐ為、三人で暮らしたあの場所を離れなくても良い様に出来る限りの事をして来たつもりだ。


(つもり、だっただけなのか……)


 全てが無駄だったとは思わない。どれも必要な事だ。けれど、肝心のリアーナの事を考えていなかった事に気付けなかった。

 今必要なのは謝罪の言葉では無い。ありのまま素直な言葉だ。


「俺にはエリスの面影がリアーナに重なって見える事がある。エリスの事を忘れるなんて、俺には無理だ」


 リアーナの体がビクリと震えたのが伝わって来る。


「だけど、今回の事とは関係無い。俺はただ、むしゃくしゃしていたからリアーナの側に居たかっただけだ。別に何か言いたかった訳じゃない」


 当然、リアーナもレイヴンが嘘を吐かない事を知っている。今でこそ普通に喋る様になって来たレイヴンだが、昔は本当に殆ど単語でしか喋らなかった。


「……居たかった、だけ?」


「ああ。エリスだからとかリアーナだからとか、そういう事じゃ無い。俺がエリスの傍ににいた時、エリスは俺に何も聞いて来なかった」


 レイヴンと一緒に居る時のエリスは、まるでレイヴンが何を望んでいるのか分かっている様だった。


「嘘……」


「嘘じゃない。俺は、その……むしゃくしゃした時に二人と居ると不思議と気持ちが落ち着いたんだ。だから、エリスはエリスで、リアーナはリアーナだ。エリスはもう居ないけれど、リアーナの傍にいれば気持ちが楽になると思ったんだ。すまない。もっとリアーナの声を聞くべきだった。えっと、それから……困った、上手く言えない……」


「レイヴン……」


 リアーナはレイヴンの胸に顔を埋めたまま強く抱きしめた。


「リアーナ?」


「ごめん、レイヴン。私、酷い事いっぱい言っちゃった……」


 勘違いをしていた。

 レイヴンは元々感情を表現するのが苦手だった。そんなレイヴンが自分から何かを言うだなんて事は無い。いつだってエリスがレイヴンが言いたいことを上手く聞き出していた。

 つまり、エリスは分かっていたのでは無く、分かろうとしていたのだ。だからレイヴンが傍にいても無理に聞き出そうとはしなかった。


「……良いんだ。俺もまだまだだな……」


 レイヴンは優しくリアーナの肩を抱き寄せて呟いた。




 厨房の外ではクレア達三人が深妙な面持ちで座り込んでいた。

 レイヴンとリアーナの前でエリスが死んだ時の話をするのは禁句だ。昔、何があったのかは詮索しない様にしている。


「そういう事だったのか。成る程ね……そりゃ聞いても教えてくれない訳だ」


 レイヴンにとってエリスとリアーナは心を許せる家族であり、大切な存在だ。一種の精神安定剤の役目を果たしていてもおかしくない。

 他人に踏み込ませたく無いのも分かる気がする。


「何あっさり納得しちゃってるんだよ。僕はショックだよ……」


「レイヴン、私達にはああいう事絶対に言わない……」


 クレアとルナの存在もレイヴンにとっては家族同然だ。二人に対するレイヴンの態度は親馬鹿と言っても良いくらいに過剰だ。


「馬鹿だなあ。言う訳無いだろ」


「「何で⁈ 」」


「レイヴンにとってお前らはまだ守らなきゃいけない存在って事だよ。魔物を倒せるとかそういう事じゃ無いってのは分かるだろ?」


「「……」」


 クレアとルナはそれ以上口を開くことは無かった。

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