レイヴンの気付きとライオネット
レイヴンの眼下に見えるのは西の大国アルドラス帝国だ。
以前は攫われたクレアを追って来た。あの時は帝国がどうなっているのか気にも留めなかったのだが、こうして上空から眺めているだけで、帝国がかなり計算された構造をしているのが分かる。
(改めて見るとデカい城だ。研究施設とやらはあの辺りか)
街は城を中心として東側に広がっており、反対側には広大な田園地帯がある。騎士団や兵士がいるのは、それらの更に外側。以前レイヴンが破壊した城壁も綺麗に修復されている。
城、街、田畑、兵舎の四つは、それぞれが独立した区画として壁で区切られている。
とりわけ特徴的なのは、兵舎が帝国の外周に沿う形で配置され、更に一定間隔毎に細かく仕切られている壁だ。
魔物の侵入を防ぐと同時に、被害が拡がらない工夫があちこちに為されている。仮に突破されてもこれなら時間を稼ぎながら戦えるだろう。
「成る程。守る為の国か……」
帝国だの共和国だのレイヴンには分からない。どちらが良いと聞かれても、そもそも国という物に何を期待し、求めているのかピンと来ないのだ。
(ん?待てよ?)
リヴェリアは皇帝ロズヴィックと話している時、記憶が戻ったと言った。そして南にはレイヴンの失われた記憶にまつわる何かがあるという。であれば、それはリヴェリアにも関係しているという事だ。
思い返してみれば他にも違和感のある出来事が多々ある。
そもそもだ、中央大陸に国という概念など無かった。ならば、王家とは、貴族とは?今まで当たり前の様に何の疑問も抱かなかったのは何故なのか?
結論を導き出したレイヴンは舌打ちをして顔を顰めた。
「思考誘導だと?ふざけた真似をしてくれる。それも俺だけじゃない。中央大陸に住む者達全員に対してだ」
レイヴンの遥か後方に見える世界を隔てる壁は外界と中央大陸とを分断する様に展開されている。
初めは外界の脅威から中央大陸を守る為に必要な物だと思って疑わなかった。けれど、北のニブルヘイム、東の魔鋼人形の国も自分達が生き延びるだけで精一杯だった。
西の帝国にしたってそうだ。騎士達は確かに強い。けれども、彼等の戦闘技術は対人間を想定した物で、中央の冒険者に比べると魔物への対処には慣れていないと思う。
魔物だってそうだ。脅威となるレイドランク以上の魔物は中央大陸の方が遥かに多い。
「レイヴン!」
竜騎に乗ったライオネットが近付いて来た。
「ライオネットか。久しぶりだな」
「ええ、風鳴のダンジョン以来になりますね。それはそうと、何故此処に?それにその姿……」
「皇帝ロズヴィックとリヴェリアから話は聞いている。俺が此処に来たのは皇帝の依頼を受けたからだ」
「皇帝から?」
ライオネットは少し思案した様な素振りを見せかと思うと、“ああ、なるほど” と小さく呟いた。
(まったく…相変わらず勘の良い奴だな)
レイヴンは、どうしてSSランク最年少のライオネットがリヴェリアの側近を務めているのか、改めて思い知らされていた。
ライオネットは戦闘能力もさる事ながら、情報の分析においても秀でた能力を持っている。
「レイヴン、もしや皇帝は……」
「俺が皇帝から受けた依頼は、トラヴィスが隠している地下施設内にいる魔物の排除だ」
「成る程、了解しました。やはりそうでしたか。皇帝の件はゲイル達にはまだ伏せておきます。あまり無茶をし過ぎないで下さいよ?“お嬢” の狙いは時間稼ぎでしょうから」
(本当に大した奴だ)
皇帝からの依頼という言葉だけで、即座にリヴェリアの意図を汲み取ってみせた。
その意味するところは……
『皇帝を信用してはいない』
そういう事だ。
記憶が戻ったリヴェリアが、旧知である筈の皇帝ロズヴィックの前で本来の姿に戻っていなかった理由は正にそこにある。
リアーナを連れて来てまでレイヴンに暴れさせ無い様にしたのも、手の内を見せない為と考えれば得心がいく事ばかりだ。
「ああ。分かっている。ところで…」
「何ですか?」
「お前はどうしてリヴェリアの事をそこまで信用出来るんだ?」
質問の意味が分からない筈は無い。ライオネットはキョトンとした顔をして固まっていた。
「レイヴン、その質問は今更ですよ。お嬢は確かに謎の多い人です。竜人だと聞かされた時には流石に驚きましたし、それ以外にもまだ何かを隠していると思っています」
「なら、何故?」
「僕達がお嬢の事を“信頼” しているからですよ。レイヴンが中央にいない間、お嬢は僕達やランスロット達にとある秘密を打ち明けてくれました。だからという訳ではありませんけど、嬉しかったんですよね。それに、楽しいじゃありませんか」
「楽しい?」
「ええ、そうです。正直に言うと、冒険者になる前まで毎日退屈でした。自分よりも強い人や賢い人がいるだなんて思って無かったんですよね。でも、お嬢と出会って世界が広がりました。悔しさよりも、何もかも敵わないお嬢に惚れたんです。一緒に居るとトラブルに巻き込まれる事も多いですけどね。まぁ、何より退屈しませんし。それが楽しくて」
楽しいと言って笑うライオネットの顔は年相応の少年の様だ。
Sランク以上の冒険者は常人とはかけ離れた力を持つ者ばかりだ。クレアやルナといった例外を除けば、ライオネットと同じ年頃の少年達の中でも浮いた存在だったであろう事は想像に難くない。
「……」
「レイヴンは、お嬢は何を考えているの分からないと思っているのでしょう?」
リヴェリアの金色の目はいつだってずっと先を見ている。得体の知れないという意味ではマクスヴェルト以上だ。
「違うんですよ。普段のお嬢は感情を隠しません。お嬢が何を考えているかなんて、レイヴンだって普段のお嬢を見ていればきっと分かります」
「そういうものなのか?」
「ええ。だけどレイヴンには少し嫉妬してしまいます。お嬢やマクスヴェルト様がレイヴンに対してそういう態度をあまり見せないのは、対等な関係でありたいという想いの表れではないでしょうか?弱味を見せたく無い訳じゃ無いけどってやつですよ。羨ましい限りです」
「ふん……回りくどい事だ」
「ふふふ、貴方もですけどね。おっと、長話が過ぎました。そろそろ戻らないと」
「ああ、引き留めて悪かったな。それと、話せて良かった」
「本当に変わりましたねレイヴン。今度、ガハルドとも話してあげて下さい。きっと喜びますよ」
「気が向いたらな」
ーーードクン!
魔剣に魔力を流し込み、翼を広げて息を吸い込む。
深く、深く。
目的は威嚇。
人的被害を最小限に抑えつつ、抵抗は無駄だと思い知らせる。
深く、深くーーーー
ーーードクン!
魔剣の鼓動を合図に帝国全土に響き渡る咆哮を放った。
大気を揺るがすレイヴンの咆哮は帝国民の恐怖を揺り起こす。
魔物の襲来を告げる鐘の音が鳴り響き、城壁の兵士を残して他の兵士は民を先導して退避し始めた。
「無茶をしないでくださいって言ったのに……。でも、これはこれで……」
「さて、さっさと終わらせよう。クレア達が待ってる」
これから始まるのは一方的な蹂躙だ。
帝国の地下に蠢く魔物を一体残らず駆逐するまで終わらない。
レイヴンは地下施設がある場所目掛けて急降下して行った。