会談 後編
どいつもこいつも、どうして勝手に話を進めてしまうのだろう。
レイヴンは状況に流される事に苛立ちを募らせていた。
ゲイルとの約束も大事だが、今やトラヴィスを排除する事はレイヴンの目的でもある。ステラを見つけて真意を聞き出す事も忘れてはならない。けれど、皇帝とリヴェリアの思惑に流されるのはどうにも釈然としないのだ。
しかもリアーナ達までこの街に呼ぶなんて、いくらこの街の方が安全だとしてもやり過ぎだ。
「レイヴン、魔眼についてどの程度知っている?」
魔眼とは特殊な異能の一つで、先天的に持って産まれるとされる。
オリジナルの魔剣と同じく、伝承や文献には殆ど情報が残ってはいない。分かっているのは、魔眼を直接見ることで対象者の記憶や精神に対して情報の書き換えを行うという事。
一度レイヴンが魔眼の支配を受けた時には目を見ない事と意識を強く保つ事で切り抜けられた。要は相手の力を上回る事が出来さえすれば良いという事だ。
「……こんな所だ。あれは平たく言ってしまえば一種の催眠、洗脳の類だ。無意識のうちに術中にハマってしまうのは脅威だ。しかし、奴の目を見なければどうと言う事は……」
「ふむ。一般的に伝わっておるのはそんなところであろうな。だが、それは魔眼の本当の力では無い。目を見なければ影響を受け無いのであれば魔眼などという大層な呼び名がついたりはせぬ」
「他にも影響を受ける条件があるという事ですか?」
「そうだ。アレにはいくつか段階がある。魔眼の本質は闇。そしてもう一つ“歪み” だ。条件を一つ満たす毎により強固な術となる。しかし、その方法が分からないのだ。トラヴィスを排除しただけでは駄目だ。魔眼の効力は本人が解除するか、正しい手順を踏まぬ限り、魔眼の持ち主が死んだ後も効果が残ってしまう」
(まるで呪いだな……)
洗脳と言えばカレンの持つ異能『軍神の大号令』も人を支配する術としてはかなり特異で強力なものだ。支配が解けた時の反動も大きいが恩恵も大きい。無理に逆らえば精神崩壊もあり得る危険がある。
「で?結局お前は何が言いたいんだ。まさか、自分が動けないから俺に代わりに動けとでも言い出すつもりか?」
「つくづくリヴェリアに聞いた通りの奴だな。物怖じせぬ態度と良い、物言いと良い、儂はこれでも皇帝なのだがな……」
「だから何だ。お前が皇帝だろうが、神だろうが悪魔だろうが、俺には関係無い事だ」
「…で、あるな。確かにその通りだ。儂が皇帝である事は関係の無い事だったな。許せ。お前と話していると楽しくてつい、な」
皇帝という地位にいながら、こうもあっさり自分の非を認められては拍子抜けだ。
器が大きいのか、それとも狸爺いなのか。
(チッ…やり難い爺さんだ)
「ふふふ。レイヴンもそういう顔が出来る様になったのだな。良い傾向じゃないか」
「煩い。余計なお世話だ。黙って菓子でも食べてろ」
リヴェリアは肩を竦める仕種をして菓子を口に放り込んだ。
皇帝はそんなリヴェリアの様子を見て驚いた様子だった。おそらく、皇帝にとってもリヴェリアの気さくな姿を見るのは初めてなのだろう。
「もういい。さっさと用件を言ってくれ。予め言っておくが、俺に出来るのは戦うことだけだ。それ以外の事ならリヴェリアにでも頼むんだな」
「分かっている。儂はトラヴィスの魔眼に支配されたフリしている訳だが、察しの通り側近も今日連れて来た部下達も、段階は分からぬが魔眼の支配を受けている。辛うじて支配に逆らっている者もいるのだが、時間の問題だ。そこでだ……」
「なら、東の国にいるフローラに聞け。魔眼への対処法を知っているらしいぞ」
「いや、お前には帝国でひと暴れして貰いたいのだ」
「はあ⁈ 」
あまりにも突拍子も無い発言に思わず変な声が出てしまった。
魔眼への対処法が知りたいという話だと思っていたのに、帝国で暴れろとはどういう事なのだろう。
「聞けば第八騎士団団長ゲイルに協力するそうではないか。魔眼への対処法も必要だが、先ずは帝国内施設にいる魔物を根こそぎ倒して、トラヴィスの力を削いで欲しいのだ」
さっぱり意味が分からない。
魔核を使って魔物混じりですら無いゲイルやユッカを魔物堕ちさせた手段を断ちたいというのは理解出来る。しかし、無闇にトラヴィスを刺激しては何をしでかすか分からない。事はもっと慎重に運ぶべきだ。
「ゲイルは今現在、ライオネット、ガハルドと共に帝国領に向かっている。叔父上の話では帝国内にもトラヴィスを排除しようと動いている組織があるそうだ。私達は彼等に協力して魔眼の支配を受けている者を洗い出し、可能な限り支援する。レイヴンの役目はその為の露払いだ」
「簡単に言ってくれる。だが、どうして俺なんだ?ゲイルに力を貸すとは言ったが、転移魔法の使えるマクスヴェルトが動けば良い話だろう。あいつにも少しは働けと言ってやれ」
「私とマクスヴェルトはこれから暫くは中央から動けない。色々と準備があるからな」
(準備?)
どうせまた碌でもない事を企んでいるに違いない。そういう事なら首を突っ込まない方が良い。
「お前が適任なのだ。一年前、帝国内に響き渡った咆哮は今でも帝国民にとって畏怖の対象となっている。それに一部の兵士とも交戦しておるだろう?情け無い話だが、お前がまた帝国に姿を見せたとなれば、多くの者が戦わずに逃げ出すのは想像に難くない。しかし、施設を襲撃するのであれば都合が良い。儂が言ってはならんのだが、恐怖は人を縛る上で最も効果的な手段だからな」
「……」
人を使うのが上手い奴とはこの二人の事を言うのだろう。弱味につけ込むと見せて、実の所状況を上手く利用しているだけだ。
それがさも当然の事の様に自然に話を進めてしまうのだからたまったものでは無い。こちらの事情など御構い無しだ。
「それからーーー」
「まだあるのか……」
「儂はこのまま東を目指してフローラという者に会って魔眼への対処法を聞いて来るとしよう。お前は施設を襲撃して魔物を排除した後、南にある妖精の森を目指せ。現在、帝国とは敵対関係にあるが、妖精族の長は話の分かる人物だ。彼等の協力を得るのだ」
まただ。
どうしてこうも……。
「だから、勝手に決めるな!」
「そう言うなレイヴン。どうせ南へ行く予定だったのだろう?」
「そういう問題じゃあ……」
「私はとある事情があって記憶の一部を封印されていた。レイヴンには話さなければならない事が沢山ある。しかし、その前に妖精の森の奥にあるという大樹を見つけるのだ」
「大樹?何だそれは?」
「行けば分かる。レイヴンの失われた空白の記憶にも関係している事だ」
「……」
空白の記憶。
レイヴンには幼い頃の記憶が殆ど残っていない。ステラとルナ、そしてレイヴンの三人で暮らしていた僅かな記憶の他には森の中で死に掛けていた記憶しか無い。
「では、この辺りで終いとしよう。何やら心配して落ち着かない者達がいるようだからな」
皇帝の視線の先にはクレア達の影が天幕に映っていた。リアーナと子供達の影まである。
(何をやってるんだ……)
「…ふふ。レイヴン、お前に会えて良かった。リヴェリア、後はお前に任せた」
「お任せ下さい、叔父上」