会談 中編
すみません。長くなり過ぎたので分割しました。
天幕の中にはレイヴン、リヴェリア、そして皇帝ロズヴィックの三名が残った。
クレアとルナの二人はリアーナと子供達の護衛をしているランスロットの元へ移動している。
先ずは皇帝ロズヴィックが帝国内の現状を説明すると言い出したので、ゲイルから聞いている約一年前の情報との溝を埋める事にした。
いくら皇帝自らの言葉でもトラヴィスの魔眼の影響下にある事と、目的が今一つ不透明なステラが噛んでいる以上、全てを信じる訳にはいかない。
“ここは慎重に情報を精査しよう”
そう考えていた自分が馬鹿らしい。
「は?今、何と言った……?悪いがもう一度言ってくれ……」
ストーンゴーレムを高速で頭に叩き付けられた様な激しい頭痛がする。魔核の共鳴を間近で受けた方がまだマシかもしれない。
大体、リヴェリアもリヴェリアだ。皇帝との繋がりがあったにも関わらずそれを教えなかったばかりか呑気に菓子を食べている。
記憶がどうのと言っていたのに、それにも触れようとしない。
「儂は第一騎士団団長トラヴィスの魔眼の影響を受けてはいない。これまでの事は全て演技だ」
「本気で言っているのか?お前の言葉を信じる証拠は?」
「うむ……難しいな。魔眼の影響を受けていない事の証明は、ありもしない事、存在しないものを証明する様なものだからな。信じてもらう他無い」
(皇帝がトラヴィスの魔眼の影響を受けていないのなら、帝国内の現状は一体何故野放しになっている?)
ゲイルの話では既に帝国内にトラヴィスの魔眼の影響を受けた者が多数存在する。それも指揮官クラスの家臣を中心に有力貴族にまで手が伸びているだろうという見解だった。
皇帝の話ではそれよりも深刻な状況にあるそうだが、肝心要の皇帝が魔眼の影響を受けていないとは全くもって理解不能だ。
それならば何故トラヴィスを止めなかったのか……。
ルーファスも皇帝が操られていると言っていたし、トラヴィスに対して叛旗を翻すつもりで動いているのは間違い無い。
「演技とはどういう意味だ?それが本当だったとして、何故トラヴィスを野放しにしている?」
「魔眼の支配を解く方法が判らぬからだ。臣や民にかけられた魔眼の影響を解く方法がどうしても見つからないのだ」
(嘘を吐いていない。いや、真実だとは……)
「レイヴン、大丈夫だ。この方は信頼できる」
リヴェリアの金色に輝く目はいつにも増して澄んでいる。今度は一体何処まで見えているのか……。
「何故言い切れる?俺がリヴェリアの事も疑っている事を忘れるな。俺の知らない内にトラヴィスの魔眼の影響を受けていない証明が出来るのか?」
「それを言い出したらキリがないではないか。レイヴンが納得する説明をするとすれば、竜人だからだ。竜人に支配系統の魔法をかけられるのは同じ竜人だけ。魔の力では聖の力を持つ竜人を支配出来ないのだ。その逆も然りだ」
「だが、そこの皇帝は魔物混じりだろう。それに奴の近くにいた。それでも影響を受けていないと言い切れるのか?」
「うーん、この方は私の叔父だ。本来は純粋な竜人なのだが……少々変わった人でな……」
「叔父……?いい加減にしてくれリヴェリア!さっきから何なんだ!ちゃんと説明しろ!」
世界を隔てる壁の件ですらレイヴンには詳しい事は知らされていない。知ろうとしなかったのはマクスヴェルトとリヴェリアが何か企んでいるからだと思っていたからだ。けれど、ここに来てその事が裏目に出ている。
「やれやれ、早々にバラしおって。仕方ない、説明してやる」
皇帝ロズヴィックは帝国を築き上げる以前から、魔物混じりも種族も関係無く暮らせる国を作るという野望を抱いていたそうだ。
だが、魔物混じりに対する根強い差別意識を取り払うには情報が少な過ぎた。
魔物堕ちする条件も不確かな上、魔物堕ちした者は異常な力を発揮して人間や魔物を襲う。かと言って倒そうにも只の人間では歯が立たない。
ロズヴィックは長きに渡る研究と観察の結果、彼等の多くが酷い迫害を受けた後等に魔物堕ちしている事を突き止めた。魔物の血の濃さや血統では無く、精神状態が大きく関わっていると気付いたのだ。
満たされる事の無い彼等は生きることに絶望し魔物堕ちするのだと。
「人の心とは難しい。環境を変え、争いを無くしてやれば心は満たされると思っていた。だが、それは儂の一方的なエゴでしか無かったのだ。彼等は特別扱いされたい訳では無い。その事に気付くのに随分時間が掛かった」
「そんな事は当たり前だろう……。俺達は好き好んで魔物混じりとして産まれた訳じゃない……!特別なんか要らないんだ。ただ普通に生活出来れば良いだけだ」
「…その通りだ。しかし、当たり前で無い者にとってはそうでは無い。お前も身に覚えがあるのではないか?当たり前である事と普通である事。その基準は一体何だ?誰が決める?」
「それは……」
「そうだとも、答えなど無い。人は自らが置かれた環境の中で少しでもマシな選択をする生き物だからな。当たり前も普通も通用しない。故に、人の心は難しいと言ったのだ」
同じ境遇に無い者がいくら保護と平等を唱えたところで、その言葉には何の説得力も無い。上辺だけの優しさなど辛いだけだ。
レイヴンがそうであった様に、腫れ物に触るように疎まれ続けた彼等の多くは、ただ皆と同じ様に生活がしたいだけだった。
「そこでだ。儂は彼等の気持ちを理解し、自らの言葉を証明する為に、自分の体に魔物の血を取り込み魔物混じりとして生きる事にした」
「馬鹿な……そんな事をすれば……」
「魔物堕ちするか?儂は既に何百年もの間この状態で生きている。儂が皇帝で生活が満たされているからでは無い。逆なのだ。未だ儂の思い描く理想には程遠い故の事。儂が倒れては多くの民が信じるべき“生き証人”を見失ってしまう。共和制では無く帝国制を選んだのも、儂が道標として立ち続ける為なのだよ」
自分から望んで魔物の血を受け入れるだなんて狂気の沙汰としか思えない。皇帝が竜人であるなら尚更だ。
リヴェリアが言った様に聖と魔は反発する。普通の人間が魔物の血を制御出来ないのとは訳が違う。
「な?変わった人だろう?私には到底思い付かない事を平然とやってのける」
「何を呑気な事を言っているんだ⁈ 自分から望んで魔物混じりになるだと⁈ それも竜人の身でだなんて…!お前は馬鹿なのか⁈ それともイカれているのか⁈ 数百年だろうが何千年だろうが、お前が魔物堕ちしない保証など無いじゃないか!!!」
激しい怒りを露わに叫んだレイヴンの顔は胸の内にある不安を表しているかの様に悲痛なものだ。
皇帝はそんなレイヴンを見て確信した。
「なるほどな。それがお前の中にある恐怖の正体か。お前は優しい男だな」
「どういう意味だ……?馬鹿にしているのか?」
「いいや、褒めているとも。お前は自分の体を蝕む魔を制御出来ている。あれ程の力を振るっても尚、お前は魔物堕ちしていないのが証拠だ。これは驚異的な事だ。まあ、感情の方はそう上手くいかぬ様だがな。しかし、幸いお前は他人の為に力を振るう意味を知っている」
「……」
「分からないという顔だな。他人の事を考える。これは大事な事だ。魔物混じりの多くは他人の事を考える余裕など無いからな。そして儂もそうだ。理想の為に国を興して皇帝の座についても常に魔物堕ちの恐怖が付き纏う」
「だったら何で……!」
「言ったであろう。儂が道標となる為だ。儂の中に流れる竜人の血は魔物の血と絶えず反発しているからな。……さて、ここからが本題だ」
皇帝ロズヴィックはそう言って獰猛な笑みを浮かべた。