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西へ

 

 頬に触れる温かい手。

 レイヴンは白い空間で目を覚ました。


「もう、良いのか?」


『うん…ずっと言いたかった事も言えたから……』


 膝枕というやつはどうにも心地良い。

 初めてだからなのか、それともシェリルだからなのか。

 こうしているだけで張り詰めていた色々な物が癒されていく様な気がする。


「そうか。……シェリルという名前だったんだな」


『隠してた訳じゃ無いのよ。記憶がね……』


「なあ、シェリル…。お前は俺のーーー」


『レイヴン。無茶は駄目よ。それから、ちゃんと栄養のあるものを食べて、睡眠もちゃんと取らなきゃ…それから、皆んなと仲良くね。それから……』


 やはりそうなのだろう。

 けれどこれ以上は聞かない方が良いのかもしれない。何故だか分からないが、聞けばそれきりもう話が出来ない気がしていた。


「何だ急に……」


『あ、ごめんなさい…そ、そうよね…!何で急にこんな事……無し!無しだから!今のは忘れて!』


 微かに聞こえた時間が無いという言葉がレイヴンの頭をよぎった。


「……いや、覚えておく。何か伝えたい事があるなら俺に言え。そのくらいならやってやる。だから、その……」


『ふふ。ありがとう、レイヴン』


「勝手に頭の中を覗くな…」


「ふふふ…」


 頭を撫でる優しい手の感触を最後にレイヴンの意識は再び浮上して行った。



 ーーーーーーーーーーーーーーーー



 レイヴンの意識が戻るとカレンが抱き付かれた状態だった。

 二人がどういう知り合いなのか、何故自分の中にいるのか、そういう詮索はしないつもりだ。


(相変わらず便利な能力だな。もう傷が塞がりかけているのか。この嫌な感覚さえ無ければ歓迎するんだが……)


 カレンの加護のおかげで傷はもうかなり治って来た。

 この力は加護と呼ばれるだけあって、所謂、神聖魔法や精霊魔法に分類される。魔物混じりでも効果はあるのだが、魔物の血が濃いレイヴンにとっては感覚を阻害されてしまう為、あまり良い感じがしない。

 魔物混じりの赤い目とリヴェリアと同じ金色の目。

 本人が喋らないのでどうでもいいが、つまりはそういう事だ。


「そういう一面もあるんだな」


「レ、レイヴン⁈ あ、いや、これは!」


「どいてくれ。もう立てる」


 ミーシャの作った魔力回復薬は本当によく効く。空っぽになっていた魔力が短時間のうちに体を動かせるまでに回復しているのだ。レイヴンが持つ魔力の総量からすれば微々たる物なのだが、カレンの言う様に市販の回復薬よりも遥かに効果は高い。相当な努力をしたと聞いてはいたが、これはもう才能と言って良い。


「レイヴンが戻って来た!」


 ランスロットの後ろに隠れていたクレアが飛び付いて来た。


(クレアとルナにはかなり無理をさせてしまった。ミーシャも良くやってくれた…三人が居てくれなかったらどうなっていた事やら)


「レイヴン、もう起き上がっても大丈夫なのか?」


「ああ、取り敢えずは問題無い。それからカレン。さっきいた長老を此処へ呼べるか?」


「ええ、出来るけど、どうしてその人だけを?」


「長老に事情を説明した後、俺達は直ぐにこの国を出る。後の事はフローラとエレノアに任せれば良い」


 トラヴィスが出て来た以上、この国に留まるのは得策では無い。

 フローラに魔眼の対策を聞くつもりだったのだが、この国はこれからが大事な時だ。それにエレノアが生まれ変わった事による影響も大きい。今まではエレノアという最強の魔鋼人形を中心に纏まっていた人々が、これから先何を目指して生きて行くのか、法そのものの存在意義を改める必要もある。


「そりゃ良いけどよ、せめて一日くらい休んで行きゃいいのに。俺もこの街の酒飲んでみたいしな」


「あんた何しに来たのよ……」


「そうだよレイヴン。まだルナちゃんとミーシャお姉ちゃんも目を覚ましてないのに……」


「それは駄目だ。帝国内のいざこざであればまだ良かったが、トラヴィスを野放しにしておくのは危険過ぎる。別の場所でまた今回の様な事が起こらないとも限らないからな」


「なるほどな。で、本当のところは?」


 ニヤついた顔のランスロット。

 クレアもカレンも首を傾げて、その真意は分かっていない様だ。


「あの“糞野郎”は俺の大事な存在にまで手を出して来た。その代償がどれだけ高く付くのか思い知らせてやる。俺の事を善人か何かと勘違いしてるらしいからな」


 レイヴンはあくまで助けを求める声に応じる形で超常の力を振るって来たに過ぎない。

 光を照らして道を示してくれた大切な人達との出会いも、孤児院の事もそうだ。大切な存在を守る為、レイヴンがやりたいからやっている。


「俺は自分のこの力が誰かの為になるのなら、手の届く限り俺に出来る事をするまでだ。俺も最初は何度も何度も死にかけた。理不尽な目に遭う事もザラにあった。だから抗う力を持たない者の苦しみは分かっているつもりだ。……けれど、その行為自体を善だの悪だのという物差しで測った事は無いし、測るつもりも無い。俺が手を差し伸べる事で誰かを助ける力になれたのなら、それだけで良い。後は本人次第だからな」


 誠意には誠意を。見返りが無しという訳にはいかないが、心からの願いであるなら一度きりの食事が報酬であっても手を貸す。

 どんな目で見られようが、陰口を言われようが多少の事は聞かなかった事にしてやる。だが、目に余る悪意には悪意を持って返すだけの事。

 トラヴィスはやり過ぎたのだ。


「へへっ、だよな。だと思ったぜ」


「相変わらずね。私からすれば損な役回りだけど、嫌いじゃないわ」


「レイヴンかっこいい!」


(かっこいい…?いや、意味が……)


 そうこうしてる内に小人族の長老が現れた。

 額を流れる汗と血。破れた服が戦闘の激しさを物語っている。


「お呼びでしょうか、カレン団長閣下。何なりと御命令を……」


「閣下だあ?」


「カレン…団長と呼ばれるだけでは物足りないのか……」


「ち、違…!これは私の能力の影響よ!呼ばせてる訳じゃ無いって知ってるでしょう⁈ 」


「どうだか……」


「まあ良い。では状況を説明する」



 ーーーーーーーーーーーーーーーー



 新しい体を手にしたエレノアは魔物の群れを蹴散らして戦場を縦横無尽に駆けていた。白く長い髪を風に靡かせて戦う姿はさながら美しい舞を踊っているかの様に軽やかだ。


(体が羽の様に軽い!思った通りに動く!)


 スラリと伸びた手足から繰り出される攻撃には以前の様な重たさは無い。その代わりに柔軟な動きと相手の急所を正確に狙う精密さを手に入れた。


「はあ、はあ、はあ……これが疲労。この感覚は久しぶりです」


 荒くなる呼吸と汗をかく感覚。魔鋼人形として生きていた間ずっとあった違和感の溝が埋まって行く。何も自分を縛る物は無い。ただ純粋に願いの為に力を振るえる事への喜びがエレノアの心を満たしていく。


「誰だあれ……」


「おい!ボサッとするな!戦いに集中しろ!」


「いや、だけどあれ…人間、だよな?」


「美しい……」


 鬼神の如き圧倒的な強さで戦場を駆ける白い髪の美女の話は瞬く間に国中に広がって行った。


 混戦していようが、数の不利があろうが関係無い。疾風の如き軽やかな身のこなしと、ムチの様にしなやかで正確な剣捌きで魔物の群れを次々と薙ぎ払っていく。


「まさか……」


「いやいやいや、あれはどう見ても人間だろう?そんな筈……」


「エレノアなのか?一体どうなってるんだ?」


 低い姿勢から一気に間合いを詰める独特な戦い方には覚えがある。

 最強の魔鋼人形たるエレノアに勝つ為に研究を続けて来た彼等が見間違える筈が無い。


(この辺りの魔物は大体片付いたでしょうか……)


 もうどの位魔物を倒したかも分からない。次第に体の感覚を掴んで来たエレノアであったが、一人で戦っていたなら危ない場面もいくつかあった。


(これが共に戦うという感覚。異常な数ですが、彼等のおかげでどうにか押し返せていますね。しかし…)


 街の人達の体を覆っている不思議な光は、おそらくエリスの仲間の力による物だろう。

 エリスの不思議な力を体験した今となっては多少の事で驚いたりはしない。しないのだが……。


(エリス……本当にあの人は何者なのでしょうか)


 魔法使いが多くいるこの国でも、こんな大規模な魔法を使える者は存在しない。

 若者から老人に至るまで、戦える者は皆、金色の光を纏って勇敢に魔物に立ち向かっている。それに、どの魔鋼人形もエレノアと戦った時よりも動きが良い。もしも、今の彼等と闘技場で戦っていたなら苦戦は免れなかったかもしれない。


「ええ、そうですね。慢心してはいけません。私はもう決めたのですから。フローラ様、今こそ貴女への…いえ、この国に住む全ての人達に恩を返します!」




 ーーーーーーーーーーーーー




「なあ、ミーシャを置いて来て良かったのか?それとよぉ、その姿はどうにかならねぇのかよ?」


 新しい集合場所であるリアムの街への道中。レイヴンは魔力の使い過ぎと疲労で眠っているルナをおんぶして歩いていた。


 長老にはちゃんと事情を説明して来ている。少なからず混乱はあるだろうが、フローラとエレノアの二人ならきっとどうにかするだろう。


「あの国でまともに戦えるのはエレノアだけだ。魔物の群れを完全に排除するまではカレンの力が必要になる。それにミーシャが居ればツバメちゃんに乗って追いかけて来られる。この姿は……街に着いてから考える」


「さいで。殆ど丸投げな気もするけど、俺達がとやかく言う事でも無いしな」


「そういう事だ。まあ、念の為にリヴェリアに連絡を取る様にカレンに言っておいたがな」


「……なんだそりゃ。結局最後まで面倒みる気満々じゃねぇか。ていうか、目線に困るんだよなぁ。よりによって何でそんな良い女の姿なんだよ……」


「知るか。そしてジロジロ見るな。気持ち悪い」


「あーあ。中身がお前だって知らなきゃ絶対に声かけてるのに……」


「煩いぞ。黙って歩け」


 ルナが姿を変えた魔法を覚えていてくれたら良いのに。そう考えたレイヴンはハッとして立ち止まった。


「レイヴンどうしたの?」


 ルナはどんな魔法でも一度経験するか、もしくは見るだけで解析可能だ。姿を変える魔法は確かマクスヴェルトが簡単な魔法の部類の様な事を言っていた気がする。


(まさか……)


「あ、もしかして気付いちゃった?実は僕ってば、女の人の姿をしたレイヴンも好きなんだよね〜」


 いつの間にやら目を覚ましていたらしい。


(俺とした事が……)


「あー!ルナちゃんズルい!私もレイヴンにおんぶして欲しいの我慢してたのに!」


「むふふ。今は僕がおんぶして貰ってるもんね〜」


「おいおい、お前ら喧嘩するなよ。そうだ!俺が代わりにおんぶしてやろうか?」


「や!レイヴンが良い!」


「あ、さいで……」


「はあ……さっさと行くぞ」



 一路西へ。

 先ずは先行している筈のゲイルと合流するとしよう。


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