リヴェリア
昨日、サイトが重くて投稿出来なかった分です。
本日中にもう一話投稿します。
すっかり意気消沈してしまった冒険者達の間を通り抜け、回復薬の入った瓶を片手に壁の上に立つ。
ランスロットは最大限に集中力を高めて周囲を見渡し、少しでも生き残れる可能性を模索していた。
「おい、あんちゃんまさか……」
「もうよせ! アンタはよく戦ってくれた!」
「そうだ! お前が居なかったら俺達はとっくに死んでたんだ……」
「あんちゃんだけでも逃げてくれ!」
今更逃げられるものか。
自分達だって真っ先に逃げたいだろうに、人の心配をするなんてやっぱりこの街の連中はなんだかんだで面白い。
(どうせなら冷えたエールが良かったな……)
回復薬を飲み干し、愛用のロングソードを抜く。
手足は辛うじてまだ動く。
回復薬が効いてくれば少しはマシになるだろう。
(明日の夜までってのが無理なのは分かっていたけど、まさかこんなに早く……って、これっぽっちの戦力で二時間持たせただけでも奇跡だぜ……)
見下ろした先にはキングゴブリンが巨大な棍棒で他の魔物を蹴散らしなが近付いて来ていた。
魔物に敵味方の区別があるのか知らないが、レイドランクの魔物にしては随分と知能が低そうな奴だ。
咆哮の効果は冒険者達だけでなく、周囲の魔物の動きをも止めてしまっている。
(キングゴブリンねぇ。誰が名付けたんだか。ありゃどう見てもオークだろ。にしても凄え筋肉だな……)
背後で必死にランスロットを止めようとする声が次第に大きくなっていく。
皆、ランスロットに逃げろと叫んでいた。
(やっぱり馬鹿だなあいつら。テメエが一番逃げ出したい癖になぁ。二時間。たったの二時間の間に人間ってのは変われるもんなんだな……)
ランスロットは精一杯に何でもない風を装う。
例え無理だと分かっていても、弱気の姿勢は見せられない。
「馬鹿言ってんじゃねえ! 今更俺だけケツまくって逃げる訳ねぇだろ?」
(レイドランクの魔物と単騎で戦うなんてな。これが俺にとって最後の戦いになるなら、俺は見てみたい。俺が初めて憧れた冒険者……レイヴンと同じ景色を見てみたい)
回復薬が効いて来た。手足の感覚が戻っている。
しかし……。
「参ったな。今頃になって体が震えて来やがった……」
走り回っても音一つたてなかったランスロットの鎧がガチャガチャと音を立てる。
だが、誰も笑いはしない。当然だ。
逃げようと思えば逃げられるというのに、レイドランクの魔物に単騎で挑もうと言うのだ。
どうして笑う事など出来るだろうか。
「「「うおおおおおおおッ!!!」」」
その時だった。ランスロットの背後にいる冒険者、住民達が雄叫びを上げて拳を天高く突き上げる。
その雄叫びはランスロットの震える背中を強く叩いた。
(お前ら……)
「……へへ。俺に死んで来いってか? ったく、最高の糞野郎供だぜ!!!」
ランスロットの鎧が鳴らしていた音が消える。
皆の声を聞いていると、不思議と力が湧いてくる様だ。
ロングソードを握り直し深呼吸したランスロットは目を閉じて心を落ち着かせる。
勝ち目のない戦いに身を投じたのは無駄では無かった。
短い付き合いだが、最後に最高の奴等と出会う事が出来た事を誇りに思う。
「っしゃあああ! たかだかデカいゴブリンだろ? やってやるぜ!」
ランスロットが眼下に迫るキングゴブリンを見据えて身を乗り出そうとした時、こんな場所にいる筈の無い人物の声が聞こえて来た。
「馬鹿者が! 勇気と無謀を履き違えるでないわ!!!」
天から降り注ぐ怒声に皆が空を見上げる。
今まさに飛び降りようとしていたランスロットは踏み止まり、声の主を見て呟いた。
「おいおい、マジかよ……」
救援を頼みはしたが、まさか剣聖リヴェリアが自ら駆けつけて来るとは夢にも思わなかった。
しかもこんなに速く救援が来るだなんて思ってもみなかった。
「……ミーシャの奴、やるじゃねえか。一体どんな魔法を使ったんだ?」
王家直轄冒険者の中でも、リヴェリアに対する行動の制約は異常な程多い。その為、動きのとれないリヴェリアには、ある特例が認められている。
自身が動かない代わりにSS冒険者がリヴェリア直属の部下として複数名配属されているのだ。
故に、今回の救援要請にも部下達が来るものとばかり思っていた。
天より飛来した人影は真っ直ぐキングゴブリン目掛けて落ちて来る。
ぶつかると思われた次の瞬間、けたたましい轟音共にキングゴブリンの絶叫が響き渡った。
大地を揺るがす程の衝撃に驚いた者達は何事が起きたのかと皆壁の上に集まって来ている。
「な、何だ⁈ 今、空から声が聞こえたぞ」
「一体誰が⁈ あの魔物混じりが戻って来たのか?」
土煙が晴れ声の主が姿を現す。
そこには、真っ赤な長い髪を風に揺らし、金色に輝く目と白く美しい鎧を纏った剣士が、横たわるキングゴブリンの上から不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「久しぶりだな、ランスロット!単騎で突撃とは良い覚悟だが、相変わらずの馬鹿っぷりだな!」
数分前ーーーー
パラダイムの街が見えるところまで来ていたミーシャ達は、壁の上に立つランスロットの姿を見つけた。
「いた! いましたよ! 良かった、間に合った…。まだ皆んな生きてます!!!」
「これはなかなか……凄い眺めだな。三万と聞いていたが、増えていないか? 地の果てまで魔物がひしめいている。なるほどなるほど、これではどうしようも無いな」
「リヴェリアちゃん、何呑気な事を言ってるんですか⁉︎ 早くランスロットさん達を助けないと!」
「そう急くな。下で何やら盛り上がっている様だが……ランスロットの馬鹿め、レイドランクの魔物に単騎で挑む気か」
「そ、そんなの出来る訳が……!」
「落ち着け。その為に私が来たのだ」
リヴェリアはツバメちゃんの上で立ち上がると腰に下げていた剣を抜き放った。
「さてさて、今回はどの程度力を解放したものかな? お前はどう思う?」
「え? 解放? そんなこと私に言われてもーーー」
何を言い出すのかと思った矢先。すぐ近くから聞いたことの無い声がした。
『この程度であれば第二段階までが妥当かと思われます。実行しますか?』
「声? 何処から⁈」
「第二か、良かろう。それなら爺共も文句は言うまい。多分……」
『第一、第二封印術式解除実行します』
リヴェリアを包む光の奔流が術式を刻みながら螺旋の輪を描く。
『完了しました。第三以降の封印術式の正常作動を確認。竜化現象は最小限に抑えられています』
「うむ! では行こうか! 我が片翼、我が愛剣、レーヴァテインよ!」
『御心のままに』
「う…そ……剣が喋った…。というか、リヴェリアちゃん…その姿……」
ミーシャの前に立っていたのは先程までとはまるで別人の姿となったリヴェリアだった。
栗色の髪は燃え盛る炎のような紅に染まり、十歳程にしか見えなかった幼い外見は、手足がすらりと伸び、二十歳前後の美女の姿へと変貌していた。よく見ると体に浮き上がる鱗の様な模様が見える。ただ一つ変わらないのは、金色に輝く目だけ。
「よく驚く奴だな。さすがにあの幼い姿のままで戦える訳ないではないか」
「だだだだだだって! まさか大っきくなるなんて思う訳無いじゃないですか! それにその喋る剣って魔剣⁈ 」
「うーん…魔剣とは少し違うのだが、まあ親戚みたいなものだな。本来の姿はいろいろ制約が多くて困っているんだ。だが、まあ仕方ないさ。この世界で生きるにはな」
「え? それってどういう……?」
「おっと、話をしている暇は無さそうだぞ。ランスロットの馬鹿を止めてやらねばな! では、行って来るぞミーシャ!」
「え⁈ ちょっ! 行くってまさか⁈ いやああああああ! 落ちたああああああ!!!」
「あっはっはっはっは! ミーシャ、面白い顔になっているぞー!」
「生まれつきですーーーー!!!」
そして現在ーーーー
キングゴブリンは息絶え、美女の足元に倒れていた。
大地はひび割れ、キングゴブリンの胸には大きな穴がぽっかりと開いていた。それは正しく、美女が放った攻撃の凄まじさを物語っている。
「相変わらずの馬鹿だな! 私の部下であるお前が、勝手に死ぬ事は許さんぞランスロット!!!」
「馬鹿は余計だ! それと! 俺はお前の部下じゃねえって何度も言ってるだろうが!」
「チッ…。どさくさに紛れて私の部下にする作戦は失敗か……」
「当たり前だ! ……とにかく助かったぜ。まさかお前が来るとは思わなかった」
「ふふん。礼ならミーシャに言うのだな! 私を動かしたのはあやつだ。さて、私は今から目ぼしい魔物をひと狩して来る! 詳しい事は後で話すとしよう!」
「ああ! 守備は任せろ!」
ランスロットはロングソードを鞘に納めると、一時戦闘態勢を解いた。
リヴェリアが来たのなら一先ずは安心して良いだろう。
(にしても、せっかく覚悟決めたってのにかっこ悪過ぎだぜ。けど、お陰で命拾いしたか……命拾い…くそっ)
レイヴンと同じ景色を見るつもりで死を覚悟した。けれど、まだその時では無いらしい。
ランスロットは自分の遥か先にあるレイヴンの背中を幻視していた。
冒険者にとって力だけが全てでは無い。そんな事は分かっている。分かっているが……。
「お、おい。あの女は一体? 知り合いなのか?」
「そんな事より、あいつ一人で魔物に突っ込んで行ったぞ⁈ 大丈夫なのかよ!」
(ああ、そうか。コイツらリヴェリアの事知らないんだったな……何て説明すりゃ良いんだよ。馬鹿正直に王家直轄冒険者だなんて言っても混乱させるだけだ。いっそのこと、レイヴンの知り合いという話で強引に……)
背後で戦闘の始まった音がする。
リヴェリアが魔物と交戦状態に入ったらしい。今の内に何か良い考えを絞り出すしかない。
そう思った時、背後で聞こえていた音がふつりと途絶えた。
「私の名前はリヴェリアだ! 宜しく頼むぞ!」
「は?」
ランスロットは後ろを振り返る。
そこには仁王立ちしたリヴェリアがいた。
「何を惚けている? ちゃんと目ぼしい魔物は倒して来たぞ? ケルベロス、イビルナーガ、氷結蛇、それから、小さいのやら中くらいのやら……纏めて倒したからよく覚えておらん! という訳で一旦休憩する! 久しぶりにこの姿になったから、体があちこち痛いのだ」
「おいおいマジか。ったく、書類仕事ばっかしてるからだぜ」
リヴェリアが告げた魔物の名前はどれもレイドランクの魔物達だ。キングゴブリン一体に死を覚悟していた自分は一体何だったのか。だが、それも仕方ない事だ。リヴェリアとランスロットでは実力の差があり過ぎる。
「うわぁ! 何だありゃ⁈ あの一角だけ魔物が全部倒されてるぞ!」
「化け物かよ…あっという間だったぞ……」
「だが、これならもしかして勝てるんじゃねぇか?」
「ああ! まだ希望はあるぞ!」
「そうとなりゃやる事は一つだ。全員持ち場に戻れ! 俺達は生き残るぞ!」
「「おーーーー!!!」」
リヴェリアの圧倒的な力を目の当たりにした冒険者達の士気がみるみる上がっていくのが分かる。
目に光が戻って来ている。
大軍に囲まれている状況こそ変わらないが、最大の障害であったレイドランクの魔物をあらかた排除する事は出来た。これで今暫く時間を稼ぐことが出来るだろう。しかし、肝心の物がまだ見つかっていない。魔物を引き寄せる何かを見つけなければ解決にはならない。
皆が持ち場に戻って行く中、ランスロットは冒険者達とは全く別の事を考えていた。リヴェリアならば、そのまま大半の魔物を駆逐してしまう事も出来た筈だ。それなのに、絶望的な状況の中でどん底まで落ちた士気をわざわざ最高の状態へと引き上げたリヴェリアの狙いは何なのか? 何やら嫌な予感がしてならない。
「……」
「ランスロット、何をしている。案内してくれ」
「あ、ああ……。じゃなくて! 一体どうやって⁈ 」
「しゅたっ! と近付いて、ずばぁん! だ!」
「分かるか!!!」
どうして化け物みたいな強さの奴は説明が下手なんだろうか……。
レイヴンもリヴェリアもマクスヴェルトも…どいつもコイツも癖が強過ぎる。
三人の中でレイヴンが一番マシに思えるから不思議だ。
「何か問題が見つかったのか?」
ランスロットの問いにリヴェリアは視線をチラリとやると再び歩き出した。
「問題だらけだ。ここでは不味い。他で話そう……」
「……分かった」
やはり何かあるらしい。リヴェリアがこんな表情をしたのを初めて見る。
昔からそうだ嫌な予感というのはよく当たる。
「ランスロットさん!」
「ミーシャ!」
「感動の再会のところを悪いが、ミーシャにはもうひと働してもらうぞ」
「え? また私ですかーーーー⁈⁈」