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レイヴン

 レイヴンを追ってダンジョンに入ったランスロットは、気怠い様子を隠しもせず、無造作にロングソードを抜き放った。


 襲って来る魔物を枯れ枝でも切り倒す様に無造作に両断しながら、レイヴンを探してダンジョンの奥へと歩いて行く。盾も持たず、長く扱い辛いロングソードを巧みに操る様は、まるで子供が枝を振り回して遊ぶ姿に似ている。

 ランスロットにとってダンジョンの至る所にある狭い通路は不利にはならない。


「こんな雑魚しか沸いて来ないダンジョンで何やってんだあの野郎。毎回探しに行かされる俺の身にもなれっての」


 ぼやきの止まらないランスロットではあったが、情報収集はきっちり行なっていた。


 酒場にいた受付に聞いた限りでは、レイヴンの受けた依頼は三つ。


 キラーバッドの爪の収集、ポイズンラットの捕獲、ゴブリンの巣の殲滅。


 SSランク冒険者のランスロットにしてみれば、難易度が低い割に手間のかかるどうでも良い依頼だ。

 それはレイヴンにしても同じ事だ。金を稼ぐと言ってあちこちで依頼を受けている割に、どれもこれも依頼料の安い物ばかり。実力はあるのだからランクを上げてもっと依頼料の高いものを選べば良いものをと思う。


「この辺は新たに出現した魔物ばかりだな。って事は、レイヴンが先に進んでからそれなりの時間は経っているか。何を考えてるのか知らないけど、こんな雑魚を何匹倒そうが準備運動にもなりゃしねぇ」


 ランスロットの剣の腕は超一流。ロングソードの間合いに入った魔物は、瞬く間に両断されていく。それが例え、死角からの攻撃であったとしてもだ。

 狭いダンジョンの中で長くて扱い辛いロングソードを自在に操るのは難しい。特にランスロットの長身に合わせて作られている事もあって普通のロングソードよりも長い。


「よっと……。次から次へとキリがねえな」


 もし今、彼の姿を他の冒険者が見たなら、ロングソードを持つ腕が消えた様に見えるだろう。

 それ程までに、ランスロットの剣技は凄まじい物だった。


 暫く進むと、何かが爆発する音が聞こえて来た。


 だが、音がした場所を特定しようにも、ダンジョンの壁に反響して正確な位置がいまいちよく分からない。


 地響きが次第に大きくなっていく。

 爆発の余波がダンジョン全体に広がっていっている様だ。


「おいおい、これは普通の爆発じゃないぞ。まさかレイヴンの奴、また何かやらかしたんじゃないだろうな? くそッ! お前のケツを拭くのは俺なんだぞ! 分かってんのかあの野郎!」


 レイヴンとはまだ数年の付き合いだが、レイヴンに関わるといつも碌な目に遭わない事を身をもって学習していた。


 嫌な予感を感じたランスロットは、より振動の激しい地点を目指して走り出した。


 重たい鎧を物ともせずに疾走する様は、とても戦士の動きとは思えないほどに軽やかだ。

 ランスロットはすれ違う魔物を両断しながら目的地を目指して加速する。


 爆発による煙が立ち込め、視線の先に炎が見えた。


「此処が爆発のあった場所だな。と、なると……レイヴンの奴はこの先か」


 爆発があった場所は、天井が崩れ落ちて上のフロアが剥き出しになっていた。


 煙をかいくぐり、炎を避けながら進んでいくと見覚えのある背中が見えた。


(お、いやがったな)


 声をかけようとしたランスロットはレイヴンの様子がおかしい事に気付いた。

 足元には依頼の品が無造作に転がっている。よく見ると何かを抱えている様だ。

 依頼の遂行を最優先に考えるレイヴンらしくない。


「おい、レイヴン。俺だ、ランスロットだ。……ったく、何やってんだよ? さっさと中央へ帰るぞ」


「……」


 レイヴンは無言のままランスロットをチラリと見ただけで、また抱えている物に視線を落とした。


「何持ってるんだ?」


 随分と大きな物を抱えている様だ。

 何を抱えているのかと気になって覗き込んだランスロットは、思わず声を上げた。


「ちょ! お前、それ人間じゃねぇか⁉︎ 」


 レイヴンが抱えていたのは、泥と魔物の血にまみれ、痩せ細った少女だった。


 熱があるのだろうか? 顔がかなり赤い。

 呼吸も荒く、直ぐに治療をしなければ助からないだろう。


「ランスロット、人間を拾った。どうすれば良い?」


「はあ⁈ 拾ったって、お前……」


 ランスロットはようやく口を開いたレイヴンから出た言葉に破顔する。


 レイヴンの力は圧倒的なのだが、酷い生い立ちのせいか当たり前の事が出来なかったり、他人に接することが苦手だった。

 話してみると案外良い奴だと分かるのだが、本人の無愛想な顔も相まって誤解されやすい。


「馬鹿野郎! 今すぐ街に連れて行って治療するんだよ! 早くしないと助からないぞ!」


「そうか。なら、頼んだ」


 レイヴンはランスロットに少女を押し付けると、足元に転がっていた依頼の品を拾い始めた。


 ランスロットは訳も分からず固まっていたが、ようやく状況を理解すると抗議の声を上げた。


「ふざけんなよ、おい! 俺が連れて行くのかよ⁉︎ 」


「そうだ。あそこにいる魔物が見えるか?」


「ん?」


 レイヴンが指差した先には、崩落した天井の穴からこちらの様子を伺っているカオスゴーレムの群れの姿があった。


 カオスゴーレムは討伐依頼ランクS以上。上級に位置付けられている魔物だ。

 依頼を受けるには、最低でもSランク冒険者がパーティーを組んで臨む事が条件となる。


 SSランク冒険者のランスロットであれば、カオスゴーレムを単独で撃破可能だ。

 装備を整え、回復薬を持っていれば……だが。


「げえっ…… マジかよ! ここは低級のダンジョンじゃ無かったのかよ⁈ 」


 レイヴンを探す目的で旅をしていただけのランスロットはロングソードと鎧しか身につけていない。

 二体までなら今の装備でも楽に倒せるが、穴から覗いているカオスゴーレムは見えているだけで十体はいる。

 囲まれて余計な怪我を負うのなんてヘマは避けたい。


「どうやら未発見のフロアがあったらしい。俺はこれから狩に行って来る。ランスロットはその子を頼む。それとも、お前がアイツらの相手をするか?見つけた宝は山分けだと有り難いが……」


「いやいやいや、何言ってんだよ。カオスゴーレムの群れだぜ?他にも厄介な魔物がいる可能性だってあるんだぜ?」


「大丈夫だろう。手早く済ませる」


 冗談では無い。何の準備も無しに得体の知れないフロアに足を踏み入れるなんて自殺行為だ。

 ここは一旦街に戻って、ダンジョンを封鎖する様に組合に要請した後、中央組合から調査隊を派遣して貰うべきだろう。


「ここは一度退くべきだと思うぜ? 応援を呼んでから、また此処に来れば良いじゃないか」


「そんな暇は無い。未発見のフロアなら金を稼ぐには打って付けだ」


「金だあ? まだそんな事言ってんのかよ……。何に使うのか知らないけどな、金金金金ばっか言って! 命は一つなんだぞ⁈ だいたいどうしてそんなに金が必要なんだよ?」


「訳は言えない。だが、俺には金がいる」


 レイヴンはランスロットに背を向けると、腰に下げた愛用の黒剣を抜いた。


 黒い刀身には赤い血管の様な模様が浮き出ている。

 不気味な剣だが、レイヴンは使い勝手が良いからという理由で愛用しているのだ。


「起きろ。仕事の時間だ」


 レイヴンの声に呼応するように模様が光り始めた。


 ドクンッと心臓が鼓動する音と共に、赤い模様が脈打つ。

 その動きはまるで剣が生きているように思えた。


「魔神喰いか……。その剣を使うって事は本気であのフロアに突っ込んで行くつもりかよ」


 『魔神喰い』は世界に現存するオリジナルの魔剣の一本。

 未だその真価が発揮された事は無いが、レイヴン以外には扱えない代物である事だけは確かだ。


「俺はいつも本気だ。早くその子を連れて行け」


「無茶し過ぎるなよ、レイヴン」


「問題無い」


 ランスロットは少女を背負うと入り口に向かって走り始めた。


「ランスロット!」


「あ? 何だよ? 急いでんだけど?」


「その子を死なせるな」


 他人に興味の無いレイヴンにしては珍しい。


「……おう、了解だ」


 ランスロットが頷いたのを確認したレイヴンは穴に向かって跳躍した。



 ランスロットには本当はレイヴンの身を案ずるだけ無駄だと分かっていた。


 ランスロットは過去に一度だけレイヴンに勝負を挑んだ事がある。

 あれは確か、初めてレイヴンに出会った時だ。

 

 新参の、それも禁忌の子の生意気な態度にムカついたランスロットは、仲間達の制止を振り切って喧嘩をふっかけた。

 結果は惨敗。フル装備のランスロットに対して、レイヴンは腰に下げた黒剣を抜きもしなかった。


 素手で戦うレイヴンは子供でもあしらう様にロングソードを躱し続けた。

 遠目に見ている分にはランスロットが押している様にも見えたかもしれない。けれど、勝負は一瞬。懐に入ったレイヴンが放った拳が、上級の魔物の素材から作った特注の鎧を粉々に粉砕したのだ。


 気絶したランスロットが目覚めたのは、それから二日も経ってからだ。

 レイドランクの魔物を相手にしても砕けなかった鎧を素手で砕かれては、もうレイヴンの事を認めざるをえなかった。


 それから暫くした後、今度は偶然一緒のパーティーで依頼を受る事があった。

 依頼の内容はSSランク。複数のSランク以上の冒険者による混成パーティーで、ランスロットとレイヴンは前衛として同じパーティーになった。

 目的は新しく発見されたダンジョンの中で増え過ぎた魔物を討伐し、一般の冒険者にも解放可能な状態にする事。

 倒した魔物の素材などは専門に雇われた冒険者がこなす手筈になっており、ランスロット達はただひたすら魔物を倒して数を減らすだけで良かった。

 高位の冒険者の集まりだけあって、討伐任務は順調に進んでいた。しかし、中層あたりを過ぎた頃から徐々に苦戦を強いられる事になる。

 複数の魔物に混ざってレイドランクの魔物が数体出現したのだ。

 誰もが一時撤退を口にする中で、レイヴンはただ一人突っ込んで行った。

 パーティーとの連携を無視した無謀な単独先行。

 当然、パーティーの連中も一緒に依頼を受けた連中もレイヴンを助けようとはしなかった。魔物混じりが死んだところで痛くも痒くも無いからだ。

 一体でも多く魔物を道連れにしてくれさえすれば良い。そんな風に思っていた者が大半だった。


 だがしかし、そんな他の冒険者達の中傷を吹き飛ばすようにレイヴンは圧倒的だった。

 黒剣を抜き、雄叫びを上げながら魔物を倒す姿は凄まじかった。強い魔物も弱い魔物も、中ボスもフロアボスも関係ない。全て一撃でレイヴンに斬り伏せられていった。

 それだけの事をして汗もかかずにいるレイヴンの姿は今でも鮮明に記憶に焼き付いている。


 ランスロットは他の仲間達と一緒にレイヴンの戦う姿に魅入っていた。そして、鎧を粉々に砕いたレイヴンが、実は手加減していたのだと知って、あまりの力の差に愕然としたのだ。


 冒険者としてようやく高みに昇ったと思っていた矢先のレイヴンとの出逢いはランスロットの生き方を大きく変える要因となった。

 魔物混じりというだけでは説明のつかない力をレイヴンは秘めている。

 ランスロットはそんなレイヴンに憧れた。どれだけ馬鹿にされ、迫害を受けてもレイヴンは意に介さない。ただ、一心不乱に目の前の魔物を倒す姿に惚れたのだ。

 会話をする様になったのは、それからまた随分と経ってからだが、話をする内に面白い奴だと思う様になった。


 レイヴンは純粋で不器用な奴だ。

 圧倒的な力を持っていながら、それを鼻に掛ける事も無い。

 日常の何気ない出来事に四苦八苦している姿を見ている内に仲間になりたいと思った。


 レイヴンは寡黙で変な奴だが、仲間を見捨てない。

 本人は意識していないのかもしれないが、常に弱い人間の側に寄り添うのだ。例え禁忌の子だと煙たがられても、レイヴンは助けを求める者を放っては置けない性分だった。それが原因で厄介事に巻き込まれるのは日常茶飯事だったけれど、ランスロットはそれに付き合わされるのが不思議と嫌では無かった。

 

 不思議と言えばもう一つある。

 レイヴンの周りには何故かいつも手を差し伸べてくれる仲間がいた。レイヴンが仲間だと思っているかは分からないけど皆、裏表の無いレイヴンが好きだったんだと思う。


「おっと。何、昔の事なんか思い出してんだ俺は柄でも無い。もう少しの辛抱だ。それまで死ぬんじゃねぇぞ!絶対に助けてやるからな!」


 弱っていく少女を励ましたランスロットは、慎重に、しかし最速で街へ向かって加速した。

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