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二人のエレノア。法に込めた真意。

 二人に迫った二択に答えなど無い。

 どちらを選んだとしても全力で助けるつもりだ。ただし、それが二人の願いに沿う物である保証は無い。


「どうした?もうあまり時間が無いぞ」


 戸惑い、明滅する二つの光。

 同じエレノアでありながら、歩いた道の違う二人。


 人間として願い。

 魔鋼人形として願った。


 たった一人の恩人の為の願いはいつしか形を変え、自らを取り巻く全ての人達の願いと交錯した。けれど、その願いは沢山の優しい嘘によって心の内側に秘められてしまった。

 互いを想う気持ちは、互いを尊重するが故にすれ違い、言葉にされる事は無かったのだ。



 ーーー私はいい。貴女が生きて。


 ーーー何を言うのですか!貴女を救ってくれたフローラ様に恩を返すのでは無かったのですか⁈


 ーーー私にはもう自由に動ける体が無いもの。新しい体を貰ったって、フローラ様が居ないのなら生きる意味なんて無い。


 ーーーそんな事……エリスが!きっとエリスが何とかしてくれます!ほ、方法は分かりませんが……それでもきっと何とかなります!貴女が……貴女こそ生きて下さい!……私は皆の気持ちに気付けなかった。私はただの人形でしか無かった……。


 ーーーそれは違う!貴女は皆の為に戦った!皆を導く為に来る日も来る日も戦って……何も知らずにいた私とは違う……フローラ様だってきっと貴女に生きて欲しいと思ってる!


 ーーーいいえ!それは貴女の方です!貴女ならまたやり直せる!例えフローラ様に貰った体でなくても!貴女の想いを届ける事は出来る!生きて下さい!貴女自身の為にも!私の想いは形を変えてしまったけれど、エリスが気付かせてくれました。こんな私にも生きる意味があったのだと。


 人間であったエレノアを生かす為、フローラは理想という名の魔法をかけてすり替えた。

 それがエレノアを唯一の方法であった事は言うまでも無いが、同時にエレノアの願いを殺す事になった。


(堂々巡りだな。だが、二人の願いは今でも同じだ)


 レイヴンはここに来て、ようやくフローラの真意が理解出来た気がしていた。


『魔鋼の技術を用いて、王の持つ魔鋼人形に勝利した者をこの国の次の王とする』


 あんな御大層な法はただの飾りだ。それに付随する八ヶ条も飾りをそれらしくみせる為の方便に過ぎない。

 そもそもこの国のあらゆる技術はエレノアの真実を除いて全て共有されている。それは即ち、皆がフローラ王の作った技術を脈々と受け継いで来た証だ。


 王の持つ魔鋼人形とはエレノアの事では無く、それらの技術を用いて作られた魔鋼人形全ての事であり、魔鋼の技術を用いて勝利する者こそがエレノアなのだ。


 エレノアが勝利し続ける限り、エレノアはエレノア自身を統べる王であり続ける。


 数百年という長い年月をエレノアが魔物堕ちせずに済んでいたのは、最強の魔鋼人形として戦って来たからでは無く、エレノアがエレノアであり続けたからに他ならない。

 もしも魔鋼人形同士の戦いでエレノアに勝ってしまっていたなら、エレノアは生きる目的を失って遠くない未来、魔物堕ちしていただろう。


(自称天才魔法使いにしては、なかなか手の込んだ事を考えるじゃないか)


 何もかもが必然であり偶然。

 エレノアがフローラの願いの為に歩いて来た様に、フローラはエレノアが迷わない様に願い、法を作って託した。

 けれども、その願いはエレノアの心を徐々に蝕んで行った。

 負ける事でしがらみから解放されたいのに、自身の願いが邪魔をしてそれも出来ない。レイヴンがこの国を訪れたのは本当にギリギリのタイミングだったのだ。



「いつまでそうして言い争うつもりだ?」


 ーーーですが、こればかりは……


 ーーー私はいい……生きる意味があると気付いたなら貴女が生きれば良い。


(やれやれ……)


「俺の知り合いに何かと傲慢な奴がいる。人をおちょくる嫌な奴だ」


 ーーーエリス、一体何の話を……。


「まあ聞け。そいつは俺に言った。“選べないから選ばない。どっちも欲しいから、どっちも手に入れる” とな。最初に聞いた時は呆れたが、奴は最後にこうも言った。“後になって後悔したって遅いでしょ” おかしな奴だが、俺はそいつの考え方が嫌いじゃない。エレノア、お前はもっと我儘になった方が良い」


 ーーー我儘?ですが、それではやはりどちらかが……


(これでも駄目か。俺はどちらか一方を選べと言った覚えは無いんだがな)


 レイヴンの中で二人に分かれてしまったエレノアを助けるのは確定している。

 ただ、出来れば自分で選んで欲しい。エレノアは自分の願望に消極的過ぎる。


『コラ!そんな意地悪しないの!』


 突然現れた女の影がレイヴンの兜を小突いた。


「…またお前か。邪魔をするな」


『悠長にしてる場合じゃないって言ったのはレイヴンでしょ?もっと他に言い方を考えなさい』


(煩い奴だ。それなら考えた……)


『そんなの考えたって言わない無いの!』


「……」


 また頭の中を勝手に覗いたらしい。

 自分なりにエレノアをどうにかしてやろうと思っての提案だったのに、回りくどいやり方はお気に召さない様だ。


 ーーーエリス。誰と話しているのですか?


 黒い影はエレノアにも見えているらしい。

 誰と聞かれても、そう言えば名前も知らない。いつの間にか魔剣の中に入っていた。分かっているのは、何故か母親の様な気がしたという事だけだ。それも何の確証も無い。何となくそう思っただけだ。


「気にするな。それよりも、そろそろどうしたいのか決めてくれ。俺の魔力もいつまでもは保たない」


『時間も魔力も気にしなくて良いわよ。この世界には時間という概念は存在しないから』


「……少し黙っていてくれないか」


 この世界では時間の経過が無い事くらい気付いていた。

 選択を迫られた時、時間をかけただけ迷いが生じる。だからわざと急かしていたのに台無しだ。


『レイヴンこそ黙ってなさい。良い?願いを叶える力はあくまで背中を押す力よ。貴女が望んだ事を形にする手伝いをするの。だから、その為には貴女が本当に願っている事を強くイメージする必要がある』


 ーーー私の願い……。


『思い浮かべて…貴女の願いを。どうありたいのかを出来るだけ明確に、鮮明に…。大丈夫。後はレイヴンに任せれば良い』


(おい……)


 先程まで止めろと煩く言っていたのに、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。


 沈黙の後、二つの光が同時に明滅した。

 どうやら結論が出た様だ。


 ーーーエリス。二人共…という訳にはいかないでしょうか?無茶な頼みだと分かっています。……私達は元は一人の人間でした。叶うなら私達をもう一度一つに……。む、無理ならせめて彼女だけでもお願いします!」


 人はただ生きているだけでも数え切れないほど多くの選択を迫られる。何が必要で何が正しいのか。けれど、そんなものに正解など無い。選ばない事もまた選択肢なのだ。


「…安心しろ。初めからそのつもりだ」


 ーーー二人共助かるの?


「フローラは生きている。会いに行ってやれ。きっと“エレノア” の帰りを待っている」


 ーーーエリス……


 レイヴンは二人の光に触れた。


 二人の記憶が頭の中に流れて来る。

 願いを抱いたまま途切れた想いと、形は違えど願いを受け継いだ想いが一つになっていく。その途中でエレノアが思い描く人間の姿が垣間見えた。


(…やってやろうじゃないか)


 エレノアの光が消えた後、灰色だった世界は見覚えのある白い世界へと変化した。

 後は魔剣に命じれば全てが完了する。しかし、レイヴンにはその前にどうしても聞いておきたい事があった。


「おい…何故急に態度が変わった?俺が力を使う事に反対していたのではないのか?」


『勿論、今でも反対よ』


「ならどうしてだ?」


『貴方が限界を超えてしまったからよ。一線を超えたと言い換えても良い。レイヴン、貴方の力は大き過ぎる。いえ、大きくなり過ぎた。ニブルヘイムでの事もそう。願いの範疇を超えた力は、本来あるべきだった存在まで歪めてしまう』


「運命がどうのという話なら俺には関係無い。自分で決める」


『違うの。人の欲望に限りは無い。レイヴンが良くても、周りの人達はそうでは無いの。強くなり過ぎた力は、いずれレイヴンの意思とは無関係に周囲に影響を及ぼしてしまう。約束して。こんなに大きな力を使うのはこれが最後。でないと……』


「魔物堕ちか……」


 レイヴンの体を流れる魔物の血は他の魔物混じりに比べてかなり濃い。魔剣の行使に願いを叶える力の発動。普通ならとっくに魔物堕ちしていてもおかしくない。


「既に影響は出始めている。レイヴンだって傷の治りが遅くなっているのに気付いているでしょう?」


 今回負った傷はパラダイムで腕を切り落とした時に比べれば大したことは無い。腹に空いた穴も一晩もあれば元どおりに治癒していた。しかし、未だにどの傷も治癒する気配が無い。暴走したユッカとの戦闘で砕けた左手もそのままだ。


「……関係無い。これは戦闘中だったから……それで…」


『私には隠さなくて良い……』


「分かった…約束する」


 レイヴンはそう呟いて魔剣の力を発動させた。

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