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精神世界と選択

 

 レイヴンの放った咆哮を正面から叩き付けられた魔物は、体の表面を覆った魔鋼をガチャガチャと鳴らしながら震えていた。

 閉じかけていた魔鋼の隙間は緩み、圧縮されていた肉が人の形を維持出来なくなるまでに膨らみ始めた。


 レイヴンが一歩近付く度に震えが大きくなっている。


「それとなくランスロットから聞いて分かってはいたけど、本当にあのランクの魔物が怯えるだなんて……。はは…夢でも見てるのかしら」


 相手は魔物堕ちした人間二人分以上の力を持っている。カレンが本気で相手をしたとしても無傷で倒すのは非常に困難だと思われる。そんな魔物が歩いているだけのレイヴンに怯えているのだから馬鹿げた光景だ。


(…ん?カレンめ、あんな所で何を油を売っているんだ)


「あ、私の加護が必要だったら言ってね!」


「必要無い」


「よね……。まあ、分かってて聞いたけど」


「……こっちは問題無い。さっさと持ち場に戻れ」


 クレアやルナの様に元が人工的に造られた肉体であったとしても、人の姿をしているのであれば、本人が持つ肉体の記憶を頼りに元の姿に近い状態に戻してやれる。

 しかし、ユッカはともかく、エレノアは体の大半を魔鋼人形と同じ素材と構造が占めていた。やるなら出来るだけ元の姿に近付けてやりたいが、こればかりはレイヴンの持つ知識だけではどうしようも無い。後は本人次第と言った所だ。


「小人族の外見は一応分かっている。だが、生憎俺は魔鋼人形の構造を知らない。……だから、聞かせてくれ。お前達の望む姿を…」


 結局何の抵抗も受けないまま、ゆっくりとした足取りで間合いの内側へ到達した。

 震えていた魔物がようやく触手を動かして来たがもう遅い。

 レイヴンは徐に胸の辺りを魔剣で貫いた。


(さあ、もっと手を伸ばせ。お前達が思い描いた夢はまだ終わっていない。俺が必ずその手を掴んでやる)


 レイヴンを中心に黒い霧が広がる。


 ここまでは今までと同じだ。しかし、次の瞬間。レイヴンが立っていたのは真っ暗な闇の中。何処を見渡してもあるのは闇だけだ。


(何だこの感覚は……)


 思考が引き伸ばされた様な、時間の流れが遅くなっている様な…そんな不思議な違和感を感じる。

 おそらくこの暗闇が二人のいる世界なのだろう。であれば、魔剣越しに伝わって来る激しい後悔の感情を頼りに探せば二人を見つけられるかもしれない。



 どの位の時間が経過したのだろう。

 もう随分長い時間が経っている気がする。


 真っ直ぐ歩けているのか、自分が何処に立っているのかすら完全に分からなくなった頃、視線の先に淡い光を見つけた。


(見えた…!)


 光を見失わない様に、慎重に進んで行く。

 最初に見つけたのはユッカだ。


 ーーー暗い。寒い……。私があんな誘惑に負けていなければこんな事にならなかったのに……。


 小さくて弱々しい光は膝を抱えて泣いている様に見えた。

 後悔の感情しか残っていないと思っていたのだが、どうやらこの世界でならまだ人格が残っている様だ。


 ーーーうう……ひっく…私にもっと強い心があれば……あんな奴に……。


 優しい言葉の一つでもかけてやれば良いのかもしれない。けれど、そんな慰めは後悔している者にとって苦痛にしかならないのではと思い留まった。


「そうかもな」


 冷淡に言い放った言葉に反応したユッカは大声で泣き始めてしまった。


 ーーーうわあああああん!やっぱり!やっぱり私のせいだ!私が!私がエレノアを……!


 酷い仕打ちだとは思う。それでも、事実を受け入れて再び前へ進む他無い。

 それに、感情をより大きく揺り動かせれば、それだけ成功確率も上がるはずだ。


「泣くな。喚くな。お前を誘惑したアレは魔眼だ。人の無意識に入り込んで欲望を掻き乱す」


 ーーーひっく…魔眼……?そんな…だけど私が……。


「対抗策を持っていたら。奴と出会わなければ。そんな事を考えているのなら今すぐ止めろ。そんな“もしも” は考えるだけ無駄だ。今更結果は変わら無い」


 ーーーうわあああああああん!!!


「泣いている暇は無いぞ。お前はこれからもう一度自分の願望に向かい合う。これが最初で最後のチャンスだ。お前の後悔は生きてお前自身の手で贖え。その為の力を貸してやる。さあ、手を伸ばして俺の手を掴め!生きたいと言え!」


 ーーー光……暖かい……私は、もう一度……エレノアにちゃんと謝りたい。私を連れて行って!私にはまだやり残した事が沢山あるの!


(…良し!掴んだ!)


 小さな光に触れた瞬間、ユッカの後悔がレイヴンの中へと流れて来た。脳裏に浮かぶのはトラヴィスがユッカを誘惑した場面。

 やはりユッカは偶然では無く、意図的に狙われた犠牲者だ。


 ユッカが放っていた小さな光はレイヴンの中へと溶けて消えると、真っ暗だった暗闇が灰色に変わった。


(相手の体験した場面が流れ込んで来るなんて……。いや、今はいい。問題はエレノアだ)


 灰色の世界を歩きながらエレノアを探して歩く。暗闇よりはマシになったが、影の無い世界は広く、なまじ遠くを見渡す事が出来るので、ある意味暗闇よりもタチが悪い。


 果ての無い音も無い世界をひたすら歩いて行く。魔力を大量に消耗している影響だろうか、徐々に体の感覚が鈍くなっている様な気がする。


(感覚が鈍くなって来ているのか。これ以上時間をかけるのは不味い……)


 体の事もそうだが、エレノアがフローラを刺した事が気掛かりでならない。勿論、あれはトラヴィスがやった事でエレノアに責任は無い。だとしても、自分が魔鋼人形であると信じていたエレノアが恩人であるフローラを刺した事実を受け止めるのは流石に無理だろう。たとえエレノアを見つけたとしても、完全に壊れてしまった後なら救うのは難しいかもしれない。


 どうすれば良いのか答えが出ないまま歩き続けていると、大きさの違う二つの光が彷徨っているのを見つけた。


(二つ?)


 ーーーさあ、立って!まだ諦めては駄目!世界の色が変わりました。きっとエリスが助けに来てくれたのです!


 ーーーもういい。もう嫌だ…!フローラ様にあんな事して……。私を助けてくれたのに!私はもうあの人の側にはいられない!


 ーーーだから!あれは貴女の…私達がやった事では無いと何度も説明しているではないですか!


 どうやら人間だった頃のエレノアと、魔鋼人形として生きて来たエレノア。

 それぞれ別の存在として別れてしまった様だ。

 この事態は予想していなかった。しかし、記憶の食い違いがある以上、これは仕方のない事なのかもしれない。

 フローラには記憶を操作していた魔法を解けばどうなるか分かっていた筈だ。


 ーーー大体どうやって戻るの⁈ 私達はもう死んでるんだよ⁈ 体だって無いのに……そんな事出来る訳無い!


「心配するな。俺が元に戻してやる」


 ーーーエリス⁈ あ、いえ、レイヴンと呼んだ方が良いのでしょうか。


「好きにしろ。今はそんな悠長な事を話している余裕は無い」


 ーーーでは、今はエリスと。それで、私達を救う方法というのは……。


 ーーーだからそんなのある訳無い!いい加減な事を言わないでよ!!!


 小さい光のエレノアは幼い子供のまま。

 魔鋼人形となったエレノアとは根本から違う。


(さて、どうしたものか……)


 二つに別れたエレノアの意識と記憶。そして体を取り戻す事。

 これらの問題を同時に解決しなければエレノアを人間の側へ引き寄せられない。


 レイヴンは考えを纏めると、手を叩いて言い争いを続ける二人に告げた。


「それだけ意識がはっきりしているなら都合が良い。はっきり言って俺にはお前達の心にある記憶のすれ違いまでは面倒見きれない。だから俺が今から言う質問に答えろ。聞きたい事は二つだ」



 一つ、主となる人格を選べ。


 選ばれなかった方の記憶の保証は出来ない。


 二つ、人間として生きるか、魔鋼人形として生きるか選べ。


 どちらを選んでも以前の様に戦う力は無いかもしれない。



 ーーーそんな……。やっぱり助けるなんて嘘だったんだ!


 ーーーエリス、これは……。


 困惑するのも無理のない事だ。

 けれど、これは“エレノアにとって大事な事” だ。避けては通れない。


 そんな二人を前にレイヴンは抑揚のない声で言った。


「さあ、選べ。どちらを選んでも、“お前達が” 納得する事は絶対に無いだろう。だが、生きる事は出来る」


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