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最強の弱者

 発動寸前だった願いを叶える力は、レイヴンの頭の中に響いた声と同時に霧散した。


(な、何が……)


 魔剣は体に突き刺さりはしたものの心臓の鼓動は止み、魔剣は何の反応も示さなくなってしまった。


 惚けるレイヴンを巨大な岩の塊を叩き付けられた様な衝撃が襲う。


「ぐぁ…!く、そ……!」


 鈍い音が響く。


 レイヴンは抵抗する間もないまま大地を転がっていった。


 どうやら今の衝撃で骨が折れたらしい。

 ダラリと垂れ下がった左腕から血が滴り落ちる。

 指はまだ動くが鎧の下がどうなっているのか見たくも無い。


 魔物は再び咆哮を放ちながら突進して来た。


(また速くなった⁉︎ )


 辛うじて躱したレイヴンであったが、せっかく治りかけていた左腕は使い物にならない。

 攻撃を避けながら折れた左腕に鎖を巻き付けて固定する。荒っぽいやり方でも何もしないよりはマシだ。


(それにしても、予想通りと見るべきか……)


 体を覆う魔鋼の隙間が先程よりも狭くなっていた。

 三倍以上あった体格差も今では二倍程度に収縮している。


 このまま魔鋼の隙間が無くなれば魔物として完全になるだろう。その前に何としても、もう一度願いを叶える力を発動させる必要がある。


 力の発動に必要な魔力は十分だった。後は二人の後悔の感情を頼りに、人間だった頃のイメージを短剣で増幅させてやれば成功した筈なのだ。なのに、声が聞こえた途端に魔剣は力を失ってしまった。


(さっきの声、あいつの仕業か……)


 声の主が何かしたのだと結論を出した時、再び声が聞こえてきた。


『レイヴン、あの二人はもう人間には戻れない。貴方がやろうとしているのは人間を造る行為そのものよ。願いの法則から逸脱した力の行使は駄目』


(願いの…法則?)


 レイヴンがこれまでに理解しているのは、魔力を餌に願いを叶える力を発動させる事が出来るという事だ。その際に生じる膨大な力の流れさえ制御出来れば効果を発揮する。

 要は魔剣が喰らった魔や神の力を制御出来さえすれば良いのだ。


「法則だかなんだか知らないが!もう少しだったんだ…!何故邪魔をした!!!」


『運命を歪める行為は必ず貴方を不幸にする。行使した力が大きければ大きい程、その反動は貴方を蝕むわ!その白くなった翼がその証拠よ!』


 漆黒の翼の一翼が白く変質した理由が力を行使した反動だということよりも、レイヴンにはどうしても引っかかる言葉があった。


「運命…だと?」


『そう、運命よ。あの二人は此処で貴方に滅ぼされる運命だった。それが完全な魔物となってしまった二人を救う唯一の方法。分かってるんでしょう?』


 そんな事は今更言われなくても分かっている。レイヴンもそう思ったからこそ、可能性を手放した。何も持たないが故に憧れ、手に入れた大切な存在を失う事に怯えてしまったのだ。それを弱さだと言うのなら、そうなのかもしれない。

 けれども、可能性を手放して手を伸ばす事を止めたレイヴンの背中を押してくれた仲間がいる。


 小さくて温かい手は再び歩き出す力をくれた。

 本音をぶつけてくれた友の涙は道を示してくれた。


 ーーーエリスを失った時の様な後悔はしたくない。


「お前はまた、繰り返せと言うのか……」


『…え?』


 レイヴンの力の及ばない遠く知らない場所で、誰かがあの日のレイヴンと同じ思いをしている。それはレイヴンにはどうしようもない事だ。


「またあの時と同じ事を……」


 レイヴンは聖人君子などでは無い。世界中で繰り返される悲劇を救うだなんて、そんな大層な事は出来ない。けれど、今この瞬間。手を伸ばせば届くのだ。エレノアとユッカはレイヴンの手の届く場所にいる。


「もう……あんな思いをするのは俺だけで十分だ……」


『もう手遅れなのが分からないの⁈ 貴方の気持ちは理解してるつもり……だけど!自分を犠牲にしてまでする事とは思えない!もっと自分を大事にしなさいよ!』


「煩い!本当に理解しているなら、ぐだぐだ言わずに力を貸せ!出来ないのなら黙っていろ!俺はもう……逃げない!運命がなんだ!自己犠牲だなんてつもりも無い!俺は俺にしか出来ない事をやろうとしているだけだ!」


『話を聞きなさい!あの男の…ダストンの時とは違う!あの時はどうにかなったけど、またあの力を使えば貴方は人では無くなってしまう!魔物になった人間は助からない!人間を造るだなんて馬鹿な考えは捨てなさい!!!」


 ーーー運命なんて糞食らえだ。


 どんな人間であっても、何もせず明日という日を迎えられる奴なんていない。明日を生きる為に今日を生きる。今日を生きるからこそ、明日という日が見えてくる。

 その中に抗い様の無い運命という名の壁があったとしても、歩みを止めればそこで終わりだ。待っているのは死だ。


「超えられないから諦める?……違う。超えられないと諦めたから超えられない……」


『ふざけないで!皆が貴方の様に強い訳じゃ無いの!超えたくても超えられないのよ!レイヴンだって言ってたじゃない!』


「どんなに力があっても……どんなに願っても、どうにもならない現実はある。か」


『そうよ。これはどうしようも無い事なのよ…!』


(一体どうしてそこまでして……)


 ーーー言いたい事は理解出来るのに……

 ーーー俺を止めようとしてくれているのだと伝わって来るのに……


 どんなに正しく聞こえても、譲れないモノがある。


「……俺は俺だ。俺以外の何者でも無い。俺の事を受け入れてくれる奴等と出会って、その意味がようやく分かった。だから、身代わりになってやる事も出来ないし、俺みたいな奴が他人の気持ちを理解してやるなんて、お笑いにしかならないのも分かってる。……だがな、それが何だと言うんだ」


『……』


 “何かを得る為に何かを捨てる”

 時にはそういう選択が必要なのは分かっている。

 誰もが壁を越えられる訳じゃない事も。

 来ない明日がある事も。


 だがーーー


「捨てる事を勇気だと言うのなら、俺は臆病者で良い。選ぶ事を強さだと言うのなら、俺は弱者で良い。もう何も失いたく無いんだ!だから俺は限界を超えてでも前へ進む!!!」


『レイヴン……』


「お前の指図は受けない!さあ、もう一度目を覚ませ!お前の主は……俺だッ!!!」


 ーーードクンッ!!!


 ーーードクンッ!!!


 ーーードクンッ!!!


 高鳴る心臓の鼓動が世界の理を揺らす。

 レイヴンの赤い目は輝きを増し、限界を超えて更なる魔力を引き出していった。


『嘘……私の拘束を無理矢理……止めなさい!人間でいたいのではなかったの⁈ 駄目よレイヴン!それ以上踏み込んだら人でいられなくなる!!!』


「……ふふふ」


『レイヴン……?』


 ーーー化け物になりたくない。人間でいたい。


(ああ、その通りだとも。俺はいつだって化け物になっていく自分に怯えてたんだ。俺はお前の…いや、あんたの声を初めて聞いた時、何故だか他人の様な気がしなかった。あんたが誰なのか知らないのに、どういう訳かあんたの言葉は俺の中心に響いてくる。煩わしくて仕方ない……。だけど、今なら何となく分かる。これが肉親の声というやつなんだろうな……母さん)


 美しい輝きを取り戻した白と黒の翼が再び立ち込めた瘴気を払う。


「二人を助けて戦いを終わらせる!俺は俺だ!化け物なんかにならい!なってやるものか!!!」


 レイヴンは全ての迷いを断ち切る様に咆哮を放った。




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