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レイヴンと災厄の魔物

 

 最初の狙いは動きを完全に封じる事だ。


 姿勢は低く地面擦れ擦れに刃を潜ませる様に急襲する。

 いつもの様に飛び出したレイヴンの頭にあったのは二人が融合しても尚、体に刻まれた戦いの記憶が残っているのではないかという懸念。


(人間で無いからと言って人間の技が使えないとは限らない……)


 ゲイルは魔物堕ちした後も、醜く膨れ上がった巨体は人の形からは程遠かったにも関わらず、人であった頃の技や癖はそのまま残っていた。人間としての意思を取り戻してからは更に人の動きに近くなっていた。その事を考えればエレノアの戦闘技術がそのまま残っていたとしても不思議では無い。


 レイヴンの剣が足元へと迫った時、不意に魔物の巨体が消えた。


「なっ…⁉︎ 」


 見失った訳でも間合いを見誤った訳でも無い。

 魔物はレイヴンの三倍以上はある巨体で後方へ飛び退いたのだ。


 今の場面を見ていない者が聞けば、何をおかしな事をと言うだろう。互いに高速で動き回っている最中に攻撃のリズムや速度に緩急を付けて誘ったり攻撃を躱すと言うのならまだしも、魔物は完全な静止状態からレイヴンの動きを躱してみせた。

 飛び込みの速度と同じ速さ同じタイミングで後ろへ下がるなど、人間の意識があったとしても非常に困難だ。


 そんな真似が出来るとしたらリヴェリアくらいのものだ。


 魔物は足を大地に叩き付ける様にして蹴った反動を利用して突進して来た。


(速いっ!)


 異常な重量によって叩き付けた振動は、レイヴンが体勢を整えるのを僅かに狂わせた。

 通常の戦闘であれば気付かない程の僅かな異変。しかし、そのミスとも言えない様な重心の狂いは、意表を突かれたレイヴンにとって致命的な事態を招く結果となった。


 剣を振り抜いた姿勢の僅かな隙を狙い澄ました様に腕と一体化したエレノアの剣が振り抜かれる。

 辛うじて魔剣で攻撃を防いだレイヴンであったが、如何ともしがたい体重差に加えて高速で打ち出された鉄の矢の様な攻撃の威力を殺しきれなかった。


(…くそ!)


 体が浮く様な浮遊感を感じたレイヴンは咄嗟に翼をはばたかせて後方へとワザと加速して距離を取った。けれど、魔物の追撃は止まらない。

 今度はレイヴンを追いかける様にして大地を蹴って加速して来た。

 動きを止めるつもりで攻撃したのに、気付けば一瞬の内にレイヴンの方が動きを止められていた。


 上段から振り下ろされた剣を受け止めた衝撃で大地に巨大な亀裂が走る。

 亀裂から噴き出す瘴気は更に濃くなり大気の色を変え、やがて太陽の光すら遮ってしまった。

 この状態が続けば魔物が大量に発生する事になる。カレンの能力がいかに強力と言っても永遠に戦い続けていられる訳ではない。カレンの魔力が尽きれば能力の発動は止まる。致命傷を負ったとしても同じだ。

 ミーシャの鞄には魔力回復薬もあるが、カレンが持つ魔力の総量からすれば気休めにしかならないだろう。


(何て重たい攻撃なんだ…!魔鋼の重量と巨体。なのにこの動きか……)


 魔物堕ちは本人が元々持っている力を何倍にも増大させる。だからと言ってここまで力を増した例は今までに遭遇した経験が無い。強いて言えばクレアの時がそうだろうか。人工的にに造られた人間であったとしても、戦う力など何も無い状態からフルレイド相当の魔物にまで急激に変化した。


「ッ!!!」


 魔鋼の隙間から伸びた触手がレイヴンを捕まえ様として動けないレイヴンの体に巻き付き始めた。


(おいおい……まさか俺まで取り込むつもりか?)


 一度はこれまで見てきた魔物堕ちと同じ様に巨大に膨れ上がった体。それが人間と同じ姿にまで収縮しているのは不自然だ。溶けたと思っていた魔鋼が体の表面を覆っているのもそうだ。

 暴走したユッカは膨らんだ体に分散してしまう筈だった力を魔鋼によって内部に押し留めた。効果は劇的で凝縮された力は無駄無くユッカの体を満たしていた。

 それと同じ状況を再現しようとしているのだとしたら、目の前の魔物の体にある隙間が完全に閉じた時が本当の魔物堕ち完了の合図となるのではないだろうか。

 逆に言えば、それまでに決着をつければまだ間に合うかもしれない。


 もう無理だ。人間に戻れる可能性なんて無いと決めつけていたレイヴンの心に一筋の光明がさす。


(相手をよく見ろ…か)


 ーーーどの口が言う。


 冷静な判断を失って早々に可能性を手放した。

 それをクレアに指摘されて腹を立てるなんて最低だ。ランスロットにもあそこまで言わせてしまった事も心の底から悔いている。


「…お前を人間に戻してやれる術があると言ったら……どうする?」


 魔物はレイヴンに覆い被さりそうになりながら体重をかけて剣を押し込んだ。

 触手がうねり鎧を軋ませ、砕けた地面が陥没する。


 見上げた視線の先にある魔物の顔。その更に奥に見える魔核の怪しい明滅が一瞬強く光ったのをレイヴンは見逃さなかった。


「どうした?お前は全てを諦めたのだろう?俺と同じ様に……な!」


 魔剣に拳を打ち込んだ衝撃で出来た隙を突き触手を斬り払って脱出した。

 支えを失った魔物がバランスを崩して頭から地面に倒れ伏す。


 ーーードクン。


 背後に回ったレイヴンは更に魔力を高めて準備を始める。

 エレノアとユッカは人間性を失ってもまだ、誰かに手を掴んで欲しくて手を伸ばしているに違いない。


 “人間に戻れる可能性だなんて、そんな物ある筈が無い“


(俺もそう思っていた……)


 生きる事、人間でいる事、そして夢を諦めなければならなかった二人。


(だが……)


 二人の中にはまだ“後悔” という強い感情が残っている。

 見えない断崖にしがみついているかのような強烈な感情。誰かに助けて欲しくて……でも、どうしようもなくて。そんな諦めきれない感情が確かにあるのを見た。


(約束、だったよな。俺が掴んでやると言ったのに……だが、安心しろ)


 魔物は素早く体を起こして再びレイヴンに襲いかかった。


 重心は低く、手に持つ剣は地面に触れる寸前。

 重量を感じさせない驚異的な速度は正しくレイヴン、そしてエレノアの動きそのものだ。


 まともに剣を交わしても、受け止めきれない重量を相手に無駄な体力を使うだけだ。倒す事が目的では無い。ならば体格差を十二分に活かして動き回るのが最善の戦い方と言えるだろう。


「お前達を人間に戻してやる。だから……」


 ーーードクンッ!!!


(もう少しだけ我慢しろ)


 最大限にまで高まった魔力の奔流が空を覆った瘴気を吹き飛ばしていく。

 太陽の光が醜く変わってしまったエレノアとユッカを照らし出した時、レイヴンは願いの力を発動させた。


「お前が魔と神を喰らう魔剣なら!二人の魔を喰らって願いを叶えろ!!!」


 突き出した魔剣が魔鋼の体を貫こうとした瞬間。

 頭の中に聞き覚えのある声が響いて来た。


『それ以上踏み込んでは駄目よ、レイヴン』



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