カレンの能力
カレンの持つ固有能力は最悪だ。
固有能力の名は様々な呼ばれ方があるが、通称『軍神の大号令』と呼ばれ、対象となった者は強制催眠状態となり、能力の大幅な向上と加護を受ける事になる。
「何これ……体の中から力が湧いて来るみたい……」
「そりゃ、カレンの指揮下に入ったって事だ」
「指揮下?」
対象者は全員魔力でカレンと繋がれた状態となる訳だが、魔力を通じてカレンの指令を受けた際の負荷は凄まじく、効果が切れた後には想像を絶する苦痛が全身を襲う。
潜在能力の開放によって鬼神の如き力を得る代償として、肉体への負荷があっという間に限界を超えて壊れてしまうのだ。それはカレンの部下達の様に訓練を重ねた者であっても同じだ。
「指揮下に入るなどと言えば聞こえは良いが、要は強制支配だ」
「支配?」
「そうだ。カレンの能力の本質は肉体の限界を取り払い、感情や思考を奪った上で意のままに操る事だ。支配下にある間、行動の全てはカレンに委ねられる」
カレンの放った魔力が国中に降り注ぐと、クレアとランスロットの体がほのかに金色の輝きを放ち始めた。
「良いかクレア、カレンの指示には絶対に逆らうな。絶対にだ」
「うん…わ、分かった。でも、逆らったらどうなるの?」
「無理に逆らうとその場で反動が来るんだよ。規律違反の罰ってやつだな。つっても、カレンの支配を逃がれられる奴なんてレイヴン以外に知らないけどな」
当時の、というより今もだが、レイヴンは独断先行ばかりしていた。しかし、集団での戦闘で独断先行は、時に仲間を窮地に追いやってしまう。レイヴンばかりが強くても意味は無い。集団には集団の戦い方というものがあるからだ。
そこでカレンは仲間との連携を体で覚えさせようとした。けれど、集団で戦う事を異常に嫌っていたレイヴンは、驚くべき事にカレンの支配を自力で解除してみせた。
大抵の者は力を得た高揚感に抗えずに支配を受け入れる。だが、レイヴンにはそんな物は関係無い。力を得る事に快感を覚えたりはしないからだ。
レイヴンにとって、力を得る事は生きること。降り掛かる不条理を跳ね返す手段であり、それ以上でも以下でも無い。ましてや、それを他人から与えられるなどレイヴンにしてみれば理解不能な事だ。
「そ、そうなんだ…」
「俺だって他人から与えられた力なんて御免だ。でもまあ、一つだけ有難いのは限界を超えた自分を知る事が出来るって事だ」
全てのリミッターを強引に外された者達は漏れなくカレンの操り人形と化す。タチが悪いのは同時に与えられた加護によって治癒力まで高くなっている事だ。大抵の怪我は瞬時に治癒してしまうし、カレンの影響下にあるうちは他の魔法や呪術による精神干渉を一切受けない。どれだけ疲弊していても加護がある限り戦線に立ち続けなければならい。カレンが咆哮を気にしなくて良いと言ったのもそれが理由だ。
どんな素人集団であっても、強力な軍団に早変わりするのだから無茶苦茶だ。故に軍団を指揮するカレンは団長と呼ばれている。
「確かに上手く利用すれば、更なる高みに手が届く可能性はある。しかし……」
冒険者でも兵士でも無い者を即席の狂戦士化してしまう軍神の大号令。この上なく強力な力である事は間違い無い。しかし、一度でもカレンの能力を体験してしまえば厄介な後遺症に悩まされる。
更なる力を求めてカレンに付き従う者。力を得たと勘違いして悪事に手を染める者。現実との力の差を埋められずに心の病にかかる者。
いつぞやの盗賊がそうであった様に、本来持っている器を無視して得た力の快楽は悲惨な結末をもたらす事になる。
「コラ!あんまりクレアを怖がらせる様な事言わないの!」
「カレン。クレアに万が一の事があってみろ。お前が相手でも許さない」
「過保護過ぎなのよ……。今回の事はクレアにとっても良い経験となるだろう。それに、戦いに向かない者には加護だけを与えてある。クレア、レイヴンの隣に立ちたいなら乗り越えてみせろ!お前が目指している場所は果てしなく遠いぞ。先ずはその事を身をもって理解する事だ」
「はい!」
レイヴンのいる高みを目指す。
言葉にするのは簡単だ。しかし、それは同時にレイヴンとの実力差が理解出来ていない事を意味している。
ランスロットはそれを理解した上で言葉にしているのだが、はっきり言って無謀だと言わざるを得ない。
支配を受け入れ力を得れば、朧げながらレイヴンの背中の影くらいは見えるだろう。しかし、その時初めてクレアは思い知る事になる。レイヴンと自分の立っている場所の遠さを。決して超えられ無い壁がある事を。
クレア達の体を覆っていた金色の光が一層強くなった時、巨大な瓦礫を押し退けて小人族の長老が姿を現した。
「事情は伺っておりました。まさか、この老いぼれも数に入っているとは……。ふふふ、久々に腕が鳴るというもの……」
長老の目は虚ろで、既に完全な影響下にあるらしい事が分かる。
「いや、お前はそこで倒れている二人を担いで避難していろ」
「かしこまりました……」
カレンに向かって一礼した長老は、気を失ったままのフローラと博士を軽々と担いで街へと歩いて行った。
「何度見ても気味が悪いぜ……」
「文句言わないの。さあ、やるよ!レイヴン、思いっきりやりなさい。今のレイヴンにならきっと出来る」
(ふん…言われるまでも無い。もう散々言われたからな……)
「おっと…レイヴン、そろそろ……」
魔物と化したエレノアとユッカがゆっくりと動き始めた。
これまでの魔物堕ちと違う点は二つある。
一つは、二人が完全に融合してしまっている事。
もう一つは、膨れ上がった体は魔鋼の鎧を纏った人の形をしている事。
理性を失った状態にしては人の形に近い形状に変化したのには何か理由がある筈だ。
「ランスロット、そっちは任せたぞ」
「おうよ!…って、カレン次第だけどな」
「レイヴン!私も!」
「勿論だ。クレアのおかげで俺はまた歩き出せる。追いかけて来い。お前なら出来る」
「うん!レイヴンも頑張って……絶対に二人を助けてあげて!」
「ああ。問題無い。任せろ」
その時だ。遂に体の変化を終えた災厄の魔物から大地を揺るがす桁外れの咆哮が放たれた。
大地に走った亀裂から噴き出した大量の瘴気が空を覆って行く。
「厄介な…想像以上だな……」
カレンはその様子を見て眉を顰めていた。
何度も魔物堕ちを見て来たカレンでも、ここまで強力な個体は見た事が無い。冒険者の基準で言うところのフルレイドランクすら軽く凌駕している。そんな魔物相手に単騎で挑もうというのだから、相対するレイヴンも大概だ。
(いよいよ始まるか。お前には無様な姿ばかり見られているな。…悪いが、今回も無茶をする。頼むぞ、相棒)
ーーードクンッ!!!
力強い鼓動と共にレイヴンを赤い魔力が包み込んだ。