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友の声

 ニヤケ顔から一転、長身の美丈夫は涙目になりながら殴った手をさすっていた。


「お前の鎧堅過ぎんだよ。前々から気になってけど、どういう理屈で出来てやがるんだ?ったく……骨が折れたかと思ったぜ」


 瓦礫から飛び出したレイヴンは今の強烈な一撃すら何でもない様子の足取りでランスロットの前に立った。


「ランスロット、何故お前が此処にいる?俺が救援を頼んだのはカレンだ」


 一触即発。そんな雰囲気を醸し出したかと思ったら、ランスロットは腹を抱えて笑い始めた。


「あははは!何だよそれ、よく見たら酷え格好だな!」


 これには流石のレイヴンも腹を立てて怒った。

 いくら一番古い付き合いのランスロットだからといって、この状況が理解出来ないのなら邪魔なだけだ。だがレイヴンが口を開こうとした時、ランスロットが続けて言った。


「クレアにあんな事まで言わせやがって……情けねぇ奴だな」


「何だと?」


「無理無茶無謀をひっくり返すのはお前の専売特許みたいなもんだろ。ぐだぐだ悩むなよ」


「勝手な事を言うな!この状況が分からないのか⁈ 」


「分かってるさ。あんなもん俺にはどうしようもねえ。お手上げだ。見ろよ、足が勝手に震えてやがる」


「だったら黙っていろ!クレアを連れてさっさと逃げるんだ!お前達の足ならまだ間に合う……逃げてくれ。頼むから……逃げてくれ……」


 何と弱々しい姿だろうか。

 これではクレアが戸惑うのも無理はない。ニブルヘイムで見せた新しい力。魔剣の力を制御してみせた時に吹っ切れたと思っていたのに、そうではなかったらしい。というよりも、また一歩前へ進んだ事で別の問題にぶち当たったと見るべきだ。

 けれど、そんな事は至極当たり前で、寧ろ人間であれば誰でも何かしらの問題にぶち当たる。それも一度や二度じゃない。生きている限り何度もだ。

 何も悩まない人間などいないし、全ての悩みを解決出来る訳でも無い。悩みを抱えたまま新しい壁にぶち当たるのだってザラにある。しかし、だからこそ生きることは面白い。

 レイヴンはそれが他人よりも大きいだけだ。誰よりも強いくせに、当たり前を知らないレイヴン。しかし、完璧な人間など存在しない。不完全だからこその人間だ。


 ランスロットはクレアにだけ言わせたままではおけないと、今までレイヴンに内緒にしていた事を打ち明ける事にした。


「レイヴン、俺は…いや、俺達はお前が魔物堕ちしたら全員でお前を殺すって決めてるんだ」


「……」


「何だよその目は?今でも勝てないのに出来る訳ねえって思ってるだろ。ムカつくぜ、その目。……ま、否定はしないさ。魔物堕ちしたお前を倒すなんて冒険者全員でかかって行っても無理だ。それでも俺達はお前を殺すと決めた。ダチだからな。お前のケツくらい持ってやるさ」


「…ランスロット、お前……」


 ランスロットの頬に大粒の涙が溢れた。

 長い付き合いだが、ランスロットが涙を流した事など一度も無い。

 いつもヘラヘラと気ままな振る舞いを見せるランスロットらしくない。


「何やってんだよ…!あんまり俺をがっかりさせんなよ!お前に憧れた俺が馬鹿みてえだろ……!!!」


「俺は……」


「これだけは覚えておけよ。お前が信念を貫き通した結果魔物堕ちしたんだったら、俺は笑ってお前に殺されてやる。でも、お前がこのまま何もしないで魔物堕ちする様な腰抜けなら、俺はお前を恨みながら自決してやる。弱虫野郎に殺されるなんて真っ平御免だぜ」


 まただ。

 今度はランスロットにまで言わせてしまった。


「だが……今の状況では……」


 クレアとランスロットの言葉は希望を失いかけていたレイヴンにとって万の援軍よりも心強いものだ。

 けれど状況がそれを許さない。結界の無い現状、無闇に魔剣の力を解放すれば、クレアとルナ、そしてランスロットまで巻き込んでしまう。フローラ達を救うどころか、レイヴン自身の手で滅ぼしてしまう事に成りかねない。


「何をやっている!標的はもう動き始めるぞ!とっとと剣を構えんかレイヴン!ミーシャの頑張りを無駄にする気か!」


「カレン……」


 瓦礫の山の天辺に燃え盛る炎の鎧を纏ったカレンの姿があった。

 足元にはぐったりとした様子のミーシャの姿もある。


「安心しろ。魔力の使い過ぎで気を失っているだけだ。それにしても馬鹿ランスロット……私が言おうと思ってた事、全部先に言っちゃうんだから。おかげで出て来るタイミング逃しちゃったじゃない。ていうか、あんた南に行ったんじゃなかったの?」


「へへ、そりゃあ悪かったな。長年染み付いた習慣と勘って奴さ。何しろ俺は初代レイヴン係なんでね。俺がいなきゃ始まらねえだろ?な、クレアもそう思うだろう?」


 おどけて見せるランスロットの隣でクレアがくすりと笑った。


(ああ、そうだった。お前にはやはり笑顔が似合う……)


 レイヴンは恐れていた。

 力に飲み込まれる事よりも、魔物堕ちしてしまう事よりも。

 失う事が怖かった。

 何も無い自分がようやく掴んだ光。一つ乗り越える度に手にした光が手から滑り落ちてしまうくらいなら進まなくても良い。いつしか心の何処かでそんな卑屈な事を考えてしまっていた。


 大切な存在が増える度、失う事への恐怖がレイヴンの心を蝕む魔物の様に大きくなっていった。

 クレアもランスロットもそんなレイヴンの後ろ向きで不安な心を見透かしていたのだ。


「レイヴン……」


(クレア……)


 レイヴンはクレアの目を真っ直ぐに見据えた。


 カレンが来たならまだ多少の望みはある。完全な魔物と化したエレノアとユッカに対して有効な手立てがあるとすれば魔神喰いの力。そこから先はやってみなければ分からない。


「二人共すまなかった。正直、どうなるか分からないんだ……。だがやれるだけの事はやってみよう」


 無理無茶無謀とはよくも言ってくれたものだ。けれど、思い返してみればどれもそうだ。一度だって絶対の自信があった訳じゃ無い。


「違う違う。俺達が欲しいのはそんな言葉じゃ無いぜ?」


「……?」


「あ・り・が・と・う。ほれ、言ってみ?」


「ぐっ……こんな時に何を…!」


 ランスロットがいやらしい笑みを浮かべながらレイヴンの肩を掴んだ。

 笑顔とは対照的に肩を掴んだ手はとんでもない馬鹿力が込められていた。どうやら逃す気は無いらしい。


「ほら、レイヴン!ありがとうって!」


 満面の笑みを浮かべたクレアがレイヴンの顔を覗き込む様にして近付いて来た。


「うっ……。あ、ありが、とう」


「やった!」


「ったく、それぐらいサラッと言えって前にも言っただろ。まあ、良いや。行って来いよレイヴン。これも何度か言ってっけど、あんま面倒かけんなよな」


「ああ、お前が来てくれて良かった」


「へへっ。だろ?」



 カレンはレイヴン達の微笑ましい様子を見て少しだけ笑みを浮かべた。

 今の光景を見ていればリヴェリアが何故彼等に託したのかよく分かる気がする。

 だが、あまりのんびりとはしていられない。巨大な魔物は動き出す目前。それに国を囲む様に魔物の気配が集まって来ている。


「レイヴン。この国の連中の事は私に任せろ。それから分かってると思うが、咆哮も気にしなくて良い。思う存分にやれ。私も久々にアレをやる」


「「……ッ!!!」」


 レイヴンとランスロットの二人は体をビクリと震わせて同時に後ずさった。

 駆け出しの冒険者だった頃、二人はカレンのパーティーに誘われて各地を転々としていた事がある。

 パーティーのリーダーであったカレンが何故“団長” と呼ばれる様になったのか?

 その理由はカレン固有の能力にある。ニブルヘイムで見せた『士気向上と能力向上』あれはまだ序の口だ。本当のカレンの恐ろしさはその先にあるのだ。


「アレ?アレって何?」


「クレア、お前は俺の側にいろ」


 レイヴンは戸惑うクレアを抱き寄せた。


「それじゃ意味無いでしょ。レイヴンを除く全員が“対象”よ」


「ふ、ふざけんな!そこまでしなくてもカレンならどうにか出来るだろうが!俺達はお前の実験動物じゃねえぞコラ!」


「はいはい、議論は無し。時間切れよ」


 真っ赤に燃え盛る手甲を打ち鳴らすと、カレンの魔力の波動が街を、そして国を包み込む様にして拡がっていった。


 リヴェリアと同じ金色の魔力。

 鐘の音に似た音が大気を揺らした直後、団長カレンの固有能力が発動した。

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