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災厄を告げる声

 カレンが転移した先は険しい森の中だった。

 後ろを振り向けば世界を隔てる壁。レイヴン達が東の大陸を経由している事はカレンも知っいる。


「ここは東の森か。それにしてもマクスヴェルトは何故ミーシャが来る事を知っていた?」


 マクスヴェルトは昔から謎の多い人物だ。シェリルのパーティーに参加した時からそうだったが、合流する以前の事は絶対に話そうとはしなかった。

 魔法にしてもそうだ。あれだけの知識と技術を得るには気の遠くなる様な長い年月が必要な筈。なのにマクスヴェルトの噂を全く耳にしなかった。その事に言及して来なかったのは、偏にマクスヴェルトの人懐っこい性格と幾度も窮地を救ってくれたからだ。


「あいつが変なのは今更か……。さて、ミーシャが来てるって言ってたけど、一体何処にいるのかしら?」


 空を見上げてもツバメちゃんの姿は見えない。


「木が邪魔ね」


 いくらカレンでも無為な破壊行為はしない。一気に木の上まで飛び上がって周囲を見回してみる事にした。


「よっ、とととと…」


「くるっぽーーーー!」


「へ?ちょ、うわぁ⁉︎ 」


 とんでもない速さで飛来して来たツバメちゃんはカレンの襟首を咥えると、そのままの勢いで東に向かって飛び始めた。


 精霊独特の無音状態での飛行。

 カレンの知っている風の精霊とは見た目がかなり違っているものの、ツバメちゃんは同じ風の精霊種の中でも抜きん出た能力を持っている。


 一度召喚の経路を調べてみたいと前々から思っていた。ただし、宙吊りのカレンは風を諸に受けてしまってそれどころでは無い。


「ちょっとミーシャ!せめて背中に乗せなさよ!…え?ちょ、いやあああああ!!!」


 ツバメちゃんは空中でカレンを離すと、一回転してカレンを背中で受け止めた。


 思わず変な声を出してしまったカレンは文句の一つでも言ってやろうとミーシャに手を伸ばしかけて思い留まった。


 いつも天真爛漫なミーシャでは無く、魔力を酷使したせいで大量の汗をかいている必死の形相を見たからだ。

 魔物混じりでありながら、魔力操作の苦手なミーシャが全魔力を使い果たす勢いで焦っている。


「カレンちゃんお願いします!…レイヴンさんを、皆んなを助けて下さい!!!」


 後ろを振り返る事無く発せられた悲痛な叫び。ミーシャの頬を濡らす涙が風に乗ってカレンの頬を濡らした。


「ミーシャ……お前……」


 魔法も直接戦闘能力も、何一つ戦う為の力を持たないミーシャが唯一使える風の精霊魔法。

 ミーシャと始めて出会った時、不意に漏らした言葉がカレンの頭を過ぎる。


 “私には何も無いけど、許されるなら皆んなと一緒にいたい。その為の努力は惜しまない”


 己が無力であるとミーシャは言った。けれど、カレンはそんな事は無いと思う。

 レイヴンは信頼出来る相手とそうで無い相手を感覚で嗅ぎ分けているきらいがある。言い方は悪いが、レイヴンの生い立ちを考えれば仕方の無い事だ。そんなレイヴンがミーシャの同行を認めている時点で、なくてはならない存在である事の証明になっているのだ。

 それはSSランク冒険者の集まりであるリヴェリアの部下として迎え入れられている事からも読み取れる。

 はっきり言って、どちらも普通なら考えられ無い事だ。

 カレンとて、ミーシャがあの二人に認められていると知らなければ、相手にもしなかったかもしれない。


(まあ、話している内にその理由は何となく分かったんだけどね)


 カレンは後ろからミーシャを抱き締めて言った。


「泣くなミーシャ。お前は今、お前にしか出来ない事をやっている」


「だ、だって…私にはこれしか出来ないのに、壁の向こうには行けないし……マクスヴェルトさんに連絡取れないし……どうしたら良いのか分からなくて…皆んなが待ってるのに…」


「ふふふ……」


「笑い事じゃないですよ!本当に不安だったんですから!!!」


 ミーシャが着ている制服に刺繍された紋章は信頼の証。リヴェリアの部下である事を意味するのともう一つ、命を預けるに足る人物であるという意味がある。

 その制服に袖を通している以上、ミーシャは戦闘能力にも劣らない唯一無二の武器を持っているとリヴェリアに判断された。

 今はまだ可能性に過ぎないが、ミーシャの中にはちゃんと炎が灯っている。


 カレンはミーシャと話しながら、この先待ち受ける状況について考察を巡らせていた。

 レイヴンならば大抵の事は超常の力でもって振り払える。戦闘においてレイヴンの右に出る者など存在しない。であれば、戦闘以外の何かで窮地に立たされているのだろう。

 あのルナという魔法使いがいれば、それらを補えると思っていたのだが、察するにそれも難しい状況の様だ。詳しい事情は分からないが、わざわざレイヴンが救援を求めるほどの異常事態だという事は確か。

 リヴェリアでもマクスヴェルトでも無い。自分を指名して来た事に意味があると考えるべきだろう。


「安心しろ。私の持つ金色の目は伊達では無い。赤い目もな。私に任せろ。どうして私が団長と呼ばれるのか教えてやる」


 ミーシャはカレンの赤と金色の目にある強い輝きを見ると涙を拭って前を向いた。


「もっと速度を上げます!しっかり捕まっていて下さい!」


「くるっぽーーー!!!」


 もうこれ以上魔力を使うのは無茶だ。

 しかし、今のミーシャにそれを伝えるのは野暮というものだ。何よりミーシャの頑張りを無駄にする訳にはいかない。


「ふふ、やはり鳩なのではないか?」


「ツバメちゃんです!何でリヴェリアちゃんと同じ事言うんですか⁉︎ 」


「あははははは!」





 ーーーーーーーーーーーーーーーー





 瓦礫を払い除ける轟音と共にトラヴィスが起き上がって来た。


「ククク…この体でなければ今のでやられていたかもしれません」


 そう言って不気味な笑顔を見せたトラヴィスは、暴走したユッカの頭を鷲掴みにして引きずっていた。


 エレノアの体が高性能な魔鋼人形だからといって、今のユッカを相手にするのは難しい筈だった。それなのに暴走していたユッカはトラヴィスに対して抵抗する気配すら無い。


「本当に嫌な奴……。さっさとエレノアの体から出て行きなよ」


「おやおや、すっかり嫌われてしまいましたね。ああ、そうでした。嫌われていると言えばルーファスさんもそうですね。てっきり私の魔眼の支配下にあると思っていたのに…これが飼い犬に手を噛まれるというやつでしょうか。ですが、私の存在に気付かずにレイヴンさんに接触したのは間違いでした。下らない感傷で尻尾を出すとは愚かな男です」


「本当にそう思っているのなら、愚か者は貴様の方だトラヴィス」


 あの時、ルーファスは通路の影からは出て来なかった。それがトラヴィスの間合いギリギリだったからだ。

 ルーファスは気付かないフリをしていたに過ぎない。トラヴィスへの怒りを吐露したのも、既にバレても問題無い状況になっていると考えれば合点が行く。


 トラヴィスの顔から笑みが消えた。


「……騙されていたのは私の方だと?そう仰りたいのですか?」


「そうだ」


 ルーファスのお陰で帝国が一枚岩では無いと知れたのは大きい。トラヴィスの支配に反旗を翻そうという勢力があるのなら、ゲイルを通じて対策も立て易くなるだろう。


「ククク……」


 ユッカの頭を離したトラヴィスは剣を抜き、ユッカが入っている胴体部分へと突き立てた。


「貴様…!」


「おっと!動かないで下さい。動けばこの娘の心臓諸共魔核を破壊しますよ?」


「……チッ」


「…良いですか?私は完璧な人間なんですよ!容姿も!頭脳も!地位も!栄誉も!何もかもが優れている!!!他者に劣る事など何一つない!!!」


 醜く歪んだ顔。

 ぎょろりと見開かれた目。

 感情を剥き出しにしたトラヴィスには先程までの澄ました態度は微塵も無い。


「そんな私が騙されていた?冗談でしょう?…どいつもこいつも、私の邪魔ばかりする愚か者だ!私より優れている者など認めない!!!断じて認めるものか!!!」


「コイツ、どうかしてる……」


 ルナの呟きに反応したのか、トラヴィスの魔力が異常に膨れ上がっていく。


(不味い!この反応は…!)


「急用が出来ました……。飼い主の手を噛む事がどんなに愚かな行為なのか、きちんと教えて差し上げなければ……。そうでしょう?」


「止めろ!それ以上魔力を解放すればエレノアが魔物堕ちしてしまう!」


「ククク…アハハハハハハ!!!だから何だと言うのですか?最後に一つ良い事を教えて差し上げましょう。ご存知の通り、魔物堕ちはその者が持つ力を何倍にも高めてくれます。では……魔物堕ちした者が融合したなら一体どうなるのでしょうね!!!」


「レイヴン!」


「分かってる!!!」


 こうなってしまってはエレノアの体がどうのと気にしている場合では無い。


 止むを得ずエレノアを破壊しようと飛び出したレイヴンの刃が届く寸前。

 災厄の始まりを報せるトラヴィスの声が響いた。


「さあ!実験の始まりです!!!」


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