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忘れられた街オーガスタにて

 

 こじんまりとした暖炉の前でマクスヴェルトとカレンは至福に満ちた満足気な表情を浮かべたまま、満腹になった腹を撫でて寛いでいた。

 暖炉と言っても此処は寂れた教会の地下。

 周囲を彷徨く魔物に気付かれない様にする為に暖炉の燃料は薪ではなく、熱を発するだけの炎を発生させる魔具を用いている。また、天井や壁の一部には自然光に近い光を放つ鉱石を埋め込んでおり、光量も魔具で操作出来る。水の調達に関しても新たに井戸を掘って魔具を使って汲み上げる仕組みを作ってある。しかも、汲み上げた水は更にもう一つ設置してある魔具を使う事でお湯にする事も可能だ。

 地下である事を除けば中央でも滅多にお目にかかれない程の快適な空間が出来上がっている。


「いやあ、それにしてもリアーナの作るミートボールパスタは何度食べても絶品だよね」


「ああ、それには私も同意する。レイヴンがミートボールパスタばかり食べたがる訳だ。方々旅をして来たが、こんなに美味しいミートボールパスタを食べた事が無い。しかし、この味は独特だな。何か特別な調味料を使っているのか?」


「いえ、特には。この料理のレシピを作ったのは私の姉のエリスなんです。私はそれを真似して作っているだけですから……」


 マクスヴェルトとカレンは突然リアーナの運営する孤児院を訪ねて来た。それもミートボールパスタが食べたいという理由でだ。

 慣れない来客で子供達はすっかり奥の部屋へ引っ込んだきり出て来ない。住み込みで手伝ってくれているジェーンもマクスヴェルトが王家直轄冒険者の一人だと知って気絶してしまった。今はキッド達が看病してくれているが、恐らくもう緊張して出て来ないだろう。

 そんなこんなでリアーナは一人で二人の相手をする羽目になっていた。


「ほほう、姉がいるのか。では一つ挨拶を……」


「ゴホン!ゴホッ!ゴホッ!」


 カレンの言葉を遮るようにマクスヴェルトがわざとらしい咳をした。


「おい、今私が……」


 カレンはマクスヴェルトの“その話題には触れるな” と言いたげな目を見て察すると、慌てて話題をすり替えた。


「な、成る程な!私にもそのレシピとやらを後で教えてくれないか。部下にも食べさせてやりたいんだ」


「え、ええ。それでしたら後で……」


 何かを思い出した様に目を伏せたリアーナを見たマクスヴェルトがカレンを小突いた。



 ーーー何で姉さんの話題に食い付くのさ!駄目だよ!


 ーーー煩い!お前がちゃんと教えておかないからだろうが!


 ーーーていうかさ、さっきからその喋り方何なの?もしかして人見知りしてるとか?


 ーーー違うわよ!私もおかしいって思うけど、自然にそうなっちゃうの!知ってるでしょう⁈



「あー、それよりさ、リアーナ。最近の孤児院の様子はどうだい?何か困っている事があったら何でも言ってよ」


 困るも何も、この孤児院はレイヴンが特に目をかけている特別な場所だ。定期的に送られて来る物資、巡回警備の為の冒険者の派遣。オルドが運営に携わっている各地の孤児院からの人材援助などなど、生きて行く上での環境ならばその辺の町や村よりも余程充実している。

 それもこれも、レイヴンがこれまで築いて来た人脈と有り余る莫大な運営資金があってこそなのだが、レイヴン本人はその辺の事情には酷く疎い。


「困っている事なんて……皆さんのお陰で私が働きに行かなくても暮らせますし、何より子供達の側にずっと居てあげられるので有り難いと思っています。強いて言うなら、子供達を外で遊ばせてあげたいという事くらいで……」


「成る程。外でか……うーん…」


「何だ?冒険者の巡回が来ているのなら、その時だけでも外で遊ばせてやれば良いじゃないか。此処は居心地が良いが、子供は外で遊ばないとな」


「分かってるよ。だけど、そうもいかないんだよ。この辺りに魔物気配が極端に少ないのはレイヴンが定期的に倒しているからなんだ」


「ん?益々意味が分からない。レイヴンが魔物の数を減らしているのなら尚の事問題無いだろう?」


「それがね……」


 この場所に巡回に来る冒険者はAランクとSランクの混成チームだ。だが、この辺りでは時折りSランクやレイドランクの魔物が発生する事がある。Sランクならまだどうにでもなる。しかし、レイドランクが一体でも出現した時点で巡回チームでは対処し切れなくなってしまう。

 巡回チームを派遣する事もリヴェリアがどうにか少ない人員を割いて選んだ者達。レイドランクにも対処可能なSSランク冒険者の派遣となると流石に手が回らないのが実情であった。


「あ、あの!良いんです。ごめんなさい。私達はこうして暮らせているだけでも満足してますから。今の話は忘れて下さい」


「そうはいかない。マクスヴェルト、何か良い案はないのか?」


「一応あるにはあるんだけど。まだ当分は先の話になるかな……。代案もあるけど、それもなぁ……」


「勿体ぶらずに言え!」


 マクスヴェルトはリヴェリア、オルドの三人で考えた案を話した。


 先ず第一に『オーガスタ復興移住計画』

 これは中央に集中し過ぎた人口を分散させる事で、中央に魔物が発生するリスクを抑えるのと同時にSランク、SSランクといった高位の冒険者をも分散させるのが狙いだ。

 冒険者の街パラダイムの運営が軌道に乗った事も相まって、もう一度街を作るという計画が浮上したのが発端である。

 無論、それには相応の準備と人員、歳月が必要になる。仮に実現したとしても街として機能するには十年から数十年はかかる見込みだ。


 そしてもう一つ。南に新たに出来た冒険者の街『追憶の街リアムへの移住』という代案がある。

 その街に住んでいるのはリアムを始めとした約五十名からなる冒険者の一団。その全員がSランク、SSランクの実力を兼ね備えている。しかも彼等の多くは魔物混じりであり、魔物混じりへの理解のある彼等の街であれば、差別や迫害に遭う心配も無い。しかも、湖の上にある島という立地のお陰で魔物に襲われる危険性も低い。

 物資や設備の面ではまだ不自由が多いのだが、子供達が太陽の下を走り回るのには十分な環境と言えるだろう。

 これはリアーナと孤児院の子供達を全員移住させるのが前提で、実現にはリアーナ達の意思とレイヴンの許可が必要になる。


「何だ。ちゃんと良い案があるじゃないか。何も迷う必要は無いだろ。追憶の街とやらなら安心して暮らせる。しかも、それだけの実力者が約五十名もいるとは……。リヴェリアめ、私に隠していたな……今度問い詰めてやる」


「彼等は一度魔物堕ちしているからね。元のランクだと精々が高くてAランクまでしか無かったんだ。…って、しまっ……」


 カレンの視線が痛い。

 リアーナにとって魔物堕ちはエリスの死を連想させる。


 だが、リアーナはマクスヴェルトの説明した内容を考えるのに必死で聞いていなかった様だ。


「少し、考えさせて下さい……」


「ああ、勿論だよ」


 けれど、それはリアーナとレイヴンにとって難しい決断になると予想していた。

 この忘れられた街オーガスタはレイヴン達が幼い頃に過ごした場所であり、何よりエリスの墓がある。想い出の場所を離れるとなると、色々と心の準備が必要になるだろう。

 それに移住を無理強いするつもりも無い。今のままで暮らして行くという選択肢もある。



 それから暫くはレイヴンの話で盛り上がった。

 手紙を出してもなかなか返事が無いのは相変わらずの様だったけれど、何よりリアーナが驚いていたのはレイヴンが他の人と一緒に旅をしているという事だった。


「中々面白い話が聞けた。それに美味しいミートボールパスタのレシピも手に入ったしな」


「いえ、こちらこそありがとうございます。レイヴンの話が聞けて何だか安心しました」


「そうか、なら良かった。残念だが、私達はそろそろ中央に戻らなければならない。続きはまた今度聞かせてもらうとしよう。マクスヴェルト、帰るぞ。中央を空けたままにしている事がリヴェリアに知られたら何を言われるか分からないからな」


「あ、来た」


 マクスヴェルトは何も無い天井を見上げて呟いた。


「まさか、魔物か⁉︎ 私は何も感じなかったぞ」


 魔物という言葉にリアーナがビクリと反応する。


「違う違う。ミーシャだよ。予想より少し遅かったけど到着したみたい。あー、壁を越えられ無くて困ってるのか。忘れてたなぁ……」


「おい、何を一人でぶつくさ言っている?何故ミーシャが来た?レイヴン達は一緒ではないのか?」


 マクスヴェルトはニコリと笑顔を見せてカレンの肩に手を置いた。


「……何だこの手は?」


「ミーシャは君を迎えに来たのさ。宜しくカレン。ランスロット達にはリアムの街で待つ様に言っておくからさ」


「…は?何の話だ?ちゃんと説明をーーー」


 マクスヴェルトはカレンの返答を待たずに指を鳴らして転移魔法を発動させた。

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