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クレアと謎の女

 

 レイヴンはトラヴィスには目もくれずに血を流すフローラを抱き上げた。

 出血の止まらないフローラの小さな体は見る間に白く軽くなっていく。


「エレノア……エレノア……」


 フローラは薄れていく意識の中、譫言の様にエレノアの名前を繰り返し呼んでいた。


「もう喋るな!今直ぐ治してやるから黙ってろ!」


 レイヴンは助けを求め辺りを見回す。

 後ろではフローラが刺された事に取り乱した博士が長老によって引き止められていた。二人に応援を頼もうにも危険すぎる。かと言ってルナにこれ以上の負担を強いれば結界の維持が困難になってしまう。それだけは避けなければならない。


(だったら…!)


 自分の命が尽きようとしているのに、エレノアの手を掴もうとして震える手を必死に伸ばす姿を見たレイヴンは決意する。


「これは失礼。ちゃんと殺してあげないと私との会話に集中出来ませんよね。そこまで気が回らず申し訳ありません。今直ぐその薄汚いゴミを処分しますので……」


 トラヴィスが再び剣を振り下ろそうとした瞬間、レイヴンが叫んだ。


「クレア!ルナ!少しの間で良い!トラヴィスを押さえろ!!!」


 無茶な事を言っているのは分かっている。

 二人はもう限界が近い。暴走したユッカが街へ行ってしまう事態になれば多くの犠牲者が出るだろう。それでも、全てを救うにはこれしか無い。


「今更無駄な足掻きです!」


 その時だった。

 剣を振り下ろそうとしたトラヴィスが飛んできた巨大な物体によって壁際へと叩き付けられた。

 激しい轟音と土煙。


(くっ……!何が⁉︎ )


 レイヴンが目を開けると二つの小さな背中が目の前にあった。


「調子に乗るなよゲス野郎!」


「レイヴンは弱くなんか無い!」


 その横顔は怒りで満ち、トラヴィスが吹き飛ばされた場所を睨み付けていた。


 最初に飛んで来た影は暴走したユッカだ。

 どちらかを手薄には出来ないと考えた二人はユッカとトラヴィス、両方を同時に相手する事を選択した。


(お前達……)


 レイヴンは腰に下げた短剣を取り出して魔力を込めた。

 力を増幅させる力を持つ魔剣を使い、願いの力を増幅させる。傷の治癒に使った事は一度も無いが、魔物堕ちすら元に戻せるのだ。出来ない理由は無い筈だ。


 ーーーードクン。


 心臓の鼓動が響き魔剣の力が発動した。


(フローラ、まだ死ぬな!)


 トラヴィスはレイヴンの事を弱いと言った。それは間違いじゃ無い。

 弱いから失いたく無いのだ。弱いと知っているからこそ足掻いて来た。


 何も出来ずに目の前でエリスを失ったあの日の様な思いはもうしたく無い。


「お前が願いを叶える魔剣なら、俺の魔力を喰らって願いを叶えろ!!!」


 レイヴンの腕の中でフローラの体が赤い魔力に包まれる。

 眩い光が収まると、傷口が塞がり顔色の戻ったフローラが姿を見せた。気を失っている様だが、規則正しい呼吸の音が無事に瀕死の状況を脱した事を教えてくれた。


「ククク……まさか、その魔剣にそんな力があったなんてね。まったく、ステラさんも人が悪い。こんなに素晴らしい力まで持っていたとは知りませんでした」


 瓦礫の中から聞こえるトラヴィスの声。

 クレアとルナが警戒を強めて構えた。


「クレア!フローラを頼む。それから少し休め」


「まだ戦えるもん!」


「駄目だ。お前の体は既に限界だ。そんな脚の状態ではこれ以上の戦闘は無理だ。それと、街へ行って魔力回復薬を持って来てくれ」


 クレアの脚はユッカとの戦闘による疲労で痙攣を起こしていた。

 普通の魔物程度であればもう少し戦えるかもしれない。けれど、クレアがあの二人を相手にするのは難しい。

 実はミーシャから念の為にと渡されていた魔力回復薬の試作品が一つだけある。それをクレアに教えなかったのは、少しでも体力回復の時間を与える必要があったからだ。


「だけど……」


「早く行け」


 クレアは渋々剣を納めて頷いた。


「分かった……」


 クレア納得していないのはレイヴンも気付いていた。けれども、クレアの安全を考えれば仕方のない判断だった。


 フローラを背負ったクレアが博士の元へ辿り着いのを確認したレイヴンは、剣を構えてルナの隣に立った。


 蠢く瓦礫が徐々に崩れていく。ユッカとエレノアが出て来るのも時間の問題だろう。


(二人を同時に相手をする事は容易いが、エレノアの体を支配しているトラヴィスの意識をどうにかしなければ……)


「僕も休みたいなー」


 緊急時だと言うのに、口を尖らせたルナが文句を言って来た。

 クレアと同じ様に休ませてやりたのは山々だが、せめてカレンが到着するまでは頑張って貰わなければならない。


「これを飲め。ミーシャが作った試作品だ。どれだけの回復が見込めるかは分からないが、少しは足しになる」


「それは助かるんだけどさ、僕だけ扱いが酷い気がする……」


「お前だからだ。頼りにしている」


「えへへ、しょうがないなぁ〜」


 ルナは照れ臭そうに笑うと魔力回復薬を飲み干した。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 その頃、クレアは魔物の素材を売った道具屋を目指して走っていた。

 街は騒がしく、通りに溢れかえる魔鋼人形は数体づつに分かれて警戒と巡回にあたっていた。所々にある灰の山はレイヴンの攻撃で焼き尽くされた魔物の物だろう。一部の技術者達がその灰を研究してはどうだろうと話している。


 直接暴走したユッカやエレノアの有様を見ていない者達の中には魔物が倒された事で気が緩んでいる者がいる様だ。


「まだ戦いは終わっていないのに……」


 レイヴンには休めと言われたが、一刻も早く戦いに復帰するつもりだ。

 気遣ってくれているのだとしても、あの時レイヴンはルナには何も言わなかった。任された役割も出来る事も違う。それは仕方の無い事だし、結界が解ける様な事態になったら一大事だ。それでも、もっと頼って欲しかった。


 クレアは力の足りない自分に悔しさを募らせながら、気持ちを切り替える事に努めた。


「急がないと……」



 道具屋に入ると店主の姿は無かった。

 代わりにいたのはフードを深くかぶった女の人が一人。


「いらっしゃい」


「え、あの……お店のおじさんは?」


「今は長老に頼まれた物資を届ける為に出かけているわ。それで、何が必要なのかしら?」


 クレアは少し怪しいと感じながも、女の優しい声を聞いて一先ず信用する事にした。


「あの、魔力回復薬と、それから体力が回復できる薬草を少し。お、お金は後で払いに来ます」


「お代は要らないわ。今は緊急時ですもの」


 女はそう言うと棚から商品を取り出した。


「あ、ありがとうございます!」


「待って」


 商品の入った袋を受け取ろうとしたクレアの手を女の白い手が掴んだ。

 手は傷だらけで、何か硬い物を殴ったかのような痕があった。古い傷、新しい傷が折り重なるように刻まれている。


「あの、急いでいるので……」


 女はクレアの手を慈しむ様に撫でながら言った。


「綺麗な手ね……私とは大違い。ねえ、レイヴンの事好き?」


「……え?」


「レイヴンとずっと一緒に居たいって思う?」


 突然告げられたレイヴンの名前にクレアは警戒を強める。

 レイヴンはこの国へ来てからずっと女の姿で過ごしていた。途中レイヴンの名前を口にしてしまった場面もあったが、少なくとも道具屋の主人はエリスの名前しか知らない。


 クレアは気付かれない様に空いてる手を剣の柄へとゆっくりと伸ばし、女の様子を伺いながら慎重に答えた。


「……好きです。レイヴンは私に生きろと言ってくれました」


「そう……。あのレイヴンが……」


「そ、それじゃ、急ぐので……」


 明らかにレイヴンの事を知っている。そう思ったクレアは、少し強引に袋を受け取り足早に出口へと向かった。


(そうだ、名前だけでも……)


 クレアは名前だけでも聞いておこうと振り返った。

 しかし、そこにはもう誰もいなかった。


 手に残った女の手の感触。

 優しい声とは裏腹に酷く痛々しい手をしていた。


「い、急がなくちゃ!」


 クレアは袋をしっかりと握り直して、闘技場へ向かって走り出した。

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