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トラヴィスという男

 レイヴンが怒り任せに振り下ろした剣を片手で止めてみせた。たったそれだけの事。けれども、その何気ない行為はクレアとルナ、そしてフローラの三人を動揺させるには十分過ぎた。


 レイヴンが本気で振り下ろしたのかと言われれば、恐らく本気では無い。だとしてもレイヴンの攻撃を片手で受け止めるだなんて事はリヴェリア以外に見た覚えが無いのだ。



「さっさとエレノアの体から出て行け」


「ククク、随分と優しいのですね。貴方程の力があれば直ぐにでも事態の収拾を図れたでしょう?私はその辺りの心境に非常に興味があります」


「御託はいらん。エレノアの体を返せ」


 “早々にユッカを切り捨てたならここまでの状況にはならなかった” トラヴィスはそう言いたいのだ。だが、そんな事をしても何も解決しない。それでは前に進む道を自ら閉ざしてしまう。


 トラヴィスは激しさを増すレイヴンの攻撃を受け止めながら、一層笑みを深くして感嘆した様に言った。


「本当に素晴らしい力だ……。ああ……本当に素晴らしい。それだけの深傷を負い、あまつこの体を傷付けまいと手加減しても尚、貴方は私よりも遥か高みにいる」


「くっ…!」


 本気で攻撃出来ない事を見透かしたような動き。倒すだけなら既に何度も機会はあった。


「それだけの力があれば邪魔者を排除する事だって容易な筈。圧倒的な力の前では、誰も貴方に逆らう者など居ないでしょう。……しかし、何故か貴方は行く先々で面倒ばかり引き受けている。貴方の中にあるのは虚栄心?それとも自己満足と言った方が良いですか?」


「くだらん!人の命を奪う事でしか己の欲求を満たせない貴様に言われる筋合いは無い!」


「ククク……。それは些か誤解があります。私と貴方は同類だ。自分の目的の為なら他者を切り捨てる。頭では分かっているのでしょう?どうするのが最も効率的なのかを」


「黙れ…!」


 そんな事は言われなくても分かっている。しかし、それをしてしまったら今まで一体何の為に戦って来たのか分からなくなってしまう。


 一人で生きる事の難しさ、理不尽さを知った。

 感情を知った。誰かの為に力を使う事を知った。暗闇を照らす光の優しさを知った。伸ばした手を掴んでくれる手の温かさを知った。


 それらを失いたくない一心で足掻いて来た。


「そのくだらない承認欲求をお捨てなさい!貴方は人間では無い……化け物なのですから!」


「黙れッ!!!」


 怒りの感情が昂ったせいで、思わず力の入った攻撃を放ってしまった。


(く、くそ…!止まれーーー!)


 エレノアの首筋ギリギリで止まった刃。

 トラヴィスは避けるでも無く、黙ってレイヴンを見ていた。


「今のは流石に失望しました……。何故剣を止めたのですか?」


「くっ、関係無い!エレノアの体を返せ!」


「…くだらないのは貴方の方です。怒りにすら余計な感情を入り込ませる。実に愚かな事です。その感情を人間である為に必要なモノだとでも考えているのでしたら教えて差し上げましょう」


「ぐああああ!!!」


 レイヴンの足をトラヴィスの放った剣が貫いた。

 鎧を易々と貫く力はエレノア本来の力を確実に上回っている。


「このっ……!ぐああああ!!!」


 再び今度は反対側の足。

 気配の無い攻撃が容赦無くレイヴンを襲う。


 普段のレイヴンであればこの程度の攻撃を何度も受けたりはしない。けれど、感情が大きく揺らいだ今の状態では反応する事も難しくなっていた。


 ついにレイヴンはトラヴィスの前で膝をついて倒れてしまった。

 剣を地面に突き立てて立ち上がろうとするが、どういう訳か体がいう事をきかない。


「その目……とても良い目です。殺意の塊。今直ぐにでも私を八つ裂きにしてしまいたい目だ。ですが、貴方は私を傷付けられない。何もかもを救おうとする貴方は脆く……弱い。人間とは傲慢な生き物です。互いに助け合い、協力するフリをしていても心の底には醜い感情が渦巻いています。それは悪魔と呼ばれる者達よりも薄汚く、どす黒い。あのカイトとかいう悪魔……あの者の方が余程人間らしい。そうは思いませんか?」


「……」


「おや?言い返さないのですか?エレノアの首を跳ねれば私とこんな会話をしなくても済むというのに……。そうだ!名案があります。貴方の代わりに私がこの首を跳ねてあげましょう!」


「き、貴様ぁ……!」


 苦し紛れに放たれた剣に勢いは無く、簡単に止められてしまった。


 トラヴィスはそんなレイヴンを見下ろして言った。


「甘い…甘いんですよ。甘過ぎて胸焼けを起こしてしまいそうです。貴方は私よりも遥か高みにいるというのに、こうも簡単に遅れを取る。そんなに大事な事ですか?人間でいる事が……」


「……ッ!」


 トラヴィスは剣を持つ手を大袈裟に掲げ、さながら演劇の舞台俳優の様に振る舞い始めた。


「本当は貴方も気付いている筈だ。魔物混じりだからだなんて、ただの言い訳だと。貴方の力はとっくに人間の範疇には無いのだとね!その気になれば世界を手中に収める事も、砂の城を壊す様に破壊の限りを尽くす事だって出来る!それこそ過去に貴方が成した偉業!!!まさにーーーー」


「そこまでよトラヴィス!これ以上あんたの好きにはさせないわ!」


 二人の間に割って入ったフローラは即座に結界を展開すると複雑な模様を浮かべる魔法陣を展開した。


「フローラ⁈ 何故来た!下がっていろ!」


「こんな奴にエレノアを好きにさせるものですか!」


「これはこれは。フローラさんじゃありませんか。その物言い、相変わらずですね。…おっと失礼。今はフローラ王でしたね。ご無沙汰しておりますフローラ王……」


 トラヴィスは姿勢を正す素振りをした後、わざとらしい挨拶と礼をとって見せた。


「エレノアを解放しなさい!」


 フローラはそんなトラヴィスにお構い無しに魔法を発動させた。


「こ、これは…まさか!うぐっ……か、体の制御が!ば、馬鹿な!こんな事で……!」


「貴方の負けよ、トラヴィス!」


 糸の切れた人形の様に項垂れるエレノアの体。

 先程までの不気味な笑みは消え失せ、トラヴィスの気配も無くなっていた。


「やった、のか?」


「これでエレノアの記憶の封印は解けたわ。エレノア!返事をして!私よ!フローラよ!」


「フ、フローラ、さ……ま?」


 意識を取り戻したエレノアの雰囲気が違う。

 エレノアの言葉からはどこか幼い印象を受ける。きっとフローラと出会った頃の記憶が蘇っているのだろう。


「そうよ、私よ。長い間待たせて御免なさい……。だけど、今は説明をしている場合じゃないの!私を信じて!必ず貴方を助けてあげるから!」


「よか……った。フローラ様、戻って、来られた、のですね……私は、ずっと待っていました……フローラ様にお礼が言いたくて…ずっと、ずっと……」


「うん……分かってる。一人にしてごめんね。私もエレノアに言いたい事が沢山あるの。もう少しの辛抱だか、ら……」


「フローラ!」


 フローラの小さな体を鈍い光を放つ刃が貫いた。

 地面に倒れたフローラから流れる多量の血がレイヴンの体を濡らしていく。


「エレノア……どう、して……」


「フローラさ、ま……そ、そんな……わ、私、私……いやあああああああ!!!……ハハハハ!アハハハハハハハ!!!」


 エレノアの纏う空気が一変すると、不気味な笑いが発せられた。


「ククク!アッハハハハハハハ!!!久し振りの再会はいかかでしたか?ククク……良い表情だ。その絶望に染まった顔……とても素敵ですよ、フローラ王」





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