クレアの成長
クレアが戦闘を開始した直後。
レイヴンはエレノアが意識不明に陥ってしまった原因を探っている技術者達の作業を、固唾を飲んで見守っていた。
ユッカを救う鍵はエレノアがユッカの意識を呼び戻す事だ。でなければ、ユッカは完全な魔物となり破壊を撒き散らすだけの存在になってしまう。それではせっかく立ち直りかけたエレノア自身も救うことが出来ない。
「おい、まだ分からないのか」
「そ、そんな事言われても。博士……」
「魔力回路は生きてるけど、これ以上は一度分解してみないと……。それに此処では設備が……せめて三長老の誰かからエレノアの製造に関する記憶開示の許可があれば……」
「そうか。とにかく急いでくれ。エレノアの力が必要だ」
「分かったわ。出来るだけの事はやってみる」
(ステラはエレノアに一体何をしたんだ。トラヴィスとステラ……二人が協力関係にあるとしたら厄介だぞ。いや、最悪を想定するなら協力していると見た方が良いか)
エレノアが人間の、それも魔物混じりである事は、恐らくステラも知っていると考えるべきだ。
ステラの狙いがエレノアを強制的に魔物堕ちさせる事では無いのなら、何か他に企んでいるに違いない。トラヴィスが最後に言い残した言葉も、再び出て来た“姫” という言葉も気がかりだ。
一つだけはっきりとしているのは“どんな企みがあろうともクレアに手を出すつもりなら容赦はしない” という事だ。
「どいたどいた!そこを通してくれ!」
「皆んな道を開けてくれ!」
地面を揺らす重たい足音を響かせて魔鋼人形の一団が姿を現した。
どれも個性的な形状をしており、武装も一通り揃えられている。
(まさかとは思うが、戦うつもりなのか。恐れずに立ち向かう姿勢は大したものだが無謀過ぎる)
暴走したユッカを止めるには最低でもエレノアと同程度の性能がなければ話にならない。エレノアに手も足も出ない程度の性能しか持たない魔鋼人形が何体いようと同じ事。のこのこ出て行ってもクレアの邪魔になるだけだ。
「何をしに来た。お前達もさっさと避難しろ」
「そうはいくものか!我々だって戦えるんだ!小さな女の子一人に戦わせるなんて出来ない!」
「そうだ!エレノアとあんたが敵わなかった相手だからって、あんな小さな女の子を見殺しになんか出来るか!さあ、そこをどいてくれ!」
彼等の目は本気だ。
敵わないと知りつつ、救援に行こうと言うのだから面白い。
てっきり研究ばかりに没頭していると思っていたが、どうやらそれはレイヴンの思い違いだった様だ。
(ふふ…この国の連中も案外捨てたものじゃないな。だが……)
「借りるぞ」
「え?ちょ、ちょっと!その剣は見た目以上にかなりの…重量……が、って……そんな、片手で……」
レイヴンはエレノアの剣を手にとると、自分と加勢に来た魔鋼人形との間を凪いで一本の線を刻み付けた。
「な、何のつもりだ!脅したって無駄だぞ!」
「そ、そうだ…我々を見くびるな!」
「勘違いするな。俺…私は手出ししない。お前達がその線を一歩でも越えられたなら加勢に行っても良い。でなければ、さっさと引き返して避難しろ。足手まといだ」
魔鋼人形の技術者達の間に嘲笑にも似た笑いが溢れる。
『線を越えるも何も、そんなもの一跨ぎではないか』そんな感情が込められた笑いだった。
「あんたが強いのはさっきの戦いを見ていたから知っている。だが……ふんっ。これはあんまりだろ」
「我々は急いでいるんだ!何のつもりか知らないが、こんな茶番に構っている時ではない!そこをどけ!行かせてもらう」
「そうか。では、越えてみろ……」
言い終わると同時。
レイヴンの魔力が膨れ上がり、途方も無い重圧となって彼等に襲い掛かった。
無論、殺気など込めてはいないし、線の向こう側にいる技術者にだけ向けて放っている。
「ひ、ひぃやああああ!!!」
「な⁉︎ ななななな…何が⁉︎ 」
凍て付く氷の様な威圧。
呼吸をする事すら許されない程の威圧を正面から叩き付けられた技術者達は、一斉に情け無い声を上げて尻餅をついてしまった。
足は震え、歯がガチガチと音を立てる。
どんなに立ち上がろうとしても体は地面から離れようとはしない。
(やはりこの程度でも無理か……)
レイヴンが放ったのは獲物を狙うSSランクの魔物が纏う威圧感と同種の物。
ユッカが暴走を始めた頃の力よりも少しだけ強い圧力を想定したものだ。
これに耐えられるなら少しは役に立つかもしれないと考えていたのだが、流石にそれは無理だった様だ。
「彼等に何をしたの⁈ 」
「…別に。少し試しているだけだ」
「試す?」
エレノアの側で見ていた博士や他の技術者達には、エリスがただ立っている様にしか見えない。
けれど、どうだ?
エリスは宣言通り何も手を出していないのに、線の向こう側にいる技術者達の顔は青ざめ、皆震え上がっている。先程まで見せていた勇ましい様子は見る影も無い。
極め付けは魔鋼人形の反応だ。
操縦者の意思が無ければ動かない筈の魔鋼人形までゆっくりと後退を始めたではないか。
それはつまり、技術者達が本能で危険を察知している事を意味している。心の底からの恐怖に魔鋼人形の回路が反応しているのだ。
「ば、馬鹿な……!そそそんな…馬鹿な事が…!」
「さ、ささささ寒い!ふ、震えが、ふ、震えが止まらない……こ、こんな、不条理な、こと……」
気を失わなかった事は認めよう。
しかし、この程度では救援に行かせる訳にはいかない。
(よく耐えたが、ここまでだな……)
レイヴンは放っていた魔力を抑える。
技術者達はすっかり意気消沈してしまっていた。額にびっしょりとかいた汗を拭う事も出来ずに、地面に這い蹲る姿勢のまま、必死になって呼吸を整えている。
普段、魔物と相対する経験の無い彼等には酷だったかもしれない。彼等の気持ちは買うが、無駄死にをさせる訳にはいかないのだ。
「誰も越えられなかったな」
この場にいる誰もが状況を理解出来ないでいた。
分かっているのは、地面に刻まれた細い線を強大な力を持っている筈の魔鋼人形が一体も通る事が出来なかったという事実だけだ。
「あ、あ、あ……あんたは……一体…?」
「理解したか?あの暴走した魔鋼人形の前に立つということは、こういう事だ。意気込みは買ってやるが、そんな様では無理だ。…約束だ。大人しく避難していろ」
「……くっ」
「だ、だが!あの少女をこのままにしておいては殺されてしまうぞ!!!早く助けに行かなければ取り返しのつかない事に……!」
「そ、その通りだ!たとえ勝てなくとも盾になるくらいの事は出来る!」
「問題無い。よく見てみろ」
レイヴンは借りていたエレノアの剣を返すとユッカと戦っているクレアへと視線を向けた。
(見事なものだな。任せるとは言ったが、ここまでやれるとは正直思っていなかった)
レイヴンの目に映るのは目覚ましい成長を遂げたクレアの勇姿。
今やフルレイドランク相当にまで魔力が膨れ上がったユッカと互角以上に渡り合っている。クレアの一挙手一投足の全てが全身全霊を込めた力強さを感じさせる。
「そんな……あんな小さな女の子が……」
「凄いぞ…何だあの動き……あれが本当に子供の動きなのか?」
初めて出逢った時には、痩せ細って死にかけていた名も無い少女に過ぎなかった。それが今では自分よりも力が勝っている相手を前にしても冷静に戦況を判断し、最適な手段でもって対処するまでになった。格上の相手を完全に自分のペースに巻き込んでいる。
(あれはユキノとフィオナの動きか……)
自分の戦い方も分からない内から他人の癖を覚えてしまっては、クレアの成長に良くないと思っていた。しかし、クレアが今やっているのは複合技。リヴェリアの構えを基本に据え、不慣れな部分だけ相性の良い他の動きを取り入れる。普通であれば動きに整合性が生まれずに致命的な隙となってしまうだろう。
奇をてらっただけの思い付きでは決して不可能。
“癖の異なる動きを瞬時に使い分ける”
数々の戦闘をこなして来たレイヴンをして、これ以上難しい技術は無いと断言出来る。
それを実戦でやってのけるとは、つくづくクレアの天賦の才には驚かされるばかりだ。
(参ったな…これは俺もうかうかしていられないかもな)
クレアがレイヴンを目標にしている事は勿論レイヴンも気付いている。その為に努力している事も。その事は素直に嬉しいと感じている。それでもやはり、平穏な生活を送って欲しいという想いだけはずっと消えずにある。
一緒に旅をするにしても、魔物の事なんて気にしなくて良くなれば。そんな世界になればと願っている。
(ん?あの剣……)
クレアの持つ剣から感じる違和感……いや、力と言った方が良いだろうか。クレアが魔力を込める度、徐々に変質しているのが分かる。
刀身を覆った赤い魔力は不安定で弱々しい。けれど、底知れない不思議な可能性を感じる。
(剣がクレアに合わせて成長しているのか?やれやれ……。ガザフが聞いたら腰を抜かすだろうな。それにしても、ルナは何故来ない?)
ツバメちゃんの声が聞こえたという事はミーシャは無事だ。それにルナに何かあればクレアが最初に言って来る。無事であるならそれで良い。しかし、ルナが来ない事には預けておいた魔剣を受け取れない。それでは困るのだ。
「クレア!もう暫く時間を稼げるか?」
「うん!大丈夫!」
(ふふっ……)
頼もしい返事に満足したレイヴンは思考を切り替える。
ユッカの暴走がこれ以上進む前にエレノアの回復と魔剣の回収を行わねばならない。
もう一度エレノアの状態を確認しようとした時、通路の奥が騒がしくなった。
いつもありがとうございます。
次回投稿は1月7日夜を予定しています。