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忍び寄る不協和音

 それはエレノアの心を写したかのような絶叫にも似た音だった。


 重心を低くした姿勢から矢の様に飛び出したエレノアは高速移動を繰り返しながら怒涛の如き剣撃を繰り出し続けた。

 互いの剣が触れ合う音は重く、自分自身に向けられたであろう怒りと哀しみは、剣が交錯する度に衝撃波となって周囲に広がって行く。

 ユッカを苦しみから解放してやりたいと焦る気持ちがエレノアを前へ前へと進ませる。


「ユッカ!返事をして下さい!私です!エレノアです!」


 無駄と分かっていても僅かな可能性を信じて友の名を呼び続けるエレノア。けれど、暴走したユッカに声が届く様子はない。

 ユッカの攻撃は苛烈さを増すばかりで、エレノアの攻撃を難なく弾き返してくる。


(どうにか立ち直りはした様だが、肝心なのはここからだ)


 レイヴンには、不安定ながらも本来の動きを取り戻したエレノアであれば、相手が誰であろうとも余程の事が無い限り破壊される様な事にはならないという確信があった。


 自惚れるつもりは無いが、自分とまともに相対出来る者はそう多くは無い。あの戦いの時、敢えてリヴェリアの構えをとったのは重量差の事もあるが、何よりエレノアを警戒しての事だった。自分と同じ構えの相手と戦うなんてクレア以外にはいなかった事もある。

 当然だ。その理由もおそらく自分と同じ。

 エレノアは本能で悟ったのだ。繰り返される魔物との戦い。たった一人で立ち向かわねばならないエレノアは効率よく魔物に対処する為にレイヴンと同じ構えに辿り着いた。



 レイヴンはエレノアの補助に徹する事にした。

 激しい高速戦闘の中、エレノアが回避し損ねた攻撃を間に入って代わり受け流すという綱渡りの様な立ち回りを行なっていた。


 こんな面倒な戦い方を選択したのには理由がある。

 正直に言って、破壊するだけなら造作も無いのだ。どんなに堅い装甲を纏っていようとも、衝撃そのものを完全に殺せる訳では無い。それに人型である事も破壊を容易にしている理由の一つだ。

 だが、それでは意味が無い。この戦いの目的はユッカの心を呼び起こす事にある。


(やれやれ、この手の戦闘はリヴェリアの得意分野だな。俺では破壊しないギリギリとなると手加減が難しい)


 リヴェリアの構えは攻防一体。如何なる状況下であっても柔と剛の両立をやってのける。

 受け手に回る印象の強いリヴェリアだが、それは高速戦闘時でも変わらない。

 構えを真似る事は出来ても、あの戦い方だけはレイヴンでも再現出来ないのだ。


「エレノア!もっと相手をよく見ろ!焦り過ぎだ!」


 エレノアは知らず知らずの内に自分の力がかつてない程に高まっている事に気付いていない。焦るなと言ったところで無理な話だろうが、このままではレイヴンの狙い通りになる前に二人とも人間で無くなってしまう恐れがある。



 闘技場の中央で三者が熾烈な戦いを繰り広げている最中、逃げようとしていた一部の観客達の中にエレノアの存在に気付く者が現れ始めた。


「お、おい……あれ…」


「エレノアだ。それにもう一人は乱入してきた謎の美女じゃないか」


「何だこの戦い……すげぇ……」


 闘技場に響き渡る剣撃はいつしか逃げ惑っていた観客達をも魅了していた。

 目で追う事も困難な高速戦闘。三者による異次元の戦いは恐怖すらも忘れさせる程に見事なものであった。


「でも、なんだか……」


「なんて顔してるんだ……。あんな顔初めて見る…」


 いつ終わるとも知れない剣撃の応酬。

 荒々しく剣を振りながら必死に何かを叫んでいるエレノアの形相を見た観客達は戸惑っていた。

 怒り、哀しみ、戸惑い。

 様々な感情が見て取れる。いつでも凛として可憐で圧倒的な戦いを見せるエレノアからは想像もつかない事だ。


「頑張れ…!負けるなエレノアーーーー!!!」


 観客の一人があげた声援は、やがて闘技場全体を埋め尽くす大声援へと変わった。


(さっさと逃げれば良いものを…!だが、悪くない。これなら……)


 この状況は案外悪くない。

 エレノアの不安定な精神を繋ぎ止める声援があれば、万が一の場合でも人間の側へ踏み止まれるかもしれない。エレノアに自覚が無くても良い。誰かの為に戦っているのだと実感出来れば事態は好転するだろう。


「聞こえたか?」


「はい!ですが……くっ!」


 寿命の異なる三種族が暮らしているのだ。出会いもあれば別れもあっただろう。

 魔物に襲われれば死ぬしかない世界で、エレノアは多くの人達の命を救い、支えて来た。確かにエレノアは使命の為に生きてきたのかもしれない。けれど、その荊の道は決して孤独などでは無かった筈だ。彼等の生きる道を守って来たのはエレノアなのだ。

 エレノアの歩いて来た道にはこの国に生きる全ての人達の生きた証が刻まれている。


「彼等の声援を聞いて何を思う?お前の守りたい存在は何だ」


「守りたい存在……私は……」


 あの人に恩を返す為、理想を実現させる為ならばどんな事でも耐えられた。

 エレノアの心にあるのは穏やかに暮らす人々の笑顔。

 毎日欠かさず巡回をしていたのだって、その笑顔を見る為だった。使命を果たす事とは別に守りたい存在があるとしたらーーーーー


「私は……私がそれを望んでも良いのでしょうか…?」


 エレノアは大切なモノをちゃんと持っている。

 使命など無くても、この国の為に戦い、守り続けて来た。


「全部お前次第だ。お前がーーーー」


 エレノアと入れ替わる様にしてユッカの攻撃を受け流そうとした瞬間、世界が停止した。


(何だ⁉︎ 体が、動か…ない…)


 体も動かせず、声も出せない。

 全ての生物が動きを止め、世界を灰色が覆い尽くしていた。


 ーーーごめんなさい。


(この声、ステラか⁉︎ )


 ーーーでも、これもレイヴンの為だから……


「うぐああああああああ!!!」


 再び世界に色が戻ると同時。

 攻撃を受けていない筈のエレノアが絶叫を上げて崩れ落ちた。


 静止した一瞬に聞こえたステラの声。

 トラヴィスだけでなくステラまで現れるとは予想だにしていなかった。それもよりによってこれからというタイミングでだ。


 エレノアのあの反応、ただ事では無い。


 闘技場の上でのたうち回るエレノアにユッカの剣が迫る。

 だが、レイヴンの体は既に勢いがつき過ぎていて止まれない。


(チッ…!)


 レイヴンは剣を地面に突き立て強引に体制を整える。しかし、反動を殺し切れないまま途中で剣が折れてしまった。


(しまっ…!間に合わない!)


「くるっぽーーーー!!!」


 聞き慣れたツバメちゃんの声。

 エレノアの前に小さな影が一つ舞い降りた。

いつもありがとうございます。

次回投稿は1月5日夜を予定しています。

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