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救援依頼と本心

 冒険者の街パラダイムで籠城戦に向けた準備が進んでいる頃。

 ランスロットから救援依頼を託されたミーシャは中央冒険者組合の一室でガチガチに固まっていた。


 目の前では延々とミーシャには分からない会話が続いている。


「ふむ。間違いありません。ランスロットの指輪です」


「ランスロット? 奴は確か旅に出ていた筈だが?」


「そうですね。またいつもの()使()()でしょう。ここ数ヶ月、中央には一度も戻って来ていませんから」


「やれやれ。またアイツを探しに行かされたのか。放っておけば勝手に戻って来るだろう?」


「それが、どうやら“遠征”に行くからって、団長が召集かけてるみたいですよ」


「遠征? 王家の許可は下りているのか?」


「まさか。団長がそんな面倒な事する訳無いの知ってるでしょう?そう言えば、貴方の部下にも何名か召集かかっているみたいですよ?」


「何だと⁈ 俺は何も聞いていないぞ!」


「僕に怒らないで下さいよ。それが団長に与えられた権限なんですから、仕方がないじゃないですか」


「くそ! こっちの都合は御構い無しか!」


「いつもの事ですよ。次のダンジョン攻略には僕のところから応援を出しますから」


「そういう問題では無い! 秩序の問題だと言っているのだ!」


「まあまあ、二人共。さっきから其方のお嬢さんが固まっていますから。その話は後で……」


 ミーシャの両脇には揃いの紋章を付けた剣士と思しき男女が八人並んで立っていた。


 ランスロットに言われた通り中央冒険者組合に来たのは良いが、指輪を見せた途端に拘束され、訳も話す間も無くこの部屋に連れて来られたのだ。


(ちょっと! 私、こんなの聞いてませんよ! 何が指輪を渡すだけ、なんですか⁈ 私、拘束されちゃったんですけど⁉︎ うええええん! この人達一体誰なんですかーーー? お父さん、お母さん、ごめんなさい…私は変な人達に捕まってしまいましたぁ……)


「おっと、そうでした。失礼しました。えーっと、貴女のお名前は?」


(事情聴取⁈ 事情聴取なんですか⁈ )


 ミーシャに声をかけて来た男は少年の様な幼い顔立ちをしており、自分とそう歳は変わらない様に見えた。

 青く透き通った目と柔らかな物腰。とても冒険者には見えない。


「え? あ、は、はひ! ちゅ、中央郵便局所属新人配達員のミーシャでふ! で、です!」


「ミーシャさんですか。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。僕の名前はライオネット。ランスロットとは同僚の様な物で、同じSSランク冒険者です」


「……はい?」


 ランスロットが冒険者だとは聞いていたミーシャであったが、ランクまでは聞いていなかった。

 辺境にある街にわざわざ来ているくらいだ。なんだかチャラチャラした人だし、ランクが低いから中央では仕事が無いのだろうな。程度の認識だった。


 なのに……。


「ら、ランスロットさんがSSランク冒険者⁈⁈ 」


「そうですよ? 聞いていなかったのですか?」


(お父さん、お母さん……現実は残酷です)


 ミーシャのランスロットに対するイメージは、レイヴンの友達、エールを沢山飲む人、チャラチャラした人だ。


 冒険者に詳しくない者でも中央都市に住む者ならば、SSランク冒険者がどの位特別な存在であるかは誰でも知っている。

 並の人間ではどんなに努力してもAランク止まり。才能のある者でようやくSランク。一流の冒険者と呼ばれる。

 SSランクともなれば、才能に加え、突出した技能と知識、そして何より他を圧倒する個の戦闘力が要求される。

 謂わばSSランク冒険者とは、数多くいる冒険者達の中でも超一流の実力と実績を兼ね備えた一握りの存在なのだ。冒険者でありながら、その影響力は強く、緊急時には一軍を率いる将の役割を担う事すらあるとされる。


「あー、その様子だと知らなかったみたいですね。この指輪はSSランク冒険者の証。それを託すということは、危機的な状況にあるか、死を覚悟し中央への帰還が困難である時。ミーシャさん、場所と状況を教えてください。我々が救援に向かいます」


「あ、あの……」


 緊張と驚きで上手く声が出ない。

 一刻も早く救援に向かって貰わなければならないというのに。


「ちょっと待って」


 一番端に立っていた女性が前へ出た。

 長い黒髪を結い上げ、キリッと引き締まった表情。少々キツい性格を思わせるが、間違いなく美女と呼べる。しかし、その目はミーシャと同じ魔物混じりの物だった。


「何ですかユキノさん?」


「我々、と言ったけれど、勝手に決めないで。私は行かないわよ?どうせランスロットの馬鹿がヘマをやらかしたんでしょ。自分の後始末くらい自分でつけさせなさいよ」


「私もユキノさんに同意します」


「フィオナさんもですか。お二人共、お気持ちはお察ししますけれど、せめて事情を聞いてからでも良いじゃありませんか」


 フィオナと呼ばれた女性を一目見てミーシャは直感した。


(こ、この人……絶対危ない人だ)


 ピンク色のウェーブのかかった髪。整った顔立ちは人形の様だ。可愛らしい女性には違いないが、目は氷のように冷たい。


「わざわざ指輪を届けたんです。いくらランスロットでも、その辺りのことは心得ていると思いますよ? すみません、ミーシャさん。状況を説明して頂けますか?」


「は、はい!」


 ミーシャは此処へ来るまでの状況を出来る限り詳細に説明した。

 街を取り囲む魔物の数、Aランクからレイドランクまでの個体が確認されている事。ランスロットが街に残り、住民達を守る為に街に残った事。

 その他にも、街にいる冒険者の凡その人数、戦力の状況を説明した。


「い、以上です。お願いします! ランスロットさん達を助けて下さい!」


 短い沈黙の後、最初にライオネットと話していた男が口を開いた。

 一言で言えば猛獣。分厚い胸板と丸太のように太い腕。顔には大きな傷があり、正しく戦士といった風だ。鋭い眼光はひと睨みするだけで他者を威圧するだろう。


「馬鹿が……。さっさと逃げれば良いものを……」


「そ、そんな言い方ーーー」


 ライオネットはミーシャを制止すると黙っている様に告げて話を続けた。


「その顔、満更でも無いと思っているんでしょう? ガハルドさん?」


 ガハルドはライオネットの問いにニヤリと獰猛な笑みを見せた。


「ふんっ。まあな。ランスロットにしては良い判断だ。あいつも少しはマシな男になったという事だな。碌な戦力も無い街で、三万の魔物に囲まれた街を守ろうってのは悪く無い。そういう馬鹿は好きだぜ」


(あ……)


「でしょうね。実は僕も嫌いではありません。死線の先にこそ本物の冒険がありますから」


「私は行かない。第一、今から部隊を編成していては間に合わない。その娘、ミーシャとか言ったかしら。パラダイムから中央まで僅かの時間で辿り着いてみせた精霊の力があれば別だけど、我々の駆る騎竜では到着した頃には終わっている。行くだけ無駄よ」


「そうね。行くのが無駄だとまでは言わないけれども、私達が到着するのに一日。急いでも半日以上かかる。到底生きているとは思えないわ」



 そうだ。事態は一刻を争うのだ。

 いくらランスロットがSSランクの冒険者と言っても、三万もの魔物が相手では無理だ。

 それでも、ランスロットはあの場に残った。無理だと知りつつ、街を救う為に残ったのだ。

 だが、自分はどうだ? 逃げる事しか頭になかった。それは仕方のない事だし、自分が残ったからといって何が出来る?



「お願いします! ランスロットさんを……パラダイムの人達を助けて下さい! お願いします!」


 間に合わないかもしれない。

 それでも、自分に指輪を託したランスロットの気持ちを無駄にする訳にはいかない。

 今、自分に出来るのは精一杯頭を下げて救援を請う事だけなのだ。


「確かに……今からでは間に合わないでしょうね」


「……!」


 ライオネットの言葉にミーシャの心臓の鼓動が早くなる。

 唯一、救援を引き受けると言ったライオネットが諦めてしまっては、あの街は……ランスロットは助からない。


「ですが、僕に一つ提案があります」


 ライオネットは部屋の正面に置かれた立派な机に向かって歩いていく。

 そこにはミーシャに背を向けたままの椅子があった。


(え? 誰かいるの?)


()()。どうです? 久しぶりにひと暴れしてみませんか?」


 部屋の中に緊張が走る。

 皆、椅子の背を固唾を飲んで見つめている。


「三万の魔物ねぇ。肩慣らしにはなるかもしれんが……面倒くさいなあ」


(面倒くさい…?)


 ミーシャはライオネットを押し退けて机を激しく叩いた。


「面倒くさいって何なんですか!!! あなたがどれだけ偉いのか知りませんけど! そんな言い方する事無いじゃないですか!!! 皆んな命掛けで街を守ろうとしているんですよ⁈ 」


 ゆっくりと椅子が回転し、声の主が姿を見せた。


(子供⁈ どうしてこんな所に子供が?)


 栗色の髪をした美しい少女がそこにいた。


 金色に輝く瞳は人間の物では無い様に思われたが、魔物混じりという訳でも無い様だ。


「で? お前は救援要請の為に来たと言ったが、真っ先に逃げだそうとしたのではないのか? 本当はお前自身が既に諦めている。違うか?顔にそう書いてあるぞ」


 ミーシャは言葉を失う。

 幼い少女に本心を言い当てられてしまった。


「そうですよ……。あんなの助かりっこ無いじゃないですか。ここに居る人達がいくら強くたって、あんな数の魔物を相手に何が出来るって言うんですか…! 私は逃げました。だってそうでしょう? 私には何の力も無いんです! 私がいたって何の役に立つって言うんですか! 」


「……」


「私はランスロットさんに一緒に逃げようって言ったんです……。でも、あの人…私の話を聞かないんですよ。私に指輪を託して……自分は逃げるくらいなら魔物に殺された方がマシだって言うんですよ? そんな事言われて、自分だけ逃げられ無いじゃないですか! 私が救援を呼んで来るのを待っているんですよ⁈ 助けて下さい……。私はまた街の皆んなとエールを呑んで騒ぎたいです。また、あの街に行きたいです……。あなた達に本当に救える力があるのなら…! ごちゃごちゃ言わずに助けやがれですーーーーーー!!!!!!」


 呆気にとられた顔の少女と八人は、大粒の涙を流しながら息を切らしているミーシャを見て笑い出した。


「「「あはははははは!」」」


「な、何がおかしいんですか!!! 私は必死なんですよ!」


 やっぱり中央は腐っている。

 どれだけ必死に訴えても、この人達を動かせない。

 

(仲間の危機にも動かないだなんて……)


 やはり中央はどうしようもなく腐っている。

 ランスロットが命がけで会ったばかりの人達を助けようとしているのに、それを笑うだなんて許せなかった。


 だが、美しい少女はそんなミーシャをみて口元に笑みを浮かべると、先ほどまでとはまるで違う雰囲気となって号令した。


「助けやがれ…か。久々に笑わせてもらったぞ。良かろう! これにてミーシャの審問を終える! 我らはこれより冒険者の街パラダイムの救援に向かう! ユキノ、ガハルド! 直ちに討伐部隊の編成を整えよ!」


「「「はっ!」」」


(え……)


「フィオナ! 補給部隊の編成と医療部隊の編成、それから救援物資を送る手はずを整えよ!」


「はっ!」


「ライオネット! 私の剣を持って来い! 久しぶりに暴れるぞ!」


「はっ!」


(これって……)


「他の者は私が居ない間、元老院の爺い供を黙らせておけ! ()()で戻ると伝えろ!」


「はっ!」


 少女の指示を受けたライオネット達は慌ただしく部屋を出て行った。

 残されたのは少女とミーシャだけ。

 何が起きているのか理解が追い付かない。


「さて、一先ずはこんなところだろう。そうだ、自己紹介がまだだったな。私の名前はリヴェリア。王家直轄冒険者の一人で、剣聖リヴェリアとも呼ばれている。案内を頼むぞ、ミーシャ!」


「お、王家直轄……? うええええええええええええ!!!?」



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