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変わり果てた友

「何故ですか⁉︎ 私であれば遅れはーーーー」


 確かにエレノアであれば対等に戦う事も可能だろう。しかし、対等では駄目だ。

 あの魔鋼人形が人間である可能性がある以上、相手を傷付けずに立ち回る必要がある。


「止めておけ」


 レイヴンは闘技場へと駆け上がると剣の束を空中高く放った。



(先ずは様子見だな)


 空中で解けた鎖を回収して暴走した魔鋼人形の前に立つ。

 胸の辺りから覗く怪しげな光。おそらく魔核によるもので間違いだろう。


(意識があれば良いが……)


 落下して来た剣が闘技場へと突き刺さった音を合図に戦闘を開始する。

 動き回りながら剣を回収するにはこの方法が手っ取り早くて良いのだ。


 こちらに気付いた魔鋼人形が突っ込んで来るかと思いきや、ジッとしたままで動く気配が無い。足元に転がっている魔鋼人形は近くにある物程損傷が激しい。


(近付かなければ攻撃をしない?)


 時間を稼ぐだけならこのまま睨み合ったままでいるのも手だ。牽制しているだけで済むなら被害が広がる恐れも無い。

 けれど、その考えは突然現れた男によって砕かれた。


 コツコツと小気味良い靴の音を響かせて正面から歩いて来る。


「ククク……お久しぶりですレイヴンさん。初めて拝見した時には驚きました。その姿、なかなかお似合いですよ?寧ろその方が私の好みかもしれません」


「貴様…!」


 最早盲目を装う必要も無いという事なのだろう。トラヴィスの魔眼は開かれ、光一つ無い黒い瞳がレイヴンを見ていた。

 綺麗過ぎる程に整った端整な顔立ち。黒い目とは対照的に美しく輝く銀色の髪が風に靡いている。


「何故、とは聞かない所を見ると、私の事は既にフローラ王から聞いている様ですね。それに、その様子だと私の魔眼もどうやらもう貴方には通じないらしい。本当に出鱈目な方だ…」


「これは貴様の仕業か!」


 レイヴンはトラヴィスに飛び掛かろうとしたが、間に割り込んで来た魔鋼人形によって阻まれてしまった。

 エレノアよりも数段素早く、魔鋼の重量を感じさせ無い軽やかな動きは驚異的だと言わざるを得ない。


(コイツ…!何だこの力は⁉︎ )


 伸ばした手を掴む魔鋼人形の力は異常な程に強く、さしものレイヴンも思わず苦悶の表情を浮かべていた。


 感じる魔力はレイドランク相当。けれど、その力はフルレイド並に強化されている。

 この国の魔鋼人形の性能からは到底想像もつかない強さだ。


「クク…そう焦らないで。ご存知の通り、この国には少々縁がありましてね。本来であればこんな国に再び足を踏み入れるだなんて死んでも御免なのですが……私の研究も大詰め。此処で再会したのも何かの縁。最強の魔人である貴方なら、この玩具の相手に丁度良いと思いまして」


「くっ…」


 人間を使っておきながら、それを玩具だと言う。

 そんな事は断じて許せない。


「良いですねえ、その表情。やはり気付いていたのですね。魔物堕ちした者が体を変質させる過程で溢れ出る膨大な魔力。その力を人の形のまま閉じ込める事が出来たら面白いと思いませんか?」


「外道が!!!」


 剣を抜き再びトラヴィスへと迫ったレイヴンであったが、やはり魔鋼人形が立ち塞がった。

 ロングソードを巧みに操る様は何処かランスロットの動きを連想させる。力強く、それでいてしなやか。ありあまる力を持て余す事なくレイヴンの動きについて来る。


「どうです?なかなかの物でしょう?と言っても、中身はただの素人。完成品とまではいきませんが……素敵な催し物も用意しておきましたので精々楽しんで下さい」


「待て!何処へ行く!!!」


「そうでした。“姫”も元気そうで何よりで安心しました。では、またいずれ……」


 トラヴィスはニヤリと笑みを浮かべると優雅に一礼して見せた。



 トラヴィスが姿を消したのと同時。レイヴンの動きを阻み続けていた魔鋼人形が大きく前屈みになった。


(不味い!咆哮が来る!)


 闘技場内にはまだ逃げ遅れた人達が残っている。今咆哮を放たれでもしたら大混乱になるだろう。


 どうにかして咆哮を阻止すべく魔鋼人形の体制を崩そうとしたレイヴンであったが、一本目の剣は魔鋼に触れた瞬間に砕けて根元から折れてしまった。


「チッ!」


 素早く拳での攻撃に切り替えたレイヴンの横をエレノアが走り抜けていくのが見えた。


「これでどうです!」


 助走をつけたエレノアの蹴りをまともに受けた魔鋼人形は僅かに体を揺らした程度で倒れない。

 魔鋼の重量を持ってしても膝をつかせる事も出来ないとなると、生半可な攻撃は全くの無意味という事になる。

 レイヴンは更に一歩踏み込み手加減無しの拳の一撃を叩き込んだ。


(これでどうだ!)


 ミシリという音を立て魔鋼人形の胸にある外装が砕け、盛大な土煙と共に仰向けに倒れた。


 手加減無しの一撃だったというのに、魔鋼人形は殆どその場から動いてはいない。


「エリスさん、左手が…!」


 魔鋼を直接殴った手は骨が砕けて血を流していた。

 暫くは使い物にならないだろうが、ルナの結界が無い状況で咆哮を防げたのは大きい。


「問題無い。放っておけば治る」


「ですが…!」


 服を破いて素早く応急処置をしながら、レイヴンはどうしたものかと考えあぐねていた。


 目の前の魔鋼人形はエレノアに使われていた魔鋼よりも堅い。おそらく魔力が増大した事で強度が増しているのだろう。確かにこれだけの強度があれば膨れ上がる体を無理矢理魔鋼内部に押し留める事が出来る。


「エレノア。来てしまったからには手伝って貰うぞ」


「勿論です!先程の男が何者かは知りませんが、神聖な試合を台無しにしたのは許せません!」


「そうか。だが、覚悟しておけ。お前の相手はーーーー」


 起き上がった魔鋼人形の割れた胸部から微かに見える人間の顔。

 苦悶に歪んだ顔には赤い涙が流れていた。


「ユッカ⁉︎⁉︎ 」


 溢れ出た魔力は魔鋼の穴を塞いでしまった。

 再生能力が魔鋼にまで及んでいるのは想定外だ。


 トラヴィスの狙いは正にコレなのだ。体が膨張してしまえばその分力は拡散する。魔物堕ちして得た力を十二分に扱おうとするなら、魔鋼はうってつけの素材と言う訳だ。


「…そういう事だ。どうしてあの小人がトラヴィスと関わっていたのかは知らないが、アレは魔物堕ちと呼ばれる現象だ。本来なら魔物混じりにしか起こらないんだがな。どうやら体内に魔核を埋め込まれた様だ」


「そ、そんな……ユッカ、どうして……」


 エレノアの知っているユッカは研究熱心で、いつも明るくて……エレノアが唯一本心から悩みを打ち明けられる大切な友人だ。そのユッカが変わり果てた姿でエレノアの前に現れた。


(胸糞悪いやり方だが、利用させて貰う)


 魔物混じりであるエレノアにとって、この事実は相当堪える筈だ。精神が不安手になれば、それだけ魔物堕ちのリスクが高くなる。


 レイヴンは代わりの剣を引き抜いて一歩後ろへ下がった。


 エレノアには酷だが、この状況を利用しない手は無い。無茶な賭けだ。しかし、上手く行けば二人同時に救う事も出来る。

 問題は小人の少女には既に意識が無い事だ。本人が生きようとする意思を強く持たなくては、魔剣の力を使っても魂の無い抜け殻になってしまう。こればかりはレイヴンにもどうしようも無い。

 エレノアの為に怒れる関係であるなら消えかかっている人間の意識を呼び戻せるかもしれない。


「戦え」


 冷徹に告げたレイヴンの声に狼狽えるエレノア。

 剣を持つ手が震えているのが見えた。


「で、出来ない…私にはユッカを攻撃するなんて……」


「お前は魔物と戦って来た。魔物堕ちした人間が元には戻れない事くらい知っているだろ」


「くっ……」


 レイヴンの魔剣があれば元には戻せる。しかし、今はまだそれを教える訳にはいかない。

 エレノアが心を鬼にして挑まなければ破壊されてしまう。

 辛いだろうが、今のエレノアに手心を加えている余裕は無いのだ。


 そうこうしている内にユッカがとんでもない速さで突っ込んで来た。


(想像以上だな。また更に速くなっている)


 どうやら時間の経過と共に際限無く力が増している様だ。

 剣が風を斬る音が唸り声を上げているかの様に聞こえる。


 剣が折れる度に新しい剣を引き抜きながら応戦するも、異常なまでに強度を増した魔鋼の前では大して役には立っていない。

 それに肝心のエレノアは攻撃を躱すばかりで一向に反撃しようとしない。


「何をしている!戦え!友人をあのままにしておくつもりか!!!」


「……ッ!」


 エレノアは何かを決意した様に剣を握り直すと、両腕をダラリと下げ、体を深く沈めていった。

いつもありがとうございます。

次回投稿は1月3日を予定しています。


来週辺りから毎日投稿を再開出来たらなと考えています。

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