異変
予選が再開されると街に賑わいが戻って来た。
エレノアが立ち直れるかどうか、それ次第ではいつ魔物堕ちしてもおかしくない状況。
魔物堕ちから救う力はある。けれど、体の大半を失っているエレノアに同じ方法が通用するかは未知数。最悪の場合には人間に戻れたとしても、魔鋼人形として再起出来なくなる可能性がある。
こればかりはやってみないと分からないが、レイヴンは出来ればそんな事にはなって欲しく無いと思っていた。
「どうするのこんなに……使いきれないよ?」
レイヴンが売った魔物の素材はフローラの言っていた以上の高値で売れた。一人でならこの国で暮らしていくのに一生困らない程の額。
「……必要な物資は既に買い揃えた。一部を手元に残して、残りは全額何処かに寄付するしかないだろうな」
いくら魔物の素材が貴重だと言っても、こんな大金を貰っても逆に困る。中央の相場を考えれば有り得ない事だ。
それに、気が引ける。どうにも公平な取引をしていない様な気がして落ち着かないのだ。
「買い物すごく安かったもんね……」
「せめて中央のお金に換金出来れば良かったんですけど……」
フローラの協力を取り付ける間だけ滞在する予定だ。もう一度この国に立ち寄るかどうかも分からないのだから最低限の金を残しておくだけで十分だろう。
「そのお金は持っておいて。まだ正式に決まった訳じゃないけど、エレノアの件が解決したら中央との国交を開こうと思っているの。そうしたら中央で使えるお金に換金出来ると思うから」
「国交?王家はあるが、中央に国など無いぞ。取引がしたいのならリヴェリアに話を通す事も出来るが……」
「え?ああ、そっかレイヴン達は知らないのね。中央大陸にはかつて……むぐぐっ⁈ 」
「…?」
クレアとルナに口を塞がれたフローラはあっという間に何処かに連れて行かれてしまった。
「そ、そうだレイヴンさん!また予選を見に行きませんか?エレノアさんがどうなったのかも気になりますし!そうしましょう!ね?そうしましょう!」
「お、おい……」
あからさまに様子がおかしい。けれど、それを聞く前に強引に手を引っ張られて人混みの中へと入って行ってしまった。
路地裏に連れ込まれたフローラは訳も分からず戸惑っていた。
中央との国交を結ぶことが出来れば、技術力の提供と引き換えに魔物の素材を得ることが出来る。外交交渉次第では通貨も統一してしまう事だって可能だ。
マクスヴェルトの協力があれば世界を隔てている壁だってどうにか出来る。魔物の対処については検討する必要があるが、フローラが調べた限りでは、冒険者が作った街があるくらいだ。こちらから直ぐには行けなくても物資の運搬依頼を出せば護衛のあてはある。そうすれば互いに利益が生まれる。
「駄目だよフローラ!レイヴンはまだ魔法が解けてる事を知らないんだからさ!」
「ま、魔法?どういう事なの?世界を隔ている壁の事なら……」
「そうじゃ無いんだよ……」
「レイヴンはまだ何も知らない……ずっと知らなくて良いもん……」
泣き出しそうなクレア。
只事では無い様子を察したフローラは二人から詳しく話を聞いてみる事にした。
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予選は日程を大幅に変更した上で会場を分けて行われている様だ。
レイヴンとミーシャが闘技場へやって来た時、丁度試合を終えたエレノア達が出て来るところだった。
闘技場からは勝利に湧く歓声が聞こえる。だと言うのにエレノアは終始俯いていて、後ろを歩く技術者達もどこか心ここに在らずといった様子であった。
(揃いも揃って……)
「エリスさん…」
「試合には勝った様だな」
「はい」
沈黙が流れる。
エレノアはレイヴンと視線を合わせようとしない。
(ま、そう簡単に答えは出ないか……)
レイヴンにはエレノアが迷う気持ちが痛いほど理解出来た。
目的の無い戦いは孤独だ。
約束を守る為に戦い続けて来たエレノアであれば尚更強く感じているだろう。
誰かの為では無い、自分の為だけに戦う事の難しさと弱さは、不安という言葉だけでは言い表すことが出来ない。
生きる為に戦って来たレイヴンの中にあったのは生への渇望だけ。勝利し、生き残った後に残るのは圧倒的な虚無感だけだった。
いつしか生きる為の戦いは“存在意義を見出す為の戦い” にすり替わっていた。それは戦う目的を求めての事だった訳だが、リヴェリアに言われた事で単なる自己満足だと分かった。
(それでは駄目だ)
“人は孤独なままでは生きられない”
守りたい存在は自分のすぐ側にいると気付けた事はレイヴンにとって幸運だった。今なら仲間達の為にこそ力を振るうべきなのだと、そうあるべきなのだと理解出来る。
「あのエリスさん……」
「言っておくが、私からこれ以上言える事は無い。自分で足掻いてみろ」
答えを教えるのは簡単だが、それがエレノアにとっての答えだとは限らない。
(散々迷った俺にこんな事を言う資格は無いかもしれない。それでも自分で足掻いた末の結論であれば納得は出来る筈だ)
「私にはその……自分の為にというのが…」
(だろうな)
「エレノア、それでもどうしようも無くなったら、手を伸ばせ。その時は私がお前の手を掴んでやる」
「それはどういうーーーー」
『おおおおおおおーーーー!!!』
エレノアの言葉は観戦客の尋常でない大歓声によって遮られた。
巨大な地響きと共に膨れ上がる魔力。
この異常な魔力の高まりには覚えがある。
「…チッ!」
「え⁉︎ この感じ……あ!レイヴンさん待って下さい!!!」
「レイヴン?一体何が?」
レイヴンは既に闘技場へ続く長い通路を走り出していた。
聞こえていた大歓声は悲鳴へと変わり、観客達は一斉に逃げようとして通路に押し寄せて来ている。
レイヴンは人の流れを掻き分ける様にして進みながら焦っていた。
(これ以上魔力の反応が膨れ上がるのは不味い。早く対処しなければ被害が出てしまう…)
膨らみ続ける魔力の原因はおそらく魔物堕ちによるものだ。人工的に作った魔核を動力としている筈の魔鋼人形がどうしてそんな事になってしまっているのかは分からない。ただ、魔物という存在に接して来なかった人々では相手にならない事だけは分かる。
魔鋼人形を使えば多少の善戦は出来るかもしれないが、このまま魔力が膨らみ続ければ、やがて一方的に蹂躙されるのがオチだ。
「くそ!どうなっている⁈ 」
闘技場の中央にソレはいた。
見た目は人型の魔鋼人形で、エレノアよりも一回り程大きい。
手には魔鋼製のロングソードを持ち、足元には対戦相手の魔鋼人形が無残に破壊され転がっていた。
予選を控えていた他の出場者達が攻撃を仕掛けてはいるが、レイヴンが予想した通り、ことごとく返り討ちに遭っている。
「ミーシャ!今すぐルナを呼んで来てくれ!」
「レイヴンさんはどうするんですか⁈ 」
「俺が奴を抑える!早く行け!!!」
姿形こそ魔鋼人形だが、内包する魔力は既にレイドランクの魔物を上回ろうとしている。
破壊してしまうのは簡単だ。けれど、魔物堕ちしたという事は、あの魔鋼人形はエレノアと同じく人間の部分を持っている事を意味している。不用意に破壊してしまえば取り返しが付かなくなる恐れがあるかもしれない。
(厄介な……)
そうならない為にはルナに預けてある魔剣を回収するまで時間を稼ぐ必要がある。
「なら、コレを持って行って下さい!気休めですけど、素手よりは良い筈です!」
「これは?」
ミーシャが鞄から取り出したのは十本以上はある剣の束。どれも魔法剣と呼ばれる簡易な魔剣だ。
「ガザフさんの昔話を覚えていたんです。使って下さい!少しは加減し易くなると思うので!」
並の武器では数度振っただけでレイヴンの力に耐えられずに折れてしまう。
ドワーフの炭鉱で剣を何本も折った話を覚えていたとは驚きだ。
「分かった」
レイヴンは一本を腰に下げ、残りは持っていた鎖で縛ると無造作に担いだ。
「エリスさん!私も手伝います!」
追い掛けて来ていたエレノアが協力を申し出て来たが、レイヴンはその申し出を一蹴した。
「必要無い。今のお前では足手纏いだ」
いつもありがとうございます。
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