偽りの友人
エレノアが起こした戦闘行為による大破は、三長老の意向によって秘匿される事になった。
最強の魔鋼人形が試合とは関係無い私的な戦闘行為で大破したなど公には出来ないというのが長老達の主張。
当然の処置とも言えなくも無いが、エレノア専属の技術者の心にはやり切れないしこりの様な感情が残っていた。
「では、エレノアはこのまま予選を続けるという事でしょうか?」
「そうじゃ。件の一件はあくまでも魔鋼人形と人間による戦闘の結果。法の外での出来事だという判断じゃよ」
「それは、王も御認めになられたと、そう仰るのですね……」
王に次ぐ裁量を与えられている三長老の判断だと言われてしまえば、博士達に拒否権は無い。だとしても博士は王の判断であると暗に確認した。
「言いたい事は分かっておる。しかし、これも全てはエレノアの為じゃ。お主達にはこれまで通り…いや、これまで以上にエレノアの強化を進めて貰わねばならん」
「エレノアの為、ですか」
長老の話を聞いた技術者達の表情は暗い。
エレノアが今回の様な異常行動を起こした原因については一切教えて貰えないばかりか、修理が終わったばかりのエレノアをまた戦わせなくてはならないからだ。
エレノアは魔鋼人形。けれど、彼等にとってはかけがえのない仲間であり友人だ。
技術者の一人が意を決して長老の前に出た。
「あ、あの!」
「下がっていなさい。事情は後で私から説明を…」
「エレノアと戦った女の人、あの人は一体誰なんですか⁈ 」
黙って聞いていた他の技術者達も堰を切ったように前へ出た。
「エレノアに勝てる人間がいるだなんて信じられません!」
「王はあの人物をご存知なのでしょうか?」
最強の魔鋼人形として勝利を収めて来たエレノアが、どこの誰とも知れない旅人に手も足も出せないまま大破させられた。
そんな馬鹿げた事をやってのけた人物が普通の人間であるはずが無い。
長老は技術者達を宥めると、謝罪の言葉を口にした。
「すまぬ。今は言えぬのだ。しかし、これだけは信じて欲しい。王は此度の一件をきっかけにしてエレノアを永きに渡る呪縛から解放されるお考え。皆、今暫く堪えてくれ。決して悪い様にはせぬから」
「呪縛?」
「何を言っておられるのですか⁈ それでは説明になっていませんよ!」
皆が憤りを露わにするのも無理はない。一歩間違えば修復不可能な状態にまで破壊されていたのは間違い無いのだ。
博士は未だ納得のいかない様子で興奮している技術者達を制して長老の正面に立った。
「お話は分かりました。そういう事であれば協力するのは吝かではありません。私達はこれまで以上にエレノアを支えて行くとお約束しましょう」
「「「博士⁈ 」」」
博士は一緒に頑張って来た技術者達がエレノアの事を本当に大切に想っていると知って嬉しく思っていた。
ならば、ここから先は自分の口から問わねばならない。
「…ただし!教えて欲しい事があります。エレノアの過去と、私達ですら触れられ無い部品についてです」
「…それを知れば後には引けぬぞ?お前達に真実を知る覚悟があるとは……」
「いいえ、私達には知る権利があると思っています。長老はご存知ですか?エレノアは与えられた使命を果たす事を誇りに思っています。それは私達も同じです。しかし、その反面でエレノアは常に敗北を望んでいました。勝利ではなく、負ける事にこそ喜びを見出していたのです」
「続けたまえ」
「彼女にとって、法を守る事も勝利する事も、王の理想を実現させる為のものでしかありませんでした。彼女はずっと悩んでいたんですよ。最強の存在であり続ける事に……。私達はずっと彼女を送り出す度に思っていました。彼女が本当は人間なのではないか、と。違いますか?」
「博士……」
互いに同じ目的に向かって進むのならば譲れない物がある。
エレノアが自由意思を持っている事を疑問に思わないのは、心の何処かで彼女を人間だと思っていたからに他ならない。
きっと博士の記憶を魔法で操作した様に、エレノアについても魔法によって何らかの処置を施されていたに違いない。
後は確証を得るだけ。
「……よかろう」
長老は今から話すことを口外しない事を条件にエレノアの秘密について話すことにした。
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一方その頃。
家に帰っていたユッカは、自身の作った魔鋼人形の最終調整に入っていた。
予選にはユッカも参加している。一時は中断されてどうなるかと思っていたが、継続すると聞いては黙っていられない。
「偶然だけど、エレノアの構造を直接見れたのは収穫だったわ。……ずるいけれど、私もエレノアの役に立ちたいし……勝ちたいもの。仕方ない、よね?」
本来なら専属の技術者にしか明かされていないエレノアの構造を知ることが出来た事は、一度も予選を通過した事の無いユッカにとって幸運だった。
卑怯だとしても千載一遇のチャンスを逃す手はない。
基本的な構造は既存の魔鋼人形と大差は無い。この日の為に用意しておいた特級品の魔鋼を使えば強度の面ではエレノアに引けをとらないだろう。
「でも、どうにもならない部品があるのよね……」
この国に存在する最先端技術の結晶であるエレノア。その体の中で唯一のオリジナルの部品がある。
自律思考回路と動力部だ。
それらは魔鋼人形の性能において決定的な差を生む要因と言っても過言ではない。エレノアに勝利すればその秘密が明かされるらしいが、正攻法ではエレノアに勝利するのは難しい。
そしてもう一つ、遠隔操作型の魔鋼人形を操る為に欠かせない伝達回路が問題だ。
魔鋼人形が自らの意思で自在に動くことが出来るというのは、それだけで大きなアドバンテージになる。エレノアと戦うには遠隔操作をしている時点で話にならない。
当然ながら、その問題はユッカに限らず全ての技術者が直面している。
先日の予選で見たエレノアの初戦の相手は、自分の意識を魔鋼人形に同化させ、僅かな時間差を埋めようとした。またある者は、予め回路に組み込んでおいた行動パターンを組み合わせる事で複雑な指示を出さなくても良い仕組みを作った。しかし、いずれの方法もエレノアの反応速度には一歩も二歩も及ばない。
その対応策…というより弊害として、人型以外の形状や高火力武装が採用される事が多いのだが、ユッカはそれを逆効果だと考えていた。
ただでさえ反応速度で遅れを取っているのに、魔鋼の比率と重量が増してしまっては、いくら伝達回路を工夫しても意味は無い。
人型には人型を。
エレノアと同じ人型であることが最低限の条件であり、重量と動力出力のバランスも良い。最も効率的な魔鋼人形と言える。しかし……。
「重量もそうですが、やはり最終的に問題となるのは思考の伝達速度ですか?」
「…そうね。エレノアを超えるには先ず思考の伝達速度で同じ土俵に立たなきゃいけない。そんな事は不可能…そう思ってた。だけど、一つだけそれを可能にする方法がある……」
今から作業を始めても試合に間に合うかどうかは分からない……。
けれど、小人族のユッカであれば材料次第ではどうにか出来る。
「ほう……。一体どんな方法なのですか?伝達速度の改善とエレノアを上回る運動性能を持続させるにはもう一つ、動力部の問題がありますよね?」
「それは……」
「どうしたのですか?さあ、早く教えて下さい」
動力部の問題については様々な研究がなされて来た。
魔鋼人形が異形の姿を取り始めた頃から、魔鋼そのものの重量が課題となっていたからだ。
「それも考えがある。危険な方法だけれど、上手くいけば……あれ……私、なん、で…?」
男は不気味な笑みを深くして口元を歪めると、駄目押しとばかりに優しくユッカの耳元で囁いた。
「何を隠す必要があるのですか?私と貴女は“友人” ではありませんか。ねえ?ユッカさん……」
「友人……そうよね。友人だもの……ね」
「そうですとも。共にエレノアを救って差し上げましょう。是非、私にも協力させて下さい。そうだ!良い物がありますよ」
「良い……物?」
「ええ。大変貴重な品ですが、私の大切な“友人” である貴女の為であれば喜んで提供させて頂きますとも。さあ、これをお使いなさい……」
男は何処からともなく、子供の頭ほどもある不気味な塊を取り出した。
「これ…まさか……」
ソレは禍々しい光を放ち、心臓の様に一定の間隔で鼓動していた。
魔核だ。
それも本物の。
「ククク……そのまさかです。過去、エレノアは一度だけ魔物を仕留め損ねた事があるのをご存知ですか?これはその時の魔物と同等の力を持った魔物から摘出した天然物の魔核です。ククク……感じるでしょう?この国の紛い物とは内包する魔力の質も量も比べ物になりません」
その話であれば覚えている。
一時は国中がその話題で持ち切りだった。
深傷を負わせることには成功したが討伐には至らなかった魔物。最強の魔鋼人形が一昼夜戦い続けても仕留め切れなかった唯一の個体。
それと同等の力を持つという魔核が手の届く距離にある。
「わ、私は、私には……」
ユッカの心は揺れていた。
この魔核を使えばユッカの思い描いた通りの魔鋼人形を作ることが出来る。
エレノアに匹敵…或いは上回る事だって不可能では無くなるだろう。しかし、この魔核を使ってしまえば完全に自分の信念を曲げる事にもなってしまう。
男は魔核をユッカの目の前に掲げて更に言った。
「……如何でしょう?貴女が望むのなら、この魔核を差し上げます。エレノアの構造を見た貴女が…今更信念など気にしてどうするのですか?エレノアを倒した後にいくらでも自分のやりたい様にすれば良いのです。目的の為に手段を選んでいる場合では無いのではありませんか?手を伸ばせば貴女の夢は叶うのですから……」
ユッカは唾をゴクリと飲み込むと、男の差し出した魔核に手を伸ばした。
いつもありがとうございます。
次回投稿は12月31日夜を予定しています。