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番外編 最強の守護者

本編に組み込む予定はあったものの書けなかったお話です。

楽しんで頂ければ幸いです。


 地図から消えた都市オーガスタ。

 かつて東のオアシスとまで呼ばれた街の片隅に半壊した教会がひっそりとあった。


 レイヴン、エリス、リアーナの三人が幼い頃に過ごしていた場所だ。


「やあ!とりゃああっ!!!」


「キッド!もう遅いから家に入りなさい!」


 レイヴンに貰った剣を振って鍛錬に励むキッド。

 リアーナ達を守る為に定期的に訪れるリヴェリアの部下から剣術を学んでいる。

 この地域に生息している魔物は比較的大人しく、他の森や廃墟に比べると数も極端に少ない。


「もうちょっとだけ!大丈夫!直ぐに行くよリアーナ姉ちゃん!てりゃああ!」


「もう……夕飯冷めちゃうから止めなさい!」


「いたたたた!ね、姉ちゃん痛いってば!」


「皆んな待ってるんだから我儘言わないの!」


 キッドの首根っこを掴んだリアーナは、まだ鍛錬し足りない様子のキッドを教会へ向かって引きずって行った。


 教会の地下にはリアーナと子供達が暮らしている空間がある。

 レイヴンがいろいろと手配してくれたおかげで、外見のボロボロな印象とは打って変わって清潔感のある内装に作り変えられている。

 魔法によって新たに通路と部屋をいくつか増設し、子供達が成長しても暮らしやすい様に準備されているのだ。


「お帰りなさい。さあ、皆んなが待っていますよ」


「はーい!」


「こら!返事は伸ばさないの!ジェーンさんいつもすみません……」


「良いんですよ。子供はこのくらいで丁度良いんです」


「はあ…」


 ジェーンという恰幅の良い女性は、同じく孤児院を運営しているオルドという人が『一人では子供達の面倒を見るのは大変だろう』と言って紹介してくれた。

 三人の子持ちで、旦那さんは魔物に殺されてしまったそうだ。


 この寂れた教会に来たがる人がいるだなんて最初は信じられなかったけれど、魔物の数が少なく、定期的に中央から冒険者の一団が派遣されて来るというだけでも相当に手厚い対応を受けているのだと聞いて驚いた。

 その理由は多分、レイヴンだ。


(王家直轄冒険者の影響力ってそんなに凄いのかしら…?)


 レイヴンは他にもいくつもの孤児院にお金を送っている。しかし、リアーナにはいまいちピンと来ない。

 確かにそれだけのお金を稼ぐ事が出来るくらいに凄い冒険者になったのだろう。王家直轄冒険者と言えば冒険者の最高峰。最強の冒険者という事だ。けれど、そんな大金を一体どうやって稼いでいるというのか……。


「そうそう!これはまだ噂なんですけどね。なんでも王家直轄冒険者の一人、剣聖リヴェリア様が、この場所に新しい街を作ろうとしているそうなんですよ」


「ま、街⁈ 王家直轄冒険者ってそんな事まで出来ちゃうんですか⁈ 」


「さあ、そこまでは……。あくまでも噂ですからね」


「そ、そうですよね。いくらなんでも……」


 ジェーンが聞いた噂話、実は中央や他の街でもその話題で持ち切りなのだそうだ。

 王家直轄冒険者の肝いりともなれば、生活の安全は保証されたも同然である。


(え…やっぱりレイヴンって凄い?)



「リアーナお姉ちゃんお帰りなさい!」


「ただいま。良い子にしてた?」


「うん!」


 子供達の笑顔はリアーナに元気を分けてくれる。キッドも皆んなを守る強い冒険者になると言って張り切っていて頼もしい限りだ。

 けれども、そんな子供達を見ていて不意に不安になる事がある。

 中央に知り合いが出来たおかげで、魔物混じりが相手でも普通の人間と同じ様に接してくれる人達がいる事を知ることが出来た。しかし、冒険者の中には未だに魔物混じりを単なる囮として扱う人も多い。

 昔、レイヴンがよく傷だらけで帰って来ていたのを知っているリアーナには、その事が不安でならないのだ。

 子供達が大きくなって本当に冒険者になりたいと言い出したら……。


「さあ!ご飯にしましょう!」



 ーーー夜。


 不安な気持ちを抱えたまま寝床に入ったリアーナは、なかなか寝付けないでいた。


 あれからレイヴンに何度か手紙を出したのに、まだ一度も返事が無い。

 きっと忙しくしているのだと思っていたけれど、不安な気持ちが募る。


 レイヴンに限ってまさかとは思う。それでも、もしもレイヴンに何かあったら……。


(ダメダメ!私がしっかりしないと!……?)


 ギイィ……


 誰かがドアを開けて出て行こうとしている。


「キッド…!」


「ん…リアーナお姉ちゃん?」


「な、何でも無いから。大丈夫、ちょっとおトイレに行くだけだから」


「うん……」


 一緒に寝ていた子供を寝かしつけたリアーナは慌ててキッドの後を追いかけて行った。


 暗くてよく見えなかったが、手に持っていたのは剣だった。

 いくらこの辺りに魔物が少ないと言っても、夜には直ぐ近くまで魔物が徘徊して来る。

 もし、魔物に遭遇しようものなら殺されてしまう。


 地上へと続く重たい扉を開けたリアーナの目に映ったのは、巨大な魔物の口に咥えられたキッドの姿だった。


「キッ……!むぐっ…」


 リアーナは思わず叫びそうになる口を必死に押さえた。


 魔物はまだ此方に気付いていない。今すぐキッドを助けに行きたい。けれど、魔物にこの場所を知られては他の子供達まで危険に晒されてしまう。


「う、うぅ……」


 キッドはまだ辛うじて生きていた。

 しかし、滴る血の量から見てもあのままでは死んでしまう。


 魔物はキッドを咥えたまま森の中へと入って行った。


(キッド……!!!)


 走って後を追いかけようとしたリアーナであったが、足が震えていう事をきかない。


 脳裏に蘇る過去の記憶。

 双子の姉であるエリスが魔物堕ちした時、リアーナは教会の地下にいた。

 魔物の声に目が覚めてからも怖くて怖くてどうしようもなかった。


「私はもうあの時みたいに震えて隠れたままだなんて嫌…!さあ、立って!走るのよリアーナ!」


 リアーナは自分の足を勢いよく叩いて地上へと飛び出した。


 キッドが襲われた場所には大量の血の跡とレイヴンから貰った大切な剣が残されていた。


 剣なんて生まれて一度も握った事が無い。

 包丁ですら苦手な自分に何が出来るというのか。けれど、今はキッドを助けるのが先だ。


 明日の朝になれば中央から冒険者の一団がやって来る。しかし、それまで待っている時間は無い。


(やるしか無い!私が皆んなを守らなきゃ!)


 魔物混じりであるリアーナは暗闇でも夜目が利く。上手く魔物の隙を突く事が出来れば何とかなるかもしれない。


(レイヴン、エリス姉さん!お願い、私に力を貸して!)


 ずっしりと重い剣を抱えるようにして持ったリアーナは、魔物の足跡とキッドの血の跡を辿って森へと足を踏み入れた。




 普段人の入らない森の中は倒れた木や雑草に覆われ、あっという間にリアーナから体力を奪っていった。

 多少歩き慣れているとは言え、何の戦闘経験も無いリアーナにはかなり堪える。


 森の奥へと進むたび、周囲の温度が下がっていくのを感じる。

 魔物特有の生臭い臭いが鼻につく。


 だが、ここまで順調だった追跡も、魔物とキッドの痕跡が途絶えてしまって進むべき道が分からなくなってしまった。


(どうしよう……こんな事なら冒険者さんの話をもっとちゃんと聞いておけば良かった……)


 気配を探る術を持たないリアーナにはこれ以上の追跡は出来ない。


 草むらでじっと息を殺しているのがやっとの状態なのだ。


(こうしている間にキッドが……)


 リアーナは無謀にも草むらから抜け出した。

 このまま立ち止まっている間にもキッドが食べられてしまうかもしれないのだ。


 しかし、その判断は誤りだった。

 魔物はリアーナの存在に気付いていたのだ。


 木の上からリアーナが震えている様子を見ていた魔物は、キッドを木に引っ掛けた後、リアーナの前に降り立った。


 魔物は獰猛な牙を剥き出しにしてリアーナを睨む。


「あ、あ……」


 前足と牙に残る血の跡。

 威嚇する様に喉を鳴らしながら、ゆっくりと近付いて来る。


 リアーナはあまりの恐怖に腰を抜かして地面に尻餅をついていた。

 抱えた剣はガチャガチャと音を立て、どうにか剣を抜こうとしても手の震えがそれを許さない。


 そうこうしている内に魔物が目の前まで迫っていた。


 生温かい息がリアーナの汗ばんだ肌にまで届く距離。

 魔物の目には恐怖に引き攣った自分の姿が映っている。


「い、イヤ……た、たす……」


「させないよッ!!!」


 可愛らしい声がした瞬間、リアーナの目の前まで迫っていた魔物が苦悶の声をあげて仰向けに倒れた。


(な、何⁉︎ )


「お姉さん大丈夫?」


「え?え?」


 リアーナを覗き込む様にして声をかけて来た小さな女の子。

 人形の様に整った顔立ち、白く美しい長い髪。

 ぱっちりとした大きな目は魔物混じり特有の赤い目をしていた。


「あ、あなたは……?」


「クレア!こっちは大丈夫だよ〜!」


「わ、わ、わ、わ!ルナちゃん、そんな所に立ったら危ないですよ!」


「とうっ!」


 声のする方に視線を向けると、キッドを抱えたまま木の上から女の子が飛び降りて来た。


 キッドよりも小さな体で軽がるとした着地を見せた女の子も、やはり赤い目をしていた。


「大丈夫ですよ。ちゃんと治療してあります。それから、目が覚めたらこの薬を飲ませてあげてください。ミーシャちゃん特製!元気の出るお薬です!イチゴ味にしてあるので子供でもぐびぐび飲めちゃいます!あ、効果は保証しますので安心して下さい」


「ぐびぐびってさあ……もっと他の言い方ないの?」


「え?ダメですか?」


 三人目の女の子はリアーナと同じくらいの背丈で大きな帽子を被っていた。


(この子も魔物混じり?)


 状況の理解出来ないリアーナは、ぽかんと口を開けたまま三人の会話を聞いていた。

 巨大な魔物を吹き飛ばしてみせた力は明らかに普通では無い。けれど、この三人はとても冒険者には見えなかった。


「あ、危ない!後ろよ!」


 倒れていた魔物はゆっくりと体を起こすと怒りを露わにして咆哮を放った。


「任せて!」


 最初に魔物を吹き飛ばした女の子が剣を構えるのと同時、空から赤い雷が魔物の体を貫いた。

 声をあげる事もなく絶命した魔物がけたたましい音と共に大地に横たわる。


「うそ……」


 あれだけ恐ろしかった魔物が一瞬で黒焦げになってしまった。


「クレア、ちゃんととどめを刺さなくては駄目だと何度も言っているだろう。油断すれば死ぬ」


「ご、ごめんなさい……」


(この声……女の人?)


 空から降りて来たのは黒い鎧に白と黒の翼を広げた戦士。

 手に持つ黒い剣には先程魔物を貫いた赤い雷がバチバチと音を立てて纏わり付いている。


 空中で佇む姿は赤い光を反射して、暗闇の中にあっても美しく輝いていた。

 戦闘に詳しくないリアーナにも分かる。

 何事も無かったかのように淡々と話してはいるが、纏う空気は異質。相当な実力者だと思われる。


「あ、あの!助けて頂いてありがとうございます!」


「無事で良かった。本当に良かった……」


「え…?」


「何となくだが、事情は分かっている。リアーナ、キッドには絶対に夜出歩かない様に言っておいてくれ。今回は運良く助ける事が出来たが、俺がいつも側にいる訳じゃない。リヴェリアには俺の方から常駐出来る人員を派遣して貰える様に話しておく」


「ど、どうして私の名前を…?それに、キッドまで……」


 初対面の筈なのに、この女の人と話していると妙に落ち着く。

 ずっと前から知っている様な不思議な感覚がするのだ。


「チッ……やはり夜になると急激に数が増える様だ。何処か近くに巣があるのかもしれないな。潰しておくか」


(……?)


「私も戦う!」


「僕だって!」


「いや、俺一人で大丈夫だ。三人はリアーナとキッドを教会まで送ってやってくれ」


(知ってる……。私、この女の人の事……)


 聞こえてくる声は女の人の声で間違いない。

 だけど、話し方といい、妙に落ち着くこの感じはレイヴンそのものだ。


「もしかして、レイヴン…なの?」


「ひ、人違いだ。その……レイヴンとやらは男だろう?わ、私は女だ」


 間違い無い。

 どういう理由で女の人の声をしているのか分からないけれど、この反応は間違い無くレイヴンだ。


「ずっと手紙出してたのに……」


「あ、いや…それは。ち、違う!私は手紙など知らない!人違いだ」


(ふふふ……)


「……気をつけてね。あんまり無理しちゃ駄目だよ?」


「……」


 少し戸惑った様な仕草をしたレイヴンはどこか照れ臭そうに後ろを向いて言った。


「問題無い。今度は……いや、今度こそちゃんと返事を書く。リアーナ、また来る……」


「うん。待ってる」


 レイヴンはリアーナの言葉に頷いて見せた後、白と黒の翼を大きく羽ばたかせ、赤い光の筋を夜空に残して行ってしまった。


「あれは流石にバレるよね」


「うん。でも、あんなレイヴン初めて見た」


「レイヴンさんは嘘が吐けないタイプですからね……」


 この三人はレイヴンの仲間だった様だ。そうと分かれば話が早い。


「ねえ、レイヴンの事聞かせてくれない?」


 リアーナは自分の知らないレイヴンの話を朝までじっくりと聞く事にした。



 この辺りの魔物の数が他の場所に比べて極端に少ない理由。

 それが今日分かった。


 この場所はずっと守られていたのだ。

 最強の守護者によって。

12月28日夜に本編を投稿予定でしたが、ちょっと執筆時間が取れそうに無いので、予定を変更して番外編を投稿しました。

次回投稿は12月29日夜を予定しています。

今暫くお待ち下さいませ。


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