二つの聖剣と目覚めた王
渇いた笑い声が響いていた。
ーーー耳障りな声だ。
ーーー私は怒っている。
自分の愚かさに。
大切な親友の記憶を忘れていた自分に。
ーーーなのに。
どうして私は笑っている?
「あはははははは……あはははははは……」
「リヴェリア!しっかりして!レーヴァテイン!何してるの⁉︎ 早くリヴェリアの封印を!レーヴァテイン!!!」
『……』
狂った様に笑うリヴェリアにはミアの声も届いておらず、リヴェリアの愛剣レーヴァテインも沈黙したままミアの言葉に応えなかった。
「私が……私が殺した…この手で……ふふふふふ!あはははははは!」
「リヴェリア落ち着いて!それには事情があるの!」
「何が事情だ!私がレイヴンから何もかも奪ったんだ!私が!私が……この手で!!!うぐぐ…!ぐあああああああああ!!!」
「リヴェリア!リヴェリアしっかりして!お願い応えて、レーヴァテイン!早く!このままじゃリヴェリアが!!!」
リヴェリアの苦しみ方は明らかにおかしい。理由は分からないが、竜人族の長ダンがリヴェリアにかけた記憶の封印は本人の意思だけで破れるような代物ではない。
どうやら中途半端に封印が解けた状態に陥っている様だが、リヴェリアの感情を揺さぶる何かがあったのは事実。
だからと言ってミアにはそれをどうにかする力は無い。とにかく今は、激しく取り乱したリヴェリアをどうにかして止めならければならない。
ミアは奇声をあげて暴れるリヴェリアに必死にしがみついた。
「止まってリヴェリア!」
「うああああああああああッ!!!」
リヴェリアは襲って来る罪悪感と後悔、それに激しい頭痛で力の制御が出来なくなっていた。辛うじて意識はあるものの、爆発的に高まっていく力はレーヴァテインによって幾重にも施された封印を強引に抉じ開けながら侵食していく。
「くっ…!駄目!やっぱり私の力じゃ抑えきれない!」
リヴェリアの封印が一つ解ける度、白い肌には竜の鱗が徐々にくっきりと浮かび上がる。
ミアはリヴェリアの赤い髪が徐々に金髪へと変化していく様子を見ている事しか出来ない自分に歯噛みしていた。
竜化現象を止めるにはレーヴァテインの力が必要なのに、頼みのレーヴァテインが沈黙したままでは話にならない。助けを呼びに行こうにも今リヴェリアから目を離すのは危険だ。
何も出来ないまま時間だけが過ぎて行く。
「私が……!ぐあああああああ!!!」
抑えきれなくなった凶暴な魔力が吹き荒れる。
ミアも同じ竜人ではあるが、リヴェリアの様な戦闘に適した力は持ち合わせていない。
リヴェリアは竜人の中でも特に戦闘に突出した力を持っている。仮にミアが竜人本来の姿になったとしても手も足も出ないだろう。
「きゃあああっ!」
やはり力では敵わない。
暴れるリヴェリアに振り回され、入り口の壁に叩きつけられてしまった。
「ゲホッ!ゲホッ…!」
「しっかりせい!もう一度リヴェリアを取り押さえるんじゃ!」
「お、お爺ちゃん⁉︎ 」
「もしやと思って来てみれば……!」
ダンは主であるリヴェリアが危機に瀕しているにも関わらず、不気味なまでに沈黙したままのレーヴァテインをチラリと見た後、リヴェリアに向かって持っていた杖を突きつけた。
「止むを得ん!レーヴァテインの反応を待つ必要は無い!デュランダル!リヴェリアの封印を実行せい!」
聖剣デュランダル。
“魔神喰い” “レーヴァテイン” と並ぶ強大な力を持ちながら、今までその存在は秘匿されていた。天界の秘宝にして、竜人族の長の証である。
「お爺ちゃん!それじゃあリヴェリアが!」
「構わん!目覚めよ!デュランダル!!!」
ダンの声に応える様に木の杖が激しい光を放ち、美しい剣の姿へと変貌した。
「……そうか、そういう事だったのか…!ふざけるな!!!また記憶を封印されてたまるか!」
「やはり…もうそこまで記憶が戻っておったか!」
真実の記憶はリヴェリアにとって辛く耐え難い。
それでも、大切な想い出まで忘れてしまったままだなんて絶対に御免だ。
デュランダルという聖剣があった事はリヴェリアも知らなかった。しかし、皮肉にも聖剣の纏う聖なる力は暴走するリヴェリアの魔力に反応して制御し易い状況を作り出していた。
(気分は最悪だが、少しはマシになった。要はレーヴァテインと同じ系統の聖剣。ならば……)
リヴェリアは気力を振り絞る様にして強引に力の制御を試みた。
デュランダルの魔力を介して自分の魔力を制御させる。
出鱈目な方法だが、お陰で随分と体が楽になっていた。
(まったく、レイヴンの無茶が移ったな。だが、お陰で助かったぞ)
「行かせない!!!」
ダンの封印を阻止しようとしたリヴェリアを前に、再び立ち塞がったミアの魔力が膨れ上がる。
竜の鱗が浮き出た状態にまで力を高めたミア。けれど、やはりリヴェリアには遠く及ばない。
「くっ…!離せ!ミア姉さん!!!」
「嫌よ!またあんなリヴェリアを見るくらいなら、ここで止めてみせる!!!」
「……!」
親友を手にかける事になった戦いの後、リヴェリアは廃人の様になってしまった。
何を話しかけてもぼうっと窓の外を眺めたまま。時折、大声で泣き叫びながら暴れる事もあった。もうそんなリヴェリアは見たく無い。
「この…!離せと言っている!!!」
ミアがリヴェリアの面倒を見てくれていた事も思い出している。
二人が必死になって自分を止めようとしている理由も今なら分かるのだ。それでも、記憶の封印だけはなんとしても阻止しなければならない。
「許せ姉さん……!」
リヴェリアの拳がミアを打つ。
何度も何度も何度も。
それでもミアはリヴェリアにしがみ付いた手を緩めなかった。
「ぐっ…!は、離さない!絶対に離さない!」
「リヴェリア!お前はまだその記憶には耐えられん!今は大人しく封印されるんじゃ!!!」
「黙れッ!私は!私は……!!!」
親友を手にかけたばかりか、あまつさえ、その親友の忘れ形見であるレイヴンから大切なものを奪った。
レイヴンを救うのだと息巻いておきながら、情けない。
シェリルが生きていれば、レイヴンはあんなにも苦しまなくて良かったかもしれないのだ。
だが、二人は勘違いしている。
確かに封印されていた記憶は自分にとって悍ましい物だ。手に残った生々しい感触は、この先どうやっても拭えないかもしれない。けれども、どんなに険しい道だろうと、歩き続けたレイヴンの背中を見て来たのだ。
真実を思い出した今、レイヴンがまだその一歩を踏み出し続けている以上、自分が足を止める訳にはいかない。
過去を変えることは出来なくとも、未来は変えられる。
「お前らが勝手に決めるなーーーーっ!!!」
「今じゃ!やれ!デュランダルよ!」
ダンの持つデュランダルが発動しようかというその時、今まで沈黙を守っていたレーヴァテインが動き出した。
『聖剣デュランダルの封印術式解析完了。封印術式を強制解除実行。無効化に成功しました』
無機質なレーヴァテインの声が響き、デュランダルの魔力が霧散した。
「なんじゃと⁈ そんな馬鹿な事が!!!」
ダンが狼狽えるのも無理は無い。
レーヴァテインは同格である筈のデュランダルの封印術式を外部から強制解除してみせた。それも、自らの意思で。
リヴェリアの眼前にレーヴァテインがゆっくりと飛来して止まる。
「力を貸せレーヴァテイン!」
だが、レーヴァテインはリヴェリアの伸ばした手には近付こうとはしなかった。
ただ一言……
『全ては貴女の望むままに』
レーヴァテインの声を聞いたリヴェリアは口元をニヤリと吊り上げた。
「待たせ過ぎだぞ」
「待ってリヴェリア!」
嫌な予感を感じ取ったミアが叫ぶが、リヴェリアの目はレーヴァテインを見据えたまま動かない。
レーヴァテインはこの事態を予測していたのだ。
聖剣デュランダルの存在も、主にかけられた記憶の封印も、全て。
時は来た。
ただただ主であるリヴェリアの為に尽くして来たレーヴァテインは、今のリヴェリアであれば過去を乗り越えられると判断した。
『第一から第十三までの封印術式を強制解除、実行します』
レーヴァテインの声と同時、黄金の輝きが部屋に満ち溢れて広がった。
「これは…⁈ 」
「間に合わなかったか……」
光に包まれた部屋に音は無く、清浄なる魔力が穏やかに流れていた。
『封印術式の完全解除を確認。記憶の消失も完全に回復しています。我が王よ、まだ絶望している場合ではありません。これが、最初の一歩です』
金色の髪に白い翼。
唇から覗く牙。
暗く淀んでいた目は輝きを取り戻していた。
「ああ、その通りだ。……感謝するぞ、流石は我が愛剣レーヴァテインだ」
二人の目の前に立っているのは金色の王。
かつて竜王と呼ばれていた頃のリヴェリアだった。
いつもありがとうございます。
次回投稿は12月25日夜を予定しています。