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エレノアの秘密 後編

 

 ーーーーー後悔。疑念。


 命を救った事を後悔すると言うのなら、大切な人を救えなかった俺は、一体何の罪を背負っているというのだろう。

 エリスが魔物堕ちした時、俺は殺す事、命を絶つ事でしか救う事が出来なかった。

 だが、もしも……あの場でエリスが生きることを望んでいたなら……。

 “生きたい” と口にしていたら……。

 俺はフローラの様にエリスを救ってみせる事が出来たのだろうか?

 エリスの本心が生きることで、俺はそれに気付かないまま手にかけたのだとしたら……。


 俺はーーーー



 ーーーーレイヴン!レイヴン!


「レイヴンってば!」


「……すまない。何か言ったか?」


「もう!ずっと呼んでたのに!話の続きを聞くんでしょ?」


「レイヴン…大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ」



 エレノアが魔物堕ちしない理由が“記憶の消去” と“暗示” にあるという話。

 大切な記憶を失ってまで生き続けるだなんて、それは生きたまま死んでいるのと同じなのではないか?そんな思いが過ぎる。


「エレノアは全ての記憶を失っている訳じゃ無い。正確には修理と改修を繰り返していく内に徐々に記憶を失っているの」


「そんな……」


「私達小人族は妖精種に近い存在だから寿命も長い。けれど、エレノアの肉体は数百年という長い刻を生きるには脆すぎた。今、エレノアに残っているのは脳と僅かな肉体だけ。体の大半は魔鋼技術で形成された魔鋼人形と呼ばれる物になっているの」


「やはり分からない。記憶を故意に消去したのでは無いにしてもだ、それでは生きる理由が乏しくなる」


 記憶を想い出と言い換えるなら、それらは生きて来た証であり、明日を生きる理由になる。生への執着心が薄れてしまえば、魔物堕ちのリスクは高まるばかりだ。


「だから暗示なんだね」


「それもフローラちゃんの作った法に関係しているという事ですか?」


「法というより、法に込められた願いに関係しているって感じかな」



『魔鋼の技術を用いて、王の持つ魔鋼人形に勝利した者をこの国の次の王とする』


 フローラが定めた法をそのまま解釈するなら、エレノアを倒す事が目的となっている。しかし、八ヶ条まで含めて解釈するなら、最初に提示された主題とは矛盾する。

 勝利者が次の王として認められるのに、全ての国民が叡智と技術を持って協力する事になっている。それでは辻褄が合わない。


 この法は何を目的として見ているのかによって解釈が変わる上に、そのどれもが破綻している。

 王を目指すなら八ヶ条を守る意味は無く、八ヶ条を守るなら、王にはなれない。

 だが、一つだけ王であるフローラの願いに沿う解釈がある。


『国民全ての知恵と技術を結集し、エレノアを救え』


 倒すのでは無く、エレノアを救う事が目的であるなら……。



「この国の人達は優しいね。優しい嘘つきばかりだよ。だけど、悲しい嘘だ」


「嘘?何が悲しい嘘なの?」


「皆んなしてエレノアを騙してるのさ。エレノアを救う為に。そうなんでしょう?」


 フローラは俯いたまま答えない。

 けれど、その沈黙が答えだ。


「それは私から説明しましょう」


 黙ってしまったフローラに代わって、長老が口を開いた。


「エレノアを騙している。それは事実です。ですが、小人族の一部を除き大半の国民はそれを知りません。あくまでも技術者として最強の魔鋼人形であるエレノアを超えようとしているのです」


「どういう事だ?」


「街中を歩いてみて気付かれたとは思いますが、この街……いえ、国には魔物混じりは一人もいないのです」


「……」


「あなた方が魔物混じりである事を承知で申し上げます。我々はエレノアを魔鋼人形として生かす事で、自身を、国民を守る剣としました。けれども、それは同時に災厄の種を抱える事にもなった」


「魔物堕ち……」


 長老はミーシャの呟きに頷いて肯定すると話を続けた。


「王の定めた法は確かにエレノアを救う為の物。しかし、エレノアは強くなり過ぎました。私達は万が一に備えて魔鋼技術を高める必要があったのです」


 エレノアを生かしつつ、自分達の身を守る。王の掲げた理想は最初こそ上手く機能していた。しかし、時が経つにつれて小人族以外の者達は世代交代を重ねていった。結果、当初掲げた理想も、エレノアを救った三種族の決意も希薄となっていった。

 フローラの願いが望まぬ形に姿を変えてしまう事を危惧した小人族の長老は、代々他の二種族の長老にだけ真実を伝える事でどうにか今日まで法を守って来た。

 増え過ぎた人口のせいで国民全員の口を塞ぐのは難しい。長老だけに伝えたのはエレノアの耳に話が漏れない様にする為の処置だった。

 だが、それも限界が近い。


 レイヴンがそうである様に強大になり過ぎた力の制御は難しい。

 エレノアが生きている限り魔物の襲撃から生き延びる事が出来る。しかし、その代償として、自分達ではどうにもならない化け物を生み出してしまったのだ。


「エレノアが死んだ場合、魔物堕ちする可能性が非常に高いだろうというのが我々の見解です。だから私達は……」


 三種族はエレノアが限界を迎える前に、どうにかして魔鋼人形の更なる強化を図ろうとした。エレノアが魔物堕ちしてしまった時、自分達の手で対処しなければならない。

 その事に不案を感じたフローラは、対応策を得る為に世界を隔てる壁を越えて中央大陸へと向かった。古い伝承を辿ればもしやという藁にもすがる思いと共に。


 世界を隔てる壁を越えられたのも、小人族が大地の妖精と縁が深く、魔法の影響を受け難い体質であったからだという。

 それが本当かどうかはともかく、レイヴンにはどうにも腑に落ちない点がいくつもあった。


「傲慢だな……魔物混じりを甘く見ているから、そういう事になる」


「レ、レイヴンさん…!そんな言い方……」


「事実だ。エレノアを救った事はいい。だが、本来ならとっくに寿命が尽きていたにもかかわらず、自分達の保身の為にエレノアを生かし続けた。それを傲慢だと言わずに何と言えばいい?エレノアは人間だ……お前達の道具じゃない」


「レイヴンさん……」


 魔物混じりは長い間迫害を受けて来た。魔物の血を敬遠しての事だけでは無い。魔物堕ちがもたらす不幸を知っているからだ。


「仰る通りです。弁明は致しません。私達はエレノア一人の対処で精一杯なのです。魔物と魔物混じり、同時に相手に出来るだけの力は無いのですよ」


 魔鋼人形が魔物に対処し得る性能を持ちながら、魔物を他国に誘導してまでエレノアの魔物堕ちに備えていた。


 魔物堕ちしたなら力は何倍にも膨れ上がる。SSランク冒険者が複数チームを組んでも勝てる保証は無いだろう。まして、この国には魔鋼人形以外の戦力が無い。魔法使いが何千といたところで、魔物との戦闘経験の無い魔法使いなど役には立たない。


 抗う力が無いのなら仕方の無い事だと思っていたが、エレノアの実力を考えれば魔鋼人形が幾らあったところで無駄な抵抗に終わるのが目に見えている。


「あの、それで暗示というのは何なんですか?エレノアさんは、皆んなが自分を超えていく日を待っていると言っていました。今の話を聞いていて思ったんですけど、いつまで経っても無理じゃないですか?」


「もしかして、エレノアが強くなり続ける理由もあるって事?」


「それはエレノアが八ヶ条を守り、体現しているからです。エレノアは法に従って国民に目指すべき道を示しているのですよ。しかしながら、先程も説明しました通り、事の始まりを知る者は限られています。技術者達はよくやってはいるのですが……」


「自分の技術だけでどうにかしようとしてるって事か……。なるほど、それじゃあ無理な訳だ」


「皆んなで協力すれば良いのに……」


(協力か……。だが、例え協力したところでエレノアに勝つのは無理だ)


 エレノアが純粋な魔鋼人形であったなら、それも叶っただろう。しかし、エレノアは魔物混じり。根本的な力も戦闘経験も違い過ぎる。

 予選でエレノアが対戦相手に言った言葉が、そのままフローラ達が勝てない理由になっている。

 エレノアを救うつもりの法が矛盾を生んだ今、本当の意味でエレノアを救う方法は魔鋼人形でエレノアを倒すか、暗示を解いて現実を受け入れさせるかのどちらかしか無い。


(どちらも難しいという訳か……)


「フローラ、エレノアに暗示をかけたのはトラヴィスなのか?」


 トラヴィスの魔眼は記憶を意図的に書き換える事が出来る。

 であれば、数百年にも及ぶ長い年月を偽りの記憶を持ったまま過ごして来た事にも得心がいく。そして何より、エレノアが自分の事を魔鋼人形であると思い込んでいる理由もだ。


「そうよ……エレノアを魔鋼人形にする提案をしたのがトラヴィスなの。当時はまだ普通の技術者で、魔眼の力も隠していた。私達はまんまと騙されたわ。エレノアにかけた暗示がまさか魔眼によるものだとは思わなかったの。その事に気付いたのはトラヴィスがこの国から去ってから」


(やはりそうか……)


 トラヴィスは元々この国の出身だそうだ。

 元は優秀な技術者であったが、エレノアの魔鋼人形化が成功してから様子がおかしくなったのだという。

 第二第三のエレノアを生み出す為に、非人道的な研究に手を染めたのだ。

 魔物混じりの子供を拐って来ては強引に魔鋼人形へと作り変えていくという悍しい実験を繰り返したトラヴィスは、自分の研究が評価されない事への不満を周囲に漏らしていたそうなのだが、当然そんな研究が受け入れられる筈が無い。

 事態を重く見たフローラ達がトラヴィスへの処分を検討している時に事件が起きた。


 事もあろうにトラヴィスは、研究の為に故意に魔物堕ちを引き起こさせたのだ。

 その時は完全に魔物堕ちする直前だった為、エレノアが対処する事でそれ以上被害が広がる事は無かった。しかし、肝心のトラヴィスを逃してしまった。


 研究資料と共に姿を消したトラヴィスの行方は知れず、結局、何処かで死んだものとして結論付けられた。


「あいつは狂ってる。きっと今でも私達の事を逆恨みしているでしょうね」


「……」


 トラヴィスの魔眼の力を使って、自分が魔鋼人形であると錯覚させる事で魔物堕ちを防いでいるというのが真実。けれど、そんな物はまやかしに過ぎない。

 いくら思い込みの力に頼ろうとも、魔物混じりである事実が変わった訳では無いのだ。


「トラヴィスの魔眼の力は本物よ。皮肉な話だけれど、それでエレノアが魔物堕ちせずに済んでいるのは事実だから……。だけど、それも限界。レイヴンの動きを覚えさせればもしかしたらって思ったんだけど……」


「何でレイヴンさんの動きが関係あるんです?」


「はっきり言って、レイヴンの力は異常だわ。魔物混じりがそれだけの力を持ったまま魔物堕ちしていないだなんて、きっと何か理由があると思ったのよ」


「別に何も無い。具体的な対策があるのなら俺も知りたいくらいだ」


 動きを真似れば相手の考えている事が分かるとでも言いたいのだろうが、魔物堕ちしない様に必死なのはレイヴンも同じだ。


「そ、そうよね……」


「あーーー!料理冷めちゃったじゃん!」


「ル、ルナちゃん、今は食事より……」


「ごめんなさい。エレノアのついては一先ずこれで話は終わりだから遠慮しないで食べてね。レイヴン、後は直にエレノアを見てから判断して欲しい。レイヴンの力を当てにしておいて都合の良い話なのは分かってる。だけど、方法はレイヴンに任せようと思うの」


「……分かった。だが、トラヴィスの件。忘れるなよ」


 レイヴンは食事の後、エレノアに会いにもう一度研究所へ行ってみる事にした。




いつも読んで頂きありがとうございます。

次回更新は12月21日夜を予定しています。

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