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エレノアの秘密 前編

 街中を所狭しと歩き回った結果、当分買い出しは必要ないだけの物資を揃える事が出来た。リヴェリアが用意してくれていたのは主に食料と武器、防具の類い。それだけでも十分ではあったのだが、レイヴン一人ならいざ知らず、クレア達が一緒となると男のレイヴンでは気の回らない部分も多かった。

 こういう時のミーシャは本当に頼りになる。

 フローラもこの街で作られた魔鋼製の道具をあれこれと説明してくれたので助かった。


「やっと買い物全部終わったわね」


「ええ、終わりました。終わりましたけれど!買い過ぎじゃありませんか?お金本当に足ります?」


「問題ない。店主に渡した素材で足りなければ追加の素材を渡せば良い」


「ま、まだあるんですか⁉︎ 」


「眼球や筋といった武器や防具、魔具にも使える素材など、価値のある部位は渡していない。相場がまるで分からなかったからな」


「が、眼球……嘘でしょ…まさか、直に鞄に……うう、怖くて鞄に手を入れられないです……」


 それほど高ランクでも無い魔物の皮や牙が高値で売れるのなら、残りの素材を売れば纏った金にはなるだろう。出来れば中央に戻ってから売りたかったのだが、金が足りない場合は仕方がない。


「それは止めてあげて」


「何故だ?」


「新鮮な魔物の素材って、この国では本当に貴重品なのよ。そんな物まで渡したら商人が破産しちゃうから。いや、本当に」


 さっき渡した分だけでも一財産になる。むしろ心配なのは商人達の方だ。新しい素材が手に入るという事は、新しい研究への足掛かりとなる。

 三種族間で均等に分配する事にはなるだろうが、レイヴンが持ち込んだ大量の素材もあっという間に無くなるだろう。


「ねえねえ、早く行こうよ。僕お腹空いちゃったよ」


「私もさっきの話の続きが聞きたい!」


「それもそうね。よし、じゃあ先に食事にしましょうか」



 フローラに案内されてやって来たのは街の中心部にある闘技場の中。

 予選が中断された事で人気の無くなった通路の先にその店はあった。


「何でこんな場所?」


「私達以外にお客さんが誰もいませんね……」


 店の正面には厨房があるのだが、料理人の姿は見えない。


「ほら!何してるの。こっちよ、こっち!」


 店の二階に上がって行ったフローラは、少し豪華な扉の前でレイヴン達を待っていた。

 傍らに置かれた台には使い魔のフクロウが止まっている。


「初めて私に会いに来た時の事覚えてる?」


「え?は、はい。確か暗い古屋みたいなところに入ったと思ったら、大きなお屋敷の前に出ていました」


「ん?何で顔赤いの?」


「え⁈ あー……な、何でも無いです!」


「……?」


「この扉の向こうはそれと同じ魔法がかけてあるの。暗いけど驚かない様にね」


 レイヴンはクレアとルナの手を握ってやる。


「離れない様にな」


「「えへへへ」」


「じゃ、じゃあ私も……」


「俺の手はもう塞がっている。お前はフローラの手を握っていろ」


「で、ですよねー……」


 暗い部屋の中で少し待つ。

 すると、鈴の音がして景色が変わり始めた。


 フローラの説明によると、この魔法は空間魔法の一種で、予め決めておいた点と点を繋いで行き来が出来るのだそうだ。


 マクスヴェルトの使う空間魔法で代表的なものは転移魔法。フローラの使ったものよりも高度な魔法で、大きな違いは空間に無数に存在する点を手繰り寄せて自分の行きたい場所とを繋ぐ事にある。

 予め点を決めておく必要が無く、任意で発動出来るのは便利だが、フローラが言うには世界の理を理解しない限り、不特定の場所と場所を繋ぐのは不可能との事だった。


「マクスヴェルトさんってやっぱり凄い人だったんですね」


「確かに凄いけどムカつく。こういう便利な魔法もあるなら僕にも教えてくれたって良いのに!あ、でも、この魔法はもう覚えたよ。要は空間上に存在する“点” の座標を見失わなければ良いって事だよね?こうして座標地点を特定の場所に決めているのは、そもそも点が見つけ難い事が理由なんだろうけど、僕なら空間内に存在する点を見つけるのは簡単だから問題無いかな。問題は行きたい場所の点を手繰り寄せるって事だけど……。一度行った事がある場所で点の座標を覚えて来るしか無いなぁ。マクスヴェルトはどうやってそれを見つけてるんだろ?」


(呆れた奴だな。もう原理を理解したのか……)


 クレアが一度見た技を自分の物にしてしまえる様に、ルナも一度体験した魔法や魔術の原理を解き明かす事が出来る。

 空間魔法は本来マクスヴェルトにしか使いこなせない特別な魔法だ。その一端を掴んで見せただけでも大したものだ。


「そ、そそそそそうね!よ、よく分かったじゃない……。ちょ、ちょっとレイヴン!ルナって何んなの⁈ 」


「何と言われてもな。魔法の原理を理解したんだろう。いつもの事だ」


「はあ⁈⁈ いつもの事⁈ 私が何百年もかけてやっと“空間点” を理解したのに……」


「あ!何か見えて来たよ!」


 丁度転移が終わった様だ。

 レイヴン達の周囲が次第に明るくなって行く。


「あれは……誰か居ますよ?」


 目の前にはこじんまりとした家が一軒だけ建っており、周囲は何も無い平原になっていた。

 家の前で待っていたのは三長老の一人。小人族の長をしている人物だそうだ。


「フローラ様。お待ち申し上げておりました」


「ご苦労様。用意は出来てる?」


「はっ。恙無く」


「そう。では始めましょう」


 家の中は見た目よりも広く、巨大な円卓のテーブルにはこれでもかと様々な料理が用意されていた。


「うは〜!美味しそう!これ全部食べて良いの⁈ 」


「はしたないですよルナちゃん!」


「レイヴン……」


 クレアのお腹が可愛く鳴っている。


「フローラ」


「ふふ、勿論良いわよ。食べながら話をしましょう」


 食事が始まっても長老と数人の従者はフローラの後ろに控えたまま立っていた。どうやら、話に参加するらしい。



「じゃあ、先ずはエレノアが元は人間だったという話からしましょうか」


「それについてだが、俺なりに思い当たる事がある。エレノアはもしや、魔物混じりなのか?魔鋼とやらの重量は相当な物だ。とても只の人間に扱える代物では無い。それにあの動き……」


 レイヴンの指摘に長老の眉がピクリと動いたのが見えた。


「御名答。やっぱり手合わせして分かった?」


「まあな。しかし、体の殆どが魔鋼技術で形成されているのに何故魔物堕ちしていない?」


「どういう事なんですか?エレノアさんが何百年もの間魔物堕ちしていないのは驚きですけど、魔物堕ちは……」


 ミーシャが言おうとしているのはこうだ。

 魔物混じりは必ずと言っていいほどの高確率で魔物堕ちする。それは唐突で、ある日突然起こる。

 魔物混じりが嫌煙される理由がここにあるのだが、中には魔物堕ちする事無く生涯を終える者もいる。ミーシャの様に魔物の血が薄い者に見られる傾向で、それ以外の要因として肉体的、精神的に安定した生活を送っている事が共通点としてあげられる。


 エレノアの様に体の大半を失った状態、しかも戦闘行為もするとなれば、それらの条件には当てはまらない。そんな心と体のバランスが崩れた状態のままで自我を保っていられるのはレイヴンから見ても驚異的な事だと言える。


「記憶の消去。それから暗示。僕はこの二つが理由だと思うな」


「またまた御名答。ルナって何者なの?」


 長老の顔が驚愕に歪む。

 平静を保とうとしているが、かなり表情に出易い体質の様だ。


「別に。僕ならそうするかもしれないって思っただけだよ。それに、その方法まで分かった訳じゃ無いしね」


「ルナちゃん、どういう事?エレノアさんは記憶が無いの?」


「クレア。食べながら話すな。溢れてるぞ」


「うう……。ごめんなさい…」


「それは私から説明するわ。レイヴンの力を借りたいのもこの辺の話が関係しているから」



 フローラがエレノアと初めて出会った時、幼い少女は魔物に襲われ体をズタズタに引き裂かれた状態だったそうだ。


「本当はね、あの時エレノアを助けたのが正しかったのか今でもよく分からなくなるの。この世界にはよくある光景。抗う力を持たない無力な存在が生きて行くにはあまりにも厳し過ぎるわ。この子を助けたって、他にも同じ状態の人達がそこら中に居る。それよりも、早く楽にしてあげた方が良い。そう思っていた……。でも、何でかな…気付いたら必死になってその子を助けようとしてた。だけどーーー」


 消え行く命の灯火を前にフローラの魔法は無力だった。


 どれだけ必死に回復魔法を使っても、どれだけ体中の魔力を絞り出しても、少女の体から流れ出る血は止められなかった。


「頭では無駄だって分かってた。私の魔法程度じゃどうにもならない。私が魔法を使う度に苦しそうな息遣いが大きくなる。私はこの子を苦しめてるだけかもしれない。そう思ったわ。それでも!……それでも、私は魔法を使い続けた」


 掠れた声で少女は言った。


 “まだ死にたくない”


 死が目前に迫った状況。もう避けられない運命を前にして少女は願いを口にした。


「あの時程、自分の無力さを嘆いた事は無いわ。私にもっと力があればってね。エレノアの冷たい手を握って魔法を使い続けていたんだけれど、途中で魔力が底をついたの。意識が遠くなって、頭の中で何度も謝った。助けられなくてごめんねって……」


 だが、奇跡は起きた。

 少女の体から流れる血はいつしか止まり、冷たくなっていた体温が戻って来たのだ。


「次に気付いた時、私はこの家のベッドで天井を眺めてた。最初は夢だったのかと思ったわ。けど、隣のベッドから声が聞こえたのよ。助けてくれてありがとうって。私の心は、あの子が助かった事への安堵感と自分の魔法が人の命を救った事の達成感で満たされた。やった!やり遂げたんだ!でも、ベッドに横たわるエレノアを見て後悔した。体の殆どを失って、それでも私にありがとうって……。私は私のした事が正しかったのか分からなくなってしまった」


「だが、今は自分の足で立っていられる。それはフローラがエレノアを救ったという事ではないのか?」


「どうかな……。私の起こした奇跡はエレノアを苦しめただけかもしれない。クレアが言った記憶の消去と暗示だって……」


 長い沈黙。

 瀕死の少女を救った事を懺悔するかの様なフローラの発言はレイヴン達に多くの事を考えさせた。


 死にたく無いという少女の願いに応えて命を救う。

 その行為自体は善だ。

 けれどーーーー


「魔法とは、究極的に突き詰めればイメージの具現化である。精神力とは術式を元にイメージした魔法を形にするもの。心とは発動した魔法の効力を左右するものである。……エレノアを助けたのは奇跡なんかじゃ無いよ。間違いなくフローラの少女を助けたいって強い想いが魔法の効果を高めたんだ」


「それは……」


「マクスヴェルトが言ってたんだ。魔法を自在に操るという事は自分の心を制するという事だって。魔法は万能じゃない。だけど、想いは願いを叶える力になるんだ。お願いだから、エレノアを助けた事を後悔してるみたいな事言わないでよ。少なくとも、僕はもう死ぬしか無いって時にレイヴンが助けてくれて嬉しかったよ。逃れられない死の淵から、生きる事を許された時の気持ち。僕にはよく分かるんだ。エレノアの“ありがとう” は“生かしてくれてありがとう”って事なんだよ。体が不自由だとかそういう事じゃ無いんだよ」


「私も分かる。もう駄目だって諦めかけた時に、レイヴンが生きていたい気持ちを後押ししてくれて凄く嬉しかった。生きようとする意思は何よりも強いんだって知って諦めたく無いって思ったの。エレノアさんはきっと後悔なんかしていなかったと思う。だから、そんな悲しい事言わないで欲しい……」


「あんた達……」


 フローラは二人の言葉に胸の支えが取れた様な気がしていた。


「ありがとう……本当にありがとう」


 二人の言う通りだ。助けた事を後悔するなんてどうかしていた。

 生きてくれた事をただ純粋に感謝するべきだったのだ。


 フローラの頬に大粒の涙が溢れた。

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