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苦肉の策

 パラダイムの街に警鐘が鳴り響く。


「な、何だ何だ何だ⁈ 」


「鐘⁈ 何かあったのか!おい、お前ら起きろ! この鐘の音、何か変だぞ!」


 街中に鳴り響く鐘の音に飛び起きた住人達は、何が起こったのかと大慌てで街の中心部に集まって来た。

 しかし、見上げた先の塔で鐘の音を鳴らしているのは警備兵ではなく酒場で散々騒いでいたランスロットだった。


「何やってんだ?」


「まさか、また魔物が……」


「いや、それにしちゃ何だか楽しそうだぞ」


「ひょっとして酔っ払ったままなんじゃないか?」


 まだ酔ったままなのだろうかと誰もが思った。しかし、鐘を鳴らすランスロットの表情は厳しい。とても冗談でこんな事をしている風には見えなかった。


 集まって来た冒険者に紛れてモーガンの姿を見つけたランスロットは手を振って知らせた。


「ランスロット殿!これは一体どういうことですか!?」


「おう! モーガン、早く上に上がって来い! 」


「上にって……鐘など鳴らして、一体どういう……ま、まさか魔物が現れたのですか?」


「いいから早く来い! 説明するより見た方が早い!」


 ランスロットに言われるまま鐘のある塔に登ったモーガンの判断は尋常で無い程早かった。

 街の周囲を一目見るなり、部下に向かって指示を出し始めた。


「今すぐ東門と西門を閉めろ! 冒険者は全員広場に集まれ! 住人達は一旦家に戻り組合からの連絡があるまで外出しないように!」


 モーガンの指示は的確だった。さすがにパラダイムの街の内定をたった一人で任されただけの事はある。


「な? 見た方が早かったろ? 約三万の魔物に囲まれている。参ったぜ」


「さ、さん、三万⁈ 何を呑気な! 今すぐ対策を練らねばなりません!」


 緊急事態だというのに、やけに落ち着き払ったランスロットにモーガンは苛立ちを隠せない。

 事は一刻を争う。

 広場に集まった冒険者の前で先ずは状況を説明しなければならない。しかし、すぐ様指示を出しはしたものの、前代未聞の異常事態をどうやって説明すれば良いのか見当もつかないでいた。

 隠せるものであれば、冒険者だけで内々に処理したいが既に周囲を囲まれていて逃げ場も無い。


 大体あれは何だというのか。

 街を四方から囲まれては救援の早馬も出せない。その上、見た限りでは討伐依頼Sランク以上の魔物が三分の一、約一万匹もいる事になる。


 集まって来た冒険者達を前に、モーガンは緊張した面持ちで口を開いた。


「皆、落ち着いて聞いてもらいたい。今…この街に……」


 言ったところで何が出来る?

 ここは東西南北に天然のダンジョンが点在する冒険者が作った街だ。魔物に襲われる可能性がある事くらい誰でも覚悟はしている。知ってしまった以上、むざむざ死を待つだけとはいかない。だが、これは無理だ。どれだけ冒険者がいたところで意味は無い。


 悪い考えばかりが頭を過ぎる。

 けれど、真実を伝えなければならない。


「テメエらよく聞け!この街は今! 魔物の大軍約三万に取り囲まれている!」


「な……ッ⁈ 」


 モーガンが言い淀んでいた事をあっさりとランスロットが言ってしまった。


「ランスロット殿、何を考えているのです! もっと慎重にーーー」


「慎重に言ってどうなる? あの大軍を見ただろう。ジタバタしたってどうしようもねぇ」


「それはそうですが……!」


「腹をくくれよモーガン」


 今ひとつ状況の飲み込めない冒険者達を前に、ランスロットは説明を始めた。


 絶望的な表情を浮かべる冒険者達。

 SSランク冒険者のランスロットでさえ遭遇した事の無い異常事態だと聞かされては、自分達にはどうしようもない。


 大混乱になると思われた冒険者達の反応は意外な程静かだった。

 皆一様に暗い表情をしてはいるものの、取り乱して騒ぐ者は居ない。


「あれ? ちょっと意外っつうか。この街の冒険者の事少し舐めてたな。案外肝が座ってるじゃないか」


 仮に中央で同様の事態が起こったなら対処は可能だ。

 レイドランクの魔物との戦闘に特化した連中が常時複数パーティーいるからだ。

 しかし、この街はいくら冒険者の集まる街だと言ってもせいぜいSランクが数人。Aランク冒険者も一定数いるが、冒険者の大半はBランクだ。


「それは違うと思いますよ」


「どういう事だモーガン?」


「……レイヴン殿ですよ。確かに絶望的な状況です。しかし、この街には現在、レイドランクの魔物をあっさりと倒して退けたレイヴン殿がいます。幸い物資も充実していますし、数の不利も街に立て籠もってさえいればどうにかなると思っているのでしょう」


「なるほど。だが、そいつは当てが外れたな。ちょっと感心してたのに、がっかりだぜ…」


 要するにコイツらは自分達にはどうにも出来ないと既に諦めているのだ。

 レイヴンがいればどうにかなる。それは正しくもあるが、間違っている。

 この街は誰の物なのかという事が抜け落ちている。


「よく聞け! お前らが当てにしているレイヴンは今、この街には居ない!!! 」


「いない!?!?」


 案の定、冒険者達は大混乱に陥った。

 頼みの綱のレイヴンが居ないなど話にならない。数の不利をどうにか持ち堪えたとしても、Sランク以上の魔物をどうにかしないと城門や城壁をあっさり破壊されてしまう。


「どどどどうすんだよ!!!あいつが居ないんじゃ、俺達皆殺しにされちまう!」


「に、逃げよう! 今から逃げればまだ!」


「無理だ……街を囲まれてるんだぞ!」


「くそっ! 何でこんな肝心な時にいないんだよ! やっぱり魔物混じりなんか……」


「止めろ! あいつは街の危機を救ってくれたんだぞ⁉︎ 」


「知るか! どうせこの魔物の大軍もあいつが呼び寄せたに違いない!」


 なんとも情け無い連中だ。

 ランスロットの隣にいるモーガンも見るに耐えないといった様子だ。


 横領に賄賂。

 ドルガに支配されていた街の冒険者達はすっかり腑抜けてしまっている。

 今それを言っても仕方の無い事ではあるが、流石にこれでは戦えない。


「お前らには自分の街を守ろうって気概はないのか!散々馬鹿にして来た魔物混じりが一人居ないだけで情けねぇ!!!」


「そんな事を言ったって、俺達じゃ何人束になったってどうしようもねぇじゃねぇかよ!」


「馬鹿かお前ら? 脳みそ付いてんだろ! 頭を使え!」


「何だと!!!」


「よさないか! 今は言い争いをしている場合では無い!!! …ランスロット殿、何か策があるのですか?」


「策って程のもんじゃ無い。モーガン、もう一度周りを見てみろ」


 魔物の大軍が周囲を取り囲んでいる状況には変わり無く、絶望的な状況は何も変わらない。そう思った時、モーガンは魔物の大軍に異変が起きている事に気付いた。


「こ、これは⁈ 魔物の動きが止まっている……。一体何故?」


「さあな。モーガン、この魔物の大軍。何かおかしいと思わないか?」


「……どういう事です?」


「魔物が街を襲うのはそれ程珍しい事じゃない。俺が思うに、この街の中にあいつらを呼び寄せる何かがあるんだ。それを見つけられれば、どうにか出来るかもしれない」


「呼び寄せる? 何か魔具や呪具の様な物があると?」


「いや、それは分からない。モーガン、ここは俺に任せてくれないか? 悪い様にはしないぜ?」


 モーガンは一瞬何かを言おうとして言葉を飲み込む素振りを見せた。

 この場で最も戦力となるSSランク冒険者のランスロットが任せろというのなら否はない。


「是非もありません。ランスロット殿にお任せします。我々に協力出来る事なら何でもおっしゃって頂きたい」


「おう! 助かるぜ!」


 モーガンの協力を取り付けたランスロットは、意気消沈している冒険者達の前に立ち作戦を伝えていった。

 

 その内容はこうだ。


 一つ、東門と西門の補強。これはバリケードを作ることで対応する。

 二つ、Aランク、Sランク冒険者は街を囲む壁の上で待機して周辺警戒。

 三つ、Bランク以下の冒険者は魔物を引き寄せていると思われる魔具、或いは呪具の捜索。

 四つ、魔物の大軍が再び動き出しても、攻撃しない事。壁を乗り越えようとする魔物のみを叩き落とす。決して殺さない様にすること。


「ま、待ってくれ! 四つ目の魔物を殺すなってのはどうしてだ? あいつらは三万もいるんだぞ? 少しでも数を減らすべきだろう⁈ 」


「弓と矢なら腐るほどある。数を減らさなきゃ話にならないぞ」


 冒険者から出た疑問はもっともだが、殺してしまうのは最も愚策だ。


「まあ聞けって。群れを観察したところ、Aランクの小さな個体が前面に出ている。これは、他の魔物の動きが遅く、小さな個体の数が圧倒的に多いからだ。こいつを利用しない手は無い。もしも、小さな魔物を倒してしまったらどうなると思う?」


「どうなるって?弱い奴を倒して数を減らさなきゃ話に……」


「いいや、Aランクの魔物の数は絶対に減らすな。減らしてはならない…」


 モーガンの発言にランスロットはニヤリとすると、続きを促した。


「Aランクの魔物が減れば、Sランク、レイドランクの魔物が前面に出て来てしまう。強力な魔物程、巨大な個体が多い。小さな個体を上手く壁変わりに利用して街に近づけさせないようにするのだ。もし、Sランク以上の魔物が押し寄せる事態になれば、この街は半日も持たないだろう。絶対に壁に近づけさせさせてはいけない」


「流石モーガンだな。Aランクの壁から抜け出したSランクの魔物は俺が引き受ける。弓の使える奴は援護してくれ。中には素早い奴もいるからな、動きだけ止めてくれりゃあいい」


 モーガンの説明を受けた冒険者達の顔が少しずつ上を向き始めた。

 ほんの僅か、ほんの小さな光ではあるが、生き残る為の道が見えて来た。


「な、なるほどな。俺達は時間を稼げば良いだけか」


「だがよ、それじゃあ何も解決しないじゃないか」


「そうだぜ。退路も補給路も無い。耐えるにも限界がある。ジリ貧になるのは目に見えている!」


 ランスロットは高台に上がると不安を口にする冒険者達に最後の希望を与えてやる。


「いいかお前ら! 俺達が耐えるのは明日の夜までだ! 明日の夜にはレイヴンが戻って来る。そうしたら俺達はAランクの魔物の数を出来るだけ減らしてレイヴンを援護する。レイドランクの魔物と単騎で戦えるのは、この街であいつだけだからな」


 ランスロットは敢えてミーシャに頼んだ救援の話はしなかった。そもそも、救援は保険に過ぎないし、第一間に合うかも分からないからだ。


 レイヴンに頼るのもかっこ悪いし、情け無い話だ。けれど、あれだけの数のレイドランクの相手が出来るのはレイヴンしか居ない。せめて自分の装備が有れば少しは戦えるのだが、無い物ねだりしても仕方がない。


「明日の夜、それなら……」


「や、やるしかねえ。このまま殺されるなんて俺は嫌だ!」


「おい、今すぐ準備するんだ! 魔物がまた動き出す前に!」


「くそったれ! こうなりゃヤケクソだ! やるぞテメエら!!!」


「「「おーーーーっ!!!」」」


 レイヴンの話をした途端に冒険者達が動き始めた。


 どうしようもない連中だ。

 しかし、これで戦える。

 一分一秒でも時間を稼げれば、まだ希望はある。



「ランスロット殿……」


「ああ…。分かってる。魔物がどう動くかにもよるけど、明日の夜までってのは……多分、無理だ」


「なら、どうして? 貴方だけなら包囲を突破して逃げる事も出来るでしょう?」


「何もしないで死ぬよりは……ってのもあるんだけどな。理由は何となくだ。あいつらどうしようも無い馬鹿だけど、見殺しにしたら寝覚めが悪いだろ?」


「そんな理由で……」


「そんな理由だ。命をかける理由としては下の下だが、動機としちゃあ上等な部類だと思うぜ?」


「……そう、かもしれませんね」


 モーガンは、あっけらかんと言ってのけたランスロットに深々と頭を下げると、自身も準備の為に動き出した。

 高位の冒険者とはこうも違うものかと。



「とは、言ったものの。これってやっぱ詰んでるよなぁ……。さっさと帰って来い、レイヴン」


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