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久しぶりの取引き

 

「これを売りたい」


 街で一番だという道具屋に案内されたレイヴンは、ニブルヘイムで倒した魔物の素材をこれでもかと店主の前に積み上げた。


「「「……は?」」」


 唖然としていたのは店主だけではない。

 クレア達も、その場に偶々居合わせた客達もまた、店主と同じ様に口を開けて固まっていた。


 北の大地にか生息していないであろう、姿を消す事の出来る魔物の牙や爪、毛皮、骨。更には地下ダンジョンの穴を塞いだ時にこっそり回収しておいた鉱石まである。


「い、いつの間にこんなに沢山……」


 普段のレイヴンの仕事と比べると少々雑な処理に見えるが、それでも十分に綺麗に処理された素材は中央でならかなりの高値が付くに違いない。


「ちょっとレイヴ…ン、じゃなかった、エリスどういう事⁈ 報酬は食事だけだって言ってたのに……」


「嘘は言っていない。報酬は本当にあの食事だけだ。これは自分で倒した魔物から剥ぎ取った物だ。勿体ないからな」


「勿体無いって……。え、いや……でも、私そんな大量の素材を鞄に入れた覚えが無いんですけど……」


「それはそうだろう。王都に辿り着く前、ミーシャを担いで戦った時があっただろう?あの時ついでに回収しておいた。何というか、体に染み付いていてな。気付いたら集めていた。持ち切れない分はミーシャの鞄に入れさせてもらった」


「へ、へー……」


 王都へ急いでいたあの忙しい最中に、そんな事をしていただなんて思わなかった。

 それについて今更とやかく言うつもりは無いが、レイヴンは本当に何を考えているのか分からない時がある。いや、まだ殆ど分かってなどいないのだ。

 興味無さげな顔のレイヴンも、戦っている時のレイヴンも、いつだって感情の変化を表に出さない。近くにいるのに遠い。

 レイヴンの事を理解出来ている人物がいるとすれば、ミーシャの知る限り多分リアーナだけだ。


「あ、あんたら一体何者なんだ?こんな上等な魔物の素材、何処で手に入れたんだ⁉︎ 」


「俺……私達は旅をしていたんだが、森で迷ってしまってな。偶然、迷った先で道を見つける事が出来た。この国にたどり着けて運が良かった。それから、この素材は旅の途中で倒した魔物から入手した物だ」


 レイヴンは買取りの交渉をする時だけ別人のように流暢に喋る。

 最近では単語ではなく、ちゃんと会話をする様になって来ているのだが、暫く見ていなかった光景にクレア達も若干戸惑い気味だ。


「へえ…て事は、あんた達が魔物を倒したってのかい?別嬪さんなのに強いんだな。まあ、女だけの旅だ。それなりの腕がなきゃ無理だもんな」


 店主の“女だけの旅” とう発言を受けて、背後からクレア達の笑い声が聞こえる。

 横で見ていたフローラもちゃっかり一緒に笑っているのが腹ただしい。


(お前が元凶だろ……)


「ああ、すまない。今のは余計な詮索だったな。忘れてくれ」


 不穏な空気を察した店主が申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。


 交渉を円滑に進める為の世間話程度であれば問題無いが、あまり詮索されるのは好きでは無い。


「この国では魔物の素材は貴重だと聞いた。全部でいくらになる?」


 店主は積み上げられた魔物の素材を一つ一つ慎重に手に取って鑑定し始めた。しかし、次から次へと出て来る素材は種類も量も尋常では無い。



「うーん……。これだけの量だからなぁ」


 魔物の素材を用いた魔具よりも魔鋼技術の進んだこの国にも一応、魔物の素材鑑定の基準はある。けれど、持ち込まれる魔物素材はどれも使い回しの古い物ばかりで、かなりの安値で取引きされている。ところが、これだけ状態の良い素材の取引となると、適正な相場の算出は非常に難しい。


「無理なら他を当たる」


「待った!少し時間を貰う事になるが、素材の鑑定は任せてくれて構わない。それと、相談なんだが……」


「何だ?値引きの交渉には応じられ無いぞ」


「いやいや!そうじゃない!そこはきちんとした値段で買い取らせて貰う。これだけ新鮮な魔物の素材は入手が難しいんだ。是非買い取らせて欲しい。相談ってのは、他の商売仲間達にも連絡して買取に加わらせてやりたいって事なんだ。見た所、俺の専門外の素材もいくつか混ざってるみたいだしな。専門的な知識のある連中だから、きっと良い条件が出せると思う」


 レイヴンは店主の言葉に嘘が無い事を感じると首を縦に振って頷いた。


「どのくらいかかる?」


「そうだなぁ……明日、いや、今日の夜までには何とか終わらせてみせる!」


「分かった。では、こちらからも一つ。取り急ぎ買取り可能な素材だけ現金化出来ないか?補給の為に買い出しに行きたいんだが、この国の通貨を持っていなくてな」


「なるほどねぇ。そりゃそうか。良し!なら、コレを持って行ってくれ」


「これは?」


 店主が差し出して来たのは金属の板と手紙。

 金属の板は手に収まる程度の大きさで表面には文字が刻まれている。


 離れた場所でやり取りを見ていた客達からもどよめきが聞こえる。


「それは俺達商人が仕入れなんかに使う借用札だ。買い物をする時に、手紙と一緒にそいつを見せれば現金が無くても買い物が出来るって便利な品物さ。と言っても、タダって訳じゃ無い。後で請求が来るから使い過ぎには注意してくれ。魔物の素材の買取り額を上回った分は払ってもらう事になるから……って、まあそんな心配は無いか。これだけの素材だから、かなりの金額になるだろうよ」


「そうか。有り難く借りておく」


「ああ。陽が沈んだ頃にまた来てくれ」


 一先ずの交渉を終えたレイヴン達は店を出ると早速補給用の買い出しに出掛ける事にした。



「おい、あれ見ろよ」


「凄え美人だな。この街にあんな美人いたか?」


「周りの娘達もなかなかのもんだ」


 美しいエリスの容姿は種族や男女を問わず人気がある様で、歩いているだけなのにやたらと視線を感じる。


(やはりこの手の視線は苦手だ)


「なんだか落ち着かないね……」


「エリスが美人過ぎるのが悪い」


「いや、あんた達もだからね。ていうか、凄いわね。まさか借用札を渡して来るとは思わなかったわ」


「フローラちゃん、これってそんなに凄い物何ですか?」


「そりゃそうよ。借用札はね、この国の商人が命の次に大事にしている物だもの。それを渡しちゃうなんて事、普通あり得ないわよ」


 フローラが言うには、そもそも借用札は商人が仕入れの際に使う大切な物で、たとえ身内であったとしても簡単に渡したりはしないのだそうだ。


「つまり、あの素材の山には借用札を預けるだけの価値があるって事?」


「そういう事。その札の別名は信用札って言ってね。同じ商人でも全員が札を持っている訳じゃ無いの。支払いがきっちりしているのは勿論だけど、それ以上に大切なのは誠実さ。持っているのは同じ商人仲間達から誠実さを認められた一部の商人だけなの」


「じゃあ、さっきのおじさんは凄い人なんだね」


「ふふふ、そうね。大口の客だから逃がしたく無いっていうのが一つ。もう一つはエリスに気があるからじゃない?」


「止めろ。俺にそんな趣味は無い。さっさと行くぞ」


 間髪入れずに否定したレイヴンは、さっさと歩いて行ってしまった。

 不機嫌そうな顔をしても周りから漏れるのはうっとりした様な溜め息ばかりだ。


「あーあ、フローラが余計な事言うから。エリス怒っちゃったじゃん」


「あらら……平気そうに見えて、やっぱ気にしてるのね。美人なのに……」


「美人は関係無いと思うけどね」




 その後の買い出しは驚くほど順調に進んだ。

 借用札の効果は凄まじく、店主達は値札よりも遥かに安い値段で売ってくれたのだ。しかし不思議な事に、どの店でも店主達は手紙を受け取りはするものの、誰も中身を確認しようとしなかった。

 何はともあれ、おかげで予定していたよりも多くの物資を調達する事が出来た訳だが、元の値段も中央の相場と比べてかなり安い様に思う。


「い、良いのかな?安過ぎて逆に不安になって来たんだけど……」


「良いの良いの。それが借用札の信用度の高さって事よ。その札を渡されたって事は、最上級の客だという証明にもなってる。今後の付き合いを考えれば、少しでも贔屓にして貰おうとするのは当然よ」


「中央に比べてどれも値段が安い。やはり魔物の被害が少ない事が関係しているのか?」


「そ、そうね……。理由は察しの通りなんだけど……」


「そうか、やはり魔物が……」


 この国の周辺に魔物があまりいない理由はニブルヘイムへ誘導した事が原因だ。

 仕方ない事であったのは分かっているが、魔物があまりいないという事がこんなにも人の生活を豊かにするのだと実感させられた。


 街を行き交う人々の表情は明るく、生き延びる事よりも、楽しむ事を第一に考えている様な気がする。

 世界にはまだまだ多くの魔物が存在しているのに、この街だけは魔物なんて初めからいなかったかの様に穏やかに暮らしている。


(もしも、全ての魔物を排除出来たなら、或いは……)


「レイヴン?どうしたの?」


「いや……何でもない」


 世界から魔物を排除する。


 そんな事は不可能だと分かっている。魔物を倒す力があったところで、瘴気という魔物を生み出す要素を全て無くすなんて出来ない。


(あの時の様に何か特別な力を持った秘宝級の宝があれば……)


 それでもレイヴンは、願いを叶える魔剣に一筋の希望を見出していた。

 それが、全てを失うかもしれない諸刃の剣だとも知らずに。

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