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傾いた天秤

 エレノアが向かった先。それはレイヴンの後方で戦いの様子を見守っていたクレアがいた。


 あまりにも唐突なエレノアの行動にクレア達の反応が遅れる。

 クレアが応戦しようと動くが、咄嗟にミーシャがクレアを庇う様にして抱き寄せた。


「ッ!離して!」


「駄目!…ルナちゃん!防御結界を!」


「間に合えーーーー!!!」


 エレノアの剣が結界に触れる寸前のところで、辺りに尋常でない桁外れの殺気が立ち込めた。

 時間が止まってしまったかと錯覚する程の殺気で空間ごと凍り付いている。


(来た!この感覚を待っていました!)


 エレノアは待っていたとばかりに振り返るが、すぐ背後まで迫っていたエリスの冷たい目を視線が合った途端にエレノアの体は意思とは関係無く動きを止めてしまった。


(か、体が……⁈ )


「クソが……調子に乗るなよ」


 エリスの低くなった声がエレノアの耳に届いた時には既に両腕を切断され、腹に響く鈍い音と共に宙を舞うような感覚に襲われていた。

 何が起きたのか全く理解出来ない。全身の魔力回路が衝撃によって強制的に分断されていくのが分かる。


「グハァッ…!な、何……ぐあああああ!!!」


 そして次の瞬間には頭を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられていた。

 頭蓋が砕けた様な不気味な音と、地面が陥没し引き裂かれる程の地揺れが木々を揺らす。


(い、一体……何が……)


 エレノアは活動を停止し、土煙りの間から見える黒く滲んだ空を見上げていた。


 どう見ても今の攻撃で勝負は着いた。

 それでもレイヴンは止まらない。


 両腕を失い、体中の魔鋼に亀裂が入って動けなくなったエレノアの頭を掴んで引き摺り起こすと、意識が朦朧としたままのエレノアの首元を剣で貫いて持ち上げだ。


「……言った筈だ。クレアに手を出すならお前を破壊すると」


「う、ぅああ……」


 エレノアの体から流れ落ちる黒い液体。四肢は痙攣し、命が尽きかけているのは誰の目にも明白だった。


「ミーシャお姉ちゃん離して!」


「駄目です!絶対に駄目です!!!」


 ミーシャはどうにかレイヴンの姿を見せまいと、暴れるクレアを必死に抱き締めていた。

 こんな凄惨な場面、とてもクレアには見せられない。


『クレアとルナを死んでも守れ』それはニブルヘイムでカレンにレイヴンの異変を告げた時に言われた言葉だ。

 レイヴンの精神の均衡を保っているのは二人の存在。特にクレアの存在はレイヴンにとって命綱であると言うのがカレンの見解だった。

 そしてもう一つ、レイヴンの中にいるもう一つの人格の存在をリヴェリアに気付かれてはならないと。


「離して!離してよ!」


「今は駄目です!駄目なんです……!」


「ミーシャお姉ちゃん……手が……」


「クレアちゃん、お願いだから言う事を聞いて下さい……今のレイヴンさんを見ちゃ駄目です……」


 ミーシャは震えていた。

 これまでにもレイヴンが怒りのままに力を振るう事はあった。けれども、今のレイヴンはその時よりもずっと恐ろしい。


 クレアを守る為だとしても、ここまで過剰な反応を見せるレイヴンを初めて見る。

 リヴェリアもマクスヴェルトもカレンも、皆がレイヴンの不安定な心の天秤が大きく傾く事を危惧していた。

 これがその結果だ。

 天秤は少しづつ傾くのでは無い。唐突に振れるのだ。

 それでも信じたい。ランスロットが言った様に一人の友人としてレイヴンと一緒にいたと思ったあの気持ちを。


「レイヴン!それ以上は駄目だよ!僕たちはもう大丈夫だから!エレノアを離してあげて!」


「……」


 体にしがみ付いたルナの声でようやくレイヴンは動きを止めた。

 未だ燻る怒りの感情。

 二人を傷付ける者は相手が誰であろうとも敵だ。


「レイヴン、本当にもう大丈夫だから……」


「チッ……。命拾いしたな。二度とクレアや俺の仲間に手を出すな。……次は無い。確実に破壊する」


 レイヴンはそう告げると、エレノアを地面に投げ捨てた。


 辛うじて生きてはいるが、今すぐにでも修理をしないと危険だ。


「エレノアーーーーー!」


 何処かで見ていたのだろう。

 小人族の少女が地面に横たわるエレノアへ駆け寄った。


「しっかりしてエレノア!エレノア!エレノア!!!」



 レイヴンはそんな様子を横目に剣を鞘に納めると、クレアの様子を確認しようと振り返った。


 ーーーー瞬間。


 渇いた音と共にレイヴンの頬に鈍い痛みが走った。

 痛みの理由を知るよりも先にミーシャの怒鳴り声が響く。


「何考えてるんですか!!!いくらクレアちゃんを守る為だからってやり過ぎですよ!どうしてそこまでする必要があったんですか!守る為なら何しても良いだなんて事無いでしょ!!!今のレイヴンさんは最低です!」


 ミーシャは大粒の涙を流しながら、哀しそうな顔でレイヴンを見つめていた。


 レイヴンが人間であろうとしていると知っているからこその怒り。

 クレアとルナもそんなミーシャの気持ちを察して俯いていた。


「ミーシャ……俺は……」


「私は……こんなレイヴンさん見たく無かったです。怒りに任せて力を振るうだなんて、そんなの……!それじゃあ、魔物と何も変わらないじゃないですか!!!二人にはレイヴンさんが必要なんです!勝手に遠くへ行っちゃうなんて、私が許しません!」


「……ッ!」


 不器用ながらも頑張っているレイヴンが好きだ。無愛想だったり、優しかったり、そんなレイヴンが好きだ。

 クレアを大切に想う気持ちは痛い程理解出来る。

 けれど、これは違う。


 強大過ぎるレイヴンの力は使い方を一つ誤れば、ただの理不尽な暴力でしかない。

 エレノアの行動は確かに悪手だったかも知れない。だとしても、ここまでしなくとも止められた筈だ。他に幾らでも方法はあった筈なのだ。



 ミーシャの叫びはレイヴンにかつて無い衝撃を与えていた。

 人間でありたいと願った自分の心は、いつの間にか魔物の側へと堕ちていたと知って足元がぐらつく。


(俺はただ、クレアを……二人を守ろうとして……)


 上手く声が出せない。


 ミーシャの流す涙が俯いたクレアの頬を濡らしていくのを、ただじっと見ている事しか出来ない自分がもどかしい。



「エレノアしっかりして!い、今すぐ、け、け、け、研究所に!ああああ、でもでも!私だけじゃあ……」


「僕が手伝ってあげるよ」


「私も手伝う!」


 ルナに続いて、ミーシャの腕から抜け出したクレアが小人族の少女の元へ駆けて行く。


(くそ……俺は一体何をやっているんだ)


 クレアとルナがエレノアを担いでいるのを見たレイヴンは、拳で思い切り自分の頬を殴った。


「え⁉︎ あ、あの、レ、レイヴンさん⁉︎ 」


「すまん……」


 どうにか一言だけ絞り出したレイヴンは、足早にエレノアの元へ向かって行った。



「お、重いぃぃぃ!魔鋼人形ってこんなに重いの⁉︎ そりゃ、レイヴンを吹き飛ばせる訳だよ……」


「ル、ルナちゃんもっと力出してーーー!」


「や、やってるってばーーー!って!う、うわあああ!!!」


 どうにか持ち上げようと四苦八苦していると、エレノアの体が突然宙に浮いた。


「その……研究所は何処だ?案内しろ……」


 二人が驚いて見上げると、気不味そうに視線を逸らしたレイヴンがいた。


「「レイヴン!」」


「す、凄い……エレノアってば滅茶苦茶重たいのに担いでる……」


「おい、早く教えろ。急がないとマズイんだろ」


「は、はい!こっちです!」


「わ、私も行きますよ!置いてかないで下さいよ〜!」


 ミーシャは涙を拭ってレイヴンの後を追い掛けた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「王よ。もしやあの者が……」


「ええ、見ての通りよ。だけど、まだ本気には程遠い」


「まさか、まだ上があると言うのですか⁈ 」


「予選は予定通りに。後はエレノア次第よ」


「かしこまりました」



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