最強の理由
賑やかな声で溢れる通りを歩くエレノアと小人族のユッカ。
街の人達がこれだけ賑わっているのはエレノアの試合の内容を熱心に議論しているからだ。
圧倒的な強さを誇るエレノアの勝利はいつもの事であったが、試合の内容はお世辞にも良い物とは言えない。
そういう意見があちこちから聞こえて来る。
事の発端はやはり、エレノアらしくない発言だろう。
相手の魔鋼人形の長所と短所を的確に見抜き助言をするのはどの試合でも珍しくない。
問題は技術者達の在り様について触れた事だ。
発言の内容はこの国の技術者達にとって触れたく無い問題。真実であるが故に、誰もが知らないフリをしていた事ばかりだった。
本来、魔鋼人形の技術を向上させる為の研究は魔物から自分達の身を守る手段を得る為の物。しかし、いつの頃からか魔鋼人形の研究はエレノアを倒す為の物へと変わっていった。
エレノアを倒せというのが、王の掲げた理想であり法。それはエレノアが唯一、強力な魔物に対して対抗出来る魔鋼人形であるからだ。エレノアと同等、もしくは上回る力を持った魔鋼人形の研究開発は国益となる。
筈だった。
「皆んなエレノアが言った事、本当は分かってると思うよ?」
「そうでしょうか。であれば、何故そうしないのか私には理解出来ません。ユッカの研究分野は多くの技術者達の役に立っていると思います。種族の壁を超えた研究成果の応用。私の知る限り、それが出来ているのはユッカだけです」
「うわぁ、もしかして私の研究資料からそこまで分かっちゃってたの⁈ 」
「勿論です。ユッカの個性的な魔力回路とは違う発想が見受けられます。あれは他の研究資料を参考にしなければ決して実験不可能です」
「まあ、私は天才じゃないからね。そこまでしないと新しい物が作れないだけだよ。研究仲間からは邪道だとか言われるし、私って向いて無いんだろうなぁって最近思うんだあ。って、これじゃ私の愚痴を聞いてもらってるだけだね。ごめんエレノア」
「いいえ。ユッカは正しい。一人で出来る事には限界があります。書庫に収められた先人達の知恵を借りて新しい物を生み出そうという試み。私はユッカの技術者としての姿勢を高く評価しています」
王の掲げた理想は正にその点にある。
自分の研究成果を他者に開示するのは、自己顕示欲の強いこの国の技術者達にとってあり得ない事だというのは分かる。けれど、書庫にはこれまでに培われた膨大な量の研究成果がある。
それらを全部真似しろとは言わないが、新たな視野を広げる起爆剤になるのは間違い無い。ユッカの研究成果が良い例だ。
八ヶ条を定めたのも協力を促す為のもの。
それが何故出来ないのか理解に苦しむばかりだ。
「ま、まさかそこまで評価してくれてるとは思わなかったよ。でも、おかげでちょっと自信が持てたかも!」
「ユッカなら、私がどうして負けないのか気付いているのではありませんか?」
エレノアの何気ない質問にユッカは口籠る。
エレノアが負けない理由。それはエレノアが過去数百年前から現在に至るまで、この国全ての技術者達の技術と知恵の結晶だからだ。
決勝まで勝ち残った三種族の代表とは即ち、各種族で最も優れた技術を開発した者に他ならない。
エレノア専属の技術者達は決勝での戦いを解析、分析して新しい技術をエレノアへと組み込んでいる。
故に、最強最高の魔鋼人形であり続ける事が出来るのだ。
「……まあね。でも、それは出来ないの」
「何故ですか?」
「私ってば、こんなだけど現役の技術者だから。私は過去の研究資料を参考にはするけれど、それでもやっぱり自分の研究成果で超えて見せたいって思う。エレノアは私のやり方を褒めてくれたけど、それは私に新しい物を生み出す力が無いからなんだよ。どうしても良いアイデアが浮かばなくて、その時偶々見た研究資料で私と同じ事を考えてる人がいるのを知ったの。さっきも言ったけど、他の皆んなも気付いているんだよ。だけど出来ない。上手く言葉に出来ないけど、悔しい、負けたく無いって思う」
「……!」
エレノアは言葉を失った。
ユッカの告白は、この国の技術者達が何も気付いていないと思っていたエレノアにとって衝撃的だった。ユッカの様に先人の残した研究を応用する技術者がいる一方で、それを理解しながら拒絶しているだなんて……。
「いけない!また私の話しちゃった。それで、エレノアの聞いて欲しい事って……あれ?エレノア?どこ行ったの⁇ エレノアー!」
「エレノアなら、さっきあっちの方へ向かってったぞ」
「あっちって……」
通りすがりの男が指差したのは街の北側。
北側にはこれといった資源は何も無い。あるのは小さな空き地くらいのものだ。
「追いかけなきゃ…!」
エレノアをあのまま放っておくなんて出来ない。
そう直感したユッカはエレノアを追いかけて走り出した。
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フローラの家で夕食をご馳走になった後、魔法談義で盛り上がったルナとフローラの話に付き合っている内に夜明けを迎えてしまった。
意外だったのは魔法という分野において二人が意気投合した事だった。当然レイヴンは魔法の事を聞いても全く理解出来ないのだが、険悪な空気が嘘のように晴れたのはよく分かった。
すっかり太陽も昇り、積み上げられた本の隙間で器用に寝ていたミーシャが目を覚ました頃。
レイヴンはフローラがくれた地図を見ながら、エレノアが去り際に言った街の北側にある広場の場所を確認していた。
「ねえ、本当に行くの?」
「一応、約束だからな」
「約束って、一方的に言われただけなのに?」
「約束は約束だ」
すれ違い様に見せたエレノアの表情が気になる。
剣を交えて見れば何か分かると思いたい。
「あの、レイヴンさんの魔剣は使わないんですか?」
ミーシャの視線の先にはいつもの魔剣では無く、クレアの魔剣が腰に下げられていた。
真っ黒な剣では無い、美しい装飾の施された剣。レイヴンのイメージとは掛け離れた剣を腰に下げた姿には違和感がある。
「あれは対人戦には使えない」
「使えない?でも、前にリヴェリアちゃんと戦った時は使ってましたよね?」
「あれは例外だ。リヴェリアの持つ魔剣レーヴァテインであれば剣を交わす事も出来るが、普通の剣が相手では剣ごとエレノアを斬ってしまうからな」
“魔神喰い” と“レーヴァテイン” この二本の剣は数ある伝承に残されている魔剣の中で唯一現存する最古の魔剣。
人が作った程度の武器では刃を交える事すら出来ずに両断されてしまうほどの斬れ味を有している。
「レイヴン……」
目を覚ましたクレアも心配そうにレイヴンを見つめていた。
「大丈夫だ。あの時、クレアが飛び出して行った理由も分かっている。その確認も兼ねて軽く手合わせして来るだけだ」
クレアが感じた事。それは単にエレノアがレイヴンと同じ構えをしていたからだけでは無い。
クレアがエレノアから感じた違和感の正体。それは、レイヴンと全く同じだった事にある。それもただ同じというだけじゃ無い。寸分違わずにだ。
相手の動きを見ただけで再現出来てしまうクレアだからこそ気付いた違和感。レイヴンの動きを一番強く意識していたからこそ、エレノアがレイヴンと同じである事が信じられなかったのだろう。
レイヴンがクレアを止めに入った時に言った言葉。
“お前は悪く無い”
レイヴンもまた、クレアと同じ異変に気付いていたのだ。
「レイヴンの動きは、まだ私も再現し切れてない。それなのにエレノアさんはレイヴンと全く同じだった。そんなのおかしい。レイヴンの動きはレイヴンだけの物だもん」
「だよね。似た様な動きって言うなら分かるけど、癖まで同じだなんて変。真似して出来るのはクレアくらいだよ」
「戦ってみれば分かるだろう。お前達は……」
「「一緒に行く!!!」」
「わ、私も勿論行きますからね!」
「……分かった。フローラはどうする?」
「私も行く。けど、ほら……色々準備があるから。大丈夫、時間迄には行くわ」
「そうか」
フローラが言っているのは昨日から覗き見している連中の事だろう。敢えてその辺の事情には触れない様にしているのも、エレノアの事を知ってからだと考えているからなのかもしれない。