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エレノアとユッカ

 

 東の森の奥、エレノア専用の研究所に戻って来たエレノアは先の戦いの後に見せた異常な行動について調べる為に再整備と調整を行なっていた。


「どういう事?」


 横になって目を閉じたエレノアを囲む技術者達は一様に頭を抱えていた。

 エレノアの整備結果は異常無し。どこにも問題は見受けられなかったのだ。


「闘技場でのエレノアの行動は明らかに異常なのに一体何が原因なのかしら……」


「あの黒髪の女の人……あの人と何か話してみたいだけど……」


「エレノアの記憶回路は動力パーツと同じで解析不可能だからな。博士は何か聞いていますか?確か、エレノアの開発資料の閲覧許可を持っていましたよね?」


 エレノアは特殊な魔鋼人形だ。体を構成する部品は現在流通して品と大差は無い。決定的な違いは技術者の言った通り“記憶回路” と“動力部” にある。この二つだけは換えが効かない上、中身は閲覧はおろか分解すらも出来ないブラックボックスと化している。

 その開発資料も王が万が一の場合に備えて特定の人物にだけ教えているという話だが、現在では博士一人が知るのみ。


「残念。あの時は何がなんだか分からなくて会話の内容なんて覚えてないわ。それと、確かに開発資料を閲覧させて貰った事はあるけれど、いつでも見られる訳じゃ無いのよ」


「どういう意味ですか?」


 開発にまつわる情報が漏洩しない為の措置として厳重に管理されているのだとしても、エレノアの開発責任者である博士が自由に閲覧出来ないのは変だ。


「そうね、正確には閲覧した記憶を魔法によって、特定の条件が満たされた時にしか思い出せない。って事。だから、開発資料を見た事は覚えているけれど、内容の部分となると頭の中にモヤがかかったみたいになって何も思い出せないの」


「博士はエレノアの開発責任者なのにですか?」


「でも、特定の条件って何なんでしょうか?今日みたいにエレノアが異常な行動を見せた場合の再整備にも影響するんじゃあ……」


「もしかして今日みたいな異常行動は想定内?」


 詮索を始めた技術者達を見かねた博士が手を鳴らして話を中断させた。


「ハイハイ!そこまでよ。エレノアについて詮索する事は例え専属の技術者である私達でも禁じられているわ。つまり、それだけエレノアが特別な魔鋼人形だという事よ。さ、早く残りの作業を終わらせましょう。エレノアの希望で前回の決勝と同じ調整依頼が出ているから今夜は徹夜になるわよ!」


「「「はい!」」」


 博士はエレノアについて前々から思っていた事がある。


 エレノアは戦闘に向いていない。

 自我を持ち、人の感情を朧げながら理解する事が出来る魔鋼人形だなんて兵器としては使えない。戦闘に特化して作られた魔鋼人形には必要の無い機能。しかし、王は頑にエレノアから自我を排除してしまう事を拒んだ。

 自分達がやるべき事はエレノアがいつも通りに街を巡回出来る様にする事だ。だけど本当は戦闘行為なんかして欲しく無いと考えている。街を巡回している時のエレノアは何処か楽しそうだからだ。


 王が定めた法に従い、三種族との戦闘を繰り返すエレノアと街を巡回している時のエレノアとではまるで別人だと思う。


 もしかしたらエレノアは縛られているのではないだろうか。

 王の定めた法という名の呪いに。


(あの女の人と会ってから様子が変なのは間違い無いのよね。長老達の様子もおかしかったし……)


 予選を延期させた事は理解出来る。

 様子がおかしかったのはあの女の人と言葉を交わした後だ。


 あの慌てぶりは何かある。

 そう考えた博士は、エレノアの整備が終わり次第、長老達の行動について調べてみる事にした。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 翌朝。



 再整備を終えたエレノアは体を慣らす為という名目を告げて街に巡回に出掛けていた。


 戦闘用に調整された体は長時間の運用にはあまり向いていない。それは各部位に通常よりも質の高い魔鋼を用いている事と、運動性能を制御するリミッターの制限を外した事による負荷で部品の耐久性が著しく低下する為だ。


 今の状態であれば国中の魔鋼人形を相手にしても負ける気がしない。

 だと言うのにエレノアの心は晴れなかった。


(エリス……。あの人にもう一度会えば私の震えの原因も分かるのでしょうか)


 武器も持たない一般人に気圧されるだなんて思わなかった。慢心が無かったとは言い切れない。けれど、アレはそういう類の物では無かったのだ。


 絶対に抗えない力。

 全てを捻じ伏せる本物の強者。


 約束の場所に来てくれるかどうかは分からない。

 行くだけ無駄かもしれない。


(第一会ったからと言ってこのモヤモヤした物が消えるとは限らないのに……)



「エレノア〜!」


 遠くからエレノアに声をかけて来たのは、大き過ぎるぶかぶかの帽子が印象的なユッカだった。


「おはようございます、ユッカ。今日は猫を連れていないのですか?」


「おはようエレノア!今日は家でちゃんとお留守番してるよ。それよりさぁ、昨日の予選凄かったね!あれって通常装備のままだよね⁉︎ もう私感動しちゃった!エレノアってば強過ぎ!」


「いえ。私は強くなどありませんよ。上には上が居ます」


「上って、この国で一番強いのはエレノアじゃない。最強の魔鋼人形って呼ばれてるんだし。私が産まれる前からずっと負けた事が無いんでしょう?」


「います。いるんです。私よりももっと最強に相応しい人が……」


 エレノアの脳裏に浮かぶエリスの目。

 殺意でも悪意でも無い、冷たいのに温かい、そんな不思議な感情を秘めた目が頭から離れない。


「そんな事言うなんてエレノアらしくないよ?それによく見たら、今日は戦闘用の整備されてるし……。凄っ、こんな質の良い魔鋼素材、普通じゃ絶対手に入らないよ。一晩でそんな大掛かりな整備やっちゃうなんて、相変わらずエレノアのとこの技術者さん達は優秀だねえ」


 ユッカは小人族の少女で魔鋼人形技師で有名な家紋の出だ。

 三長老の一人のひ孫でありながら、自分で研究をすると言って家を飛び出したらしい。お世辞にも魔鋼の加工技術は高いとは言え無いものの、研究熱心で一日の大半を書庫で過ごしている。

 得意な技術は魔鋼人形を動かすのに必要不可欠な各種回路の作製と開発だ。手先の器用なユッカならではの特技だと思う。


「ユッカ。少し、話を聞いて貰っても良いですか?」


「え?勿論良いけど、巡回は?」


「昨日の乱入者の件で予選が延期されましたから。午前中であれば時間があります」


 何があっても巡回を欠かす事の無かったエレノアが自分からそんな事を言って来るなんて絶対におかしい。昨日の乱入者は三長老が対処している筈。観客席からでは何をしているのか分からなかったが、エレノアが大きく飛び退いた瞬間の違和感の理由が気になっていた。


「昨日の……そっか。実は私もエレノアに聞いてみたい事あったし良いよ。何処かのお店に行く?」


 思い詰めた顔をするエレノアを見たユッカは自分で良いならと了承した。


「…いえ。出来れば歩きながらで。その、今はじっとしていたく無いのです……」


 エレノアらしくない歯切れの悪い言葉。

 視線もどこか頼りなく見るからに不安そうな表情をしている。


 街の人達もエレノアの異変には気付いている様だ。遠くから様子を見守るだけで誰も話しかけようとしない。


「……これは重症だね。なんだったら私がエレノアの回路という回路をしらみつぶしに調べてあげようか!それはもう隅から隅まで、フッフッフッフ……」


「それは無理です。ユッカにはその資格がありません」


 エレノアの体には王の許可無しには触れる事も出来ない部品がある。

 ユッカが如何に優秀な技術を持っていても、エレノア専属の整備士となるには厳しい試験に合格する必要があるのだ。

 しかも、それは志願制でも無ければ告知もされ無い。日々の研究成果、人間性など、多岐に渡る審査が内々に行われる。その選抜対象にならない事には試験さえ受けられない仕組みになっている。


「あ、いや。冗談だったんだけど……。そりゃあさ、エレノア専属の整備士さんに比べたらまだまだなのは自覚してるけど、そんな真顔で返されるとちょっとショックかも……」


「す、すみません。ユッカの回路精製技術は私も高く評価しています。書庫にあるユッカの研究資料にはいつも目を通していますから……その、すみません」


「分かってるって。エレノアは冗談とか言わないもんね。私の方こそ、ごめん」


「いいえ。理由は分かりませんが、少し胸の辺りが楽になった様な気がします」


「なら良かった!それじゃあ、行こうか!」

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