夜明けの警鐘
レイヴンがパラダイムから姿を消した夜。
ランスロットとミーシャは、話している内に意気投合し、酒場の主人の制止を振り切って飲み続けた。
その飲みっぷりに周囲の客まで巻き込んだお祭り騒ぎとなり……。
「何事だ! 何の騒ぎだこれは⁈ 」
騒ぎを聞きつけた冒険者組合の警備兵が駆け付ける事態となり……
「お前も飲め! 今からミーシャが精霊召喚見せてくれるってよ!」
「ミーシャ? 誰だそれは⁈ この馬鹿騒ぎの元凶か?」
「良いから! ほれ!」
「ぐわあ! な、何をする⁈ 俺は、まだ…勤務、中……うっ! プハァ…」
「そ、そいじゃあ、いきまふよ〜! ツバメひゃんカモンでふよ!!!」
「くるっぽー!!!」
「適当過ぎだろ! そんなんで来るのかよ⁉︎ 」
「「あはははははははは!」」
街の復旧作業をしていた冒険者や住民を巻き込んで街を挙げたお祭り騒ぎとなっていた。
元々賑やかな祭りを好む冒険者の集まる街パラダイムは、今までドルガが仕切っていた間の鬱憤を吹き飛ばすかの様に、夜遅くまで笑い声が響いていた。
街中の酒が尽き、皆あちこちで倒れる様に眠りについていたあくる日の夜明け前。
ランスロットは街で一番高い時計塔の天辺で風にあたっていた。
朝方の風は冷んやりとして気持ちが良い。
遠くの空には薄っすらと太陽が見え始め、下を見れば未だ眠りの深い街の連中があちこちで倒れる様に眠っていた。
少々騒ぎ過ぎた感はあるが、この街の連中には良いガス抜きになった事だろう。
「ちょっとはしゃぎ過ぎたな。レイヴンの事ばっか言ってっけど、俺も随分変わったなあ。らしくない……か」
「そうなんですか?」
「うおおわ⁉︎ ミーシャ! いつの間に⁈ 」
「え、今ですよ? ツバメちゃんに運んで貰いました」
ツバメちゃんは翼をはためかせているのに全く音がしていない。
まるで空中に浮いているかの様だ。
精霊の事を殆ど知らないランスロットには、ツバメちゃんが不思議でならない。
中央に戻ったら賢者マクスヴェルトにでも聞いてみようか、と考えて思い直した。
あの爺さんーーーマクスヴェルトの話は長い。
得意分野の話なんかふったらどんな目に遭うか分からない。
「ランスロットさんの何が変わったんですか?」
「まあ、いろいろな。ていうか、お前さっきまで酔っ払って寝てたんじゃないのかよ?」
ミーシャの顔からは、すっかりアルコールが抜けているし、口調も元に戻っている。
ランスロットも酒には自信があったのだが、ミーシャはそれに負けじと呑んでいた筈だ。
「あー、魔物混じりだからじゃないですか? 昔から酔いが覚めるの早いんですよ。レイヴンさんもきっとそうじゃないんですか?」
「どうだろうな。あいつは酒呑まないから分からないな」
言われてみればレイヴンが酒を呑んでいる姿を一度も見た事が無い。
ミーシャがこれだけ酒に強いのであれば、レイヴンももしかしたらいける口なのかもしれない。けれど、試す気にはなれない。
世の中には酒癖の悪い奴がいるからだ。
もしも、レイヴンが自分の酒癖の悪さを自覚して呑まないのなら、無理に呑ませない方が賢明だ。
暴れ出しでもしたら手に負えないし、自分が気持ち良く酔っている時にそんな面倒は御免だ。
「ランスロットさんもお酒強いですよね?」
「俺は訓練してるからな。普通に酔っ払いもするが、いつ呼び出しがあるか分からない生活が長かったからな。その気になれば魔力で体内のアルコールを直ぐに分解出来るんだ」
「え、ランスロットさんって何者なんです? 普通そんな事出来ませんよ?」
「中央で冒険者やってるといろいろあるんだよ。面倒な奴や、ウザったい奴が多いからな。自分の身は自分で守れってやつさ」
「あ、それ分かります。あそこって魔物混じりにめちゃくちゃ冷たいですもん。私は血の混じりが薄いので、他の魔物混じりの人達に比べたら、マシですけどね」
中央にも魔物混じりに対する意識を変えようと動いている人物がいる。
陰ながら応援している人間もいるのだが、多分今のままじゃ無理だ。立場上、魔物混じりを街から排除する側にいるからだ。
「くるっぽ! くるっぽ! くるっぽ!!!」
「何だ? 鳩時計か?」
「ツバメちゃんです!」
「いや、それはもう分かったから……」
ツバメちゃんは翼をバタバタと動かして慌てた様子だ。
ミーシャの服を引っ張って何処かに連れて行こうとしている。
暴れるツバメちゃんを落ち着かせたミーシャが引き攣った顔で振り返った。
「ランスロットさん。……マズイかもです」
「何が? ツバメちゃんどうかしたのか?」
「えっとですね。魔物の大軍がこの街を目指して集まって来てます……」
「は? 」
「でーすーかーら! 魔物の大軍がこの街に侵攻して来てるんですよ!」
「……………は?」
酔いは完全に覚めているのに、思考が追い付か無い。
「もう! しっかりして下さい、ランスロットさん! 呑んでる時に説明したじゃないですか! ツバメちゃんは風の眷属だから、周囲の魔物の匂いに敏感だって! 直ぐに何か対策を立てないと皆んな危険です! って事で、私は配達員の仕事がありますので次の街へ……では!」
素早くツバメちゃんに乗ったミーシャをランスロットが捕まえた。
「待てコラ!!! 自分だけ逃げようったってそうはいくか! 」
「ぐえええええ!!! 服を引っ張らないで下さいって言ったじゃないですか⁉︎ また意識が飛んじゃうところでしたよ⁈ 」
「うるせえ! ちゃんと状況を説明しやがれ! 分かる範囲で良い、魔物の数と来る方角を教えろ」
魔物が街を襲うというのは無い話ではない。しかし、大軍となると話は別だ。
魔物のランクによっては冒険者が何人いようが戦力にはならない。先日のケルベロが良い例だ。
幸いにも、ここは冒険者の街。少しくらいランクの低い冒険者がいても備蓄された豊富な武器を使って援護くらいなら出来る。
「くるっぽ! くるっぽ!」
「ええと、数は約三万。小っちゃいのから物凄く大きいのまでいろいろだそうです……」
「さ、三万⁈ なんの冗談だそりゃ⁈ 間違い無いのか? それで、方角は!」
「く、くるっぽ……」
「うえええ……全方位からですぅ……」
ミーシャが指差した先、太陽の光が地平線を照らす中に蠢く黒い壁がゆっくりと迫って来るのが見えた。
ランスロットは眠たい目を擦り、街の周囲をぐるりと見回した。
「嘘だろ、おい……。あれが全部魔物だって言うのかよ……」
一体何処から湧いて来たと言うのか。
おびただしい数の魔物が街を囲むように全方位からこの街を目指して集まって来ている。
魔物の大量発生には何度も遭遇した事のあるランスロットでも、こんな馬鹿げた数の魔物は見た事が無い。
目を凝らしてみると、小さい魔物はAクラス相当、大きな魔物でSランク相当の魔物の姿が確認出来た。
そして……
「ふはははは……夢でも見てるのか俺は。ケルベロス、イビルナーガ、氷結蛇にキングゴブリン、まだまだ居る。ははっ…レイドランクの魔物が最低でも二十体は居るぞ」
「ランスロットさん逃げましょう! こんなの絶対に無理です!」
ランスロットは必死に頭を回転させる。
逃げるだけならば、自分達だけならばどうにでもなる。
だが、それではこの街の連中は全員助からない。
(ミーシャの判断は間違っちゃいないと思うし、非難する気もない。こんなの勝てる訳がねぇ。一も二もなく逃げるべきだ。でもなぁ……)
ランスロットは気怠そうに立ち上がり、半ば投げやりな溜息と共に呟いた。
「やっぱ俺も変わっちまったわ……。レイヴン、お前のせいだかんな」
「え? 何ですか? 」
「ミーシャ。逃げたきゃ逃げろ。けど、その前に一つ力を貸してくれ」
「え?」
ランスロットはミーシャに手短に要件を伝える。
もたもたしている時間は無い。対応が早ければ早い程、街が助かる確率が高くなる。
「わ、私に出来るでしょうか……? 」
「心配いらねぇって。そいつを渡してこの街の事を伝えてくれるだけで良い」
ミーシャはランスロットから受け取った指輪を握りしめ鬱向いた。
この指輪はSSランク冒険者に与えられる指輪。所有者の身分を保証する物だ。
リングの内側には、中央冒険者組合が発行するナンバリングと共にランスロットの名前が刻まれている。
「ランスロットさんはどうして、この街の為にそこまでするんですか? 確かにこの街の人達は良い人ばかりです。けど……」
「ま、一緒に騒ぎはしたけど、俺はこの街に来たばかりだし赤の他人みたいなもんだな」
酒は人間の本性を晒け出させる魔法の水。使い方によっては相手の本質を見抜くのに役に立つ。
しかし、今回の騒ぎは成り行きだったし、ランスロットに相手の腹を探る趣味は無い。
そんなものはフィーリングだと思っているからだ。
気の合う奴はどんな悪党とでも合うし、合わない奴はどんな善人だろうと合わない。
そんなものだ。
(案外居心地良いんだよなぁ、この街……)
「ランスロットさん! 私だってこんな事を言いたくなんか無いです! でも! こんなどうしようも無い状況じゃあ、皆んなを助けるなんて不可能ですよ⁈ 仕方ないじゃないですか⁈ 逃げられる人だけでも、生き残れる人だけでも逃げなきゃ……」
「確かにその通りだな」
「じゃ、じゃあ! 私と一緒に逃げましょう! ランスロットさん一人くらいならツバメちゃんでーーー」
そいつは無理な相談だ。
(ミーシャには悪いが、意外とこの街の連中が嫌いじゃないんだよな)
レイヴンのお人好しがうつってしまった。
この街の連中を助けてやりたい。
「魔物の大量発生ってのは珍しいもんじゃない。街が襲われて滅んじまう事だってある。けど、今回の大量発生は異常だ。あいつらを街に引き寄せる原因がある筈だ」
「……それは、そうかもしれません。けど、時間が!」
「それにな、レイヴンの奴と約束したからな。明日の夜、酒場で会う約束をよ。約束破って俺だけバックレる訳には行かないだろ。まあ、なんだ……人助けっての? 俺もやってみようかなぁってな」
ミーシャはランスロットの胸ぐらを掴むと憤りをぶつけ始めた。
普段のミーシャからは想像もつかない形相になっている。
「馬鹿なんですか⁈ 人助けにも限度があるんですよ! 他人を助けて、自分が死んだら意味無いじゃないですか!!!」
ミーシャの言っている事は良く分かる。
それでも、意味が無いだなんて事は無い。
「……ミーシャ。あるんだよ意味が」
「何言ってるんですか! そんなのある訳無いでしょう⁈ そんなのただの無駄死にです! 今ならまだ間に合うんですよ⁈ 」
ランスロットはミーシャの手を引き剥がすと、ロングソードを胸の前で掲げて戦士の誓いを立てる。
「俺は俺自身から逃げねえ! 死ぬのが怖くない奴なんかいない。けどな、自分の気持ちに嘘ついちまったら、背中を向けて逃げちまったら! 俺は俺自身を殺しちまうんだ! それだけは出来ねぇよ……魔物に殺された方がマシだ」
ミーシャはランスロットから手を離して溜息を吐いた。
「………はあ。これだけ言っても分からないなんて。ランスロットさんってチャラチャラしている割に頑固なんですね」
「チャラチャラは余計だろ!」
「……」
ランスロットの目をじっと見つめたミーシャは、何も言わないままツバメちゃんに跨った。
もし、このままミーシャが逃げたとしても、ランスロットに恨む気持ちは無い。
ミーシャが生き残る為に選んだ事だ。
何も間違ってはいない。それが、この世界で生きるということなのだ。
「ランスロットさん。死んだら許しませんよ。可愛い可愛いミーシャちゃんの誘いを断ったんです。また、ご飯奢って下さい。必ず応援を連れて来ます」
「ああ、頼んだぜ」
ふわりと浮かんだツバメちゃんを見送ったランスロットはロングソードを鞘に納めると、猛然と走り出した。
目指すのは街の警報用の鐘。
屋根を伝い、一直線に駆け抜ける。
これから死地に向かうランスロットの顔は清々しいくらいに晴れやかな表情になっていた。
(さあ、一丁おっ始めてやるか!)
鐘にたどり着いたランスロットは勢いをそのままにロングソードの鞘を叩きつけた。
街全体に非常事態を告げる鐘の音が響く。
「起きろテメエらーーーッ!!! 祭りの続きだーーー!!!」