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最強の魔鋼人形

 

 闘技場で向かい合う両者。

 エレノアはゆっくりと剣を抜き、重心を低く構えた。

 腕をダラリと下げ剣先が地面に付くギリギリの状態のまま制止するその構えには見覚えがある。


「レイヴンと同じ……」


 レイヴンの構えは誰かに教わった物では無い。

 生き残る為に戦い続けた末に自然と身に付いた構え。行動の予測の難しい魔物を倒す為に生み出された独自の構えだ。

 クレアの様に相手の動きを一度見ただけで再現可能な能力でもない限り、格好を真似ただけで使いこなせる類いの構えでは無い。


 低い姿勢と脱力した両腕から放たれる変幻自在の動きと攻撃は、あらゆる方向からの攻撃に対応可能だ。


「レイヴンさんと同じ構えだなんてクレアちゃんだけだと思ってました……あれは一体?」


「始まる」


「え?」


 レイヴンの呟きと同時にエレノアが仕掛けた。

 低い姿勢から矢のように放たれた体は相手の放つ砲撃を悠々と躱して、一呼吸の間に相手の懐に入る事に成功していた。

 しかし、エレノアは絶好の機会にもかかわらず、相手の動きを翻弄する様に接近しては離れるという不可思議な行動を繰り返して走り続けていた。


「どうして攻撃しないんだろ?さっきので終わってたのに」


「フローラちゃん、どういう事か分かりますか?」


「あれがエレノアの戦い方。この国は様々な技術者が集まって日々魔鋼人形の開発と改良に心血を注いでいるの。此処にいる観客もそう。試合に出られなかった技術者達……。だから、少しでも自分の研究に役立てる為に魔鋼人形同士の戦闘を見に来てる。一応言っておくけど、あの対戦相手はこの国でも相当に腕が立つ実力者よ」


「技術を盗むという事か?」


「有り体に言えばそうなんだけど、彼等はあくまでも“参考” にしているだけ。皆んな自分が一番だと思ってるから。エレノアもそれが分かっているから、直ぐに相手を倒してしまう事はしない。いくらか相手に華を持たせて、見ている観客達がある程度観察したのを確認してから仕留める。多分もうすぐ。あの様子だと二分以内には決着をつけると思うから」


「二分?」


 相手の機動力もなかなかのものだ。

 蜘蛛の姿をした魔物ほどでは無いが、四本の足を巧みに使って動き続けるエレノアを正面に捉える事が出来ている。けれど、いくら砲撃を繰り出そうともエレノアの体には掠りもしない。


(体を動かす速度に武器が追い付いていない。あれでは追い付けても無駄だ)


 腕の良いレンジャーが弓で動く獲物を狙う場合、相手の動く先を予測、或いは誘導して矢を当てる。一見何も無い場所に放った矢を的確に当てるには高度な技と経験が必要だ。ましてや、あの筒のように直線的な軌道しか描けない武器では簡単に着弾場所を予測されてしまう。

 それともう一つの要因は距離だ。高速で動き回るエレノアは一見不規則に動いているだけの様に見えるが、ちゃんと相手の動きを予測して狙いを絞らせないようにしている。遠距離武器にとって距離とは有利な事ばかりでは無いのがよく分かる。


「相手の魔鋼人形はなんだか動きがぎこちないね。ねえ、フローラ。もしかしてだけど、あれって遠隔操作?」


「驚いた。見ただけでよく気付いたわね。エレノアとその他の魔鋼人形との決定的な違いはそこなの。エレノアは唯一自我を持つ魔鋼人形。相手は自分の意識を魔鋼人形に投影して操作しているだけだから、どうしても動きに僅かな時差が出るの。自我を持ち、自分の判断で戦うエレノアとでは大きな差があるわ」


「何となくだけどゴーレムと同じ感じがしたからね。でもさ、それって対等な戦いって言えるの?」


 ルナの疑問はもっともだ。

 魔鋼人形とやらの性能は見ただけでも相当に高いのが分かる。

 目の前で行われている戦いは魔法使いの操るゴーレムと冒険者が戦うのと同じだ。

 判断と反応速度の差はそのまま結果に現れる。


「言えない。だけど、それには理由があるのよ」


「理由?こんなに差があるのに、皆んなが納得出来る理由なんてあるんですか?」


「まあね。エレノアが魔鋼人形である事が揺るぎない事実だからよ。王が作った魔鋼人形には魂が宿っている。そして、その製法は誰にも明かされてはいない。この大会でエレノアを倒した者にだけ、その秘密が明かされる事になってるの」


「それって確か、八ヶ条の事ですよね?」


「ミーシャってもっとお馬鹿さんだと思ってたけど、意外と頭良いのね」


「むぅ……私だってこのくらい分かりますぅ!」


「あははは!ごめんごめん!」


「ああ!また二回言いました!」


「静かにしろ。そろそろ決着がつく」


 レイヴンの言う通り、エレノアはこれまで振る事の無かった剣を使って相手の放った攻撃を斬り飛ばし始めた。

 走り回っていた足を止め、ゆっくりと歩きながら相手に近づいていく様は余裕というよりも少し不気味な印象を受ける。




「くそ!どうして当たらない!」


 四足歩行型の魔鋼人形を操っていた人物はもはや闇雲に攻撃するばかりで、まともな戦闘が行える状態ではなかった。


 ゆっくりと接近して来るエレノアは試合開始直前の涼しい表情のまま、飛んで来る弾を切って捨てている。


「簡単な事です。あなた方、人間族が作る特異な魔鋼人形と武装は素晴らしい。しかし、人間族の作る魔力伝達回路では、その性能を活かすには速さも伝達強度も足りないのですよ。それでは、そろそろ時間ですので終わりにします」


 一瞬エレノアの体がブレた様に見えたかと思うと、“キンッ” という小気味好い音を立てて剣を鞘に納めた後だった。


 振り返り闘技場を後にしようとするエレノアを見た対戦相手は、しめたとばかりにエレノアの無防備な背中に狙いを定めた。


「待ちなさい!試合の決着はどちらかが戦闘不能になるまでですよ!それは予選とて同じ事です!」


 エレノアはチラリと対戦相手に向けて視線だけを動かして言い放った。

 その声は冷たく、しかし闘技場にいる観客達に聞こえるように響いた。


「一つ、言い忘れていました。あなた方に足りないモノ。それは技術力以前に戦闘経験が全く足りていないのです。法により街での戦闘行為は禁止されています。…が、しかし、指定された場所であれば、同胞と共に自由に研鑽を積む事は出来た筈です。教えて下さい。今まで何をしていたのですか?」


「ぐっ……!わ、我々は日夜、試行と研究を!」


「研究?毎年の試合に関する情報は、国が運営している書庫に納められています。過去数百年間に及ぶ膨大な資料も、書庫内であれば種族、年齢に関わらず自由に閲覧可能です。魔鋼人形に改良を加える事はあっても、今更一から研究する必要は無いと思いますが?」


「……ま、まだです!まだ戦闘は続いています!決着はついていない!」


「いいえ。終わっています」


 エレノアは視線を戻し、右足の踵で地面を強く鳴らした。


「何の真似ですか!こちらを向いて剣を抜きなさい!」


「……」


 エレノアはそれ以上相手の言葉には答えなかった。


「く、くそおおおお!」


 言いたい事は言ったとばかりに歩き始めたエレノアを背後から攻撃しようとしたその時、対戦相手の魔鋼人形が音を立てて崩れ落ちた。


「なっ……⁉︎ 一体いつの間に……」


 四肢を切断され仰向けに倒れた対戦相手が最後に見たのは闘技場の上に広がる青空であった。


 全ては一瞬。

 エレノアが剣を鞘に納めた時には、既に決着はついていたのだ。


「しょ、勝者!エレノア!」


 静まり返る闘技場。

 勝利を告げる審判の声が虚しく響く。


 エレノアの強さは誰もが知っていた。

 当然、一方的な戦いになるであろう事も。


 観客達が静まり返った理由はエレノアが発した言葉にある。

 幾多の戦いを繰り返し、三種族の代表との戦い全てに勝利を収めて来たエレノアにだけ許される絶対強者の言葉。けれど、その言葉はエレノアらしく無い言葉であったのだ。

 普段の穏やかな彼女からは想像もつかない程に……。


(良い機会です。あの人が定めた八ヶ条をもう一度よく思い出してみると良いのです)


 エレノアの歩く音がやけに大きく聞こえる。


 最強の魔鋼人形に相応しい圧倒的で完全な勝利。

 その勝利を讃える者は一人もいない。

 戦いを見守っていたエレノアの技術者達も一様に言葉を失っていた。


「待って!!!」


 可愛らしい声が観客席から響く。


「ちょ、ちょっとクレア!何してるの⁉︎ 」


「クレアちゃん不味いですよ!皆んな見てますから!」


 エレノアを睨むクレアは、いつの間にかミーシャの鞄から取り出した剣を片手に、闘技場へと飛び出した。


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