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内緒の依頼

 予選会場へ現れたエレノアを待っていたのは、多くの参加者達と三種族を代表する三人の長老達であった。


 最強の魔鋼人形の一挙手一投足に注目が集まる中、長老がエレノアの前へと歩み出た。


 長老が何を語るのか興味のある参加者達は息を潜めて成り行きを固唾を飲んで見守っている。


「エレノア、この場に現れたという事は、詳しい事情は聞いておるのだろうな」


「はい」


 短く返事をしたエレノアの表情はいつもと変わらない様に見えるが、瞳に宿した静かな怒りは誰の目にも明らかだった。

 何百年という長い歴史の中でエレノアが予選に参加した事など一度も無い。それが絶対の法であるからだ。


「急な話故、お前の武装や整備、並びに調整作業には制限を定めない事とした」


「これが我々からの最大限の譲歩である事を明言しておく」


「エレノアよ、王の名代たる三種族の長として命じる。お前は見事勝ち残り、自らが最強の魔鋼人形である事を示せ。以上だ」


「はい」


 エレノアは再び短く返事をして頭を下げると、調整作業の為に付き添っていた技術者と共にその場を後にした。



 残された長老達の顔には無念とも後悔とも言える暗い影が落ちていた。

 それは周囲で成り行きを見守っていた参加者達も同じ。


 皆の中にあるのは、『こんな形で決着をつけるのは不本意である』という想いだけ。


「長老、私達はどうすれば……」


「どうもせぬ。いつも通りに予選を始める。皆、よいな」


 無言で頷いた一同は各自の控え室へと散って行った。



 三人の長老達の表情は依然として暗いままだ。


 王が定めた八ヶ条。本当はその真意もとっくに気付いている。けれど、三種族は頑なに協力するのを拒んで来た。


 その理由はただ一つ。

 王が定めた八ヶ条を守るのでは無く“果たす為” だ。

 王が定めた法は三種族に対して協力を促す一方で、もう一つ別の意味が含まれている。


「……許せエレノア。あの方が戻られた以上、もう後には引けぬのだ」





 ーーーーーーーーーーーーーーーー





 予選は魔鋼人形の派手な戦闘を考慮して一試合ずつ行う方式を採用しており、クジを引いた順に組み合わせの抽選が行われる。

 今回の参加者はかつて無い程に多く、予選は一週間の長丁場となっている事もあって参加者は次の試合迄の間であれば外出も許可される事となった。



「エレノア……」


「問題ありません。全ての試合を二分以内に片付けます。長老の言葉通り勝ち残り、こんな愚かな真似をした事を後悔させます」


 試合の勝敗を決めるのは至極簡単。

 相手が戦闘不能な状態になった時点で勝者が決まる。

 二分という限られた時間でもエレノアの性能であれば相手を圧倒するのも容易だ。ただし、これは予選。毎回の様に決勝に進出して来る相手もいるのだ。油断は出来ない。


「あまり無茶をしては駄目よ?これはあくまでも試合だという事を忘れないでね」


「分かっています」


 初戦の相手は人間族の技術者が作った魔鋼人形だ。


 人間族は魔鋼の加工技術と奇抜なアイディアによるユニークな武装を多用する。

 問題点は人間族が魔力の扱いに不慣れな事。

 魔力の制御に必要不可欠な回路の精製において大きく遅れをとっている為に、武装の性能に対して魔鋼人形本体からの魔力供給に難がある。

 決勝に残るのも稀で、それまでの試合の殆どが火力で押し切った勝利だったと記憶している。


「そろそろ時間よ」


「ええ。それでは行って来ます」



 試合場に入って来たエレノアの姿を見た観客や対戦相手は、そのありえない姿に息を呑んだ。


 闘技場に立つエレノアは普段通りの装備のまま。街を巡回している時と同じ姿だったのだ。しかも、武装は腰に下げた魔鋼製の剣が一振りだけという軽量装備。

 予選だからと手を抜いているのかとも思われても仕方ない。けれど、そんな事を思う者は誰一人としていなかった。

 エレノアが最強の魔鋼人形である事は疑いようも無く、普段のエレノアを知る者は彼女が対戦相手に対して手加減をしない事をよく知っていた。


 それに対する対戦相手は、四足歩行型の重厚な下半身に、上半身が人の形という不可思議な形状。武装も近距離用の物を持っておらず、背中に巨大な金属の箱と手に筒の様な武器を持っていることから遠距離戦を想定しているのだと分かった。


「まさか最強の魔鋼人形である貴女と初戦で当たる事になるとは光栄です」


「……」


「失礼。戦いの前に言う事ではなかったですね。それでは始めましょうか」


 大歓声の中向かい合う両者。

 開始の合図は無い。この場に足を踏み入れた瞬間から戦いは始まっているのだ。




 ーーーーーーーーーーーーーー




 緊迫した空気とお祭り騒ぎの明るい空気とが入り混じる会場の一角にレイヴン達の姿があった。


 フローラの案内という訳では無く、街へ入ったと同時に人の波に流されてここまで来てしまったのだ。元より見物くらいはしてみるつもりだったレイヴンも、まさかいきなり闘技場へ来る事になるとは思ってはいなかった。


「くそ、この国は調子が狂う。少しだけ見たら街へ戻るからな」


「分かってるって!それにしても、凄い人の数だね」


「ミーシャお姉ちゃん、これがお祭りなの?」


「そっか、二人はお祭りを知らないんでしたね。中央でもお祭りは滅多にしませんでしたから。これはこの国の人達にとってのお祭りで、中央ではもっと別のお祭りがありますよ?例えば美味しい食べ物が並んだ屋台があったり、広場では催し物が開かれたりします。今度リヴェリアちゃんにお祭りの相談でもしてみましょうか」


「「やったあ!」」


(知らなかった……。祭りとはそういう物なのか)


 戦いに明け暮れていたレイヴンも祭りがどういう物なのか知らなかった。

 美味しい食べ物を提供する屋台は理解出来るが、催しというのは大道芸人の事だろうか?


(おっと。今はそれどころではないな)


「二人共、はしゃぐのはその辺にしておけ。それから、はぐれない様にミーシャと手を繋いでおくんだ。ミーシャは騒がしいから人混みの中からでも見つけ易い」


「「はーい!」」


「何だが今、とても酷い言われようをされた気がするんですけど……。二人と手を繋いでおくというのは大賛成です!お姉ちゃんが迷子にならない様にしっかりと手を繋ぎましょう!」


(逆だろ……)



 これだけの人が集まっているのに、闘技場では入場制限や料金を徴収するといった事を行なっておらず、誰でも自由出入りが可能になっていた。

 中央であれば不用心過ぎて考えられ無い事なのだが、武器を携帯する必要が無い治安の良さを考えると、この国の民にとっては当たり前なのだと思われる。


「あ!誰か出て来たよ!」


「何ですかアレ?上半身は人間なのに足が四本もありますよ⁈ 」


「綺麗な人だね。でも、あの人何だか……」


(魔鋼人形というやつか?)


 闘技場に出て来た瞬間、それまで騒がしかった周囲の空気が一変した。

 張り詰めた空気が闘技場全体を支配しているのが分かる。どうやらあの人型の魔鋼人形に視線が集まっている様だ。


「生身の体に金属。もしかして、アレが魔鋼なのかな?」


「そうよ。形は違うけど、どちらも魔鋼人形。あっちの完全な人型の方がエレノア。この国最強の魔鋼人形と呼ばれているわ」


「あ、フクロウさん起きた」


「フローラで良いってば」


 目を覚ましたフローラはクレアの腕から器用に這い出ると、レイヴンの肩へ乗った。


「おい……!」


 懐かしそうに闘技場を眺めるフローラに気付いたレイヴンは、それ以上何も言わずに自分も闘技場へと視線を向けた。

 フクロウの姿をしていても、フローラが今まで見せた事のない真剣な眼差しをしている事くらい分かる。


 詮索するつもりは無い。

 何か事情があるのだと分かるからこそ、本人が口にする気の無い事までこちらがお節介な口を出す必要は無い。


「……エレノアはね、作られてから数百年間、一度も負けた事が無いの。ううん。正確には一度だけ負けてるかな。……っと、これは今関係無いわね。エレノアは本来なら決勝からしか出て来ないんだけど、今回は予選から出てる。レイヴン、あの魔鋼人形の戦いをよく見ておいて」


「どういう意味だ?そもそも俺達がこの国へ来た目的は情報収集だ。こんなお祭り騒ぎにも、魔鋼人形とやらにも興味は無い」


「分かってる」


 ーーーートラヴィスの魔眼について知りたいんでしょう?


「……ッ!」


「動かないで。お願い、そのまま聞いて」


 ーーーー今はレイヴンにだけ聞こえるように話してる。


「……」


 ーーーートラヴィスの事ならよく知ってるわ。レイヴン達が知りたい情報は私が持ってる。だから……。


「力を貸せと?」


 ーーーーええ。約束は必ず守る。だから、お願い。力を貸して。


 エレノアとトラヴィス。そしてフローラ。

 三人に一体どんな関係があるのか。


 頭の中に響くフローラの声からは悪意や嘘を感じない。

 けれど、即答は出来ない。

 レイヴンにしか聞こえない様に話をしていると言った時点で、碌な話ではないと分かるからだ。


「先ずは話を聞いてからだ」


 レイヴンは“またか” と思いつつも、フローラの話に耳を傾ける事にした。

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