狂い始めた歯車
「予選?私が、ですか?」
“魔鋼人形エレノアを予選に参加させよ”
それは唐突に降って湧いた様な三種族の長達からの提案だった。
不敗の魔鋼人形の強さは誰もが知るところ。しかし、実際に戦ってみない事には超えられる物も超えられないと言い出す者達が現れ始めたのだ。
予選を通過出来た者にしか戦う機会が無いのでは対策の練りようが無いという声は以前からあった。
エレノアを予選から参加させて他の出場者とも戦わせる事が出来れば良いという話だが、本音は本戦の決勝でしか見られなかったエレノアの戦闘データを集めるのが目的だと思われる。
「ええ。それじゃあ法を破ってしまう事になるからって反対したんだけど、今回に限り特例という事で三種族会議で決まってしまったのよ」
「なんという愚かな。破ってはならないから法なのです。特例など認められません」
「その通りなんだけどね。ごめんなさい。私の力不足で……」
「ミツキ、貴女が謝る必要はありません。しかし、困りました。三種族会議で決まってしまっては、今から決定を覆すのは容易なことでは無いでしょう。博士は何か言っていましたか?」
王の次に強い発言力を有しているのは、三種族の代表となる長老達だ。三者の意見が一致した時にだけ認められる特例は、例え王が定めた物であっても一時保留の扱いとなり、新しい試みを検討した上で再審議にかけられる事になっている。
これは王が自らの決定を諫めさせる為に定めた法。
今まで三種族決議において意見が一致した事は一度も無い。何故なら三者は互いを牽制し合う事で勢力のバランスを保つ事に注力していたからだ。
それが今回どうしてこんな事になってしまったのかは分からない。しかも、予選が始まるのは明日からだというのに。
「博士にはまだ何も。こんなのどう伝えたら良いのか分からなくて……」
「そうですか。どの道、この決定は数時間の内に全土の参加者に知らされてしまいます。予選は明日から。実に腹ただしい事ですが、今回は長老達の決定に従うしか無いでしょう。私はこれから博士の研究所に行って予選用の調整をしてもらいます」
「分かったわ。私ももう一度議会へ問い合わせて詳しい概要の説明を聞いて来る」
「よろしくお願いします」
博士の研究所は国の東側に位置する森の中にある。
そこは王の直属の部下のみで運営されるエレノア専用の極秘施設である。
森を歩くエレノアは三種族会議の決定について、かつてない怒りを覚えていた。
(この国の人達は何も分かっていない!どうしてあの人が、あんな八ヶ条をわざわざ法としたのか……!何も分かっていません!)
王が定めた八ヶ条。それは人を縛るものではない。
方向性を与える事で自ら最良の答えに辿り着く為にある。
だというのに、この国の民達は数百年という長い年月を費やしても未だ気付かない。
今回の事でよく分かった。
“他者を出し抜きたい” それは頂点を目指し己の技術を極めようとするこの国の民であれば当然の感情。
一度も折り合いのつかなかった三種族会議がこんな事で一致してしまった。
これが答えだ。
数百年という長い年月を戦い、待ち続けた答えなのだ。
「愚かな……。本当の答えはとっくの昔に出ていると言うのに。……ですが、私は私の役目を果たすだけです。あの人の想いを絶対に踏み躙らせはしない」
エレノアは怒りに震える手で体に刻まれた模様を慈しむ様に撫でると研究所を目指した。
研究所の前では技術者達が慌てた様子で集まっていた。
エレノアに気付いた博士が手を振って呼んでいる。
「エレノア!早く早く!今から大急ぎで改修作業を始めるわよ!」
「あいつらエレノアの初戦を一番最初にしやがったんだ。絶対わざとに決まってる!」
「さあ、早くこっちへ。我々全員でやればどうにか明日の朝までには間に合うでしょう」
既に報せを受けていた博士達はエレノアの改修作業の準備を始めていた様だ。
確かに彼等が総出でやれば初戦には間に合うだろう。しかし、エレノアには考えがあった。
「博士、皆さん。予選は通常戦闘用の調整だけでお願いします」
「ええっ⁈ だけど、そのままじゃあ予選は……」
「問題ありません。元々無理を言って来たのはあちらです。予選が終わった後、最終調整用に丸一日あります。最終調整は決勝にさえ間に合えば十分ですから。それに今回の件は逆に考えれば好都合です」
「好都合?一体何故そう思うの?」
「逆手に取ってやれば良いのですよ。私はこの国の民達に教えたいのです。どうして私が一度も敗北した事が無いのか。気付かせるにはこの方法しかありません。それでも気付かないのなら今まで通りのやり方で戦い続けるだけです」
エレノアの視線を受けた博士は考える。
相手は戦闘を長引かせて、予選を丸ごと戦闘データの収集に使う可能性もある
であれば、決勝の直前で一気に改修作業を行うというエレノアの提案も悪い物では無い。上手く行けば相手を出し抜き返す事が出来る。
「エレノア、貴女の提案を呑むわ」
「博士⁈ 何を言い出すんですか!そんな事をしたらエレノアが……!」
「通常戦闘用で参加するなんて無茶だ!相手はエレノアを倒す為に来るんですよ⁉︎ 」
「分かってるわ。……二分間。試合開始から二分で戦闘を終わらせなさい。それが今の状態のまま全力で戦える限界。それ以上は、分かっているわね?」
「分かっています。私は負けません。答えを持たない人達に負ける訳にはいかないのです」
王が描いた理念の通りに三種族が立ち向かって来るのなら喜んで敗北を受け入れよう。
そうでは無いのなら叩き潰すだけだ。自ら答えに辿り着くまで何度でも何度でも。
これまでがそうであった様に、これからも戦い続けるだけだ。
「皆、聞いたわね?エレノアは負けない。私達は私達に出来る最善を尽くしましょう。やるわよ皆!」
「「はい!!!」」
整備の為に眠りについたエレノアは夢を見ていた。
遠い昔、最初の魔鋼人形であるエレノアが誕生したばかりの頃だ。
ぼんやりとした視界の先、あの人が手慣れた手つきで部品に術式を刻み込んでいく。
『やった!腕が動いた!今度はゆっくり指を動かしてみて!そう、ゆっくりよ!ゆっくり、ゆっくり……』
『ごめんなさい。動きません……』
確かこの日は四肢を動かす為の伝達回路を試した日。
『何であんたが謝るのよ?あんたは生きることだけ考えてなさい。絶対自由に動けるようにしてみせるから!……っていうか、ずっと“あんた” って呼んでるのも変よね。そうだ!名前をつけてあげる!何が良いかなあ……私ってば天才だけど、こういうの苦手なのよねー』
『エレノア……』
『え?何?ちょっとちょっとちょっと!あんた名前思い出した訳⁈ なによ、せっかく超絶強そうで屈強な名前を考えついたところだったのに!聞いたたけで相手がビビって逃げ出しちゃうヤツよ!』
『あ、いえ。でしたら、その名前でも……』
『いやいやいや、ちょっと待って。エレノア……光か、ん〜……良いじゃん!良いじゃん!良いじゃないのさ!あんたと同じ境遇の人の希望の光あんたにピッタリじゃない!宜しく、エレノア!』
……ノア、エレノア……エレノア!
「エレノア、大丈夫?エレノア?」
「おかしいなあ、どこか駆動系の術式を書き間違えたかな……それとも魔力伝達系か?」
「そんな筈無いさ。何度もチェックした。間違い無いよ。動力部の稼働率も安定している」
夢から覚めたエレノアの目に写るのは見慣れた天井と自分を囲む博士達の姿だった。
皆の顔には疲労の色が濃く現れている。
「すみません。大丈夫です。どこも問題ありません」
「ああ〜良かった!全然起きないから心配してたのよ?」
「夢を……懐かしい夢を見ていました。遠い昔の……」
「夢?魔鋼人形の貴女が?」
(そうだった……)
「何でもありません。ミツキから予選の詳しい概要は届いていますか?」
「え、ええ。もうあまり時間が無いから、打ち合わせと一緒に整備の状態についても説明するわね」
窓から射し込む光は淡く白い。
外には朝霧が立ち込めている様だ。
結局、整備は一晩中行われていたらしい。
「はい、了解しました」
(魔鋼人形の自分が夢を見るだなんてどうかしてる)
所詮、作り物。
あの人と同じようには生きられない。
それでも、時折見る過去の記憶が本当に人間が見る様な夢だったら良いのにと思っていた。
予選開始まで残り数時間。
エレノアは疲れて倒れる様に眠っている皆を起こさないように毛布をかけてから打ち合わせへと向かった。