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魔鋼人形のとある一日

 三つの種族が暮らす名もなき国。

 広大な東の大陸にあって国土の三分の1を占めようかという巨大な街が一つあるだけの国。


 そんな街のとある工房の一室。

 機械と呼ばれる金属の塊が無造作に置かれた中央に彼女はいた。


「さあ、これで整備と調整は終わりよ。どう?どこか違和感がある?」


「問題ありません。ありがとうございます博士」


「良いのよ、私にはこのくらいしか出来ないから……」


「そんな事はありません。私が皆さんにお返し出来るのは戦うことだけですから。博士にはいつも感謝しています」


 彼女は人間にしてはやや背が高く、体のあちこちには奇妙な模様と共に金属で作られた部品がいくつも埋め込まれていた。

 胸の辺りで光る丸い物体は、まるで心臓の鼓動を繰り返すように一定のリズムで明滅している。


「……貴女が望むなら国を出たって良いのよ?何処でも好きな場所へ行って自由に……」


「いいえ、私にはまだ役目がありますので」


「そうだったわね……ごめんなさい」


「博士、いつか……もしも、いつか私が負ける時が来たら。その時は、私の口からあの方に話をしようと思っています」


「貴女が負ける姿なんて想像出来ないけれど、いつか……そんな日が来ると良いわね」


「はい。私が負けた時、あの方は昔みたいにきっと笑って下さると思います。それまで私はこの国の番人として負けられません。それでは博士、時間ですので。行ってきます」


「ええ。行ってらっしゃい」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 魔鋼人形である彼女の日課は街の見回り。

 外部からの侵入者は滅多に無く、王が定めた法によって闘技場以外での戦闘行為は固く禁止されているので、三種族が暮らしていると言っても暴力沙汰になる様な事件は無い。

 あるとすれ研究熱心な国民達の繰り広げる議論や論戦。しかし、それもやはり法によって制限されている為に大事に発展する事は無い。


 では、何故彼女は街を巡回しているのか。その理由は至極単純で三種族の変化を観察しているのだ。

 彼女を作ったこの国の王は、彼女に毎日街を見て回る様に言った。

 そして毎日整備を行う時に今日の出来事を報告する。その繰り返しだ。



 一つの街で一つの国。

 一つの国に三つの種族。

 この国は歪で、絶妙なバランスで成り立っている。



 同じ街で暮らしているというのに、三種族の暮らしている場所は綺麗に三等分に区分けされている。

 別に誰が何処に住んでも良いし買い物や食事をしに行っても良いのに、この国には見えない壁があるかの様に住み分けが行われている。



「ああっ…!また失敗だ」


「明日はもう予選が始まるってのに何がいけないんだ……」


「お前の組んだ術式がいけないんじゃあないのか⁉︎ 他の奴等を出し抜こうとして直前になって変な機能を追加しようとするから、こんな事になるんだ」


「何だと!お前も賛成してただろうが!悪いのは俺の組んだ術式じゃなくてお前の用意した魔鋼の質が悪いからなんじゃあないのか⁈ 」


「この……!」


「街での争いは法によって禁じられています。どうしてもと言うなら、指定の闘技場へ移動して下さい」


「くっ、番犬エレノア……」


「チッ!何でもねえよ!向こうへ行けよ!」


「……そうですか」


 誰もが他の種族を出し抜き、負かすことに躍起になっているのは理由がある。

 王になれば全ての採掘資源を優先的に自分の種族に割り振ることが出来るし、潤沢な資金に物を言わせて更なる研究をする事が出来る。そして何より、この数百年もの長い間敗北した事の無い、王の作った魔鋼人形の謎を解明する事が出来るのだ。


 その魔鋼人形こそが彼女。王の番犬ことエレノア。

 過去数百年間、一度も敗北した事が無い最強の魔鋼人形として君臨し続けている。


 人間を模して造られた外見を持つエレノアは、その容姿の美しさからは想像もつかない程に特殊な製法で造られた規格外の魔鋼素材を用いられているとか、失われた古代の技術で作られているだの様々な噂が囁かれている。

 彼女を倒せばその秘密が明かされるという王の宣言があって以来、数百年という時を費やしても誰も勝つ事が出来無いでいた。



(さて、次は何処に向かいましょうか)


 国土の三分の一が街になっていると言っても、全ての範囲に国民が住んでいる訳では無い。

 森、小高い丘、湖、作物を育てる区画、鉱石を掘り出す為の特殊な区画。それら全てが内包されて一つの国と街を形成しているのだ。



「エレノア〜!お願い、その猫捕まえて〜!!!」


(この声は?)


 前から駆けて来る女の子は、大き過ぎるぶかぶかの帽子がずれ落ちそうになるのを何度も直しながら茶色の毛並みが綺麗な猫を追いかけていた。


「ユッカ。久しぶりですね。元気そうで何よりです」


「うん、久しぶり!エレノアはいつも通りだね〜。……じゃなくて!その猫捕まえるの手伝ってってば〜!」


「そうでした。了解しました」


 体を低く沈み込ませた状態から一気に最高速度に到達したエレノアは、俊敏な動きを見せる猫をあっさりと捕まえてみせた。

 訳も分からない内に捕まった猫が逃げようとして暴れて踠いているが、エレノアの機械混じりの細い腕はびくともしない。


「はぁはぁ…あ、ありがとうエレノア!急に逃げ出しちゃって困ってたの。捕まえてくれてありがとう」


「いえ、お役に立てた様で何よりです。では、私はこれで。まだ今日の巡回が残っていますので」


「毎日大変ね。時間が出来たら久しぶりに私の家に遊びに来てよ。今度こそエレノアに勝てちゃう凄い魔鋼人形作ったから」


「分かりました。では……」


「う、うん。絶対だからね〜!」


 エレノアはユッカに別れを告げると再び歩き始めた。



(ああ、そう言えばあの場所には暫く行っていませんね。今日はそこへ行って終わりにしましょう)


 エレノアの巡回に決まったルートは存在しない。広大な街を一日で見て回るのは不可能だ。そこで予め巡回するエリアを区切ってランダムに巡回する事にしている。


 今日は西側ルートだ。

 これから行く場所は随分と久しぶりに訪れる。



 機械の動く忙しない音のする大通りを過ぎて、人気の無い小高い丘の上を目指して歩く。

 周囲にもいくつか家はあるが、この辺りは主に研究に疲れてしまった人や引退した老人が暮らしている区域になっている。


 街の中心部が鉄の街なら、この辺りは木の街。

 温かな風合いの建築物が並んでおり、エレノアお気に入りの場所の一つだ。


 ここには不快な音も魔力の気配も、人の怒鳴り声も無い。

 ただ静かに時が流れている雰囲気が気に入っていた。


(この場所は変わりませんね……)


「おお!エレノアじゃないか!ここの所全然姿を見ないからどうしたんだろうって皆んなで話してたんだ。今日はこの辺りが巡回ルートなのかい?」


「お久しぶりです。はい、今日はここで最後です。あの、アールは元気ですか?」


 アールと言うのは小さな男の子で、将来エレノアを超える魔鋼人形を作る職人になると言っていた。今もきっと職人になる為に頑張っているのだろう。


 しかし、男はエレノアが言った何気ない言葉に視線を逸らした。


「あ、いや、その……先週、死んだよ」


「え……」


「流行病でね。魔法でどうにか治療を続けていたんだが、もう歳だったからな……」


 人と魔鋼人形では時の流れ方が違う。

 エレノアにとってはついこの間の出来事でも、人にとってはそうでは無い。


 毎日繰り返されるエレノアの巡回。

 出逢いと別れ。


 今日もまた一人、気付かない内に天国へと旅立ってしまった友人の訃報を聞いたエレノアは、これもいつもの事だと割り切っていた。


「そうでしたか。では、これで……」


「あ、ああ。次はいつ来られそうなんだ?」


「次?西ルートは久しぶりでしたので、また暫くは先になるかと思います」


「……そうか。俺はあまり話した事無かったけど、楽しかったよ。さよなら、エレノア。ありがとう」


「……?はい、私もです。またお会いしましょう」



 エレノアが去った後、男は一人丘の上から鉄に覆われた街の中心部を眺めていた。

 数百年もの間、ずっと同じ事を繰り返すエレノア。

 王が作った魔鋼人形として動き続ける限り、今日の様な事は至る所で起こっているだろう。


「王様は何やってんだよ……。どうしてエレノアに人格を与えちまったんだ」


 繰り返される出逢いと別れは、いつしかエレノアから感情を奪っていった。

 エレノアの心は完全に麻痺して壊れてしまっている。


 男がエレノアを見たのはこの日が最期だった。

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