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目醒めた姫と偽りの神

 見渡す限りの緑の平野。

 レイヴン、クレア、ルナ、ミーシャの四人は東へ向かって歩いていた。


 話し合いは何の進展も無いまま終わる筈だったのだが、見兼ねたダストンからの提案により、東と南それぞれの国を巡って帝国と魔眼に関する情報を集める事になったのだ。


 カレン、ゲイル、ランスロットは今回の件に関する報告と今後の準備の為に一度中央へ戻った後、南を目指す。

 レイヴン、クレア、ルナ、ミーシャは東の国を経由して情報を集めた後、そのまま南下してゲイル達と合流する手筈になっている。


「こうして見ると、平野には森とか殆ど無いんですね」


「でも、何だかでこぼこしてて歩き難いね」


 氷と雪が無くなって分かったのは、至る所に水路が引かれている事。おそらく昔、この辺り一帯には田畑が広がっていたに違いない。


 今はまだ虫も鳥も動物達の姿も見えない。

 幸い、緑が戻った影響で土も蘇っている。何年、何十年かかるのかは分からないが、ゆっくりと時間をかけて元の豊かな土地に戻っていくだろう。


「この土地特有の姿の見えない魔物ってどうなるんですか?」


「瘴気が溜まって、また魔物が生まれる時には魔物の性質も変わっているだろうからな。もしかしたら全く別の魔物が生まれてくる可能性がある」


「ねえ、レイヴン。瘴気を溜めない方法って無いのかな?」


 魔物は瘴気より生まれる。

 これは冒険者でなくとも子供でも知っている事だ。

 瘴気が発生する原因は、その殆どが解明されてはいないものの、一つだけはっきりとしている事がある。


「人間の恐怖や憎悪。そういった負の感情が少なからず瘴気を生む原因になっている。町など人の多い場所がある意味最も瘴気が溜まりやすい場所だとも言えるな」


「それっておかしくない?町の中には魔物なんていないのに」


(いや……)


 町の中にも魔物はいる。

 魔物混じりと呼ばれる禁忌の子。人間でありながら、最も魔物に近い存在……。

 レイヴン自身を含む魔物混じりもまた、瘴気を生む。


 ミーシャの様に血が薄く、両親が揃っているのは非常に稀だ。

 大半の魔物混じりは孤児であり、両親の名前はおろか、顔も知らないのが当たり前。しかも、大人になるまで生きていられるのは一握り。

 レイヴンはそれを幸運と言って良いのか甚だ疑問に思っていた。

 よしんば大人になるまで生き延びたとして、今度は魔物堕ちのリスクと恐怖に日々怯える事になるからだ。


 他にも突然様子がおかしくなったり、人が変わってしまったかの様になって暴れ出す事例があるのも無関係では無いという説もある。

 魔物をも凌ぐ力を持つ者がいれば、その気配を感じた魔物は近付いて来ないというのが通説の一つではあるが、全ての町にそんな強者がいる訳では無い。


(なるほど、リヴェリアとマクスヴェルトが中央から離れたがらない理由はそれか……)


 中央は万を超える人間が暮らす巨大な街だ。

 人口が多ければ多いほど瘴気が発生するリスクが増す。それが分かっているからリヴェリアとマクスヴェルトは動こうとはしないのだ。

 数多くいる冒険者の中でも僅かしかいない貴重なSSランク冒険者の大半をリヴェリアが部下としているのも、中央大陸で最も人口の多い場所へ留まらせる為だと考えれば合点がいく。

 時には調査だと言って、遠い村や町に冒険者を派遣していたのも、魔物が増え過ぎ無いように牽制していたのだとしたら……。


 レイヴンは思考を中断してルナの問いに答えた。


「……さあな。そこまでは分からないが、人は寄り集まる事で安心感を覚える。もしかしたら、それが一つの原因なのかもな」


 様々な人間の感情が渦巻く場所は瘴気を生みやすい。しかし、同時に多くの人が安心感を得られる状況であれば、瘴気の発生が抑制されるとも考えられる。


「なるほどね〜」


「ルナちゃん、どういう事?」


「私もクレアもレイヴンといると楽しいでしょう?楽しいがいっぱいあると街は平和って事だよ」


「そっかあ〜!じゃあミーシャお姉ちゃんもいるからもっと楽しいね!」


「はうっ!二人共大好きです〜!!!」


「「く、苦しいよ……」」


 ルナが言った事もあながち間違いでは無い。

 しかし、負の感情というものはどこにでも潜んでいる。それは全ての人間が平等であったとしても消える事は無い。

 それが全てでは無いにしろ、実際に魔物の被害の少ない場所というのは、旅人や魔物混じりに対する偏見が少なく、強力な個体の目撃例もあまり聞かない。



「ていうかさ、僕達って東に向かって歩いてた筈だよね?何で王都が見えて来るのかな?」


「……散歩だ」


「は?何それ?」


「私はレイヴンとお散歩出来て楽しい!」


「くうぅ〜!クレアちゃん可愛いですう!」


「いちいち抱き着くな。ま、まあ、来てしまったものは仕方ない。少しだけ寄っていく」


「素直じゃ無いなぁ〜。正直にレイナとカイトが気になるって言えば良いのに」


「……」


 ルナに見透かされてばつが悪くなったレイヴンは、少しだけ歩く速度を上げて王都の門をくぐった。




 戦闘の傷跡の残る王都で、民達は皆王城へ向かって歓声をあげていた。


 彼等の見つめる先には王都を見渡す事が出来る広いテラスがある。



「あ、あの!すみません!これから何があるんですか?この騒ぎは一体……」


「ん?何だあんた達知らないのか?姫様だよ。長い間眠りについていた姫様がお目醒めになられたんだ」


「姫様ってレイナ姫の事ですか?」


「決まってるだろ。これから姫様の戴冠式があるんだ!……ああっと!いけない!早く行かないと良い場所がなくなっちまう!じゃあな!」


 男は慌てた様子で王城へと走って行った。


 どこもかしこもお祭り騒ぎ。自分の事でも精一杯だろうに、レイナの戴冠式を見る為に集まっているのだ。


「レイナさんが女王?レイヴンさん知ってました?」


「いいや」


 あの二人がどういう形でこれから先生きて行くのか。それ自体に興味は無い。

 どんな立場でも肩書きでも、二人が願いを叶える為に選んだ事ならそれで良い。


「「「おおおおおーーー!!!」」」


 一際大きな歓声と共にレイナが姿を見せた。


「あ!レイナさん出て来ましたよ!」


「何だか様子が変……」


「戴冠式……だよね?」


 テラスに姿を見せたレイナは白銀の長い髪を後ろで束ね、肩には白い毛並みの美しい猫が乗っていた。

 かしこまった正装では無く、多くの群衆が着ている物と同じ様な服を着たレイナの姿を見た人々も異変を感じ取った様だ。


 騒めく王都を鎮めたのは意外にも猫の鳴き声だった。

 よく通るその鳴き声は騒ぎ出した群衆を黙らせ、王都に静寂を持たらした。


(カイトの奴……)


 レイヴン達とレイナのテラスは遠く離れているというのに、白い猫はジッとレイヴンを見つめていた。

 その様子に気付いたレイナがレイヴンの姿を見つけたのは言うまでも無い。


「今回だけだぞ……」


「え?何か言いました?」


「三人とも、これから俺がやる事はランスロットやリヴェリア達には絶対に内緒だからな」


 ーーーーードクン。


「え……?ちょ!ちょっと!うわあああああ!!!」


 レイヴンは魔剣の力を発動させて黒い鎧と翼を纏うと、王都上空へと飛翔した。



 一陣の風と共に突如として王都上空に現れたのは、黒い鎧を纏った人物。

 超常の力を持って魔物の大群を殲滅し王都を救った本人の登場に、王都は割れんばかりの歓声に包まれた。


 禍々しくも美しい漆黒の鎧と白と黒の翼。

 手に持つ黒い剣は赤い魔力を帯びて淡く輝いている。


 レイヴンは空に雷を走らせ、群衆を黙らせると魔剣をテラスにいるレイナに突き付ける様にして言った。


「汝の願いに応え、巨悪の根源たる魔は我が滅ぼした。長い冬は終わりを告げ、夜は明けた。長き眠りから目醒めし姫、レイナ。汝は我が秘宝を預けし王を超えられるのか?民を何処へ導く?再び治世が乱れる事あらば、今度はこの力が民達に降り注ぐと心得よ」


 張り詰めた空気が王都を支配していた。


 黒い鎧を纏った人物に願い、ニブルヘイムを救ったのはやはりレイナ姫だった。

 話の内容から、先先代の国王に秘宝を授けたのも黒い鎧の人物であるらしい。であれば、あの美しい翼を持つ人物は“神” だ。


「おおお……神が降臨なされた!」


「もしかしてレイナ様を試しているのか?」


「レイナ様は何と返答されるおつもりなのだろう……」


 群衆の不安に満ちた視線がテラスでレイヴンを見つめるレイナへと集まる。

 返答次第ではあの超常の力が今度こそ自分達を滅ぼすだろう。


 レイヴンの意図を理解したレイナは深く息を吸い込むと、全ての民に向けて宣言した。


「私は多くの過ちを犯した。民を苦しめた責任は私にある。失ったものは多く、今も未来は混沌としている。……けれど、私は信じている!この苦境を共に分かち合い、見事に乗り越えて見せた我が国の民ならば、混沌とした暗闇の先にある希望の光を必ず掴めると!私は誓う!この地に再びかつての平穏を取り戻すと!この国の新たな女王として、民を正しく導く光足らん事をここに宣言する!!!」


「「「うおおおおおーーーー!!!!!!」」」


 大地を揺らす程の歓声と音が北の大地に響き渡る。

 レイナの女王としての覚悟を聞いた民達は万感の想いをもってレイナを女王として認めたのだ。


(やれやれ……俺はその目が見たかっただけなんだがな)


 レイナとその肩に乗る白い猫の目は揺るぎない信念の光を宿して力強く輝いていた。


「その言葉、しかと聞いたぞ」


 レイヴンは赤い閃光を放つ様にしてレイナの前から姿を消した。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 東の国境へ向けて歩く四つの影。

 やけに速い足取りで先頭を歩くレイヴンは、無愛想な顔を真っ赤に染めて、無言で後ろを追いかけて来る三人から逃げようとしていた。


(ああああ!くそ!)


「言いたい事があるならはっきり言ったらどうだ⁉︎ 」


 ニヤついた顔のルナとミーシャ。クレアは何故か少し興奮した様な眼差しでレイヴンを見つめていた。


「え〜……言って良いの?ホントに?」


「さっきのレイヴンかっこよかった!」


「ね〜!まさかレイヴンさんがあんな御芝居するなんて思いませんでしたよ〜」


「うっ……!さ、さっさと東へ向かうぞ!日が沈む前に国境を越える!」


「「「はーい!」」」


 再び歩き出したレイヴンは少しだけ歩く速度を落として、王都から聞こえて来る鳴りやまない歓声に耳を澄ませた。

いつもありがとうございます。

これにて『明けない夜と眠り姫』完結となります。

ここまで読んで下さった皆様に感謝を申し上げます。


第二章開幕は11月30日夜の投稿を予定しています。

宜しくお願いします。


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