決意。私の答え。
報酬を受け取ったレイヴンは戻って来たカレン達と今後の事について話していた。
最大の懸念は現在の帝国の情報が殆ど何も無い事。先ずは情報収集が必要になる訳だが、レイヴンはクレアとルナを連れた状態でどう動くべきか決めかねていた。
確実に分かっているのは、トラヴィスはゲイルが死んだと思っている筈だという事。その他にも、トラヴィスの持つ魔眼の影響下にある者達を解放する手立てを考えなければならない。意識を強く持てばある程度対抗出来る事は分かっている。けれど、それを魔眼の影響下にある人間全員に強いるのは不可能だ。
「約束の一年まではまだ少し期間があるが、やるなら早い方が良い。約束を果たそう」
「それは有り難い申し出だ。しかし、この約一年という期間、帝国の情報は殆ど掴めていないのが現状だ。直ぐに動いたところでトラヴィスの魔眼による支配を解く事は出来ないだろう」
「ならどうする?情報収集も良いが、手っ取り早くトラヴィスを排除してしまった方が早いと思うが?それであれば俺一人でも可能だろう」
帝国がおかしくなった元凶がトラヴィスなら、さっさと終わらせて皇帝とやらが正気に戻すのが良い。またあの時の様に大量の魔物を操って来たとしても対処可能だ。
「「ダメーーー!」」
「また置いて行く気なの⁉︎ あり得ないんだけど!」
「一緒に行くって言ったのに!」
「落ち着け。仮の話だ。それに、やるとしてもそんなに時間は掛からない。俺が行けば嫌でも姿を見せるだろうからな」
「「ダメ!絶対ダメ!」」
「ちょっと待てよ。そのトラヴィスって奴が原因なのは分かったけど、排除ってどうすんだよ?レイヴンは人殺しはしない。そうだろ?」
「それは、そうだが……」
ランスロットの言う通りだ。例えどんな相手だろうと、人間相手の殺しはやらない。
トラヴィスを無力化するなら魔眼そのものを封じてしまう方法を考える必要がある。
「あのぉ……この国には帝国の情報って無いんですか?外界で隣接した国同士なら、何か情報があってもおかしくは無い気がするんですけど……」
「ミーシャの疑問は最もだ。しかし、残念だがそれは難しいだろう。この国と帝国との境界には高い山脈が連なっている上、長い間氷に閉ざされていた。情報を入手するどころか、他国の様子を気にしている余裕は殆ど無かった筈だ。それに私が帝国にいた頃でも、この国に関する情報は殆ど得られなかった。互いに警戒してはしても情報はそれ程持ってはいない。特に個人に関する情報はな」
「そ、そうですよね……」
沈黙が訪れると、黙って聞いているだけだったカレンがようやく口を開いた。
「待ちなさいって!何なのあんた達?あれだけ暴れておいて、しかもやっとこの国がまともに動き出したばかりだって言うのに、もう次の戦いの話なの?」
カレンの言う通りなのだが、ゲイルとの約束を果たさない事には安心して旅を続ける事が出来ない。特にクレアは一度連れ去られている。出来れば早期に解決してしまいたいのだ。
「何言ってんだよ。カレンだって楽しそうに暴れてたじゃねぇか。それに他の連中はどうしたんだよ?大方、この辺りに目ぼしいダンジョンがないか探しに行かせたんだろ?」
「うっ……」
あからさまに視線を逸らしたカレンを皆が好奇の目で見ていると、後片付けをしながら話を聞いていたサラが提案して来た。
「話の途中で悪いんだけど、だったら私達に協力出来ないかしら?」
商人であるサラ達が帝国内部に潜入して情報を集めるというもの。
確かに商人であれば潜入は容易いとは思う。
が、しかし。
「そんなの不自然でしょ。他国との交流が無いのに、一体どんな理由で商人がやって来るのよ?はいはい。この話はもう終わり!今は素直に喜びを分かち合いなさいよ」
「いや、だが……」
「終わりって言ってるでしょ」
「……」
カレンの刺す様な視線にさしものレイヴンも黙る他無かった。
(これ以上は不味いか。怒らせると面倒だ……)
結局、何の進展も無いまま帝国の件は一旦保留という事になった。
レイヴンとしては早く終わらせてしまいたいのだが、肝心の方法が思いつかないのではこれ以上話し合っても無駄だ。
「そうだった!レイヴン。忘れてたけど、貴方に招待状が届いてるのよ」
「招待状?もしかしてユキノが持って来たのか?」
招待状など貰う理由も心当たりも無い。あるとすればリヴェリアとマクスヴェルトがまたくだらない悪巧みをしている可能性だけだ。
「まさか。ここに戻って来る前に大臣の使いって人から、黒い鎧を着て戦った人物を王都へ連れて来てくれって手紙を預かってるのよ。どうする?」
「断る。……俺が行く訳が無いだろ」
「そうよね。そう言うと思った」
カレンは手に持った手紙を炎で焼いてしまった。
「「ああっ!」」
クレアとルナが何やら残念そうな声を上げて灰になった手紙を見つめていた。
また報酬がどうのと考えているのだろう。
「良かったのかよ?報酬とか貰えたかもしれないのに」
(お前もか……)
「そんな物は要らない。それに、もうこの国は自分で歩いて行ける。俺の出番は終わりだ」
やれる事はやった。
リヴェリアがどの程度干渉するつもりなのか知らないし、興味も無い。後の事はこの国の人間がどうにかするべきだ。
「さいで」
ランスロットは分かってましたよと言わんばかりにニヤついた表情を浮かべていた。
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「ひ、姫様!まさかその様な服で式に出られるおつもりですか⁉︎ 」
「ああ…!どうかお考え直し下さい!その様なお姿では、後で私達が大臣に叱責されてしまいます!」
暖かな日射しの差し込むテラスに白銀に輝く長い髪を風にたなびかせるレイナの姿があった。
レイナは、メイドの悲痛な訴えも聞かずに、歓喜の声に満ちた城下を眺めていた。
深く刻まれた戦いの傷跡。
国を再興することを目的にしていた筈の自分が被害を拡大させた張本人だという現実がのしかかる。
大臣達はレイナのこれまでの事情を知っても尚、レイナに王城へ戻って来る様にと強く懇願した。どうやら大臣達が会談していた事と何か関係している様なのだが、その内容がレイナに明かされる事は無かった。
罪は罪。
その罪を贖う為に再びこの場所へ戻って来た事への罪悪感は拭えない。
(願いを叶える力……。あれは一体何だったのかしら……)
「レイヴンは私に生きて贖えと言った。勿論そのつもりだけれど、私はまだ決心がつかないの……。ねえ、どう思う?私は本当にこの場所から始めて良いの?」
「……」
「ふふふ……。駄目ね。こんな弱音を吐いてちゃ……。まだ始まってもいないのにレイヴンに怒られちゃうよね」
ーーーコンコン。
メイド達の反応を待たずに部屋に入って来たのは見知らぬ女性。
美しい顔立ちをしているが、纏う空気は並では無い。扉の外に見える二人も相当な実力者に見える。
「お初にお目にかかります。女王陛下……。と、それとなく建前を言ったところで、堅苦しい喋り方はここまでにさせてもらうわよ。お嬢は適任だって言ってたけど、私ってこういうの向いて無いのよね」
「ふふ、そうですか?僕は案外、様になってると思いますよ?」
「向いてねえって話なら俺だろ。ったく、何で俺がこんな……」
「……貴方達は中央大陸の」
この三人がレイヴンの知り合いで、中央大陸から来た使者だというのは知っている。
随分と砕けた物言いではあるが、今のレイナにとっては有り難い。腫れ物の様に自分を扱う城の人間の態度には疲れていたところだ。
レイナはメイド達に部屋の外へ出ているように合図をして三人と向き合った。
「さてと、時間が無いから手短に話させて貰うわね。レイヴンは此処へは来ないわ」
「……どういう事?」
「レイヴンが権力の匂いがする場所を嫌っているから、ってのもあるんだけど “後は自分達でやれ” って言うのが本音でしょうね。それと、私達中央大陸は、貴女が新たな女王としてこの国を正しく導く限り、自力で政を行える様になるまでの間、人材や物資の支援を惜しまないと正式に決めた。これはレイヴンが今回の件の主犯の一人である貴女を生かしたという事実を確認したから実現した。そうでなければ中央大陸からの支援は成立しなかった事を忘れないで」
まるでレイヴンを中心にして動いている様な発言に違和感を感じたレイナであったが、人材も物資も援助してくれるという破格の条件を逃したくは無い。
「それは脅しなのかしら?」
「そうよ」
助けると言いながら、はっきりと脅して来る。
レイナにはその真意が分からない。
「……」
「単刀直入に言わせて貰うわ。“私達は貴女を信用も信頼もしていない” ただ、レイヴンが魔剣の力を使ってまで貴女に力を貸した。その事実だけで、私達がこの国に対して力を貸す理由としては十分。それがどういう意味かよく考えてって事。半端な覚悟じゃ認めないからそのつもりで」
「脅し過ぎですよ」
「何だぁ?やっぱ適任じゃねえか」
「ちょっと!黙ってなさいよ!ゴホンッ……私達の話はこれでお終い。それで、女王陛下?返答は如何に?」
レイナは目を閉じてレイヴンの姿を思い浮かべていた。
超常の力を持つ魔物混じり。
無愛想でぶっきらぼうで、けれど優しい。
決してお人好しでは無い。残酷なくらいに現実的な一面を持っているくせに、困っている人を放っておけない。
そんなレイヴンは諦めと共に死を受け入れていたレイナを救い、大切な人まで救ってくれた。
生きて贖えという言葉と共に……。
「そんなの決まってるわ。私はレイヴンと約束したもの。レイヴンは諦めて投げ出してしまった私に、生きて贖えと言って新しい可能性をくれた。今度は私の番……。この国を強くて豊かな国にしてみせる。困難な道でももう迷わない。これが私の答えよ」
凛としたレイナの瞳に宿る強い輝きを見た三人は、確かめたい事は済んだとばかりに振り返ると、無言のまま部屋を後にした。