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報酬の受け取り

 

「また……ですか。勝手に出歩かれるのは困るんですけどね」


 柱の影から出て来たトラヴィスは待っていましたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 何度見てもこの男の顔は不気味だ。


「私の勝手よ。そこをどいて。戻って来たんだから、もう良いでしょ」


「そうはいきません。結果を教えて頂かなければ。それで?どうだったのです?」


「別に。私の計画は失敗よ」


 カイトとかいう低級悪魔に渡した魔剣は計画通り成果を残したとは言い難い。

 しかし、その後レイヴンの手に渡ったのなら問題無い。


「……そんな事は分かっていますよ。私が知りたいのはそんな事では無いのですが」


(チッ……)


「北の大国と呼ばれたニブルヘイムはもう無いわ。再興してもかつての強さを取り戻すまでには至らない。それと、レイヴンの……魔剣の力は“問題無く” 発動した。これで満足?」


「……結構。では、引き続き宜しくお願いしますよ。そうですね、私の方も概ね順調といったところでしょうか。ステラさんに提供して頂いた技術は良い成果を残せそうです。では、これで……」


「……」


 トラヴィスが去った後、ステラは不気味に口元を歪めていた。


 魔神喰いと願いを叶える力は問題無く発動した。それも本来の性能を発揮して……。

 計画の一つは失敗したが、そもそも短剣の力は補助的な意味合いが強い。

 今のレイヴンではまだ自力で性能を引き出す事は出来ないと思っていた。けれど、予想以上に早いレイヴンの成長はステラの計画を早めた。


 レイヴンの感情の発露と成熟。

 それはステラにとっても喜ばしい事である。そして同時に別れの時が近い事を告げていた。


「……今じゃ無い。成長すればする程、際限なく力は増す。けど、それこそが私の望み……貴方を壊して必ず救ってあげる……」


 レイヴンがレイヴンでろうとする限り呪いの力は強く作用する。

 だが、魔剣本来の性能を使いこなせたなら、今度こそ必ずレイヴンは救われる。


「ふふふ……レイヴンの呪いはまだ解けてなんかいないもの。ふふふ…あははは!……っ!笑うな!!!ハァハァ……私はまだ大丈夫。まだやれる……ふふふ…」





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 地下へと降りたレイヴン達はサラに逢う為に最後の扉を開ける。


「うわあ〜凄い!家がある〜!」


「灯りは加工した鉱石を使ってるのかあ。これは思ってたより凄いね!」


 扉を潜った二人は隠れ場所を思いのほか気に入った様だ。

 早速探検をすると言って走って行ってしまった。


「レイヴン、久しぶりだな。此処へ戻って来たという事は全部片付いたのか?」


「ああ。団長も他の連中と一緒にじきに戻って来るだろう」


「そうか。流石だなレイヴン。依頼主が向こうで待っている」


 カレンの部下の先導で狭い通りを歩くレイヴンは、最初に来た時とは随分隠れ家の様子が変わっている事に気付いた。

 何処の家にも明かりが灯り、湯気の立つ煙突からは美味しそうな香りが漂っている。

 角を曲がる度に聞こえて来る笑い声を聞けば、この場所が地下である事など忘れてしまいそうになる。


「少し離れた間に随分と賑やかになったな」


「まあな。あのゲイルとかいう男がダストンを連れ帰った後からだ。あのサラという少女は俺達から見ても本当によくやっているよ」


「そうか……」


 一番奥に建つダストンの家の前でクレアとルナが手を振って待っていた。

 サラ、ダストン、それにダストンの部下達も一緒だ。


「レイヴン早く〜!」


「こっちこっち〜!」


 家の前には不揃いな形のテーブルや椅子並べられ、中央には花の形をした髪飾りを花に見立てて生けた花瓶が置かれていた。


「二人から話を聞いて、皆んなで慌てて準備したの。だから、その……ちょっと不恰好だけど許してね」


「構わない。十分だ」


「ありがとうレイヴン。それから、お父さんを助けてくれて感謝してるわ。いろいろあってまだ心の整理がついていない事もあるけれど、レイヴンのおかげで私達はもう少し頑張れると思う。この長い冬がいつか終わると信じて頑張ってみる!」


「……?二人から聞いたのではないのか?」


「え?私が二人に聞いたのはレイヴンが帰って来たって事だけど……」


 どうにも途中から話がおかしいと思っていたら、二人はまだ夜が明けた事を話していなかったようだ。


「お楽しみってやつだよ〜。僕達が先に全部話しちゃったらつまらないでしょ?」


「サラお姉ちゃんこっち!」


「え⁈ ちょ、ちょっと!何処に行くの?そっちは外よ⁈ 」


「「良いから早く!見たらきっと驚くから!」」


 クレアとルナに手を引かれたサラは戸惑いながらもついて行った。



「レイヴン。その、なんだ……俺もまだちゃんと礼を言っていなかったから言わせてくれ。感謝するレイヴン。おかげで俺はまたサラとコイツらの顔を見ることが出来た。それからもう一つ、俺はお前に……」


「ダストン。俺とお前はこの場所で初めて会った。お前はサラの父親で、俺は通りすがりの冒険者。お前を助けたのもサラとの約束を果たす為だ。それ以上でも以下でもない。依頼は果たされた」


 ダストンは迷った素振りを見せたが、それが恩人であるレイヴンの判断であるならと口を閉じた。

 許された訳では無いだろう。許せる筈が無い。それでもレイヴンが下した決断がサラと仲間達の事を思って出た言葉だという事がはっきりと理解出来た。


「そうだな…一応、礼だけ受け取っておく。だが、礼ならサラに言うんだな。サラがいなければ俺は多分、お前達を見捨てていた」


 レイヴンの言葉にダストンは目頭が熱くなるのを感じていた。

 こみ上げる深い懺悔と感謝。

 ダストンの頬を熱いものが濡らしていく。


「ああ……分かった。ありがとう……本当に、ありがとう……」


「ダストンさん……」


 どんな時でも涙を流す事の無かったダストンが見せた涙は部下達にとって衝撃的だった。

 商人として尊敬してはいるが、ダストンがやって来た事は決して善行ばかりでは無かった事を知っている。

 ダストンとレイヴンを見ていれば過去に二人の間に何かがあったと分かる。


 気付けば皆、揃ってレイヴンに頭を下げていた。


「レイヴン……いや、レイヴンさん。俺達からも礼を言わせて下さい」


「「「ありがとうございます!」」」


「も、もういい。分かったからよせ。それよりお前達も外を見て来るといい」


「外?」


「あの嬢ちゃん達も言ってたけど、一体外に何が?」


「行けば分かる」


「「「???」」」




 クレアとルナに手を引かれたまま地上へ繋がる通路を歩いていたサラは、入り口の方から吹き込む暖かい風に驚いていた。

 ぼろぼろのフード越しに伝わる懐かしい熱。

 まるで春の陽だまりの様な緑の匂いがする。


「ほら、早く〜!」


「ちょっと待って!外には魔物が!」


「大丈夫だよ。この辺の魔物は殆ど全部レイヴンが倒しちゃったし」


「ええっ⁈ いくらなんでもそんな訳……」


 開け放たれた入り口から射し込む光。あれは人が作った物では無い。


 促されるまま地上へ出たサラは目の眩む様な眩しさに手で顔を覆った。


「サラお姉ちゃん、ゆっくりで良いから目を開けてみて」


 防寒着を着た体が熱を帯びて汗ばむの感じた頃、サラは恐る恐る目を開けて息を飲んだ。


「うそ……」


 目の前に広がるのは見慣れた筈の瓦礫の山。

 けれど、そこには分厚い氷も雪も無い。

 優しく吹く風は草木と土の匂いを運んでくれる。

 空は青く澄み渡り、久しく見る事の無かった太陽が燦々と輝いていた。


「そんな筈……これは夢なの?それとも魔法?」


「どちらも違う。現実だ」


「レイヴン……。だって、こんなの……」


 レイヴン達を見るサラの目には涙が零れ落ちそうなくらいに溜まっていた。

 信じられ無いのも無理は無い。


「何だこりゃあ⁈ 」


「凄え…!雪も氷も無くなってやがる!!!」


「ダストンさん!見て下さいよ!」


「これは……まさか、レイヴン。お前が……?」


 ダストンの言葉に皆レイヴンを見つめる。

 さすがにそんな事がある訳無いと誰もが思いながら、空を見上げるレイヴンが口を開くのを待った。


「依頼のついでだ。それに、これは俺だけの力じゃ無い。お前達とは別の方法で足掻いていた奴がいただけ。俺はほんの少しその手助けをしただけだ。以前の様な生活に戻るにはまだ暫く時間がかかるだろう。だが、冬は終わった。夜は明けたんだ……」


「レイヴン……貴方は一体……」


「言ったろう?俺はただの冒険者だ。さて、ルナーーー」


「もう結界張ってあるよ。それから……」


 ルナが手を振るとダストンの家の前に置かれていたテーブルや椅子が目の前に現れた。


(ふふ、用意の良い事だ)


 もう隠れて地下で暮らす必要は無い。

 陽の当たる場所で生きていけば良い。


「サラ、ここで報酬を受け取りたい。皆で食事をするとしよう。この二人の分も頼めるか?」


 溢れそうな涙を拭ったサラは、太陽の光すら霞む満天の笑顔で了承した。


「ええ!勿論よ!!!さあ、皆んな手伝って!外で食事にしましょう」


「はいはい!僕ミートボールパスタが良い!」


「あ!ルナちゃんだけずるいよ!私も!私も!」


「お、おい……。あまり無茶を言うな。ここには保存食しか……」


「あら?レイヴンは知らないのね。皆んなの食事はずっと私が作っていたのよ。保存食からだって美味しいミートボールパスタを作ってみせるわ」


 フードを脱ぎ捨てたサラは既に腕まくりまでしてやる気十分といった様子だ。

 後ろではダストンの仲間達が追加のテーブルや椅子を運び出していた。


「……そ、そうか。なら、俺も同じ物を頼む」


「任せて!腕によりをかけて作るから!」



 テーブルについて楽し気にしている三人を見たダストンは、人目も憚らずに泣いていた。


 かつて路地裏で拾った名も無い少年は、多くの仲間に囲まれ優しい笑顔を見せている。

 ここまでになるのに生半可な事では無かった筈だ。

 自分にはそんな資格は無いと分かっていても、諦めと共に手放した少年の成長を見て胸が熱くなるのを抑えられない。

 こんな事をレイヴンに言ったら怒るかもしれない。けれども、ダストンは嬉しくて嬉しくて……。


「ダストンさん、ちょっと泣き過ぎですぜ?」


「うるせえ!今日だけは放っておいてくれ!」

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