夜の終わり
流石と言うべきなのだろうか。レイヴンは暴走する事無く、見事に巨大な魔物を倒して目的を果たした。
絶望的な力を持った災厄をそれを上回る圧倒的な力で一蹴して見せたレイヴンへ贈られる賛辞と喝采は鳴り止む事無く降り続けていた。
王都は割れんばかりの歓喜の声で満ちて、人々は久しぶりに見る太陽太陽の日差しを存分に浴びている。
失ったものは戻らない。
それでも、生き残った彼等の表情は明るい。
明けない夜は終わりを告げた。
新たな一歩が始まるのだ。
そんな中、南門からレイヴン達の様子を見守っていたカレン達は、戦いの決着がついたのを確認して口々に溜め息を漏らしていた。
「まったく……無茶するんだから。私の出番が来なくてホッとしてるけどね」
「……無茶って言うか、俺は正直どう反応したら良いのか分からねえよ。こんなのアリなのか?」
「私もです……これが魔剣の本当の力なんでしょうか」
「その様だな。そうでなければ説明がつかない」
レイヴンの使った願いを叶える力は“奇跡” と呼ぶに相応しい。
あらゆる法則を無視して行使された魔剣の力は、願いを形に変え、北の大地を創り変えた。
氷に閉ざされていた大地は緑の豊かな大地へと変貌し、雪が溶けた跡には緑の新芽が生い茂っている。
「これから先、この国はどうなるんだろうな」
「それはリヴェリアが上手くやるでしょ。今はユキノ達が今後の事について大臣達と話し合いをしているでしょうし、悪い事にはならないわよ、多分ね」
「やっぱりって言うか、リヴェリアちゃんこっそり動いてたんですね……」
「食えない奴だ……」
任せている様で任せていない。
任せていない様で任せている。
ランスロット達は、それがリヴェリアだと納得する一方、あの金色の目はどこまで見通しているのか疑問に思っていた。
大臣達がやって来て開口一番、竜王からの手紙がどうの、矢がどうのと言い始めた時には何の事だか分からずに混乱したのだが、ユキノ達が現れた途端に大臣達は何やら勝手に納得して大人しくなった。
“後はやっておくから” と言って大臣達と城へ向かうユキノ達を見て、全てリヴェリアの手の内だったのだと理解させられた。
自分達が信頼されていない訳では無いと分かってはいてもどうにも腑に落ちない感情を抱いている事は言うまでもない。
「あ!そうでした!カレンちゃんカレンちゃん!ちょっとお話しがあるんですけど」
「え?私に?」
「その、話し難いので、ちょっと向こうで……」
「何だよ?俺達にも内緒なのか?」
「ランスロットさん、良いですか?乙女には秘密の一つや二つあるものなんですよ!って、お母さんが言ってました」
「乙女、ねえ……。てか、お母さんかよ……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
目の前に広がる見渡す限りの緑の大地。
新緑の芽吹いた肥沃な土。
山から吹き下ろす暖かい風が頬を撫でる。
「待ってレイヴン!歩くの速いってば!」
「うう、速すぎる……」
「す、すまない。このくらいでどうだ?」
「もう!歩幅が違うんだからさ、ちゃんと僕達に合わせくれないと!」
「う、うむ……」
レイヴン、クレア、ルナの三人は南にあるサラ達の隠れ場所へと向かって歩いていた。
魔剣の力は問題無く……というか、想像以上の力を発揮した。
そう、発揮し過ぎたのだ。
レイナに突き刺さったままだった例の魔剣は、どうやら対象者の精神にまで影響を及ぼしていたらしい。
願いを叶える力は増幅され、レイナ自身の願いであった国の再興まで現実のものとなった。
カイトとレイナも無事一命を取り留め、北の大国と呼ばれたニブルヘイムは新たな夜明けを迎えるに至った訳だが……何というか、多少の混乱はあったりもしたが、そこまではまだ良かったのだ。
タイミングを見計らったかの様に現れたユキノ、ライオネット、ガハルドの三人に質問責めに遭ってしまった。
目的は果たした筈なのに、どうにも居た堪れなくなってしまった結果、レイヴンはクレアとルナを連れて逃げる様にして王都を出て現在に至る。
「ねえねえ、サラって人の所に報告に行くんだよね?その後どうするの?」
「もう一度カレンやランスロット達と合流してから決めるつもりだ。お前達は、その……行きたい場所があるか?」
「「何処でも!」」
「そ、そうか……」
ゲイルとの約束の期限まであと少し。
アルドラス帝国に巣食うトラヴィスの排除をし、皇帝とやらの洗脳を解くという約束だ。
ステラの影がチラつくが居場所も掴めず目的もはっきりしない状況では不安が残る。
「あ!町っぽいのが見えて来た!」
「町?……だけど、完全に廃墟だね」
「サラ達は地下に避難して暮らしているからな。だが、もうその必要は無い」
長い長い冬は終わり、新しい季節がやって来た。
魔物は相変わらずそこら中にいるが、少なくとも人間が地下で隠れて暮らす必要はない。まだまだ普通の生活は出来ないだろう。けれど、それももう少しの辛抱だ。
「ていうか、アレ使っちゃって良かったの?」
「何がだ?」
「だって、王家の秘宝が……」
「カイトが持っていた魔剣で増幅された魔力だけでは足りなかったんだ。それに、もうあんな物必要無い。これからは自然のままに季節が変わる。それだけの事だ」
「そうだけどさあ。なんかそれっぽい事言って誤魔化そうとしてない?」
「……」
「あ、その顔は図星でしょ。無愛想な顔してたって分かるんだから」
「……」
いくらレイヴンでも保有している魔力量には限りがある。
無論、だからといって貴重な秘宝をわざと使った訳では無い。断じて違う。
想定していたよりも規模が大きくなってしまったばかりに、足りない分の魔力を補わなけければ不味いと思ったのは確かだが、頭を過ぎった時には既に魔剣が勝手にクレアに預けていた秘宝を喰らった後だったのだ。
魔と神を喰らう魔剣は、かつて神が与えたという天候を操る秘宝も例外無く喰らった。という訳だ。
「レイヴン!レイヴン!もしかして、あそこがそうなの?」
「ああ、そうだ」
クレアが指さしたのは瓦礫が積み上げられた一角。
固く閉ざされた地下への扉を抉じ開けると、サラ達の戦いの終わりを告げる陽の光が薄暗い地下を明るく照らした。
「そうだ、報酬を受け取らないとな」
「何を貰うの?」
「あれだけの事やったんだから、きっとすっごいお宝だよね!お金もいっぱい!むふふ……」
「そっかあ!皆んな凄く喜んでたし、きっとそうだよ!」
レイヴンは王都に蔓延る魔物を殲滅し、元凶である女王を倒した。その上、一国の姫を救い、長い長い冬を終わらせたのだ。
冒険者の依頼で受け取れる報酬を遥かに凌ぐ褒賞や栄誉があってもおかしくは無い。
しかしレイヴンは、興奮する二人に悪いと思いながら、いつもの無愛想な顔で言った。
「いや、食事を作ってもらう事になっている」
「「へ?」」
「依頼はダストンを救い出すまで。カイトとレイナの件は、そのついでだ。だから、さっきまでの戦いについて報酬は無い。タダ働きというやつだ」
「「えーーーっ⁈ 」」
国家の一大事を救っておいて得られるのは食事だけ。
そんな馬鹿な事が!という表情の二人を見たレイヴンは、少し笑ってしまいそうになるのを堪えていた。
「どうして?お金の方が良いのに……」
「そうだよ!孤児院とか他にもいろいろお金は必要なのに……」
「お前達の言いたい事も分かる。だが、これは値千金の報酬だと俺は思っている。……それで良いんだ」
「「……?」」
金は必要だ。けれど、それは人の心を買う為では無い。
肝心なのは、嘘偽り無く自分をさらけ出せるかどうか。
純粋で大切な願い。
儚く遠い願いだったとしても、諦めない。
立ち止まったって良い。振り返っても良い。
足掻き続けた先にこそ、希望の光はある。
どんなに小さな光でも、暗闇を照らすその光は太陽の輝きにも勝る。
レイヴンは知ったのだ。
例え暗闇に囚われていようとも、伸ばした手を掴んでくれる存在の温かさを。
ならば、今度は自分がその役割をするだけだ。
「さあ、行くぞ」
「「だから速いってば!」」
「す、すまない……」