許されざる罪と願い
改めて魔剣を使ってみて分かった事が二つある。
一つ目は、魔剣の主として力を制御する為に必要なのは、受け入れる事。力に逆らうのでは無く、力の方向を示してやる事だと理解した。
これまで力を制御する事ばかりに気を取られた結果、力に振り回されていた。ランスロットの言う通り、魔剣が本来持っている力をそのまま解き放ってやるのが一番扱い易いと気付く事が出来た。
二つ目は、この魔剣が持つ特異な能力に関してだ。
『魔と神を喰らう力』『願いを叶える力』
実はこの二つの能力は同時に発動しているのではないか?という事だ。
魔と神を喰らうとは、相手の力そのものを喰らう能力の事。
願いを叶える力とは、喰らった力を餌にして使用者の願いを具現化する能力。
そう解釈出来ないだろうか。
「アハハハハハハハ!アハハハハハハハ!!!虫ケラ!虫ケラッ!!!」
(チィッ……!)
カイトが貫かれたの見たレイヴンは咄嗟に叫んだ。
「クレア!ルナ!退がれッ!」
ーーーーーードクンッ!
レイヴンの魔剣が鼓動し、強烈な光を放つ赤い魔力を帯びて目覚める。
「「レイヴン!」」
「後は任せろ!」
後退する二人と入れ替わる様にして赤い魔力の残光が軌跡を残して通り過ぎて行った。
カイトが手にした短剣に施された特殊な装飾と心臓の鼓動。
間違い無い。あんな物を作れるのはステラ以外にはいない。
(クソ!まさかステラが……!)
カイトの元まで飛び上がったレイヴンの振るう魔剣は複雑な軌跡を描いて女王の体を斬り裂いた。
女王と同化したレイナの本体を切り離し、カイトを貫いた触手を斬り裂いたのだ。
残った女王にはもう用は無い。
「オノ、レ!!!ドコマデ、モ、邪魔ヲ……!!!」
「邪魔はお前だ!」
「グギイヤアアアアアアア!!!」
レイヴンが飛び出してから僅か数秒。
細切れにされた女王の巨体が崩れ落ちる。
「わわわわわわわ!!!」
「落ちてくる!いっぱい落ちて来てるって!」
水晶の力を使って再生しようとしているのか、女王はしつこく起き上がって来る。
だがそんな物は関係無い。レイナさえ切り離して仕舞えば遠慮は要らないのだ。
「これで終わりだ」
一層強く輝いた魔剣はレイヴンに応える様に凶暴な力を解放する。
抗う事を許さない防御も回避も不可能な暴力の塊。
振り抜かれた魔剣から放たれた赤い雷が水晶ごと女王を焼き尽くす。
「うわぁ……レイヴン容赦無いなぁ」
「あ、あっという間に終わっちゃったね……」
分かりきっていた結果だ。
抑え込むだけで精一杯だったクレア達とは次元が違い過ぎる。
「クレア、これを持っていてくれ。俺は向こうを片付けて来る」
断末魔をあげる事も出来ずに焼かれた女王の体から秘宝を回収したレイヴンは、クレアに秘宝を預けると足早にカイトとレイナの元へ向かった。
王都に出現した巨大な魔物が一瞬で倒される様子を見た人々は言葉を失っていた。城から様子を見守っていた大臣達も同様だ。
抗う事など出来ない絶望的な力を持った災厄は、空から降り注いだ赤い雷によって滅ぼされた。
正体不明の黒い鎧の人物は見事に女王を倒して見せたのだ。
「何と言う……あれだけの魔物がたった一撃で……」
「我々は夢でも見ているのか……?」
「だが災厄は去った。これでこの国は救われたのだ」
「今直ぐに女王を倒した者へ使者を出すべきだ!」
「待て!何か様子がおかしい……先に南門へ使者を送る方が良いだろう」
「そうだな。まだあの鎧を纏った者が我々の味方だと決まった訳では無いのだから」
竜王の放った矢が南門に現れた女であるなら、まだ何も解決していないかもしれない。
逸早く方針を固めた大臣達は兵士に指示を出して城を出た。
夜空を赤く染める光が王都を照らし出す。
その下に蠢く影。
女王の体から切り離されたレイナの体はカイトが突き刺した魔剣の力によって再生を始めていた。
未だ膨張した肉塊に埋もれたままではあるが、レイナは辛うじて意識を取り戻していた。
仰向けに倒れたレイナの視界に映るのは赤く染まった空、そして……レイナの顔を見て笑顔を見せるカイトの姿だった。
「カイ、ト……どうして……」
「はは……良かっ…た…意識が…戻ったみたいだ、ね……」
レイナの胸に突き刺した短剣を握ったままのカイトは意識を保っているのがやっとの状態であった。
魔剣の発動に大量の魔力を消費した上に、体を触手に貫かれているのだ。
止め処なく流れ出る青い血は悪魔特有のもの。今すぐにでも治療しなければ助からない。けれども、カイトは魔剣へと魔力を注ぎ続けた。
魔剣の固有能力は『増幅』
使用者の精神と魔力を喰らって何倍にも増幅した力を相手に流し込む事が出来る。
原理など知らないし、知りたくもない。魔剣に埋め込まれた心臓を見れば、まともな作り方をしていない事くらい分かる。
あの女は言った。
レイヴンの力を最大限に引き出す物だと。
確かにこの魔剣の力を使えば、強大な力を持つレイヴンに更なる力を与えて強制的に暴走状態に陥れる事も可能だろう。
理性を失った魔物混じりなど、如何に強大な力を持っていようが勝手に自滅する。
どうしてあの女がそんな事をしようとしたのかは分からない。けれど、意識を失い、力の弱ったレイナを蘇らせるには好都合だった。
「ぐふっ、ゲホッゲホッ……!ハァハァ……待ってて、もう少しで……君を元に戻してあげるから……」
「血が!」
大量の血を吐き、もはや焦点の定まっていないカイトを見たレイナは、カイトに触れようとして自身が腕も触手も無い状態である事に気付いた。
カイトを支え様にもどうにも出来ないもどかしさに歯噛みする。
「カイト!今すぐ治療を!もう魔力を流さなくていい!私はもういいの!だから…!!!」
「それは、駄目だよ……俺…僕は嘘が嫌い…なんだ。必ず、君を元に戻すって……決めた、から……」
「そんなのもういいって言ってるでしょ!貴方まで死ぬ事は無いわ!お願いだからもう止めて!」
「嫌だ!!!」
「……ッ!」
「それだけは…出来ないよ……」
カイトは元々悪魔の中でも戦闘能力を殆ど持たない低級悪魔。
人の姿をしていられるのも、女王が召喚した悪魔達よりも力が強かったのも理由はただ一つ。
悪魔崇拝によって人間界に顕現した際に生贄である本物のカイトを喰らったからだ。
名前と生身の体を手に入れた悪魔は力を増す。
それでも元は低級の悪魔。
知恵を絞る以外にレイナを救う術など持たない。
力を持たないが故に手段を選ばなかった。
他人を犠牲にして、何もかも滅茶苦茶にしてでも、もう一度見たかったものがある。
ーーーーーーーーーーーー
冷たい風が吹き込む庭園で、教育係だったカイトが悪魔である事を告げたあの日……
『そう……でも、貴方は貴方だもの。それよりコレを見て!やっと芽が出たの!雪と氷に覆われた土でも必死に生きようとしてる。いつか、雪が止んで氷が溶けたら、この庭園いっぱい…ううん、国中に沢山の花を咲かせられる日が来たら、とても素敵だと思わない?』
『状況が分かっていないのか⁈ 僕は悪魔なんだぞ⁈ 君を殺してしまうかもしれないんだぞ⁉︎ 』
『貴方はそんな事しないわ』
『どうしてそんな事が分かる!人間の分際で知った様な口を叩くな!』
『貴方からは嫌な感じがしないもの。それにとても優しい……。殺そうと思えばいつでも出来たのに、自分が悪魔だって言わずにはいられないくらい。それに、貴方の澄んだ目。私とっても好きよ』
『……』
『ねえ、知ってる?明けない夜なんて無いのよ。今はどんなに厳しくても、いつか眠りから覚めなきゃいけない時が来るわ。この冬だって、きっといつか終わる。…この芽はその証。貴方と私が毎日毎日世話をして芽吹いた命よ。私に力を貸してカイト。殺すのはそれからでも遅くは無いでしょう?』
思えばあの時、僕はレイナに心を奪われていた。
とても美しかった。
自分の置かれた境遇も、氷に閉ざされた世界も全部受け入れて、それでも凛と咲く彼女の魂は見た事の無い気高い輝きを放っていた。
悪魔である事も命を奪おうとしていた事も本当は全部気付いていたんだと思う。
それでも彼女は……レイナは笑って言った。
力を貸してくれと。
自分を殺そうとした悪魔に向けたあの笑顔をもう一度見られるなら僕は……。
ーーーーーーーーーーーー
「やあ……」
「……その魔剣。何処で手に入れた?」
「魔剣?ああ、地下道……王都へ、向かう…途中さ。酷く淀んだ……青い目をした女だ。そんな事、より……約束だ。レイナを……元の、姿に……」
カイトはもう目が見えてはいないのだろう。カイトの瞳は濁り、光を失いかけていた。
喋り終わると首をもたげる様にして動かなくなったカイトは、それでも尚、魔剣を握ったまま、ただひたすらに残る魔力を魔剣へと注ぎ続けていた。
カイトは悪魔だが、自分の願いに純粋であった。関係の無い人々を巻き込み、救えた筈の命すらも奪った。最低最悪の行為。万死に値する正に悪魔の所業。
願いの為に決して許される事の無い罪を犯した。
けれど、カイトは最後に足掻いた。
自らの命を投げ打ってまでレイナを救う事に賭けた。
今更何を?
確かにそうかもしれない。だとしても、レイヴンはカイトをこのまま死なせるのは惜しいとさえ思っていた。
「ああ……良くやったとも。お前の願い、俺が叶えてやる」
「レイヴン!お願い聞いて!カイトを!カイトを助けて!今ならまだ間に合う!私はもうどうなってもいいから、早くカイトを!」
「黙れ」
「……ッ⁈ 」
「お前はカイトの姿を見てもまだ死にたいと言うのか?俺は死にたがる奴まで助けたいとは思わない。だが、お前が望むのなら俺にはそれを叶えてやれる力がある」
「だけど、私はもう……」
一度は国の再興を目指した。けれども、失ったものが大き過ぎる。多くの人々を喰らって生き延びた自分に今更何が出来るのか……。死んだ人達はきっと許さないだろう。
「思い上がるな。お前が死んだところで何も変わらない。だったら生きて贖え。お前が、お前達に何が出来るのか。何をするべきなのか……お前の本当の願いを思い出せ」
カイトは願った。
レイナが生きる事を。
レイナの願いが叶う事を。
レイナは願った。
カイトが悪魔だとしても共に生きられる世界を作ると。
カイトと一緒に夢見た緑豊かな国を再興してみせると。
「私は……カイトと一緒にいたい!もっともっともっと沢山!本当は死にたくなんか無い!!!」
「……分かった」
ーーーーードクン。
レイヴンを中心にして吹き荒れる魔力の渦が王都を包み込む。
「カイト、お前は悪魔だ。その人間の体は既に死に、元には戻せない。それでも生きたいか?レイナと共に」
「君は……本当に、優しい……奴だな。どんな姿、だって…良い、さ。レイナの、傍にいられるなら……」
「カイト……私もよ。貴方と一緒に生きられるのならどんな姿でも構わない。レイヴン、本当に……」
「ああ、問題無い」
二人の願いを確認したレイヴンは、ゆっくりと黒と白の翼を広げ、魔剣を空高く掲げた。
(喰らった力を糧に願いを叶える。だったら……!)
「さあ、起きろ。お前が魔と神を喰らう魔剣なら!二人の魔を喰らい願いを叶えろ!!!力を…示せッ!!!」
ーーーーードクンッ!!!
眩い光と共に振り下ろされた魔剣はこの日、繰り返された歴史の中で始めて本来の能力を解放した。