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賭け

 南門を中心に拠点を確保したカレンはクレアとルナをレイヴンの元へ応援に行かせたきり動こうとはしなかった。

 フルレイドランクに迫ろうかという魔物の出現に一旦は平静を取り戻していた兵士達もすっかり怯えて戦意を失くしてしまっている。ルナの張った結界が無ければ魔物の放つ気配だけで精神が崩壊しかねなかっただろう。


「おい、どうすんだよ。予想通りっつうか、あの二人戦い始めたぞ。本当にこのまま見てるだけで良いのか?」


「うう……腕の感覚が無いですぅ……」


「よしよし。まったく、レイヴンも乱暴なんだから。……えっと、何か言った?」


「いや……俺達はこのまま見てるだけで良いのかって聞いたんだけど」


 ランスロットですら戦わずに逃げ出す事を選ぶ様な桁外れの魔物を相手に一歩も引かないクレアとルナ。訓練では一度も見せた事の無い動きの数々。

 薄々は気付いてはいたのだ。二人の実力はとっくにSSランク冒険者の領域すら超えていると。だが、それでもあの巨大な魔物に挑むにはまだ力が足りない。


「あの動きを見てれば何の問題無い事くらい分かってるでしょう?」


「そうじゃなくて、カレンは行かなくて良いのかよ」


 レイヴン程では無いにしろ、カレンもリヴェリアやマクスヴェルトと肩を並べられるだけの実力者だ。今からでも戦闘に加われば戦況はかなり有利になる。


「私の出番は多分まだ。今は少しでも魔力を温存しておきたい」


「どういう事だよ?」


「ちょっとは自分で考えなさいよ、馬鹿ランスロット」


「ぐっ……」


 実際カレンが動くまでも無く、形勢は決している。

 フルレイドランクの魔物すら一撃で葬ってしまうレイヴンが魔剣を完全に使いこなした今、負ける要素など無い。

 一つだけ疑問があるとすれば、どうしてクレアとルナに戦わせているのかという事ぐらいだ。


「レイヴンさんなら一人でも倒せてしまうのに、クレアちゃんとルナちゃんが戦っているのは、やっぱり何か不都合な事が起こったという事なんでしょうか?」


「お、ミーシャ鋭い!やっぱり馬鹿ランスロットは駄目ねえ」


「うっせ!いいから話せよ」


「簡単よ。何故ならーーーーーー」


「一撃で倒してはならないからだろう」


 カレンの言葉を遮ったのはダストンを送り届ける為に南へ向かっていたゲイルだった。


「ふふん。正解……。貴方がゲイルね。それにしても此処までよく迷わずに来られたわね」


 ゲイルはカレンを値踏みする様に見た後、何やら納得した様に頷いていた。

 人の事をジロジロ観察するだなんてゲイルにしては珍しい。


「成る程。その風貌と目。お前が噂の団長か」


「へえ……見ただけで分かるの?」


「よく似た気配を持つ人物を知っている。とだけ言っておこう。それから、先程の質問だが、あれだけの出鱈目な規模の咆哮などレイヴン以外にあり得ない。離れていたから良かったが、それでも結界無しにはかなり体にこたえたぞ。おかげで迷わずに済んだがな」


「そっか、あれを生身で……よく無事だったな」


「意識を失いかけたがな」


「ゲイルさん、一撃で倒しちゃ駄目ってどういう意味ですか?だって、倒せるんだから直ぐに倒してしまった方が良いと思うんですけど……」


「あれは魔物堕ちした人間だ。此処からでは分かり辛いが気配が二つ感じられる。レイヴンが手を出さないのは、おそらくどちらか一方を助けるつもりなのだろう」


「二つ……?」


 ランスロットは巨大な魔物へと意識を集中する。

 あまりに強大な魔力のせいで確かに判別し辛いが異なる二つの魔力の波動を感じる。片方は酷く弱々しい。

 一つの体に二つの気配。一体向こうで何が起こっているというのだろうか。


「そういう事か……それで」


「やっと分かったようね。レイヴンが魔剣の力を使う事について、あんなの見せられたんじゃ今更心配なんかしてないわ。でも、私はレイヴンが魔物堕ちしないとは思っていない。貴方達がリヴェリアとマクスヴェルトからどこまで話を聞いているのかは知らないけれど、過去レイヴンが魔物堕ちしなかった事は一度も無いの。だから私は万が一に備えて動く訳にはいかないわ」


 腕を組んだままレイヴン達のいる方向を見つめたカレンの目はどこか哀しげな色を帯びていた。

 “過去レイヴンが魔物堕ちしなかった事は一度も無い”

 その言葉だけでカレンがリヴェリア達と同じ時を繰り返していたのだと、この場の誰もが察していた。


「んな事にはならねぇって!レイヴンはもう魔剣をちゃんと扱える!それにクレアとルナがいるんだ。あの二人を置いて魔物堕ちしたりなんかするもんかよ!」


「そ、そうですよ!レイヴンさんはいつも人間らしくありたいと願っています!私はレイヴンさんが魔物堕ちだなんて絶対しないと思います!」


「おい!ゲイルもカレンに言ってやれって!」


 過去がどうであれ、今のレイヴンは感情を手に入れた。まだ完全とは言いがたい産まれたての感情。けれど、過去には居なかったクレアとルナがいる。あの二人がいる限りレイヴンはレイヴンのままでいられる筈だ。


「いや、いくらあの二人が居るとは言え、絶対などという事は無い。寧ろ、過去に起こった出来事と違う点が多ければ多いほど読み難い。それは結末を知っている者程強く感じている筈だ。違うか?」


「……」


「おいおい、何言ってんだよゲイル……」


 カレンはゲイルの言葉に目を細めはしたが、何も答える事は無かった。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「レイナ!目を覚ますんだレイナ!!!」


 カイトがいくら呼びかけてもレイナの本体には何の反応も無い。どれどころかレイナの魔力は弱まる一方だ。


「アハハハハハハハ!!!ムダ!ムダ……で、アル!」


 形態の変化を終えた女王は上半身が人間、下半身が蛇の様な姿になっていた。

 クレアとルナも善戦してはいるが、徐々に押され始めている。


「もう!レイヴンに良いとこ見せたいのにぃ!」


「やっぱり強い。あの胸のとこにいる人を起こせば良いんだよね?」


「そうだけどさあ、これだけ戦ってるのに全然反応無いし……。さっきから名前呼んでる人がどうにかするしかないよ」


「余計な事は考え無くて良い。目の前の敵に集中しろ!」


「「怒られたあぁ……」」


 緊張感が薄い事を除けば、二人は良くやっているとは思う。

 格上の相手にも怯まず、時間を稼ぐ事に成功しているのも概ね想定通り。女王の力は確かに大した物だが、体内に取り込んだ数百にも及ぶ魔核も元は巨大になり過ぎたレイナの体を維持する為の物。これだけの力を持つ事が出来ているのはダンジョンの核である水晶の力が加わっている事が大きいと思われる。

 問題はカイトが予想以上に手こずっている事。レイナの精神が女王に阻害されて表に出て来られないのだとしても、これだけカイトが必死に呼び掛けても反応が無いのはおかしい。


「もっと他に方法は無いのか。このままでは本当に死ぬぞ」


 悪魔と言っても何でも出来る訳じゃない。

 レイヴンの言う“人間の側に繋ぎ止める” とやらが一体どういう状態を指すのか不明なのだ。


「分かってる!だけど女王の支配が強過ぎるんだ。せめてレイナの本体に十分な魔力が注げれば……そうだ……これを使えばもしかしたら……」


 カイトが手に取ったのは腰に下げていた不気味な装飾の短剣。


 地下で会った奇妙な女が寄越した物だ。

 レイヴンの力を最大限に引き出す為に使えと言われた鋳造魔剣。

 能力については解析済み。けれど、この魔剣が正常に作動するかどうかは賭けだ。


「レイヴン……俺がレイナの意識を取り戻させる事が出来たら、直ぐにその魔剣の力で人間に戻してやれるか?」


「問題無い。準備は出来ている」


「そうか。なら、後は頼んだ!」


(……あの装飾は、まさか!)


「待てカイト!早まるな!」


 レイヴンの制止も聞かずに飛び出したカイトは、クレアとルナが戦っている間を縫う様にして女王に飛び付くと、僅かに見えるレイナの本体へと向かって短剣を突き刺した。


「えっ⁉︎ 何⁉︎ 」


「無茶だよ!早く離れて!」


 ーーーーードクン。


 魔剣の輝きと共に心臓の様な音が王都へ響く。

 レイヴンの持つ魔剣とは事なる心臓の鼓動。


「目を覚ませレイナ!!!俺は君をッーーーーー」


 どす黒い魔力を帯びた魔剣が発動するのと同時、幾重にも伸びた触手がカイトの体を貫いた。


「グハァッ……!レ、レイ…ナ……」


「アハハハハハハハ!!!オロカ!愚カ!!!虫ケラ、ガアアアアァァァァァ!!!」



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