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小さな助っ人

 

 執念深く復活した女王であったが、大き過ぎる力の制御に戸惑っているのか未だに体の形態を変化させていた。


 このまま動けない内に倒してしまうのは簡単だ。

 けれど目的はレイナを人間に戻してやる事。


 これだけの被害を出しておきながら当事者が死を望む。そんな事は断じて認める訳にはいかない。生き延びて国とやらを再興して、住民達の生活が元に戻るまで力を尽くす責任がある。どうしても死にたいのなら、その後で勝手にすれば良い。


(やれやれ、厄介な事ばかりだな。せめてレイナの意識が戻れば……)


 二人が同化してしまった状態からレイナだけを人間に戻す。

 同化の進行状態が分からないのでは、女王だけを倒すだなんて器用な真似は出来そうにない。であれば、レイナの本体だけを見極めて上手く切り離す必要がある。その上で魔剣の力を使ってレイナを人間に戻してやる他無い。

 但し、これは無茶を通り越して不可能に近い。特にレイナの意識が無いのが問題をややこしくしている。


「どうするつもりなんだレイヴン。あれは生半可な事では止められないぞ。秘宝の方は“相性”もあって問題無いだろうが、水晶は危険だ。あれは未だに相当量の魔力を蓄えている」


「その様だな。クレアとルナが女王の動きを押さえている間にどこを切り離すべきか考えるとしよう」


 クレアとルナにやって貰う事は一つ。

 レイナの本体を見極めるまでの時間稼ぎだ。


「ちょっと待て!まさか、その二人が戦うと言うのか⁈ まだ子供じゃないか!」


 カイトの不安はもっともだが、その点に関しては何も心配してはいない。

 二人は子供と言っても、かなり高い戦闘力を有している。ユキノからの報告通りなら二人は未だ本気を出していない。


「心配無用だ。この二人であれば問題無くこなせる。それに、俺ではやり過ぎてしまうからな」


「やった!クレア、今の聞いた⁈ 」


「聞いた!ちゃんと聞いたよルナちゃん!」


 レイヴンの言葉に興奮を隠し切れない二人は飛び跳ねて喜んでいた。


「頼んだぞ」


 レイヴンが頭を撫でてやると嬉しそうに戦闘準備を開始した。


 クレアが持っている剣はドワーフ族の鍛治師ガザフが作った一級品。

 ガザフが好意で譲ってくれた物だが、大金をいくら積んだとしても買える様な代物では無い。

 使用者が流す魔力の量に応じて切れ味と強度を増す能力がある。魔導剣と言われる最も純粋な魔剣に近い魔剣の中でも、文句無しに最上級の魔剣だ。


 ルナは一見何も持っていない様に見えるが、首や腕、耳飾り、髪飾りに至るまで全て魔法の補助を行う魔具で身を包んでいる。

 最も注目すべき点は、マクスヴェルトと同じく、殆どの魔法の行使に呪文の詠唱を必要としない事だ。

『呪文詠唱自体を術式として脳内にイメージした物を余剰領域に待機させて置いて、必要な時に引っ張り出してトリガーを引く感じだよ』 とは、マクスヴェルトが言っていた事だが、どうやらルナはそれを会得した様だ。


「へへん!レイヴンと一緒に旅に行く為に頑張ったもんね」


「これが終わったら沢山いろんな所に行けるね。確か、かんこう?だったかな?」


「あー、マクスヴェルトの奴が言ってたやつね」


「そう、それ!」


 そもそも、レイヴンの旅について行くのは並大抵の事では無い。

 孤児院を維持する為に必要な資金を稼ぐ為に四六時中ダンジョンへ潜ったままなんて事は珍しく無い。

 情報が不十分でどんな魔物が出て来るかも分からない状況でも、お構い無しに進み続ける。遭遇した魔物がレイドランクだろうが、フルレイドランクだろうが関係無い。立ち塞がる障害は文字通り一撃の下に斬り伏せる。しかも、それを毎日の様に繰り返すのだ。

 そんなレイヴンについて行くのを喜ぶのは、世界中を探してもクレアとルナだけだろう。



「じゃあ、僕達はあの大きいのを止めれば良いの?」


「そうだ。倒す必要は無い。時間を稼いでくれればそれで良い。ルナはクレアのサポートを頼む。吹き飛ばしてしまう様な規模の大きな魔法は使うな。あくまで支援だ。クレアもあまり突っ込み過ぎるなよ。あの触手に拘束されれば抜け出すのは難しい。足を止めるな。絶えず動き続けて……」


「隙が無いなら作れ。でしょ?ちゃんと覚えてるもん!」


(ふふ……)


「……その通りだ。それから、あくまでも時間稼ぎだと言う事を忘れるな。油断すれば死ぬ」


 人類最高峰と言われるSSランク冒険者が複数のパーティーを組み、長い長い準備期間を経て、それでも勝てるかどうかも分からない魔物。そんなフルレイドランクの魔物と、『時間稼ぎに戦って来い』などとあっさり言ってのける人間は世界中を探してもいないと断言出来る。そう、レイヴンという例外を除いては。


 クレアとルナの事を知らない人間が見たら無慈悲に思うだろう。

 それでも二人には、レイヴンに信頼される事が嬉しくて堪らないのだ。

 勝てるかどうかよりも、レイヴンの傍にいたい。必要とされたいという想いが強い。

 極めて危険な思想なのだが、それほどまでに二人にとってレイヴンの存在は大きい。


「そんなヘマしないもん!ちゃんと活躍するところ見ててよね!」


「リヴェリアお姉ちゃん達とたくさん頑張ったから大丈夫!」


「分かっているとは思うが、相手はお前達よりも強い。俺が暫く動けないのを忘れるな。それから……くれぐれも無茶だけはするなよ」


「うん!」


「もう、心配性だなあ。分かってるって!」


 二人は準備を終えると、矢の様な勢いで飛び出して行った。



「本当に大丈夫なんだろうな?あの二人が余計な事をして、もしまた失敗でもしたらレイナが……」


「問題無い。いい加減に腹を括れ」


「……」


 一人では難しくとも、あの二人が一緒に戦うのならかなりの時間を稼ぐ事が出来るだろう。

 現に二人共臆する事なく果敢に魔物堕ちした女王へ攻撃を開始している。

 クレアの機動力とルナの鉄壁の防御。これらを突破するのはレイドランクの魔物やSSランク冒険者であっても容易では無い。


 暫く様子を見ていたカイトも二人の動きを見て、ようやく納得した顔をしていた。


「……確かに素晴らしい力だ。とても子供とは思えないよ。だけど、レイヴンも酷な役割を与えたものだな。悪魔の俺でも子供を戦わせるのには躊躇するというのに」


 敢えて困難な役割を任せる。これは二人に対するレイヴンなりの答えなのだ。

 こんな自分について来たいと言って頑張った二人に、今度は自分が応えてやる番だ。そう思っての事だ。

 一般的な尺度からはかなり掛け離れてはいるのだが、これはこれでレイヴンらしい。


「確かにな。だが、あの二人にはこれくらいで丁度良い。将来、もっと厄介な相手と戦うかもしれないからな」


「……?」


 たった二人でフルレイドランク並にまで力を増した女王を相手させるのは正直言って賭けではある。カレンが動けばそれが一番良いのだが、動かないのには何か考えがあるのか、単に面倒なのかは分からない。

 少なくともリヴェリアとマクスヴェルトが許可したのであれば、二人の実力には何も問題無いと判断したという事だ。であれば、これ位の無茶は想定済だろう。


(どこまで成長したのか見るには良い機会だな)


 レイヴンはそんな二人の姿をくすぐったい様な嬉しく思う反面、本当なら二人を血生臭い戦闘からは遠ざけたいとも思っていた。


 当たり前で何気ない普通の生活を送って欲しい。

 同年代の子供と遊んだり、花を愛で、本を読み、暖かい陽の光を浴びて昼寝するのも良い。そんなありふれた生活を……。


 それがレイヴンの一方的な願いだとしても、人間のエゴによって生み出された二人にはもっと違う視点で世界を見て欲しいのだ。

 一歩外を歩けば魔物が跋扈する世界。けれど、世界には美しい物や景色が沢山ある。


(いつか、剣を捨てて……景色を見たり街をみたりしながら旅が出来たら……)


 そんな日が来るとすれば、レイヴンが冒険者を辞めるしか無い。しかし、世界から魔物が消えていなくなる事などあり得ない事だ。



「さて、こちらも準備を始める。カイトはレイナの切り離された精神がどうなっているか確認しろ。レイナを人間に戻せるかどうかはお前次第だ」


「人間に戻すだって?俺はただ、せめてレイナを人の形に戻してやろうと思ったんだ。レイヴンの言い方では、まるで魔物堕ちから人間に戻れると言っている様に聞こえるぞ」


「そう言ったつもりだが?」


「なっ……⁈ 」


 レイヴンが嘘を吐いていないと分かるカイトでも、今の話だけは信じられないでいた。

 どんなに上位の悪魔の力を持ってしても、一度魔物堕ちした状態から人間に戻す事など出来無いからだ。


「お前はレイナを人間の側へ繋ぎ止める事だけに集中しろ」


 殺してくれと言ったレイナが生きることを完全に諦めていたら、その時はお手上げだ。例え魔剣の力を使って人間の姿に戻ったとしても、リアムの仲間達がそうであった様に、魂の無い抜け殻になってしまう。


「人間の側へ繋ぎ止める?どういう意味だ?」


「レイナは自分を殺してくれと言った。それでは駄目だ。“生きたいと願う意思は何よりも強い” もう一度生きたいと思わせる事が出来れば人間に戻してやれる。方法についてはお前に任せる。後は俺を信じろ」


 やはりレイヴンは嘘を吐いていない。

 瞳にも声にも揺らぎは感じられなかった。


「分かった……。レイヴンが言うのなら信じよう。だが、その後はどうすれば良い?」


「そんな事まで知るか。“自分達”で考えろ」


 レイヴンはそれだけ伝えるとクレアとルナへ視線を向けた。


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