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動き出した魔人 前編

 

 鬼気迫る顔で生き残っている兵士達を統率したカレンは王都内の魔物の殲滅と住民達の救出を始めていた。突然名乗りを上げたカレンが、指揮官から無理矢理指揮権を奪うという前代未聞の行動。けれど、指揮官は驚く程呆気なくカレンに指揮権を委ねた。

 各指揮官は大臣達から事前に援軍の事を聞いていた。それが突然現れた女かどうかは確認する迄も無かった。何故なら炎を纏った女の一撃は多くの魔物を薙ぎ倒して見せたからだ。


 指揮官達も一般兵に混じって戦列に加わると、カレンの能力“言霊”とマクスヴェルトの超広範囲回復魔法によって亡者も顔負けの快進撃を続けている。


「これはもうさぁ……なんと言うか、ねえ?」


「黙れ。こうでもしなければ状況を打破出来ない。レイヴンが動き出すのを待っている間にも関係の無い民の命が失われるんだぞ」


「いや、それはそうなんだけど……これなら僕ら二人でやった方が良い気がしてさ」


「それは駄目だ。この国の兵士はそれなりの練度の様だが、私達が居なくなった後の戦力としては心許ない。ついでに鍛えてやろうという優しさだ」


「優しさ……?言葉の意味分かってる?」


「ふふん、勿論だ」


「さいで……」


 身体能力が多少向上した所で、経験値が蓄積された訳では無い。圧倒的な数を誇る魔物に勝つのは難しい。傷付いた兵士を回復魔法で強引に前線に復帰させる戦法が奇跡的に成立しているのも、初めからこれが最後の戦いだという兵士達の気構えがあったればこそ。

 こんな強引なやり方は優しさどころか鬼畜の所業である。


「ちょっと嬉しそうな顔してるのが余計に心配だよ。能力向上は一時的な効果なのに……」


「どうせリヴェリアはコソコソと裏で手を回しただけで静観を決め込んでいるんだろう?だったらコレ以外に方法は無い」


「よくご存知だ事で……。お?お?」


「どうした?」


「カレン、ごめん。僕は此処までみたいだ。ルナが起きたみたい」


「なら、ルナにも手伝わせたらどうだ?もう回復しているんだろう?」


「そうなんだけど、これは何とも……。カレン、やっぱり僕は此処までだ。なんだかやる気満々って感じ?」


 何も無い空間にミシリと亀裂が入る。


「うはあ、もうこの魔法も覚えたのか。じゃあね、カレン!ばいばい!」


 指を鳴らして転移魔法を発動させたのと同時、亀裂の入った空間がガラスの様に砕け散った。中から出て来たルナは顔を真っ赤にして辺りを見回して、マクスヴェルトの姿を探し始めた。


「んもーーー!!!あの糞師匠!どこいった!僕をこんな所に閉じ込めて!でも、この魔法はもう覚えたもんね!出て来いコラーーーッ!」


 精神的に参っている様な事を言っていたにしてはピンピンしている。

 もう覚えたというのは、マクスヴェルトだけが使用する事が出来るという空間魔法を会得したのだろうか。だとしたら、恐ろしい才能だ。


(マクスヴェルトめ……さては、ルナに空間魔法を覚えさせる為だけに来たな?)


 マクスヴェルトの遊び癖は今に始まった事では無いが、拠点確保まであと少しだというのに、このままでは戦線が崩壊してしまう。


「ルナ、ここから見える兵士全員に回復魔法をかけられる?」


「もう!僕に命令して良いのはレイヴンだけなんだってば!そんなのもうやってるもん!ずっと見てたから状況くらい把握してるよ!」


(へえ、凄いじゃない……)


 ルナはしっかり全兵士に対して回復魔法を発動させていた。規模も効果もマクスヴェルトとの魔法と比べて遜色ない。マクスヴェルトの魔力量に及ばない点は、倒れた兵士を的確に選別する事で魔力消費を抑えているのが面白い。

 いくら能力が高くとも戦闘経験はそれ程でも無いのでは?というカレンの予想を裏切って、申し分のない力を発揮している。


 ーーーーードクンッ


(この音、レイヴンが動き出したみたいね)


 王都に響き渡る魔剣の鼓動。

 レイヴンが動き出したのなら後はこの場所を確保しながら住民の救助を行えば良い。

 魔物の対処はレイヴンが、現場の指揮はランスロットが上手くやるだろう。そう思っていた矢先、どういう訳か二人が戻って来てしまった。


「カレンさん!」


(クレア、それにランスロットも?)


「何故戻って来た?レイヴンはどうした?」


「カレンさん、その事なんですけど、レイヴンからの伝言があります」


(伝言?)


「加減無しでやるから、王都全域に結界を張れってさ」


「なっ……!」


 張り詰めていたカレンの顔がランスロットでも見た事の無い驚愕の表情へと変わった。


 レイヴンが非常に不安定な状態にある事を知らない筈は無い。それこそ、一歩間違えば魔物堕ちしてしまう。

 それはレイヴン本人が一番よく分かっている筈なのだ。


「馬鹿か⁉︎ お前は本物の馬鹿なのか⁉︎ そんな事をしたらどうなるか分かっているだろうが!」


「んな事言ったって、意地を張るなって言ったのはカレンだぜ?俺はその有り難い団長様の言葉をレイヴンに言ってやっただけだぜ?って事でルナ、よろしく頼むぜ」


「勿論だよ!」


 先程までの怒りは何処へやら。カレンが止める間も無く、意気揚々と返事をしたルナは、待ってましたとばかりに、これまでに見せた事の無い大量の魔力を用いて魔法を発動させた。


「本気なの⁈ どうなっても知らないわよ……」


「そこはまあ、心配してねぇっつうか。多分、レイヴンがどうにかするさ」


「多分って!王都が……!」


 ーーーーードクンッ


 不気味な心臓の鼓動が王都に響く。


「「レイヴンだ!」」


 クレアとルナの目をキラキラさせながら興奮した様子を見せられては、カレンも怒る気が失せていた。始まってしまった物は仕方がない。ランスロットの言う様にレイヴン自身がどうにかするのを祈るだけだ。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ランスロットとクレアがカレンの元へ向かい始めた頃。

 王城内は情報の収集に追われていた。


 兵士達は魔物に分断されてしまったが、念の為にと大量に用意しておいた連絡用の魔具が役に立った。南門で指揮を採っているらしい女は、恐ろしい程の力で魔物の群れを薙ぎ倒したと報告があった。おそらく竜王が寄越した増援だと考えて良いだろう。であれば、出来うる限りの支援を行なってこの状況を切り抜けるしかない。


「では、女王がカイトとあの巨大な魔物に討たれたというのは本当か⁉︎ 」


「間違いありません。翼を持つ黒い鎧の人物が現れた後……」


「「「おおお……」」」


 どよめきを鎮めた大臣は思案する。

 レイナ姫だと思っていたのが実は女王であった事には腹ただしくも思ったが、それでも一度は忠誠を誓った相手だ。女王の最期としては悲惨と言わざるを得ない。

 黒い鎧を着た人物もそれきり動かなくなったという事は、女王の配下であったのかもしれない。いずれにせよ、敵は残すところ後カイトと巨大な魔物だけだ。


「それともう一つ、お耳に入れたい事が……」


「何じゃ?」


「そのカイトですが、あの巨大な魔物の事を“レイナ” と呼んでいたとの報告が……」


「なんと……」


「そんな馬鹿な事が!女王は普通の人間であろう!」


「いや、女王は直系では無い。家系には魔物混じりもおると聞く。女王自身も……、実の娘であるレイナ姫もその血を引いておるのなら或いは……」


「いや、あの魔物がレイナ姫である確証など無い以上、今は考えても仕方が無かろう。それよりも先程の奇妙な音の方が気になる」


 腹に響く不気味な心臓の様な音。あの音が聞こえてから魔物の様子がおかしい。活発に動いていた城内の魔物はまるで何かに怯える様にして城の外へと逃げて行った。

 人間に対して圧倒的に優位な筈の魔物が逃げ出すなどあり得ない事だ。もし、魔物が逃げ出す原因があるなら、それは自分よりも上位の存在の出現しかない。本能で危機を感じたのだとしたら、あの巨大な魔物以上の脅威がまだ襲って来る可能性すらある。


「あれきり不気味な音は聞こえて来ぬ。もう少し情報を……ん?これは?」


「温かい……これは結界か?」


「これもあの竜王が寄越した女の力か?それとも他に仲間を?」


「おお!体がかなり楽になったぞ!」


 ーーーーーードクンッ!


 不気味な音が響く。

 先程よりも遥かに力強い音だ。


「な、なんだこの気配は⁉︎ 」


「一体何処からだ!」


「急報!黒い鎧の人物が動き出しました!」


「どういう事だ⁉︎ あれは女王の配下で一緒に葬られたのでは無いのか⁉︎ 」


 大臣達は知らない。

 その恐ろしい音を発したのが黒い鎧を着た人物である事を。


 大臣達は知らない。

 その黒い鎧を纏った人物こそ竜王の放った矢である事を。


 中央大陸で最強と言われた魔人が今、動き出す。

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